家のものの話といえば。
小生はこの年になるまで、血のつながりや家族なる集合体に、とくに興味を向けずに生きてまいりました。
あってもなくてもとくに構わぬもの、といいますか。
かかずらう暇があるならば、書を開き新たな知識を取り入れたいと考えておりました。面白きことが多い世に生まれて、人の一生はあまりにも短いですので。
しかしながら、最近では少々考え方が変わってきておりまして。
身近にあるもののことは、ついわかったつもりになりながら、じつのところはろくに知らぬことも多いものです。
ものを知るときは、やさしい事柄からはじめて、徐々に学びを深めてゆくもの。
いきなり難解な書物に挑んでも、これは唐国からきた言葉なのですが、聞いて分からぬチンプトン、見てもわからぬカンプトン、まさにちんぷんかんぷんになって飽きてしまうのが関の山です。
つまり小生には、家族なるものの言葉がわからなかったのです。
父が子をいさめるたびに口にする、家の名に恥じることをするなですとか、診た患者ばかりでなく、お身内の心情をくむことも医者のつとめですとか。
なぜそうせねばならぬのか、理由がわからねば納得はできません。医者の領分は、患者の悪いところを治すまで。ほかは余分です。
どうあれば正しいものかも、そもそも正解なぞ誰も知らぬようなことを、皆、当たり前のように承知していたのです。
そも、小生がそれに気づいたのは、スズラン殿とお話をさせていただく機会が多くなってきたあたりのことでしたか。
雑面ノ鬼の妖刀で傷ついた方が、こちらの処置はなにも問題がなかったはずなのですが、みるみるうちに衰弱してゆき、お亡くなりになることがありました。
ご遺体を調べれば、何かわかるかもしれません。それなので、しびとの墓を暴きましょうと提案したのですが、スズラン殿に「ダメだよ」と諭されてしまいました。
普段は物腰が柔らかく温厚なお方ですが、人を叱るときは表情と声が硬くなられて、小生としましては怒ったスズラン殿は、藤堂殿が落とされるゲンコツよりも怖いのです。
すぐに続けて、身内を亡くしたばかりのご遺族が、墓を暴かれご遺体を引きずり出されて切り刻まれるのは、心が耐えられないのだと仰る。
人の身は、死ねば無になるのです。しかしそう考える者は、じつのところ多くはありません。
地獄極楽の想像図を描き、鬼や幽霊を恐れて、神仏に手をあわせて日々を過ごしている者が、この国の人間の大部分ではないでしょうか。
ご遺族もまた、死後の極楽往生を願って、ご遺体に手をあわせられるのです。
ご遺体を傷つけられるのは、亡くなられた方に近しい者にとっては、ただ物となり果てた躯を損壊されるというだけではなく、その方の魂そのものを踏みにじられる心地がするものといいます。
小生、お身内の方の心持ちまでは、想像が及びませんでしたァ。
では、これまで小生が墓を暴いて盗んだご遺体の、生前を知る方々にとっては、小生はたちの悪い辻斬りと何ら変わりのないもの。
だからこそスズラン殿の、「ダメだよ」という言葉だったのでしょう。
人の命を救うためにある医者の身でありながら、故人を二度殺してはならぬ。そのお方を大切に想う者の心を、辻斬りのごとく斬りつけて殺してはならぬ。そういう意味なのですね。
理由がわかりましたので、腑に落ちました。
己の行動が原因で、誰か傷つくものが出る。その傷は体につくものとは限らず、心に刻まれるものかもしれぬ。
心にできた傷は、目に見えません。しかし、心身一如と申しますように、心への影響は必ず体の表にあらわれるものです。
いやはや、医者が力及ばず患者を救えぬばかりか、自らご遺族を傷つける真似をしてしまうところでした。
どうされました、藤堂殿。お主の情緒は赤ちゃんではないか、と?
