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壬生怪談・百物語




〇八八・「雑面」(雑面ノ鬼)


 さる、八月十八日の政変の夜のことだ。
 我々雑面ノ鬼は、でかい顔をして京をうろつく会津兵や、昨今にわかに勢いづいてきていた壬生浪士組を次々と打ち破り、その魂を刀で吸い上げながら躯を積みあげていた。
 しかし、殺した奴らのなかに、どうも妙な死体があってな。
 何人か、食えん者がいたのだ。

 我々が預かっている刀で人間をえいと斬ると、刃は血を吸うとともに、その身に宿る魂を食らうだろう。それが、うまく刀に吸い込めぬ。
 一度刃を入れたくらいでは食いきれぬほど、強い魂を持った者たちだったのかもしれんというので、そやつらを皆殺しにしたあのお方が興味を抱かれた。
 我々は言われた通りに、死んだ壬生浪士組のかしらの躯から首を斬り落とし、持ち帰って調べることになった。会津兵が仲間の死体を引き上げに来る前に、御所を立ち去ったのだ。
 身を隠していた屋敷へ戻り、それではと、割って中身を改めようとしていたところに……。

「首を返せ」

 全員殺したはずの壬生浪士のうちのひとりが、飛びこんできた。
 異様な風体だった。半身は欠け、白くにごった目から、とどまることなく血の涙を流している。
 あきらかに、生きているはずのない傷を負っている。
 躯だ。それが体を引きずりながら刀を振りまわし、奇声をあげて暴れはじめた。
 我々は、人には魂があり、刀におさめて溜めることができると理解しているが、それはあの方の奇跡の御業によるものだからだ。
 その辺に転がっている躯が、自力で起きあがってきたところなぞ見たことがない。
 そも、壬生浪士組の奴らは、揃いも揃って妙だ。刀で斬っても魂が吸えぬ。殺したはずの者が起き上がって襲い掛かってくる。
 案外みな、人知をこえた化け物どもが、人に化けてまぎれこんでいたのやもしれん。

「首ッ。首ッ。返せッ」

 動く死体は、仲間の首を取り戻しにきたのだ。
 では首さえ得れば、納得してまた死体に戻るのかもしれないが、こちらは上の命令で、持ち帰ってきた壬生浪士組の幹部の首を調べねばならぬ。奪い返されては、それこそ我々の首がとびかねん。
 各々がひとつ首を持って、散り散りに逃げた。

「あの人たちの首ぃい。逃がさぬ。ひとつ残らず返せえええぇ」

 ほかの者は、追い立てられて斬り捨てられ、そのしびとの仲間に引きずり入れられて、手に入れた首も奪われてしまったが……。
 己はなんとか、逃れることができた。
 あの化け物から、目当ての首を隠しておけるところへ運ぼうと、人気のない夜道を走っていると……。

 ──土佐の高知のはりまや橋で、坊さんかんざし買うを見た。

 前から、呑気に唄を唄いながら、酔っぱらっているのかフラフラとした足取りで、誰かが歩いてくる。
 十中八九は土佐藩士だ。あそこの者は京の町で故郷を想って、よくその土佐の流行り唄を唄う。
 会津藩の追手ではなかろうと、ひとまず気が抜けた。
 法衣に袈裟を巻いているので、坊主だろう。しかし、遠目ながら、妙に背が低い。
 近づいてくると、そいつの異様さがわかった。
 首がない。
 胴の上に、あきらかに斬首されたあとがある。そこから吹き出す血はもう固まっていた。
 そのけばだった肉の下から、唄が鳴る。ゴボゴボと空気を押し上げながら、そいつはよさこい節を唄っているのだ。

 ──思い叶わにゃ願かけなされ、はやる安田の神の峰。

 あっけにとられていると、二番がはじまった。
 首なしのしびとは、陽気にフラフラと前後左右に揺れている。視界がないせいだろうが、踊っているようにも見えた。
 あまりに面妖なものにカチあったせいで、体が固まっていた。
 思わず、「あっ」と声が出る。
 すると首なし坊主は足をとめ、唄うのをやめた。

「あーっ、なんか、知らない人の血のにおいがする! 仏さまのにおいがするね! あっあっ首! 首持ってるんじゃない!? そこの人! 死にたての新鮮なやつ! ねぇねぇねぇ! 首! 持ってるでしょ!」

 先ほどの首追いの壬生浪士の躯といい、わけのわからぬあやかしが次々と、首首首と迫ってくるので、ひっ、と思わずひきつった悲鳴がこぼれた。
 首なし坊主は、首、首、と嬉しそうに叫びながら、こちらへにじりよってくる。

「不便なの! 首! ないと前見えなくって! なんにも見えなくて困っちゃう! あはは! ねぇねぇそこの人、いらないんなら僕にひとつちょうだい! どっちでもいいから!」

 どっちでも、と言われた瞬間、背筋が凍りついた。
 己がいま、手につかんでいる死んだ浪士の首か。それとも、この体についている首か。
 どちらかを、この化け物に持っていかれるということだ。
 手柄は惜しいが、命のほうが惜しい。
 大義のためにこの命を使うことは、まったく苦にならないが、道端で出会った怪異にとられるとなると、話は別だ。
 思わず、つかんでいる首を、その首なし坊主に投げつけた。

「うわっ、投げてぶつけないで!? 渡し方雑だよー勢いが良すぎる。でもありがとう! 見知らぬ親切なお人。助かったよぉ〜」

 化け物ののんびりとした声を背中のうしろに聞きながら、必死で走って逃げた。
 その後のことは、よく覚えていない。

 あの首なし坊主、あれから遭わないが……。
 首を手に入れたからには、胴の上に乗せて何食わぬ顔をして、今も夜の町をフラフラと歩いているのかもしれない。
 酔っぱらったような、浮ついたような足音を町なかで聞くと、今でも恐ろしくて身がすくんでしまうのだ。

 そんなわけだ。暇つぶしの百物語の、にぎやかしにはなったか。
 ろうそくをひとつ消すぞ。さて、次の奴の番だ。

 羅生丸さま、遅いな。まだお戻りになられないのかなぁ。
 死んだはずの実の兄貴が生きていたって聞いてから、あの方は様子が少し変だよな。
 まだ子どもみたいなお年だし、無理もないか。亡くしたはずの家族が生きていたと知れば、心が揺れてしまうこともある。
 俺たちみたいに年を取って、本当にもう何もなくなってしまうと、ああして迷う余地もなくなってしまうものなあ。

 皆でいっしょのほうを向いていると、目つきが似てきて、だんだん顔つきも似てきてしまった。同じ服着て、同じ面をかぶって、同じように髪を刈ってしてると、そのうち誰を見ても同じ人間みたいに見えてくる。
 俺は、俺たちに成った。
 すると、楽になったなあ。
 家族や友人みたいな、個人的でつまらないことで、いちいち心が震えていたあのころが嘘みたいだ。
 この国のために刀を振るのは、何よりも誇らしいことだ。我欲を消して、己を殺して、偉いお方のご意志のままに、お仕えできることに喜びを感じているよ。

 羅生丸さまも、今は迷われているようだけれど、死にぞこないの兄貴を斬ったら、こちら側へ戻ってこられるさ。
 賢いお方だから、まさか道を誤られたりはすまいよ。
 兄殺しのお祝いの酒やごちそうでも、今からこっそりご用意させていただくかぁ。




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