……(目次にかえる


壬生怪談・百物語




〇八三・「雷村」(ボウ)


 うひゃあ。また光った。
 ゴロゴロって空が鳴って、どこかでドーンって大きな音がする。
 お昼からずっと降ってたけど、夜になると、風も雨もどんどん強くなってきたマァ。
 オデ、雷こわい。
 でかい図体してだらしねェなあ、って。ギャタ兄は怖くないの。みんなも。

 アキラと藤堂、ソウゲンは、怖くないんだね。
 ギャタ兄は、自分も子どもみたいな年のころは、大きな音と光がちょっと怖かったけど、下の子どもたちが怖がってるときに、年上の男が怖いって言ってたらよけいに不安にさせちゃうから、怖くないって言ってるうちにほんとうに怖くなくなった。
 一番星とサクヤとスズランは、好きじゃないけど怖いってほどではない。
 スズランは、ソウゲンの外套のなかに隠れてるけど、ほんとに怖くないの。
 雷が鳴ったら、隠れられるところを探す癖がついてるって? やだなーって思うけど、怖いというと違う感じする?

 そっか。屋根のあるお家で育った人は、雷が怖くない。
 屋根のないところへ出てかなきゃならなかった人は、当たると死んじゃうのが危ないからやだ。うん、怖いのとはちょっと違うんだね。
 一番星とギャタ兄は、着の身着のままでお外にいること多かったから、ゴロゴロが鳴り始めると、急いで雨宿りする場所を探してた。
 サクヤは、雷が鳴ってる大雨のなかでも、闇殺しの仕事に出てかなきゃならなかったから、しょうがない。大変だったんだ。
 スズランは、お天気の変わりやすいお山で暮らしてた。オデとおんなじだね。
 だからみんなより、もうちょっと不安になる。ソウゲンにギュッとくっついてるマァ。

 スズランは、雷が鳴り始めると、お父さんが建てた小さなお寺のなかに隠れてた。
 そのころは雷が怖かったけど、ソウゲンの造ったエレキテル錫杖を持ち歩くようになってからは、前より怖くなくなった。ビリビリで何度も命を助けられたから、命をとっていく怖い音と光が、命を助けてくれるものだって思うように変わった。
 それでもお空から落ちてくる雷は、人を死なせないように弱くしたソウゲンのビリビリとはまた違うから、鳴りだせばすぐに巣のなかに隠れることにしてる。
 ソウゲンの外套、スズランの巣なんだ。

 オデはどうしてそんなに雷が怖いのかって。
 お山にいたときはね、隠れるところあんまりなかった。
 空がピカピカしてドーンって雷が落ちると、木が燃えちゃったり、それが森じゅうに燃え広がったり、さいごは山が焼けちゃうことがあった。
 火が海みたいに広がって、とっても熱かったんだよ。

 それにね、雷が鳴ると、怖いのがやってくるマァ。
 雷さまがおヘソをとりに来るのかい、って? ううん、ちがうよ、ギャタ兄。

 オデねぇ、お家なかったから、空がゴロゴロいいはじめると、隠れるところを探しにいった。
 洞穴とか、誰もいなくなっちゃった空き家とか。
 山に空き家なんてあるのかって? うん、けっこうあるよ。
 もう形も残ってないのもあるけど、住んでた人が、なにかの理由で出て行っちゃったんだろうなっていう感じの、まだ新しい家とか。
 スズランも、お山でああいうの、見たことあるの?
 町でなにか悪いことやって山に落ちのびてきた人が、けっきょく追手に捕まっちゃったとか。住んではみたけど、不便すぎて無理だったとか。あとは病気でいっせいに死んじゃったとか。
 そういうワケアリな人たちが住んでた家を、見たことあるって。そっか。

 そのときは、雨宿りするところがうまく見つからなかった。
 オデ、開けた場所にいたから困ったなあと思って、原っぱを走ってたの。
 でも間に合わなくて、とうとう夕立が降り始めた。ポツポツがザーザーになりはじめると、お空のゴロゴロも、いよいよ音が大きくなってきた。
 ピカッ、って……とうとう光った。
 オデ、いつ次に大きなドーンの音がくるかわからないから、ギュッと目を閉じて、座りこんだんだ。
 でも、目を閉じる前に一瞬だけ、変なものが見えた気がした。
 それで、怖かったけど、しゃがんだまま目を開けたんだオマ。

