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壬生怪談・百物語




〇九三・「魔法様」(サクヤ)


 ソウゲン。薬をもらいに来た。
 藤堂と、坊主の身内の話をしているのが聞こえたが、なるほど。

 奴の母親の出身だという松原は、狐が多い。化けるものも化けぬものもいる。
 化けるものは、人によく懐く。礼儀正しい狐や、田畑の開墾を手伝う狐がいて、人と仲良く暮らしている。
 前に、浪士が集会をやるという情報があったので出向き、藪に隠れて待ち伏せている際に、そういう話をいくつも坊主からかしましく聞かされたことがある。
 あれは、いろいろなところを旅してまわっていたというから、母恋しさに松原を訪れ、仲間の狐より話を聞いて、存外なにもかも知っているものやもしれぬ。

 自分は、生臭坊主のあのぬるぬるとしてふぬけた締まりのない顔を見るにつけて、半分は狸の血が入っているものだと思っていた。
 壬生には狸が多い。気の緩んだ性質をしている。狐は警戒心が強いので、人里にはそう現れぬ。
 八木邸の床下に棲む狸の縁者だというのが、何日か前の夜に屯所の庭で、ちいちゃな手に木刀を握り、昼間鍛錬に励んでいた新選組隊士の人まねをして、素振りをしているのを見た。
 我が物顔で敷地内にいるなと思ったが、考えれば床下の狸は、我々よりも前にこの家に棲みついている古株だ。デカい顔をしていても、まあ確かにそうだな、と納得がいく。

 酒を呑みながら、狸が木刀を振るのを眺めていた。人間の自分の姿を見ても逃げもせぬので、これはうちの生臭ポンポコ坊主よりも気の抜けた奴だ。
 八木邸の狸の一族は、どうも新選組の者たちを下に見ているようだ。
 床下の狸の親が先輩風を吹かせて、後からきた住人のことを、あいつらは己の子分だとか、下っ端だとか、子どもに吹きこんだのやもしれぬ。
 毛むくじゃらなりの序列の感覚とやらは、正直よくわからない。

 うちにいる狐狸の類を見ているとわかるが、奴らは聞いてもいないのによく喋る。
 新顔の狸が、細い木の枝みたいな木刀を百度振ったのち、首に巻いた手拭いで汗をぬぐいながら、「こんばんは、良い夜ですな」と話しかけてきた。
 貴様のもこもこの首に巻いた細長い布は、洗って干してあった馬鹿星のふんどしだがと思いながら、自分は黙って頷いた。

 この木刀振りの狸は、名を魔法様というらしい。
 備前加茂の出身で、厳しい武者修行の旅を続けて、この京の町までたどりついたのだという。
 「己は中尾滝山に魔法神社をかまえ、火を自在に使えるやんごとなき狸なのだ、そこいらの狐が束になってかかってきても、剣の道を極めた自分にはとてもかなわぬだろう」と言って、毛むくじゃらの胸をはった。
 自分には何を言っているのかよくわからなかったが、そうなのか、と頷いた。

 このやんごとなき狸の魔法様は、不思議な金色の体毛をしていた。
 先祖の狸は、合甚尾大王(ごうじんびだいおう)という者に仕えており、日本を征服してやろうと企んで、南蛮のキリスト教宣教師にまぎれて船で日本へやってきたという。
 壮大な話ですごいな、と自分は思った。
 今は日本を征服する気はないのかと聞けば……。
 ──先祖はこの地へ来たところ、茶店や遊郭などのきらびやかな遊び場に魅了され、放蕩三昧の日々を送るうちに、主人の命令も忘れて身を持ち崩してしまった。
 気に入らない人間がいれば、南蛮船から持ち逃げした火薬を使って家に火をつけたりと、悪行三昧を続けていたが、やがて地元のたいそう別嬪なムジナと出会い、大恋愛の末に結ばれた。
 その後、子々孫々も次々に生まれて、己もそのうちの一匹。今はこの日本が我々の故郷であるので、大王が日本へ攻め入ってくれば、むろんこの国の味方となって戦う心づもりで、こうして毎夜剣の鍛錬をかかさぬのだ、と頼もしい。
 昼間は甘味を食っちゃ寝し、夜は塩辛をアテに酒を呑んで寝ている、うちの怠け者の狐も、この勤勉な狸を見習うべきだ。
 自分がそう呟くと、南蛮狸は得意そうな顔になり、やっぱり時代は狸しか勝たんですよ、狐の野郎は化けるのも下手だし、人に迷惑ばかりかけていて、良いとこなしでほんっと駄目ですね、と何度も頷いている。
 狐狸はおなじ毛むくじゃらのくせに、なぜか互いに対抗意識が強い。
 ふだんはのらくらと波間の海月のように漂っているうちの狐坊主も、こと狸が絡めば奇声をあげて、なんやかやとキレちらかしている姿を見かける。
 なにか理由があるのかもしれないが、自分は人間なのでわからないし、もふもふどもは人のように殺しあいのいくさを始めるわけでないから、どうでもいいことだ。
 しかし、そのうち日本に攻め入ってくるつもりらしい狸の大王とは、いったいどのような姿なのだろうな。
 案外、めりけんの黒船に乗って、すでにこの国へ来ているのかもしれん。