お恥ずかしながら、以前アキラ殿にもそう言われました。
書ばかりに熱中し、人の道の、やさしい入門の部分も知らぬ者が、人の集合体のなかに入って、わからぬことをわかったと思いこみ、つまらぬものだと判じて興味をなくす。
なんという、勿体ないことをしていたのでしょう。
己の興味のあることばかり、夢中になって話すのを、最初から最後まで聞いて頷いてくださる初めての友人ができました折に、しばらく悔やんだものです。
しかし、人がみな面白いというわけではなく……。ともに過ごす時間が、とても有意義で楽しいものになりますのは、お相手がスズラン殿だからなのでしょう。
そういうわけで、お付きあいをさせていただく運びになったわけですが。ふふふ。
小生が、のろけを言うまでに情緒が育っていて喜ばしい?
はいぃ、おかげさまで。
そういうわけで、この年になって、ようやく身内の話が理解できるようになったのです。
父や兄は、スズラン殿と文のやりとりをするたびに、小生の近況を聞いて喜び、敷地内にあるスズラン大明神のお社に手を合わせているのだとか。
物心ついたころより書庫にこもり、顔もあわせず、いないものと変わらぬと思っていた家族の話も、スズラン殿の口から楽しそうに聞かせられますと、たいそう面白いもののように聞こえます。不思議ですね。
小生の家族の話は、そのようなものなのですが。
スズラン殿のお身内の話を、藤堂殿は聞いたことがありますか。
大坂、堺の少林寺なる寺にて住職を務めていた、白蔵主なる化け狐。山で、化け狼に襲われていた人間をかばって亡くなられたと──義父上殿のお話は時折、聞かせていただきます。
しかし、お義母上殿の話となると、ひとつも耳にしたことがありません。
いえ、一度、スズラン殿が生まれてすぐに亡くなられ、父親に男手ひとつで育てられたとうかがったことがあります。
小生の父は、スズラン殿のお父上殿とは知己の仲でした。
すると、スズラン殿のお母上殿のことについて、なにか知っているかもしれません。
お身内を大切にされるスズラン殿です。思い出話のひとつでもあれば、あの方は喜ばれるのではないかと考えまして……。
藤堂殿? 目頭をおさえて、どうされました。
普通に優しい子に育ってくれたのが嬉しい? はあ。
ふふふ、まるで藤堂殿こそ、我々の親のようですね。
この身は新選組へ来て生まれ変わりましたゆえ、あながち間違いでもないかと思うのですが。
小生の父のもとに、ご存命のころのスズラン殿のお父上殿から、寺の住職を辞したのちに、山奥で庵を開いたという知らせとともに、幾度か文が届いたようなのです。
スズラン殿の生家は、人死にが多い山にありました。町で行き詰まった者たちが訪れては、首をくくってしまうのだそうです。
義父上殿が庵をそこへ開いたのは、自死を選んだ人のところへいって、思いとどまるようになだめようとしてか。それとも、誰も知らぬところでお亡くなりになったご遺体に手をあわせて、念仏を唱えて弔ってやろうと考えられたのかもしれません。
ある時、義父上殿は、山で今にも首を吊ろうとしている女人を見つけました。
そんなことをするものではない、生きていれば良いことがある、今死なずとも人はすぐに死ぬものだし、それまでにひとつふたつはまた良いこともあるだろう──そう言って諭すのですが。
慌てるあまりに狐の耳や尻尾がまろびでて、こんこんくわくわとしか喋れなくなってしまったようなのです。
女人のほうは、とつぜん法衣に袈裟姿の狐が現れ、二本足で立って、何やら必死にこんこんと鳴いて訴えかけてくるもので……。
「すっごいもふもふ」
そう驚き唖然として、毒気を抜かれて、死ぬ気も失せてしまったようでした。
女人が落ち着くのを待って、義父上殿は身の上話を聞いたそうです。
そのお方は、名をおよしと名乗りました。明るい若草色の髪色の、とろけるようにかわいらしい女人だったとか。