 また、ピカッ、ってお空が光った。
 オデ、今度はしっかりと見てたよ。
 光るのと同じに、急にお家が現れた。そんでオデ、ビックリしちゃって……。
 お家はね、ひとつやふたつじゃなかった。まだ綺麗なお家がいくつも連なってる。
 村、なのかな。
 家のわきには、井戸もあったよ。住んでる人たちがいっしょに使う、みんなに大切にされてる井戸だよ。この屯所にもあるのと同じだけど、作り方はあんまり綺麗じゃなくて、古かったし汚れてた。
 井戸のそばに人がいる。女の人だった。ひとりがお水を汲んで、順番を待ってる人と、もう汲み終わった人が、お話してた。
 ううん、なに言ってたかはわかんない。音が聞こえなかったから。口が動いてたし、お互いの目を見て笑いあってたから、お話してるんだなって思っただけ。
 井戸のうしろには造りかけのお家があって、大工さんが屋根にのぼって仕事してた。小さい子どもがオデの横をすり抜けて、とんぼを追いかけて走ってった。
 オデつい、ねえ、って話しかけてた。
 オデも誰かとお喋りして、いっしょに遊びたいって思ったんだ。
 ボウちゃんは、その時さみしかったんだねえ、って。うん、スズランもおんなじ気持ちになったことあるんだね。
 坊主は喋らねば死ぬ生き物だから、って。サクヤが言うけど、そうなの。
 それよりもスズランは、いまはソウゲンにナデナデしてもらえないと死んじゃう、って? あっ、ナデナデしてもらってる。よかったね。
 のろけ話は置いといて、続き言えって? うん、ギャタ兄。

 でもねぇ、話しかけても、誰も返事してくれないんだ。
 オデのこと見えてない。触ることできない。人にも、家にも。
 雷が、ピカッ、って光ったあいだだけ、その村は現れるオマ。光が消えれば、またもとの何もない原っぱに戻る。
 なあに、一番星。狐に化かされてたんじゃね、って? へえ、スズランはそんなこともできるの?
 人をからかって面白がっちゃう性悪の狸じゃあるまいし、そんなことしないしできないよって言ってる。ふーん。

 ピカッ、ピカッ、って光るあいだだけ現れるその村を、オデはうつぶせに寝転んで、腕で頭を守りながらジーッと見てた。
 ほんとにふつうの村なの。
 オデ昔はね、村に出てくと怖がられちゃったり、逃げられたりしてたから、そんなふうに人が楽しそうに暮らしてるところ、初めて見たよ。
 ずっとこうして眺めてたいな、って思った。

 でもね、ピカッ、ピカッ、が繰り返すうちに、遠くから変なの近づいてくるのに気づいた。
 はじめは、影みたいにぼんやりしてた。ハッキリ見えるくらいまでに近づくと、それが人だってわかった。
 鎧を着て、刀を持った人たちだよ。侍。いくさのときの顔をしてたから、村の人たちを殺すつもりだってわかった。

 村の人たちも、声は聞こえないけど、侍が襲ってきたって気づいたみたい。
 驚いた顔をする。怖がる顔をする。大きく口が開いたから、叫んだんだと思う。「逃げろ」って言ったんじゃないかな。
 オデが見てた村のみんな、いっせいに走り出した。
 オデは、誰にも触れないし声も聞こえなくて、まぼろしみたいなものを見ているだけだって思ってたから、まだその場所にいて侍が近づいてくるのを見てたんだけど。

 ピカッ、って光る。そんで、光が消える。
 雷の光が消えてもねぇ、怖い顔した侍たちの姿は、消えないんだ。
 だからオデ、逃げだした。刀で斬られて死んじゃうって怖くなったんだ。
 ピカッ、って光る。消える。またピカッ、って光る。また消える……。
 村と、村の人たちの姿は、雷の光といっしょに消えるけど、侍たちはずーっとそのまま、姿が消えずに追いかけてくる。

 オデ走った。ようやく森のなかへ逃げこんで、洞穴があったから、そこへ飛びこんだ。
 オデは体が大きいから、どこかがはみだしたら見つかっちゃうと思って、縮こまってた。するとあとから追ってきた侍たちが、オデの隠れた洞穴の横を、ガシャガシャ大きな足音たてて走っていく。
 遠くで叫び声がした。村の人、きっと斬られちゃったんだと思って、オデ怖くなって耳をふさいでた。

 どのくらい経ったかわかんないけど、お空のゴロゴロが、遠くなっていったころ。
 雨も弱くなってきた。オデ、洞穴のなかで、ずっと丸まってたんだ。外に出たら、侍が待ち伏せしてそうで怖かったから。
 鳥の声がして、外が晴れてきたのがわかった。
 怖いけど、勇気を出して穴の外に出たら……。
 誰もいなかった。侍も、村の人たちも。森の外の原っぱは、やっぱり村もなにもなくて、一面に草が生えてるだけだった。
 あれからオデ、もともと雷は怖かったけど、ゴロゴロが鳴り出してピカッと光ると、侍が出てきて追いかけてくるんじゃないかと思って怖くなって……。

 え? ギャタ兄、逆にやっつけてやりゃあいいじゃあねえか、って?

