……(目次にかえる


壬生怪談・百物語




〇九四・「女難」(一番星)


 いちちち。ソウゲン、塗ってくれる薬がやたらと傷口に染みるんだけど、なんとかなんねーの。
 この程度なら、麻酔の必要はないでしょうって?
 うう、麻酔かあ、うん。俺アレ苦手なんだわ。急に意識トブし、死んでるみたいでなんかやだ。

 あーあ、ったく、ひでぇ目にあったぜ。
 なんで俺が刺されなきゃなんねーんだよ。あの娘さんが惚れた相手は、サクヤだそうじゃねーか。
 娘さん、「あの顔のいいお人に傷がつくなんて、日本の損失だ」なんて言ってたが、なんでつれなく振りやがったサクヤの替わりに、関係ねぇ俺を刺そうってなるんだよ。
 女心ってよくわかんね。
 町の娘さんたちゃ、こぞって土方さん土方さんだが、あんな女みてーな顔したヒョロヒョロ野郎のどこがいいんだか。俺のがさぁ、こう、シュッとして男前だし。なぁソウゲン、ギャタロウ。
 俺だってさぁ、けっこうイケてると思うんだけどさぁ、どう。
 え? 顔でサクヤに勝負挑むのは、逆の逆に無謀? ちぇっ、なんだよ。
 男は顔じゃねぇ、度胸と心意気よ、って。うん、そう言われれば、なるほど確かに。

 そういうギャタロウこそ、なんでソウゲンの部屋にいるんだよ。俺とおんなじとこ刺されてるし。
 え、遊女のお姉ちゃんにちょっかい出して、刺されたんだって?
 自業自得だろそれは。
 なんでまた。ふんふん、ギャタロウがギャーッと入れこんでたお姉ちゃんが、長州藩の浪士と良い仲で。つまりそのお姉ちゃんは、新選組に探りを入れるためにギャタロウに近づいてきた間者だったんだな。なんかギャタロウがかわいそう。
 それで浪士の男のほうが、踏みこんできた新選組に捕まりそうになると、お姉ちゃんはとっさに懐に隠してた小刀で、ギャタロウをグサッとやって……。
 「あんた、はよ逃げ」と叫んで浪士を逃がした。
 うわー、俺より悲惨。
 子供好きで優しくておっぱいがでけェ姉ちゃんだったんだギャなぁ、って。うん……元気出せよ。
 俺うめぇ慰めとか思いつかねーけどさ。またなんか、いいことあるって。

 なに、ソウゲン。お二方とも、お相手に殺す気で刺されてるのです、って。
 なにそれ。
 入れこんでた女に騙されてたギャタロウはともかく、俺ぁ全然関係ねーのに、サクヤのかわりに知らねぇ女に刺されて、死ぬかもしんねぇとこだったのかよ。
 そんなんダサすぎて、死んでも死にきれねーよ。
 もしもサクヤのせいでおっ死んじまったら、俺ぁ絶対あいつのところに化けて出てやるかんな。
 んでサクヤが、誰だか知らねぇが良い仲の娘さんとやらと会って、イチャイチャちゅっちゅらしてるときに、後ろでずーっと手拍子叩いて邪魔してやる。

 なに、ソウゲン。むしろ本気で刺されていたのでよかったのです、って。
 女に刺されて、なにがよかったんだよ? たまに俺、ソウゲンがわかんねーよ。
 うんうん。荒事に慣れていない女人相手なら、殺害する意図で刺されたほうが、逆に傷は浅いことが多い。脅し目的で、半端に太腿なんかを刺されたほうが、太い血管が通っているので人は死ぬ。
 へー。なるほど、そりゃ確かに本気で刺されてよかっ……いや、よくねぇよ。そもそもなんで俺が刺されなきゃなんねぇんだって話。

 なぁなぁ、俺ら全員に女難の相が出てるって、言われたばっかじゃん。こりゃ意外とマジなのかなぁ。
 ほら、雑面ノ鬼とつながってんじゃねぇかって辻占い師を追っかけてたときに、客のふりして話聞いただろ。あんときさ、言われたんだよ。
 お前らみんな、女でひどい目に遭うってな。

 スズランは、いちばんお気に入りのお姉ちゃんが出てるらしい春本を、新参者のタヌキにとられたとかって落ちこんでたし。
 中身は知らねーが、よっぽど好きだったんだな。引くほど泣いてた。
 サクヤがさ、スズランを見てさすがにかわいそうに思ったみたいで、悪戯タヌキから春本を取り返してきてやったらしい。
 珍しくね。びっくりしたわ、俺。
 あいつみたいな冷血人間でも、誰かをかわいそうだって思うことあるんだな。
 スズランのやつはそれでサクヤに、ありがとうありがとうってまた引くほど感謝してて、いやあいつ、あの感情表現の振れ幅なに? 静かな時とうるせぇ時の差がでかすぎんだよ。気分屋がすぎるだろ。
 でも、なんでか知らんけどサクヤのやつ、奥歯に壬生菜でもはさこまったみたいな、微妙な顔してたなぁ。
 ありがとう、って人に言われて照れてるんとは、またなんか違ったような。

