坊さんかんざし、ふんふんふーん。
いやに上機嫌なのです、だって。あっ、聞いて聞いて。ソウゲンちゃん。
さっきねぇ、サクヤちゃんが声かけてきて、今夜のお仕事代わってもらっちゃったんだよ。
珍しいよね。あの子が僕に親切にしてくれるなんて、そうそうないことでしょ。明日は雨降るねぇ。
藤堂ちゃんとあいびきしたかったってシタゴコロが、半分くらいあるかもしんないけどねー。今頃人気のない夜道でふたり、イチャイチャしてたりして。
若い子同士お熱いのは、かわいいわねぇ。
そう、いまこのあたりでは、夜道に不審な化け物が出る……とかなんとかね、噂になってるの。そんで新選組がそれ討ち取って、壬生の者たちを安心させてやらにゃならん、ってなワケ。
夜はお化けの時間だし、放っておいてあげてもいい気もするけど、人と目があうと追っかけてくる悪い奴ってなると、さすがにねぇ。
それにしても頭がマラになってる大入道なんて、僕が持ってた春本に出てくる「ひとつまらこ」みたいだよね。
怪談百物語に出てくる妖怪「ひとつまなこ」をもじってるのね。題名も「百物語」をもじった、「百慕々(ぼぼ)語」……うふふふ、ちょっと面白くない?
あ、醒めた目で僕を見るソウゲンちゃん。駄洒落を聞いたときの、ごみを見るみたいな冷たい目だ。うう、逆にいいかも……。
何がどうして、怪談をもじった猥談なる珍奇な春本が生まれたのでしょう、って?
そりゃ、夏が来たな最近暑いね、今晩百物語でもどう、ってみんなで夜に集まって、お酒でも飲みながら話そうかってなったら、怪談も猥談も入り混じってグダグダになっちゃうからでしょ。
怖いのと助平なのって、どっちも夜にすることだから、相性がいいんだよ。
ソウゲンちゃんは僕の駄洒落を聞いたとき、部屋の隅にたまったホコリを見るような目をするけれど、春本なんか駄洒落だらけだし。
それでいつも春本を読みながら、声をあげて笑っておられるのですか、って。ふふふ。そうそう。人間なに考えてんのって、おかしくってさぁ。
絵を見ればねぇ、絵師の人が、見てくれる人を楽しませてやろうって描いてるのが、一目でわかるのよ。
前の宴会のときに、僕の変顔にギリギリ笑いそうだったサクヤちゃんなんかも、きっと気に入ってくれると思うんだけどなぁ。
あの子、沸点がちょっと子ども寄りなのよね。大人が喜ぶ小粋な噺みたいなのよりも、ふつうに変な顔したり、ギャタちゃんが小さい子たちを笑わせようとして言う冗談みたいなのが好きみたい。
だから、爆笑まちがいなしよ。
あとはね、好いたお人がいるのなら、うふふふ、参考になるでしょう。
あ、ソウゲンちゃん、春本にちょっと興味わいてきた感じ?
それなら僕のおすすめの……あ、ちょっとそっちはダメだって。恥ずかしいやつだから。みな同じでしょう、って言うけど違うの。
んーっ、でもソウゲンちゃんなら、見られてもいいかぁ。
表側に置いてあるのは、人間の男女がむつみあう春本なのね。ふつうのやつ。
奥のはその、いろいろ、うん。これなんかとくにね。「絵本開談夜之殿」って言って、僕のいっとう好きな春画なんだけど。歌川国貞さんが描いたやつ。
ふつうの春本じゃなくて、パタパタと開く仕掛け絵になってるのね。
で、お話の内容なんだけど。
魚屋の助十さんが、夜に鎌倉山を歩いていると、大きなお屋敷の女中さんに声をかけられる。やんごとなきお姫様が、あなたと致したいとお呼びです、ってね。
助十さんは大喜びでお屋敷に招かれて、この世のものとも思えないほど美しいお姫様とまぐわうんだ。ほら、立派なお部屋にごちそう三昧。お姫様と助十さんがまぐわうのを、女中さんたちが御簾の裏側から興味津々で覗いてる。
で、こうしてパタパターっと、仕掛けを開くとねぇ。別の絵になるの。
じつは、大きなお屋敷はまぼろしだったんだ。たくさんの贅沢なごちそうは、本当は肥桶やらみみず玉やらだった。きらびやかに着飾ったお姫様も女中さんたちも、みんな雌の狐の化けた姿だったわけ。
魚屋の助十さん、狐に化かされてたんだよねぇ。
人間なのに、雌の狐をいとおしそうにギューッと抱きしめて挑みかかってるんだけど、お姫様や女中さんに化けてた狐は、そんなことより助十さんの売り物の魚をくわえて満足そうだ。
その、うん、興奮するのかしないのかと言われますと、すごくしますね。だってだって、人間と狐が致しちゃってるのよ。ドキドキしないわけないでしょ。
でもねでもねぇ、若い男の人と毛むくじゃらの雌の狐が一心不乱にまぐわう春本なんて、もし平隊士の子たちに見つかったら、斎藤一さんってじつは特殊な性癖をお持ちだったんですねって、引かれちゃうでしょ。だから奥のほうに隠してあるの。
己に関わりのないまぐわいは笑って見ていられるが、身の上と重なる場合はこのように、恥じらい照れて顔も赤くなるし、脈も早くなるのです、だって?
ああ〜、言わんといて。恥ずかしい。
ソウゲンちゃんも、これ見てドキドキしない? だって人間と狐がまぐわうんだよ。
しない。そうですか。むしろ、この絵物語の狐は、体や性器の大きさの異なる人間と致して、無事だったのだろうかという点が気になる? さすがお医者様だね……。
あのねぇ、僕もこの春本みたいに、ソウゲンちゃんと助平なことがしたいのよ。
キャーッ、言っちゃった。はしたない狐と思わないでね。
狐に化かされるのはかまわないし、むしろ興味があるけれど、この春本のように勢いのままに致して体を傷つけたくないので、時間をかけて大切に繋がりたい。はわ、ソウゲンちゃん……。優しい……。
春画を見て興奮したりはしないけど、僕当人にはドキドキとやらをするのです、って?
そ、そうなんだ。へぇー……。
うふふっ。最近の君って、なんだかどんどん人間っぽさがマシマシで、素敵な殿方になっていくわねぇ。
人間なのですがって、まあそりゃそうなんだけど。うん。