 ──オイラたちは泣く子も黙る壬生の狼、新選組のお侍様だィ。そんじょそこらの悪党どもを相手取り、負けたことは一度もねぇのよ。

 あっ、そういえば。

 ──それは、まだまだ未熟な貴様たちの実力ばかりではなく、本物の新選組幹部の方々のお力添えあってのことだ。忘れるな。

 藤堂。うん、そっか。本物の新選組の原田左之助さんが、刀に宿ってオデのこと守ってくれてるんだもんね。みんなもいっしょに戦ってくれるし。
 じゃあオデ、次に雷といっしょに侍が襲ってきたら、やっつけるよ。もう怖くないや。

 雷が光ったあいだだけ出てくるあの村は、なんだったのかな。
 今でもあの原っぱで雷が鳴り出したら、村のみんなが点いたり消えたり現れながら、暮らしているのかな。
 なに、スズラン。ソウゲンと話してたことだけどって? うん。
 人の体には、五匁ほどのほんのわずかな量で、人を生かして動かしている「魂」があるんじゃないかって、ふたりは前に話をした。
 それが、雑面ノ鬼たちが人を斬って集めている、妖しい「力」の源なんじゃないかって。
 スズランのエレキテル錫杖は、お空から落ちてくる雷と同じ力で動いてる。それも魂と同じで、「力」の源だ。
 原っぱに雷が……大きな大きな動力源がドーンと落っこちてきたので、エレキテルのからくり仕掛けが動き出すみたいに、何かが動き出して村の風景を映し出したんじゃないか、って。

 その村は、お侍に襲われて、もうずっと昔に滅びてしまっているのかも。
 原っぱになってしまったその場所には、まだ村があったころの夢を見ながら眠っている誰かがいて……それはその村の誰かなのか、村そのものなのかはわからないけれど、とんでもない量の動力源をぶつけられた間だけ、電源が入って動き出すのかもしれない。

 うーん、難しくてオデにはよくわかんないけれど。
 それなら、お侍さんたちだけが、雷の光がなくても消えなかったのはなんでなのかな。
 よっぽど彼らが恐ろしかったので、記憶に焼き付いてしまっているのか。それとも、彼らが死後に悪いものになって、今でも原っぱをさまよっているのかもしれない、って。
 なんであれ、無事でよかったねって……。うん……。

 へえ、アキラも、オデとちょっと似た体験をしたことがある、って。あ、嫌そうな顔をしてる。あまり気持ちのいい話ではない、って?
 この世のなかには、ふだんは見えも聞こえもせぬが、昔そこで起こった出来事が、焼き付いたように残っているのやもしれんな、って。
 じゃあ、何百年か先にこの屯所のあるところへきた人が、オデたちがこうして話しているところ見て、昔ここに住んでた人たちは、楽しそうに話してたんだなぁ、仲良しだったんだねって思うのかもしれないね。

 スズランは、オデが見た雷のなかの村に、どんな人たちが住んでたのか気になる、って?
 うん。あのねぇ、オデあそこね、きっと異人さんの村だったんだと思うマァ。
 大人も子どもも、男の人も女の人も、みんなまぶしい金色の髪をしてたよ。それに濃い紫の、ふしぎな光り方する目をしてた。
 金色にまぶしく輝いていたっていうなら、もしかしたらお空に浮かんだ月の世界から地上にやってきた、かぐや姫の子孫だったりして、って?
 でも、竹取物語のなかだと、かぐや姫は月に帰っちゃったんじゃないの。
 伝説なんて、言い伝えられるうちに、本当のことからどんどん変わっていくもので。
 たとえばスズランのお父さんの白蔵主は、お話の中では猟師にとられて死んじゃったとか、そこらへんの犬に食べられて死んじゃったとか、うっかり井戸に落ちて死んじゃったとか、さんざんいろんな殺され方してるもの、って。お父さん、かわいそうマア……。

 ギャタ兄は、そのものズバリ異人さんだったんじゃないか、って。
 お山の中には、たまに髪がまっ赤だったり、まっ金々だったり、鼻が天狗みたいに高い輩が住んでいる。
 町の人たちに会うと天狗だとか鬼だとか言われて、嫌われていじめられるから、めったに人里には近寄らない。
 船が日本に流れ着いたあと、そういう暮らしをせにゃならんかった、南蛮から来たギャツらじゃないか、って。

 あの村の人たち、かぐや姫の子孫か、流れ着いた南蛮人かどうかはわからないけど、そうだねぇ。
 とってもきれいな、金色の髪の毛だったんだあ。意外とほんとに、お月さまから雷に乗って、落っこちてきたのかもしれないねぇ。
 なあに、ギャタ兄。なんだいボウめ、スズランのやつのかぐや姫説を採るのかい。そんじゃおめえさんのその頭は、半分かぐや姫さまだってことだい、って?
 あ、ほんとだ。オデの髪の毛も、色がそうだね、半分。えへへ。
 あの村の人たちには、それで仲間みたいに見えたのかな。だからオデにこっそり、昔あった村のことを見せてくれたのかな。
 オデ、新選組がいちばん好きだから、あの村の仲間には入れないけど、ちょっとくすぐったい気持ちするオマ。

 えっ。村人が殺されるところを見てないんだから、きっと逆に無事に落ちのびてる。
 わざわざ月からお越しになったかぐや姫様の子々孫々が、今もこの地上のどっかで、気のあう仲間たちと顔つきあわせて、楽しく井戸端会議をやってらぁ、って?
 そうだねぇ、ギャタ兄。オデも、そうならいいねぇって思うよ。




前の話にもどる ・ 次の話にすすむ ・ 目次にかえる

この小説は二次創作物であり、版権元様とは一切関係がありません。無断転載・引用はご容赦下さい。
−「壬生怪談・百物語…
紫鈴堂・えしゅ 2023」−