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壬生怪談・百物語




〇九〇・「百一」(羅生丸)


 何をしていた。百物語?
 ばかばかしい遊びをしていたんだね。よっぽど暇なようだ。

 僕が知っている怪談が、何かないかだって。知らないよ。
 恐ろしいと思うから怪談なのだろう。母さんを殺したあの日から、僕は何かを恐ろしいと思ったことはない。誰の死も、魑魅魍魎も、等しく心が動いたことはない。
 怖い話がなければ、不可思議な話でもかまわないって。まあ、いいか。
 お前たち、僕が最後に話したら、今夜はお開きだよ。いいね。

 以前、淀川に出た巨大鮫を覚えているだろう。
 水に入るものをことごとく食らう。船を見れば沈めて、こぼれてきた人間を食らう。うちの者も何人も食われたっけね。
 巷では、突然変異だ水の神だ海の怪異だと騒がれていたが、あれの正体はわかっている。
 霊式兵器を造る過程で出た汚水に獣を浸していると、何代か重ねたのちに、ああいうものが生まれるんだ。
 血の一滴まで残らず汚染が進むと、奴らは正気をなくして人を襲いだす。多くの人を食い散らかして、最後に霊式兵器の輝きと同じ色を宿す、「完成品」を産んで果てる。
 僕には、妖刀を造る過程をなぞっているように見えるね。性質も同じく。刀と違うのは、生きて食らい老いていき死ぬというところ。
 まともな生き物ではない。人に使われるのに、あまりにふさわしい。物だ。式神を作るのに重宝するというが、そちらは僕は門外漢なのでよくわからないよ。

 たまにそういう生き物が生まれ出るのだけれど、さて見つけるのが難しい。
 何十、何百、何千人の想いがこもって生まれてきたわけだ。無数の人の魂をとりこんで生まれた物だけに、やたらと知恵がついていて、普通の人間よりも頭がまわる。
 しかし、死に際の後悔だけを注がれて生まれた生き物なんて、呪物に違いないだろう。

 前に見つけたそういう生き物は、紫色の毛皮をした貂だった。
 家々に現れては火事の予言をしていくという、不気味な雌の貂を駆除したときに、腹のなかにいたのを取り上げたんだ。
 「狐七化け、狸八化け、貂九化け」というだろう。
 貂は化ける力が、狸や狐よりも強いとされている。
 一年かそこらばかり育てたけれど、たしかに普通の生き物ではなかったな。
 ものを教えれば教えるほどに覚えこんでいく。ひたすら人のやることに興味があった。
 名前は貂一といって、これは僕が奴にせがまれてつけたのだけれど、とうとうめりけんの言葉まで話しはじめた時は、正直驚いたね。きっと僕やお前たちよりも、地頭が良かったよ。
 言葉遊びが好きで、駄洒落ばかり言っている。ことあるごとにことわざや短歌を引きあいにだす、妙な毛むくじゃらだった。

 貂一は今はどうしているのかって?
 死んだよ。
 突然死んじゃったんだ。自殺だ。獣のくせに、自分で自分を殺してしまったんだ。

 あるとき貂一は、自分が何者かをわかってしまった、と言いだした。
 何者かなんて、皆が知っていることだ。霊式兵器の汚染水から生まれた呪われた出自であることを、誰かが教えたのか、自分で調べたのかは知らないが……。
 あいつはそれを気に病みはじめ、それから急におかしくなった。自分は悪ものだと元気をなくし、人に化けるのをやめてしまった。
 心によすががなければ、人は生きられないのだと、死ぬ前の晩に言っていたっけ。
 自分で作った毒を飲んだ最期のときに、苦しみながら何か喋りたそうにしていたが、結局何も言うべき言葉が見つからなかったみたいで、静かなまま死んでしまった。
 最期の最期に、人間みたいに辞世の句でもよみたかったのかな。
 それとも、神頼みの念仏でも唱えたかったのかもしれない。祈り、とか。
 そうだった、人が神という不確かなものにすがることや、祈りを捧げることがあるって、無意味だからと教えてやったことはなかったな。
 けだものが、あいつらを殺して食らう人間の考えた絵空事の神に祈るなんて、おかしな話だけれど……。
 あいつは小さな音にも驚くようなビビリのくせに頭が良すぎたから、そういう手をあわせられるような気休めを欲しがってたのかもしれない。

 神様みたいなものがなければ、あいつみたいな弱い生き物は、ほかに同じ種の生き物がいないこの世で生きていくという孤独には、耐えられなかったんだろうね。
 僕はあのお方を信じ、生かされていることで、自分が許されているんだと感じて安心している。
 生きていることを誰かに認められていると知っていれば、自ら死ぬような愚かな真似はしない。
 あいつもあのお方を信じていれば、今頃まだ僕の肩の上で、馬鹿みたいにふざけて駄洒落を言ってたのかもしれない。
 自分で自分を殺すなんて、弱くて馬鹿なやつのすることさ。
 なんの得もないじゃないか。いまだに意味がわからない。

