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壬生怪談・百物語




〇八五・「野干」(スズラン)


 あれれっ。おやおやおやぁ〜?
 屯所に戻ってきたとたん、僕以外の狐のにおいがするね。サクヤちゃんと藤堂ちゃんからだ。
 ふんふんふん。うひゃ、においキッツ。
 狐が化けてるわけではなさそうだし、この様子じゃ、よっぽど大勢の狐ともふもふお楽しみだったんだねぇ。
 なになに、どこの子ナデナデしてきたの? そんなに懐っこい子、このあたりにいたっけ? しっぽの形はどうだった? 毛並みは? フカフカだった? 僕よりも?
 浮気をなじる女人のような言い方をするでない、これにはわけがあるのだ、って。
 藤堂ちゃんこそ、浮気の言い訳する旦那さんみたいな言い方してるけど。

 で、どったの。
 すっごく血なまぐさい。これは人間の、死んじゃってからけっこう経った仏さまのにおいだなぁ。
 ふんふん、今日のお昼に、非番だった藤堂ちゃんとサクヤちゃんが、芝居小屋に逢引きしにいって。
 あらまー、ひゅーひゅー。
 でも、ギャタロウちゃんの弟分に招かれた芝居は、事前に聞いてた様子とどうも違う感じする。
 浅葱幕の前に女幽霊みたいなのが出てきて、骨をカリカリとかじっている。
 そこに、こないだドンパチやったとき、新選組に斬られたはずの雑面ノ鬼たちが現れた。墓に埋葬したはずの鬼の躯たちが、よってたかって女の人を手ひどく打ち据える。
 すると女の人の体は、殴られるたびに大きくなっていって、とうとう見上げるくらいの大入道に……。

 これはあやかしに違いない、ではいざ参ると刀を抜いたとたんに、芝居小屋は消えてなくなって、ふたりは四条河原に立っていた。大入道や雑面の躯の姿も、夢幻みたいにどこにも見えない。
 ひとりで遭遇したのなら、夢でも見たんじゃないかと思ったところだけれど、ふたりいっしょに夢を見るというのも変な話だし。
 すてきだと思うけれどねぇ、夢の中でまで好いたお人に会えるなんて。しかも逢引きまでできるなんて。僕もそれ、今度やってみたいわぁ。

 ふつうに考えて、化かされちゃったんじゃないの。狐に。こんこんとさ。
 お山によく野干の群れがいるでしょ。薬缶じゃなくて、野干。
 胎蔵界だと南にいらっしゃる荼枳尼天さまが連れてる、霊験あらたかな狐のことね。
 雑面ノ鬼たちの躯が起き上がって動いてたっていうけど、それって野干がとり憑いて動かしてたんだと思うよ。君らふたりから、こんだけ狐のにおいがするもの。
 憑くのが得意な狐でなくても、仏さまのかぶりものなら誰でもできるよ。前に僕がやってたみたいに。毛が汚れちゃうのが難点だけど。

 最近は京の都じゃ、毎日どっかで人が斬ったり斬られたりして、お墓に行けば新鮮な仏さまがたくさん手に入る。
 それを掘りおこして拾ってきて、みんなで着こんでおめかししてさ、人間ごっこをしてたんじゃないかな。
 狂言は言葉を使わないから、難しい台詞を覚えなくたって、身振り手振りだけでそれっぽい。それに雑面ノ鬼の仏さまを拾ってきたら、もう雑面をかぶってるわけだから、手ぶらで狂言遊びができるでしょ。
 雑面も狂言面も、人間のことを見た目以上には知らない野干にしたら、どれもいっしょなんだろうね。
 彼らは人をからかって面白がってるだけで、とくに人になりたいとか考えてないから、そんなに本気でお芝居をやってたわけじゃないでしょ。誰かが気まぐれで遊びをはじめて、誰かがシラけちゃったらそこで終わり。
 サクヤちゃんも藤堂ちゃんも、僕と過ごして狐のにおいがついてるから、狐仲間と間違えられちゃって、若い野干の悪ふざけに巻きこまれちゃったんじゃない。
 どこかで痛い目にあわなきゃ、人間の怖さってわかんないよ。猟師さんの仕掛け罠にかかるとか。