 ソウゲンはなんかなかったのか、女難的な。
 え、あった? ソウゲンと女難っての、組み合わせの想像がつかないわ俺。どんな。
 うんうん、ややこを連れた女人が屯所にやってきて、あなたの息子だ、認めて抱いてやってほしいって言い出して……えっ、うわぁ。俺とギャタロウよかとんでもねぇな。
 スズランもその場にいたのかよ。うわーっ。修羅場じゃねーか。

「身に覚えがないもので、人違いではないかと諭すのですが、小生で間違いないと、女人はかたくなになっておられます。困っておりますと、スズラン殿が助け舟を出してくださいまして。良人の名前は、と尋ねられたのです。すると女人は、「踪四郎様です」と」

 おお。四、ってことは。

「えぇ、小生の兄でした。四男の妾ですね。うちの一族は見目がよく似ているので、間違えられてしまったようなのです。家に連絡を入れましたので、今頃は、上を下への大騒ぎになっているでしょう」

 あちゃー。あんた、あたしって妻がありながら、よそのお妾とのあいだに子供作ってどういうことなのよ、ってか。こりゃ、間違いなく修羅場だなぁ。
 でもそりゃ、ソウゲンの兄ちゃんが悪いわ。嫁さん泣かせる男はクソ野郎って、おっ父がよく言ってたかんな。
 うちのおっ父は、おっ母にべた惚れだったんだよ。おっ母は村一番の美人だったから、口説き落とそうって野郎がごまんといたが、そんなかでおっ父が一番いい男だったんだって。これはおっ母が言ってたんだけど。
 いい夫婦ギャねぇか、って。へへ、そうだろ。
 スズランのやつは、ソウゲンがよそでお妾さんをつくってたって、疑わなかったんだな。
 まあ、ソウゲンはそういういい加減なことする男じゃねぇって、俺でもわかんだけど。
 うん? 「あの娘さんからは、ソウゲンちゃんの匂いしなかったし」「でもちょっと知ってる匂いはした感じ」って、あいつ言ってたのか。さすがけだもの。鼻がいい。
 あいつの鼻の良さ、なんかに使えねーのかな。ほら、匂いを辿って人を探すとか、便利そうじゃん。
 そうなると、俺らのにおいもわかるんだっけ。くせぇとか思われてたらやだよ俺。ちょっと恥ずかしい気してきた。
 なんだよソウゲン。スズランに、「ソウゲンちゃんには、僕のにおいがいっぱいつけてあるのよ」と得意げにいわれて、それがめっちゃかわいかった、って?
 あ、のろけられてる。ごちそーさんだわ。うん。

 あと女がらみの災難に遭ってないのは、ボウと藤堂か。サクヤは……難を俺が替わりにもらった感じ? なんか解せねぇ。
 おお、ちょうどボウが帰って来た。見廻りに行ってたのか。
 え、なんだって。雑面ノ鬼の手先じゃねぇかって疑われてたあの辻占い師、生きてる人間じゃなかったって?
 怪しい動きしてたんで、ちょっと屯所まで来てもらう、って捕まえたとたんに、動かなくなっちまった。詳しくはソウゲンに調べてもらわないとわからないけど、躯の感じからして、何日も前に死んでしまっていたんじゃないか……。
 死体が動いてた、ってことだよな。誰かに操られてるみたいだった、って?
 いつか俺に泥人形けしかけた野郎が、また同じことやらかしやがったのかな。
 ん、そうなると、やること前よりでっかくなってね。土の塊じゃなくてさ、人の死体を動かしてたってことだよな。力が強くなった、つーか。
 なんか最近、あいつらやることどんどこ派手になってきてて、いやな予感がすんなぁ。

 おっ、サクヤ、藤堂。お前らも帰って来たのか。
 気を付けたほうがいいぜ。最近屯所じゃ、野郎どもに女難の相が出て、女がらみでえらい目に遭うやつが次々に出てる。
 藤堂も気をつけろよ。サクヤなんかの隣にいちゃあ、そいつの顔に惚れた娘さんに恨まれて、グサリと刺されかねねぇ。俺みてぇに……ん? なんでそんな真っ赤になってんの。
 貴様まで知っておるのか、って。え、なんのこと? は?
 あれ、もしかして。サクヤ。お前、好きな奴って。えっ。
 えーっ。今日一番びっくりしたわ俺。まじかぁ。
 そういや、あのふたりっていつも一緒にいるなぁ、サクヤはまたゴマスリかよとか思ってたけど、そういうことならなるほど、でも、えーっ。




前の話にもどる ・ 次の話にすすむ ・ 目次にかえる

この小説は二次創作物であり、版権元様とは一切関係がありません。無断転載・引用はご容赦下さい。
−「壬生怪談・百物語…
紫鈴堂・えしゅ 2023」−