あ、藤堂、サクヤ。ちょっと聞いてくれよ。やっべぇ、大変なことになっちまったかもしんねぇ。
何があったんだ、って。うん、それなんだがよ。
最近、夜中にふてぇ奴らが動き回ってるから、俺たち新選組は町の夜廻りに力入れてるだろ。
ふてぇ奴らじゃなくて、不逞浪士だって? こまけぇこたぁいいんだよ。
俺、見廻りしてたんだよ。言っとくけど、真面目にやってたかんな。
山の近くにある神社の前を通りかかると、何か知らねーが、奥からカンカンと硬いものを打ちあわせる音がする。誰か、こんな夜中になんかやってんのかと気になって、様子を見に行った。
長い石段を上がって進むと、杉林のなかにろうそくの光が見えた。
さては放火かと思ってさ。おい、と声をかけたんだよ。何やってんだよってな。
すると、そいつが振り向いた。
女だ。白い着物着てたな。頭に鉄の輪っか巻いて、そこに火のついたろうそくを三本四本と立ててやがる。
あれ高いんだよな。だから、物を粗末にする奴だなあ、と思ったわ。
一時期うちでも、高いろうそくを買う金がひねり出せねぇてんで、夜中まで働くソウゲンが困って、急ごしらえのくせぇろうそく使ってたじゃねーか。
ありゃ何の脂を使ってたんだろな。鶏? 豚? とにかくくせぇし、目に染みるやつだよ。
なんだよサクヤ。人間だろう、って? 悪い冗談言って俺をビビらせようったって、そうはいかねぇぞ。
いくらソウゲンでも、そこまでではねーだろ。そもそも相方のスズランが、悪趣味だぞって止めるだろ。
ま、ああいうことがあったおかげで、知恵をしぼってソウゲンが、水車とエレキテルを使って光る「電灯」みたいなスゲェもんをこしらえちまったんだから、あいつの口癖通りに「科学の勝利なのです」だよ。
貧乏でも知恵を絞れば、生きてくのに足りないもんはねぇんだって、うちのおっ母がよく言ってたの思い出したな。
そう、そんでその、頭に鉄輪の女だ。
顔じゅうおしろい塗りたくって、人相もわかりゃしねぇ。長い髪をドロンとおろしちまってるから、いつろうそくの火が燃えうつって火ダルマになってもおかしくねぇ。
首から紐をかけて胸に鏡を吊るしてて、そこに向かいあってる俺の顔が映ってた。
「見たな。見られたからには、生かしてはおけぬ」
その女、喋ると、開いた口から五寸釘がバラバラと地面にこぼれ落ちた。
片手にトンカチ持って、俺に飛びかかってきやがったんだ。
高下駄なんか履いてるくせに、動きがひとつも危なげねぇ。こいつ見た目は変だけど、素人じゃねぇわって気づいた。
あとで平隊士に聞いたんだけど、あそこの神社って、丑の刻参りで有名なんだってな。
憎い相手になぞらえた藁人形を、奥宮のある杉林の木に打ち付けて呪うと、相手が死ぬってやつ。
でも逆にさ、呪ってる姿を人に見られちまうと、呪いが返ってきて自分が死ぬ。そうならねぇようにするには、目撃者を消して、「誰にも見られなかった」ことにするしかねぇ。
その気力と根性があるんなら、呪う相手のこと普通に殺せんじゃね、って思うんだけど。わかんねぇよな。
だからあのお七さんはさ、姿を見ちまった俺を殺そうと、襲い掛かってきたんだってわかった。
え? なんで俺が女の名前を知ってるのかって?
そりゃ、襲い掛かってきたのを説得して、名前聞いたからに決まってんじゃん。いくら俺でも、聞かなきゃ相手の名前はわからねぇよ。
お七さんはさ、惚れっぽいんだとよ。
昔から、良い仲になった男と一緒になるたびに、相手と片時も離れたくねぇばかりに、ついマラを切りとって懐に入れちまう癖がある。
うん、とんでもねぇよな。ふたりとも真っ青な顔なってる。男の急所だから、ちんこ。
で、相手の男がアソコから血ィ噴き出して、死んじゃうじゃん。
するとお七さん、相手の男に取りすがって、嘆き悲しみ涙にくれる。死に別れるのだけでもつらいのに、好いたお人の体が、醜く腐り落ちて九相図になっちまうのは耐えられない。
九相図ってなんだよって聞くと、人が死んで腐って骨になってく姿を、順々に追っかけ描いた絵なんだってな。けったいな絵を描く奴がいるもんだよ。かわいい猫とか描いてりゃいいじゃん。死体なんかわざわざ絵にしなくても、そこらじゅうに本物が転がってるってのに。
で、その九相図になる前の、まだみずみずしい殺したてのうちに、いっそ燃やして灰にしちまおうと、その日の宿や自分の家に火をつける。
お七さんさ、ひとつも悪気がねぇんだよ。恋情十割でやってるんだ。
この女こっわ、って俺ぁ内心ゾーッとしてたんだけど、年頃の娘さん相手にビビってるって思われんのかっこわるいからさ、平気な顔してたわけ。
数えきれない恋の果てに、つまり男のちんこを何本ももいで殺した末に、お七さんはとうとう捕まった。
