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壬生怪談・百物語




〇八九・「兄弟」(ギャタロウ)


 よお、局長。こんな夜中に、まだ起きてやギャんのか。
 明日も早いだろう。とっとと寝ちまえ。オイラぁ、もすこし呑んでから戻るわ。
 あん? おめえさんも欲しいのか。
 酒ェ、もうほとんど中身ねぇぞ。瓶の底に溜まってる澱ぐれぇなもんよ。
 そんでもいいって。物好きだねぇ。

 ほれ、庭の隅がピカピカ光ってるだろい。最近は、夜になると蛍が見れんだよ。

 ──物おもへば 沢の蛍も 我が身より あくがれ出づる 魂かとぞみる

 考えごとをしてると、飛んでる蛍ってのは、自分の体から抜け出した魂じゃあねぇかと思えてくる。
 そういう意味の歌らしい。どこで誰に聞いた短歌だか思い出せねぇが、大方泥酔してるときにでも、坊主のやつに聞いたんだろう。あいつぁ、洒落た言いまわしが好きだからな。

 「ギャタロウ、雑面ノ鬼とつながってた弟分を殺したのか」ってか。
 声デカいおめえさんが、珍しく静かにジッと黙ってるかと思や、その話か。
 気になるか。局長も、弟が道ィ間違えちまったんだったよな。
 ああ。逆に、うちじゃ珍しくもなんともねぇや。よくあることだい。
 なんでだって、そう大声あげんじゃねぇ。耳が馬鹿になっちまわぁ。

 百人斬りだとよ。
 オイラの弟分がやったんだよ、局長。
 大御所のサクヤほどまではいかねぇギャ、近ごろ町を騒がせてた辻斬りだ。
 昼間は芝居小屋で端役やりながら、獲物を物色してやがる。夜になると出かけて行って、闇にまぎれて一突きよ。
 出所の知れねぇ妖刀握って、この刀があんまり斬れる。
 一振りすりゃ、ロクに剣を振ったこともない奴が、人をバッサリ真っぷたつにできるほどだから、楽しくてしょうがなくなっちまった。
 今までいじめられてた弱い奴ほど、いざ自分の手の中に、相手のタマをどうこうできる強い力を握っちまうと、気が大きくなって他人に振りかざしてやりたくなるもんよ。
 力が弱いばっかりじゃなく心も弱いとくりゃ、刀一本に人間様が負けちまって、飲みこまれちまうんだな。

 そいつ、まだまだ人斬り見習いの最初のうちは、身内の小さいのを人気のない場所にさらって、試し斬りに使っちゃ山に埋めてたそうだ。そう、弟が弟を殺しやギャったのよ。
 子どもじゃ斬り心地が物足りないとなってくると、次は芝居見物に来てた婆やら、腹にややこのいる母ちゃんやら、若い娘っこやらの弱い人間を狙うようになった。
 妖刀があんまり危なげなく斬れるもんだから、もうちょっとデカい獲物もイケそうだと思ったんか、その次は年寄りやら酔客やらの、隙のある男も狙うようになった。
 ガタイのいいのは狙われなかったみてぇだな。侍や力士となりゃ、まだ恐ろしくて隠れてたんだよ。
 そういうどうしようもねぇ奴が、オイラの弟分だったんだよ、局長。
 夜のあいだに身内の下のガキどもやら、弱い女ァいたぶり殺して、昼間は人懐っこくオイラを兄貴兄貴と慕ってきやがる。
 そのくせ雑面ノ鬼に兄貴を殺せとけしかけられると、ハイハイと揉み手しながら頷いて、罠をしかけた芝居小屋に誘い出してきやがる。
 な、クソだろ。反吐が出るぜ。

 そいつぁ、生まれつき残酷な性格をしてたのかって?
 イヤイヤ、生まれつきは、人一倍優しい奴だった。
 兄貴分が食いっぱぐれりゃあ、自分も腹減ってるくせに、握り飯を分けてやっちまったりする。
 喧嘩も嫌いだった。だから剣なんか振ったこともねぇ。
 顔の造作がいいくらいが取柄だったから、役者になったと聞いたときゃ、なるほどなあと納得がいったもんよ。
 なんだってそいつぁ、人殺しにはまっちまったのかな、って?
 運が悪かったんだろう。逆に、それ以外に思いつかねぇよ。
 うん、そんな言葉で済ましちまっていいのか、って?

 なぁ局長。オイラたちは藤堂の旦那に拾われて、こうして新選組のお侍様に成った。町の奴らを助けては感謝されて、立派にお役目を果たしているだろうがよぉ……。
 逆に、オイラたちが咎人になったあの時、雑面ノ鬼連中に救われて、拾われてたらどうだった。
 オイラァ、生きのびるためならなんだってするぜェ。妖しい妖刀握って、今までオイラたちのことを馬鹿にしてやギャったいけすかねぇ侍野郎を、ためらいなくバッタバッタと斬り捨ててただろうよ。
 こりゃいいや、こんな力があるのなら、毎回オイラをしょっぴくウゼェ奉行所連中も、金ェ盗まれてぶうぶう言う金持ちも、まとめてみんなぶっ殺してやる。今のオイラなら腐りきった世の中にはびこるゴミどもの掃除ができるんだ、ならやるっきゃねぇだろう、ってなもんよ。
 人間ひとりになりゃあ、自分の心をごまかすことなんざ、かんたんにデキちまわぁ。
 それこそドタマにゲンコツ食らわせて、「何やっておるんだ馬鹿者」と母ちゃんみてぇに叱ってくれる、藤堂の旦那みてぇなお人がいなけりゃ難しい。
 非力な坊主に「ダメだよ」と優しく諭されて、わかりましたと言うこと聞けるお医者先生は、よっぽど聞き分けのいい、おとなしいお人なのよ。