 だから僕があの女と遭ったのは、二匹目、ということになるのかな。
 先日、大坂湾で、新選組連中が巨大鮫をうちとった。
 あの巨大鮫は、気が狂ったように餌を求めて人前に出てきたろう。僕は、前によく似た奴を見たことがあった。貂一の母貂が、そんな感じだったんだよ。
 火を出して、焼け跡で人の躯を食らうあやかしがいる。出没する頻度が異様に多いものだから、人の目に触れる機会が多くなる。
 貂一の母貂は凶暴で、僕らが討伐に出向いたときも、下の者が何人も死んでたな。
 案の定、あの巨大鮫も腹に卵を抱えていた。
 僕は新選組の奴らが鮫を駆除するところを見計らって、卵を奪った……あいつらは何も知らずに、鮫退治を一生懸命にやっていたよ。
 頭の悪い奴らばかりだから、利用してやるのにあれほど便利な集団はない。さすが、猪突猛進の近藤勇局長殿とその腰巾着一派だよ。

 奴らが鮫の卵を得たところで、使い道といえば、せいぜい切り刻んで調べて、何もわからぬと放り出して終わりだろう。
 価値を知っているものの手にわたってこそ、意味があるものだよ。

 持ち帰った卵は、桶のなかで震えたり飛び跳ねたりと忙しかったけれど、中で暴れまわっていたのが、ほどなくして生まれた。
 ぼうと光る妖刀のような、濃い紫色の体の鮫だ。
 ヒレのついた蛇みたいな体をのたくらせながら、卵を食い破って出てくる。
 桶の水の中から頭をだし、観察している人間の姿を見上げてくる。仔鮫は大きく口をあけて、間の抜けた顔になり──。

『顔がいい……!!』

 驚愕して叫んだ。
 生まれながらに人の言葉を解することには驚いたが、あの巨大鮫が食い荒らしてきた人々の魂の数を思えば、納得はいく。
 こいつが生まれるために犠牲になった人間の数は、貂一の比ではないだろうよ。
 鮫に人の美醜がわかるのかは知らないけれど、『なんて顔がいい男なの、お空の彼方から地上へお散歩に降りてきた月の帝かしら』とか騒いでいる。
 なんだこいつ、と思いながら、手のひらにちょうど乗るくらいの大きさの仔鮫が、桶の中で飛沫をあげながら暴れまわっているのを見ていた。

 淀川を根城にしていた巨大鮫から生まれたので、名前は「お淀」ということになった。
 せがまれたので僕がつけた。喋るけだものは、人に名前をつけてもらうのを好むらしい。貂一も同じだった。
 雌の鮫だ。かしましくうるさい。
 エラ呼吸のくせに水から顔を出して、人が知りたい僕のことが知りたい、人肉のおいしみだけじゃなくお話もしてみたいのだと、ああだこうだとひとりで騒いでいる。

 鮫の飼い方など僕は知らないので、いくらか大きくなったのち、母鮫の故郷の川の上流へ放した。
もともと妖刀の工場があった場所だ。
 あのあたりの山は、汚染水の溜まりが多く残り、穢れて悪くなった人の魂が豊富だ。霊式兵器のなりそこないが、生きて大きくなるには不自由しないだろう。
 餌が物足りなくなれば、親と同じく大坂湾に出て人を食い、自発的に人の魂を集めてまわるだろう。よく働いてくれることを期待する。
 お淀は親殺しの新選組への復讐に燃えていたが、川に放す際に、「さよならだけが人生よ、だーりん」と寂しがって泣き崩れていた。
 興奮したときの習性で、顎が伸びて目鼻より前に突き出す。顔キッモ。
 こっちは、鮫のつがいになる予定はないんだけど。
 僕はだーりんではなくお前の神であり、生きることを許してやろう、と──。
 勝手に死んだ貂一の失敗を鑑みて、ひとつだけ嘘を教えた。

 こんなところでいいかい、お前たち。百物語の集まりは、これでお開きだ。
 ばかばかしい遊びをしている、と言ったろう。
 この時期になると、いつも誰かしらがやらかすんだが、お前たちはまだ知らなかったんだね。ここへきて一年もつ奴なんて、そういないからねぇ。
 百物語にはお作法というものがあってね。百話目の話は、決して語ってはならない。語りだした瞬間に、青行灯が現れる。
 現れるといっても、形があるわけではない。何が起こるかわからない。
 いや、なんだかわからないことが起こって、その現象すべてをまとめて青行灯と呼んでいるんだろう。
 知らなかったかい? 遊びじゃすまないんだよ。
 頭が悪いということは、自らの命を守る方法を知らぬということ。
 そこらの有象無象が酒の席でやらかしているならまだしも、人の魂という、目に見えぬものをたぐりよせ、呪を扱い式を使役する陰陽道宗家の屋敷でやることではないよ。
 良い勉強になったろう。もう教訓が生かされることはないけれど。
 
 今宵の青行灯は、血天井だったようだね。
 人としての姿かたちは残っちゃいないが、部屋にまだ魂の残りかすが焼きついている。すこし食べ残されたか。悪趣味な。
 それだからあいつらは、毎夜百物語を繰り返すだけの怪異と化していたようだ。
 僕が来て、百に加えて一話めを語ったとたん、何もかもが消え失せた。
 もう、とっくに魂も持ち去られていたんだな。
 部屋はからっぽだ。天井に、乾いた血がこびりついている。
 名も知れぬ奴らが残した生きた証は、ただの染み汚れだけだ。




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紫鈴堂・えしゅ 2023」−