即刻死罪が決まったんだが、「好色五人女」にとりあげられた八百屋お七と、名前が同じだしやってることもちょっと似てるしで、評判になったんだと。
で、お七さん、どっかの人殺しの集団の目にとまって、生まれつき人殺しに抵抗がない性格を気に入られて拾われた。
命を助けてもらうかわりに、今までと同じように男に色仕掛けして近づいて、殺しちまう仕事をさせられることになった。
そうは言ってもお七さん、好きでもない男のちんこなんか興味ない。
趣味を仕事にできないわってんでさ、次に惚れたのが、その人殺し集団のお偉いさんだったんだと。
その男もさすがに「この女ヤベェ」って思って、急に姿をくらましちまった。
それでお七さん悲しんで、手の届かない愛しいあの人にこの想いが届きますようにって、丑の刻参りで藁人形に五寸釘を打ってたんだ。
木に打ちつけられてる藁人形を見ると、ふつうは心臓とか頭に打つらしいじゃん、釘を。
でも全部、股間に打ちつけてあるんだよな。脚の付け根が針山みたいになってた。
ちんちんもげろ、って執念感じておっそろしかったぜ。
なんでそんなにお七さんの来歴に詳しいんだ貴様は、って。
そりゃ、頭に血がのぼってたお七さんが落ちついたとこで、身の上話を聞いたからに決まってるじゃん。
え、俺なんか変なこと言ってる?
藤堂。サクヤ。ふたりとも、目がめちゃめちゃ醒めてるんだけど。
で、結局、お七さんを取り逃がしちゃったんだよ。
そんな危険な女を野放しにしてしまったのか、って? いやそうだけど、しょうがなかったんだよ。身のこなしが人間じゃなかったし。
ちょっとした隙をつかれて、猿でもあそこまで身軽じゃねぇだろって調子で、ビュンビュン跳んで消えちまった。まるでサクヤみたいだったな。
お七さんを拾った人殺し集団っての、詳しい話は聞けなかったけど、案外サクヤが前にいた闇殺しだったんじゃねぇの。知らんけど。
で、次の日にさぁ、お七さんどうなったんだ、丑の刻参りしてるところを人に見られたら、呪いが返ってきて死んじまうんじゃなかったっけって気になって、また神社を見に行くじゃん。
すると藁人形が、昨日見たときよりかなり増えてるんだよ。同じ大きさで、形も似てるやつだったから、一緒の人間が作った藁人形だと思う。
その藁人形の頭、鶏の血かなんかで染められてて、真っ赤な髪の毛みたいになっててな。
顔に紙が貼ってあって、そこに俺の名前が書いてある。「新選組局長・近藤勇」って。全部そう。
俺、お七さんに惚れられちゃった感じ? えっ、じゃあちんこもがれて殺されんの?
な、大変なことになっちゃったんだって。
いやでも、べつに惚れられる理由ないし、わかんないんだよ。
え? 物騒な凶器を持って、半狂乱になって襲ってくる女の相手をまともにしてくれる男なぞ、そうそういないから、それで惚れちまったんじゃないか、って?
いや、それはないだろ。よくあることだし。
なんでびっくりしてんの、ふたりとも。
いや、よくあるだろ? こういう物騒な世の中だし、恨みを買ったり、濡れ衣着せられたりで。
ない? えっ、俺だけ? いや、そんなことないと思うんだけど。
なんだよ藤堂、サクヤ。ふたりとも、顔が虚無なんだけど。やめろよその顔。
ああ、今しがた平隊士が上げにきたんだけど、神社のご神木がさ、燃えちまったらしい。俺の名前書いた藁人形がいっぱい打ち付けられたんだけど、それごと炭になっちゃったって。
小火だって言われてるが、お七さんの仕業じゃねぇかって、俺ぁ踏んでるんだけど。
焼けた木の洞から女の骨が出てきたんだが、骨に木の根が巻きついて、くっついちまってたって。ずいぶん昔のものだったらしい。
なんだよ、サクヤ。そういえば、って。
──自分がまだ幼いころに聞いた話なので、確かではないが、その昔、闇殺しの女が上役に反逆し、山のふもとにある古い神社の、奥宮あたりで処理されたという。
ずいぶんと好色な女で、上役の男が持て余していたのだろう、と噂されていた。
えっ。俺が出会ったお七さんは、本当に人間だったのか、って?
いや、マジの猿みてぇにビュンビュン跳び回ってたから、怪しいもんだなとは思うけど。それ言っちゃ、サクヤお前もそうなんだけど。
えー。お七さんってさ、闇殺しの幽霊だったりするんかなぁ。
俺、あの人が人間かっての、ふたりと話してるうちにちょっと自信なくなってきたわ。
丑の刻参りしてるところを俺が見ちゃったから、呪いが返ってきて、殺されたお七さんの骨とくっついてた木ごと焼けてなくなっちまってたんかなぁ。
それじゃやっぱ、大変なことになっちまったかもしんねぇよなぁ。うん。