荒れ寺です。
人の手で建てられたようですが、屋根は剥げ、壁板には穴が開いて、床は腐って今にも抜けそうです。しかし何故か、不思議と落ちつく造りなのです。
ここがあなたのお家なのですか。スズラン殿。
「もふもふーっ。昼間は暑いけど、お山の夜は冷えるんだ。ソウゲンちゃん、今夜は特別に僕を抱っこして寝ていいよ。あったかいよぉ。あとふかふか。うふん。
ねぇねぇ、なにかお話して。眠るまででいいから」
そうですねぇ。では、寝物語をしましょうか。スズラン殿。
眠くなられましたら、寝てしまわれてよいのです。
幾日か前の夜のことです。
小生は人を探して、とある山道を急いでおりました。
連れだって往きますサクヤ殿は夜目がききますので、闇の中でも危なげなく上がりの斜面を進まれ──。
ああ、サクヤ殿とは、小生が属しております新選組という、京の治安維持集団の仲間なのです。
サクヤ殿は、以前は闇殺しなる暗殺集団に所属しておられました。
あの方は無口なお人なのですが、いくらか気を許したり、静かに黙したまま話に耳を傾ける性格の相手と同じ道行きになりますと、存外たくさん喋られるのです。
ですので、興味深いお話を聞かせていただく機会となりました。
人は、己の想いを誰かに知ってほしいものなのでしょう。それを大事に扱ってもらえるとなると、相手に良い印象を持ちます。
そう、小生も、書ばかりを長年の友としてきまして、人間の友人など望んでおりませんでしたが、いざいつまでも話を聞いてくれるお相手に出会うと、これが自分でも驚くほどに話がとまらなくなるのです。
お相手は呆れられているのですが、とめどない話を夢中になって続けている姿がいっとう好きだと笑われてしまいまして、いやはやそう言われますと、少々照れくさいながら、やはり嬉しいものなのです。
小生のこの身も心もまた、浮世にありふれた平凡な人間であったということでしょう。
新選組に所属する者がよく口にすることなのですが、侍となると、以前とはものの考え方がまるで変わってしまうのです。
昔の小生たちといえば、取るに足らない塵芥のように己を軽んじているものがいれば、その反動で侍へ憎悪を向ける者もおり。
己以外のものへの責任を負うことを知らず、好きなことばかりに熱中して、周りに迷惑をかける者もおりました。これはお恥ずかしながら、小生自身のことです。
しかし侍の身分を得ると、すぐにとはいきませんが、何かが変わり始めたのです。個としての己を、見出していくといいましょうか。
肩にズシンと重い荷を背負ったような気持ちになり、それが己の行くべき道を定めるのです。藤堂殿は……上役はそれを、誠、と呼んでおりましたか。
もと闇殺しのサクヤ殿は、武家の生まれでしたので、立派な侍となるべく充分な教育を受けました。
しかし、そこで持ち得た己の誠に照らしあわせれば、実父をとうてい許すことはできなかったのです。
サクヤ殿の父上殿は、強きには媚びへつらい、弱きや大切なものに対して暴力を振るう。口の利き方も薄汚く、酒に溺れて罵詈雑言を恥もなくぶちまけるさまは、とうてい大人だとは信じがたいほど幼稚で見苦しい……サクヤ殿は、嫌いな人間を罵るときには、とくに饒舌になるのです。
サクヤ殿は殴られる母上殿を守ろうと、刀を抜いて父上殿を斬り捨ててしまいました。
しかし夫を亡くし、身の行く末を憂える母上殿もまた、息子に殺された夫の後を追うように、自害して果ててしまったのです。
サクヤ殿の母上殿は、武家の妻である矜持を捨てられぬために、自害されたといいますが……。
それはサクヤ殿がそう感じたことです。
親は子の心を知らず、親の心を子は知らず。母親当人以外には、自ら命を絶った本当の理由は知れません。
武家の妻でいたければ、武家の男との再婚という道も、当然あったはずなのです。
しかし子が父を殺し、その親殺しの子を生んだ母となれば、再び嫁ぐ先を見つけるのは困難でしょう。