 おめぇさんだって、新選組の替え玉になる前は、侍相手の辻斬りみてぇなことをしてたって聞いたぜ。近藤局長。
 今みてぇに誠だ、立派な侍だなんつってられんのは、生きるのに余裕ができてきたからだ。明日の朝は十中八九、床のなかで目が覚めて、無事にお天道様が拝めるだろう、ってよ。
 食うに困った奴にとっちゃ、誠の心なんざ、豚の餌にもなりゃしねぇ。
 まずはおまんまたらふく食わせてくれて、何不自由ない金子を与えてもらって、話があるならそっからだィ。
 逆の逆な話、そういうもんだろう。

 ──間が悪かった、運が悪かった。
 逆に、そんな一言二言で済んじまうことだと思うと、やりきれねぇよなあ。
 辻斬りになったオイラの弟分のあいつだって、綺麗な顔なんかに生まれてこなきゃ、芝居小屋に売られた先で女形の修行だとか騙されて、男相手に売色なんざ薄気味悪ぃ仕事することもなかったんだ。
 そんで客に病気をうつされて、先の知れねぇ命だってんで、クソな世の中を恨んで気が荒んじまうこともなかったんだろう。
 もし、ひとつふたつ、人生にかけ違いがあったら、今ごろどっかで普通に所帯もって暮らしてたかもしんねぇ。それでなくとも、うちには腕利きのお医者先生がいる。病気は治せたかもしんねぇんだ。
 まだやり直せるところで、助けてやれりゃよう。
 兄貴分と呼ぶなら一言オイラを頼ってくれりゃ、なんとでもなったかもしんねぇんだ。

 それでもやっぱり、やっちゃいけねぇことやっちまった奴は、オイラ許せねぇのよ。
 お上の法度ってわけじゃねぇ。たとえお天道様に恥ずかしいマネしてようが、生きてりゃ勝ちだと、オイラァ思うわけよ。
 しかし自分よりも年下の、自分を兄貴と慕ってくる身内のガキや、丸腰の女どもを襲って刀ァ振るうようなクズ野郎は、逆に兄貴と呼ばれるからこそ、オイラァ特に生かしちゃおけねぇのよ。

 結局、オイラはかしらだなんだとガキども相手にイキってるくせによう。
 いつも、肝心のところで間にあわねぇんだよなぁ。はぁー。向いてねぇかもしんねぇわ、かしら。
 うおっ。なんだい、局長。一番星。
 顔真っ赤にして、おいおい声あげて泣いてやギャる。酒瓶の底に溜まってる澱なんかで、そこまで酔っぱらっちまえるもんかい。
 ツキトォー、ってか。おめえさん、いつもそれだな。
 ぎゃっぱ血のつながってる、たった一人だけ残った実の弟ってのは、兄貴にしてみりゃ特別なもんなのかねぇ……。
 オイラ、家族に血のつながりなんか関係ねぇと思ってるが、いたことねぇもんとは比べらんねぇから、いまひとつわかんねぇや。
 ツキトの尻は大丈夫だろうか、って? ああ、オイラの辛気くせぇ話、おめぇさんの境遇に重ねあわせて聞いてくれてたんだなぁ。
 まぁ、たしかに羅生丸のギャツは、町じゃそうそう見ねぇきれいな顔をしていたが……。
 羅生丸じゃねぇ? ツキトは村一番の器量良しだったおっ母にそっくりなんだ、って? うんそか。
 おめぇさんの弟なら、もし陰間茶屋に売られても客のチンコを食いちぎりそうな凶暴さだし、まぁ大丈夫じゃねぇの。知らんけど。
 逆にオイラがツキトの気持ちになって考えたら、おつむも尻も隙だらけの危なっかしい兄貴のほうが心配で、気が気じゃねぇやい。

 自分はどうすりゃいいんだろうって、オイラに聞いても知らねぇよ。
 おめえさんがやると決めることは、おめぇさんにしかわかんねぇし、頭でわかっちゃいても体がいうことを聞かねぇ時もありゃ、その逆もある。
 案外、坊主がいつも言うような、そん時の気分で動くってやり方が、おつむグルグル回すのがうまくねぇオイラたちにゃ、向いてるのかもしんねぇな。
 藤堂の旦那が言うような「誠の心」ってもんは正直よくわかんねぇが、オイラたちのなかにも、ひとつくらいはそういうシッカリしたもんがあるはずなのよ。
 あとで後悔するくらいなら、やれることはやれるだけやったほうがいいぜェ。
 なんにもできなかったダセェおっさんから若人に言えるこたぁ、そんくらいだい。




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