 でも、それで偶然命が助かったっていうんだから、狐のいたずらも悪いばっかりじゃないもんだねぇ。
 ふたりが無事でよかったよ。運がとても強いっていうか、意外とどこかの神仏のご加護をもらってたりするのかもしれないな。
 毎日悪事を働く雑面ノ鬼たちをやっつけて、町のみんなに手をあわせられたりしてる、刀に宿った本物の新選組の人たちの魂とか。そのうち本当に神様になっちゃうんじゃないの。新選組土方歳三大権現、的な。

 浅葱幕の前で骨をかじる女の人っていうと、もろ荼枳尼天さまじゃない。
 この女神さまはね、日本へやってくる前は、夜中にお墓に集まって死肉をあさる鬼だったそうだよ。
 それを雑面ノ鬼の仏さんたちが集まってきて、よってたかって殴る蹴る。これは、荼枳尼天さまやその手下の狐をいじめる、人間たちのつもりなんじゃないかな。

 すると、人に叩かれるたびに大きくなってく荼枳尼天さまは、怒りが大きくなるのをあらわしてたのかな。
 じゃあ最後は大入道になった荼枳尼天さまが、雑面ノ鬼の仏さまたちが演じる人間を、どかんとやっつけちゃう終わり方だったのかもしんない。わかんないけど。
 こうして狐をいじめる悪い人間たちは、やっつけられちゃいました、ってなふうに。
 いまの狐の狂言界は、勧善懲悪ものが流行りなのかしら。

 なぜ獣が、人のやることを真似ようとするのだ、って?
 床下の狸も、それと同じくらい趣味が悪い芝居小屋の躯遊びの野干たちもだけど、口ではなんと言ってもねぇ、人間のことが気になって仕方ないんだよ。興味ないものには化けられないからね。
 野干たちからしたらさぁ、藤堂ちゃんとサクヤちゃんを見て、おおかた同じ狐が化けてるんだろうと思ってたら、狐のにおいのする本物の人間がとつぜん正体をあらわして、摩訶不思議な光る刀を抜いて襲い掛かってきた、ってことでしょ。
 きっと今ごろ大騒ぎだよぉ、あはは。狐が人に化かされたって、皆くやしくて泣いちゃってるかも。

 ん、僕は今日は戻りが遅かったが、どこ行ってたのって?
 あら聞きたい? 聞きたい? えへへーじゃあ教えてあげちゃう、内緒だからねぇ。うふふふふ。
 見廻りの帰りにソウゲンちゃんと待ちあわせして、ふたりで逢引きしてたのよ。
 あ、またかって顔してる。うふ、またですよ。

 今日はねぇ、寺町通の竹苞(ちくほう)書楼に行ってきたの。
 店先に書が高くまで平積みにされていて、いくつも山ができててねぇ。書って棚におさまってるとおとなしいもんだけど、縦に積むと威圧感がすっごいね。
 その本の山々の隙間から、店の奥に入っていけるんだけど、中は暗いし幅が狭くて、熊の巣穴みたいなのよね。
 ソウゲンちゃん、僕が島原の角屋に通うくらいには、あそこのお店によく寄るみたいなんだけどさ。
 不思議なんだけど、僕を連れてくと、良い書との出会いがあるんだっていうのよね。
 今日も、分冊されてる本のうちで一冊だけ欠けてた本が、偶然ひょっと入ってたとかで、生まれてはじめておうどん食べた赤ちゃんみたいに、すんごい喜んでたわぁ。僕はよくわかんないんだけど、生きてるうちに会えるかどうかわかんないってくらい、珍しいやつみたいでさ。
 本当にご利益なるものがあるのでは鈴蘭大明神殿、なんて言ってさ。手をあわせてナムナムされるもんだから、それ僕の仕事でしょって笑っちゃったわ。
 僕にご利益あるのかは知らないけど、彼の欲しいものってほほえましいくらいにささやかだから、あれだけ毎日たくさんの人を助けてるお医者様のお願いくらい、全部叶ってほしいなって思うよ。
 だからお店に僕を連れてって良い本が見つかるなら、いくらでも連れまわしてほしいもんだよねぇ。良い人同士なわけですし。んふふふ。
 ソウゲンちゃんがすてきな書に出会えて喜ぶっていうなら、嬉しそうな顔を見れる僕のほうもご利益もらっちゃってるわ。それだとそのご利益は、どこからきたのかわかんなくなっちゃうけど。