いわくつきの壺を、玄関に飾る者はおらぬ。侍の身分の男に、女人を物のように考えているものが多いのは、残念ながら事実なのです。
そのような理由で、サクヤ殿の母上殿は、生きる道を閉ざされてしまったのかもしれません。
これは、外から何の関わりもない者が見た際の所感になりますが。
両親を亡くした幼い子どもが、生きるに迷って死んでいくのは、目に見えております。
親が死ねば幼子は死ぬ。そう知りながら自死を選んだ母親は、息子の死をも是としたのです。
サクヤ殿の母上殿は、刀という大きな暴力を振るって、丸腰で抵抗できぬ父を殺した子の姿に──無抵抗の己に暴力を振るう、夫の面影を見たのではないでしょうか。
子が長じれば、さらに父に似てくるだろうと思えば、なおさらサクヤ殿を父殺しの罪からかばい、女手ひとつでこれから育ててゆこうと決めるほどの情は、湧いてはこなかったのでは。
むしろ──。
己の腹から産まれたものが、己の未来を閉ざしたのです。
その女人の自死は、己が毎夜ひどく殴られるのを耐えてまで保ちたがった、武家の妻の暮らしを短絡的に壊した子どもへの、死も是とするほど恨みをこめた、あてつけのようにも見えるのです。
夫のことは恐ろしく、「暴力を振るうのをやめろ」という当然の言葉さえ口をつぐんでしまっていた女人でも、母を気遣い従順に従う子ならば、たやすく命の権利を奪えるのです。
虐げられる弱いものは、より弱いものをいじめて気を晴らすものです。
たとえ親子でも、変わりはありません。そも、機能不全に陥った家族にとって、下手に血のつながりなどあれば、己の不幸の理由を相手に見て、余計に腹立たしいものでしょう。
サクヤ殿は母上殿を、傷だらけの姿で床にあっても、ひとつも弱みを見せず、厳しく諭してくださるお方と、今でも慕っておられる様子。
サクヤ殿に、己にはこの人にとって叱るだけの価値があるのだと信じさせたうえで、子を置き去りにして命を絶った母親のほうが……。
恨ませきってくれたので、ひとつの心残りもないまま斬ることができた父親よりも、幼かったあの方の心を、手ひどく壊してしまわれたのです。
親の心とは、わけがわからぬものです。
サクヤ殿は、そういうことがあって、幼い身空で天涯孤独になりました。
行き倒れて死にかけていたところを、闇殺しという、暗殺者の寄り合いどころに拾われました。そこで徹底的に人となりを作り変えられ、闇殺しの一員として生まれ変わられます。
人を殺すために躾をされ、狼のごとく飼いならされました。口笛の音は、人を殺す合図です。
まず、人の知性や文化を剥ぎとられました。
広くものを知らねば、自ら正しい判断などできませんので。
あれもこれも知識としてとりいれて、己のなかで吟味し、はじめて決断というものができるのです。
己の頭で考えぬように、人に戻れぬようにと。
他人から知性を奪い、その空いたところへ、操る者に都合のいい偏った知識だけをつめこんで、人を道具に仕立て上げる者が、残念ながら世の中には少なくない数いるのです。
サクヤ殿が、佐久間象山の暗殺に失敗したときのこと。
ひとつ口笛を吹けば、人を殺すようにしつけられた狼が、合図をしても帰ってこぬ。
ではしくじったか、壊れたかと見て、闇殺しの仲間は、サクヤ殿を見捨てて逃げてしまいました。
幼い子どもが悪ふざけで他人の庭の柿を盗みにきて、家主に見つかり、逃げ出すのと何ら違いはないでしょう。人を殺すのも、柿を盗むのも同じ。
そこにいる者は、価値観を、幼いままにとどめ置かれているのです。
従順さとは、幼さでありましょう。小さなものでなければならぬのです。
親が、小さな子に命じるようにするのです。
しかしながら、人が知識の偏りを保つのは、存外大変なのです。
放っておいても、新たな知識はどんどん入ってきます。ですので、偏った知識を偏ったままで保持させるためには、その者の認識を歪める装置が必要となってくるのです。