生家は遠く長崎のほうにありましたが、双子の兄が死産でしたので、縁起が悪いと忌まれて、生まれてすぐに遠い縁者がいる松原のほうへ養子に出されました。
もとはおたけという名だったそうなのですが、そのときに、およしと名を改められたそうなのです。
ところで小生にも、偶然ですが、生き別れの双子の妹がおりまして。
人の死を司る北極星の化身、玄武神の加護を受けて、死産の赤子がよみがえったというので、「玄」の字を小生が。そして「武」の字を片割れの妹がいただき、お武と名付けられた娘です。
小生の家は、昔から蛇のあやかしの気を損ねるのを恐れており、娘が生まれれば嫁に欲しいなどと言い出されぬうちに、よその家へ養子へ出してしまうのです。
生まれてこの方、妹のおたけには一度も会ったことがありませんので、どのような姿に成長しているやらわかりませんが、いやはや奇妙な合致があったものです。
およし殿は、月に一度二度、いやな夢を見るのだと言います。
己のなかに、大勢の人間がギュウギュウにつめかけてきて、とうとう体が破裂してしまうという夢なのです。
目が覚めると、夢を見た日は気が昂ぶり、家族友人にひどいことを言ってしまう。昨今は夢を見る頻度が増え、夢うつつの境目があいまいになり、わけもわからぬ怒りに狂わんばかり。
何より恐ろしいのが、夢に出てくる苦悶の形相のしびとたちが、昼夜問わずに現れ出でては、人を殺せ食らえとわめいて叫ぶ。
ほかの誰の目にも見えぬ、そういうあやしいものを見て悲鳴をあげるたびに、およし殿は気のおかしい女人だと思われるようになり……。
そのうち狐憑き、およし狐と呼ばれて皆に嫌われてしまったのです。
このままでは、今に誰ぞを、気の迷いで殺めてしまいかねない。
己は生きていてはならぬ、死なねばならぬと、およし殿は泣いておりました。
狐憑きのおよし狐ならば、狐同士で気があうこともあるだろう、しばらく人のおらぬこの静かな庵で暮らしなさいと、義父上殿はおよし殿に声をかけ、ふたりはともに暮らすようになりました。
およし殿は、義父上殿の身のまわりの世話などして過ごしましたが、やがてふたりは結ばれ、ややこが産まれ──。
そのややこというのが、紫色に輝くような、珍しくも美しい毛色をした、人語を解する狐でした。
およし殿……いいえ、義母上殿は、子を産んですぐに、生命すべてを吸いつくされるようにして、衰弱して亡くなってしまわれたそうなのです。
ええ、義母上殿は、生来体が弱かったのです。
雑面をかぶった身元のあやしい薬売りより、幼少のころから滋養強壮の薬を買い、飲み続けていたそうなのです。
我々が破壊した妖刀工場より出る汚水。あれを飲み、穢れを体に蓄えて狂う獣を、幾度か見てまいりました。
およし殿の狂乱によく似た症状だな、と感じました。
市井の人々に妖刀を与えてそそのかし、人を斬らせて魂を集める、雑面ノ鬼の所業。
同じように、死ぬさだめの者に良薬と偽り劇薬を与え、自分たちの利になるようなものを生み出そうと画策していたとしても、不思議ではないのです。
いかがしました、藤堂殿。
そのおよしという娘の出自が気になって、途中から話が入ってこなかった、と。
スズランの御母堂は、お主の生き別れた双子の妹のおよし、もといおたけなのではないか、と──。
いやはや、まさか、そこまでの珍奇な偶然が重なることもありますまい。
いまさら確かめるすべもありませんし…。
スズラン殿にはこのことを話したのか、と。いいえ。
のちほどお話ししようと思っていたのですが、すこし迷っているのです。
体の弱い義母上殿の命を、吸いつくして生まれてきたなどと知れば、あの方はお優しいので気に病まれるのではないかと心配なのでして。
情緒が育っているのは素晴らしいところだが、真相が気になりすぎて夜も眠れぬ、と。
では、眠り薬を処方しましょうか。お主、そういうところだぞ、ですか。はて。