 ソウゲンちゃん、僕は難しい書を見てるのは退屈なんじゃないかって言ってたけど、そんなことないのよ。人のやることだから、難しくたってなんだって、なんでもどこか面白いわけ。
 それにソウゲンちゃんが、気に入った書を見つけたときの、おお、ってびっくりしたみたいな顔がねぇ。かわいくてねぇ。
 僕、あの顔見るために今日一日頑張ったなぁ、って思うわけよ。

 あらなぁに、おふたりさん。そっちから聞いといて、うんざりした顔しちゃって。
 ん、その大事そうに懐にしまってるものはなんだ、って?
 聞いちゃうサクヤちゃん。それ聞いちゃう?
 とにかくウザい、って? まあまあそう言わずにさぁ、うん、聞いてちょうだいよ。

 これ、桃色珊瑚のかんざし。
 よさこい節で、「坊さんかんざし買うを見た」って唄われてるかんざしなんだ。土佐の高知は、いい珊瑚がとれるって有名なのよ。
 婚姻の話をするとなると、かんざし贈るのがソウゲンちゃんのお家の決まりなんだってねぇ。
 女人に贈るようなものをもらって、男の僕が嬉しいかはわからないので迷ってたらしいんだけど、喜ぶよそりゃ。あのソウゲンちゃんが、良い人にかんざしを贈っちゃうんだよ。嬉しくないわけなくない?

 これじゃ、坊さんかんざし差すを見た、だよ。うふふふ。ふつうの坊さんは差す毛が頭にないけど。
 あっ、かんざしを差してるとこは見せてあげませんよ。ソウゲンちゃんだけなんだから。
 べつに見たくもない? とにかくウザい?
 まあまあそう言わず、ちょっと相談したいんだけど、ねぇ、あつあつのおふたりさん。

 ──土佐の高知のはりまや橋で、坊さんかんざし買うを見た。

 僕もソウゲンちゃんに、かんざし贈ってもいいと思う?
 あの頭のてっぺんで髪をクルッとこうしてる、まるっこいお団子にね、かんざし差したら、そりゃもうかわいいでしょ。きっと別嬪さんよぉ。うふふふふ。
 でね、いま悩んでるのが、僕とオソロの色がいいかしら、それともソウゲンちゃんの髪の色にあわせたほうがいいのかなってこと。もうすっごく考えこんじゃって……。

 えっ、なあに? 藤堂ちゃん。
 お主、野干狐のあいだでは、人間にまじめすぎてつまらんやつだとか言われて、けっこう浮いてたであろ、って? 
 いい加減な猿真似をしながら、人を小馬鹿にしてふざけあっている悪趣味な野良狐たちと、誠に人を好いているお主の話があうとは信じられん、って?
 えへへへ。あら、わかっちゃうのね。
 僕ねえ、人間が好きなのよ。好きなものは大事にしたいでしょ。
 そうするとねぇ、心がぽかぽかしちゃうのよ。
 好いたお人にかんざし贈ろうって考えてるだけで、お酒を飲んだときみたいにふわふわしていい気持ちになっちゃうんだから、こりゃ一生懸命にならなきゃソンってものよね。




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