……(目次にかえる


壬生怪談・百物語




〇八六・「浮猫」(アキラ)


 近藤局長。いま戻った。
 門前でギャタロウとすれ違ったが、覇気がないようだった。何かあったか。
 局長も歯切れが悪いようだが。そういうことか……。
 ひとまずこちらの話をあげておこう。
 拙者は、五番町へ行っていた。あそこは花街ではないか、と。ああ、そうだ。
 いや妙な誤解をするな。拙者に良い男ができたとか、そういう話では全然ない。仕事だ。

 御所の西にある光清寺という寺の住職に、悩みごとがあるのだという。
 寺の坊主の集まるところで会津藩主の耳に入り、では新選組が何とかしようという話になったので、拙者が役目を預かりそこへ向かったのだが……。
 まさか、猫探しとは思わなかった。
 それも本物の猫ではない。絵に描かれた猫だ。
 寺の中にある、木でできた絵馬に描かれた猫の絵が、夜になると消えてしまうというのだ。

 拙者は半信半疑だったが、ひとまずこの猫の絵を、一晩のあいだ見張ることにした。
 寺の弁天堂にある絵馬だ。白い牡丹の花のそばで、三毛猫がまるくなって居眠りをしている。ほのぼのとしたやわらかい調子で描かれた、かわいらしい絵だ。
 絵が消えるなど、住職の勘違いではないかと思うくらいに、あやしい様子もなかった。なんの変哲もない絵馬なのだ。

 しかし日が沈むころになると、不思議なことが起こりはじめた。
 拙者が見ている前で、絵の中の眠りこんだ猫が、パチリと目を開けたのだ。
 足をつっぱって体を伸ばして、大あくびをする。
 やがて池の中から水鳥が上がってくるかのように、絵馬から生きた猫が抜け出してきた。
 弁天堂を一度振り返り、ニャアと一声鳴くと、歩き出して寺を出ていく。
 拙者は、慌てて猫のあとをつけた。

 絵馬から抜け出した猫は、どこからか聞こえてくる三味線の音のほうへ、導かれるように向かっていった。
 先にあるのは、五番町。花街だ。
 芸妓の三味線の音色が近づいてくるにつれて、猫の姿が変わりはじめた。煙のように姿かたちが広がっていき、着物を着た人間のおなごに成っていく。
 機嫌がよさそうにふわふわと、二本の足で踊りながら歩いていくのだ。
 うむ、夜ごとに消えるという絵の猫は、絵馬から抜け出し人間のおなごに化けて、近所の花街で遊び惚けておったのだな。

 ことの次第を住職に話すと、猫は朝になれば満足して絵馬に戻ってくるようだし、人に害はないのでそのままにしておこうという話になったのだが……。
 女人に化けた猫の踊りは、しなやかでたいそう美しかった。
 三味線にあわせて天女のごとく舞いながらそぞろ歩いていくので、五番町のあたりで「光清寺の浮かれ猫」と呼ばれて、たちまち評判になってしまった。
 化け猫にあやかって、踊りがうまくなりたいと願う芸妓や娼妓が、五番町から猫を見物しにつめかけてくるので、だんだんと寺が立ち行かなくなってきた。
 困ってしまった住職は、猫の描かれた絵馬を金網で覆って閉じこめ、出てこられなくしてしまったのだ。
 それからは、絵の猫が出歩くことはなくなり、何も起こらなかったのだが。

 幾日かすると、住職の夢に化け猫が現れて、こう言った。

 ──己は、絵馬の猫だ。いまは金網に閉じこめられ、窮屈な思いをしている。
 もう絵の外に出て行ったりはしないから、戒めを解いてはもらえないだろうか。

 そんなわけで、今は金網を外されているが、あの浮かれ猫が絵馬から出てくることも、人に化けて花街を踊り歩くこともなくなったそうだ。
 何も悪さはしていないから、すこしかわいそうな気もするが。

 夜が来ればふらっと外に出ていき、花街で遊び惚けているあやしいケダモノの話となると、よく聞くのだが、と?
 拙者もそう思ったぞ、局長。
 うちの屯所にも同じように浮かれた狐の坊主がいて、踊りのかわりによさこい節を唄いながら、夜の花街を遊び歩いているな。
 いっそ組ませて、唄と踊りで売り出せば、町で人気が出るのではないか、だと。うーむ、どうだろう。




前の話にもどる ・ 次の話にすすむ ・ 目次にかえる

この小説は二次創作物であり、版権元様とは一切関係がありません。無断転載・引用はご容赦下さい。
−「壬生怪談・百物語…
紫鈴堂・えしゅ 2023」−