 人のやる剣術を見せてほしいと狸にせがまれたので、承知した。
 和泉守兼定を抜くと、青く光る。さてはこの狸、雑面ノ鬼のごとく、人に害なす存在かと疑ったが……。
 狸はぽかんと口を開けて、目を輝かせるばかり。
 単に土方歳三の魂が、やる気なだけだとわかった。土方は、毛むくじゃらのもふもふに、いいところを見せたいのだ。
 自分は土方とは面識がないが、好むものは知っている。
 何も何も、小さきものはみなうつくし。
 藤堂も小さい。よほど可愛がられていたようだ。小さきものはうつくしきもの。自分もわかる。
 わかるが、小さきものだからみなうつくしい、そういうわけではないだろう。
 それでなければならぬという理由があるからこそ、うつくしいものだ。

 二度三度と和泉守兼定を振るった。雑面ノ鬼と相対したときよりも、刀がずいぶん軽い気がした。
 土方が、ふわふわの毛玉に丸っこい目で注視されて浮かれているのだなと察し、自分はすこし引いた。
 覚えた技を続けて見せてやれば、南蛮狸は感極まった様子で、ちいちゃな肉球をもちもちとたたきあわせて拍手をする。
 納刀したところで見かえると、奴は地に伏して、もこもこの毛の鞠のようになっている。
 これで、頭を下げているつもりらしい。
 ぜひ弟子にしてくれ、と拝まれた。

 そういうわけで、自分は旅の狸の師匠になった。
 どうした、藤堂。赤くなったり、目をひんむいたり、今日はかしましい坊主のごとく忙しい。
 お主が突拍子のないことばかり言うせいであろう、と。そうか。

 自分は不治の病にかかって、これはもう使い物にならぬと師に判じられ、見捨てられた。
 それなので、今更己が弟子をとる立場になるとは思わなかったが、しかも人ではなく、狸となると勝手がわからぬ。
 それなので、狐坊主にばれずに気に入った春本を盗んでくることを、第一の試練とした。
 藤堂。スズランが、また「大事なものを失くした」と泣くのでやめてやれ、と。
 奴には良い仲の医者がいるので、春本なぞはもう不要だろう。
 なんだ、医者。坊主が、「こういうことがしたい」と言って、春本を開いてねだってくる姿がかわいらしいので、良い仲の者ができたからすぐに不要になるというわけではない、と。
 春本を見せてねだる。そういうのもあるのか。
 藤堂。頭をかかえてどうした。

 昔の自分は、体が病で使い物にならぬなら、師や組織に捨てられるのも道理と納得していたつもりだが、最近はすこし違う考え方をするようになったと思う。
 自分の弟子になりたいなぞと言い出したが、相手は狸だ。いつ満足するか、飽きるかするかは知らん。
 しかし奴が、もしもこの先、なにか重い病にかかったとする。今は、闇殺しのころの己とは、前提条件がまるで違っているが……。
 ソウゲン。もしそうなれば、自分の病と同じように、弟子の病を診てやってくれるだろうか。
 そうか。感謝する。




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