人は、生まれてすぐに見た大きな者を、その者の庇護がなければ生きてゆけぬ絶対のものとする癖があります。それこそ信仰であり、「神様みたい」なものなのです。
その者の神となる。疑似的な親になるということです。
子どもの心を持つ者は、そうすれば使いやすいのです。
小生の仲間のうちにもそのように、親を殺され己も攫われながら、仇の男に忠誠を誓っていた者がおります。
信仰を覚えた者は、神のために命を投げ捨てることを厭いません。
あとがないほどに、追い詰められれば追い詰められるほど、子の親への愛着は強く激しく、極端なものになります。
役人に捕まった隠れキリシタンが、天の父の教えを捨てられぬかわりに命を捨てて、火あぶりにされ、喜び笑い歌いながら殉教してゆく姿など、闇殺しや雑面ノ鬼に忠誠を誓った者たちに、そっくり重なるものではないでしょうか。
偽の親に成り代わったその不埒者は、偽の子をどのように扱おうと、ひとつも悪いなどとは思っておらぬでしょう。
戯れに子と呼びながら、その実はただの手ごまです。いくらでも替えのきく物にすぎず、人として見てはおりませんので。
斬首となったはずのサクヤ殿が、生きて新選組に入ったと知り、闇殺しの同胞が連れ戻しにきたことがあるそうですが……。
口笛を吹いても帰ってこないので、壊れたようだが、まだ使い道はあるらしい。
では、拾いに行かねばならぬと……これも他人の家に投げ入れてしまった鞠を、汚れているがまだ遊べるようだからと、拾いにいくのと同じなのでしょう。
自分の頭でものを考えぬ者は、誰も彼も、幼い子どものように短絡的なのです。
子どものようと申しましたが、たしかに闇殺しは、若いものが多いと聞きます。
年をとれば、体が自由に動かぬようになり、人斬りに耐えられぬと言う理由もあるでしょうが……。
仕込みのしやすい幼い子を攫ってきて、一人前の仕事ができるように仕立てあげます。仕事が仕事なので、長生きはできぬでしょう。
腕の立つものでも、劣悪な環境に置かれては体が壊れてゆきます。サクヤ殿の、長い間ろくに日に当たらなかったとわかる、青白い肌を見ればわかります。常に栄養が足りぬ健康状態も、肺を患う原因のひとつになったでしょう。
人は、人の扱いをせねば、そう長くは保ちません。ですので、皆、幼い子のまま時間を止められ、若い身空で死んでゆくのです。
子供や若人を使いつぶす集まりは、やがて先細りし消えていくさだめ。
そうしたら、また新たな闇殺しが生まれるのでしょう。
世には、道具にされた人たちを私欲のために必要とする者がいて、そういう現象が繰り返されているだけです。ですので名など、どうでもいいのです。
父を殺し、母を死なせたサクヤ殿が、拾われた先の闇殺しで、上に言われるままに動くようになったのは、武家の暗い部分の象徴だった父への反発もあったでしょうか。
侍の子として育ちながら、暗殺者の剣を選び、侍の剣を捨てられたことで、そうではないかと察するのです。
ギャタロウ殿の弟さんたちのように、家をなくし、食うに困った孤児は弱いです。まず体ができておりませんし、力が弱く、刃物を握らせるのもままならぬはず。
しかし武家の子のサクヤ殿は、己の剣で父を殺すほどに、危なげなく刀を振るえます。
体づくりのもとと、人を殺す覚悟が、すでにできているのです。
これは、想像ですが。
サクヤ殿の父上殿は、あちこちから恨みを買っていたといいます。誰に殺されても文句を言えぬほどの悪漢だったと……。
では、誰が殺すのでしょう。
サクヤ殿は闇殺し時代に、佐久間象山の暗殺を試みて失敗し、捕らえられました。
人目をはばかり夜にまぎれて殺されるのは、昼間は手を出せぬ程度には権力を持った、裕福な商人か侍ではありますまいか。
するとその家の子供は栄養状態がよく、体格も貧乏な孤児より立派で、侍の子であれば剣の基本ができています。
殺しの標的となった金持ちの家の子どもを攫えば、新たな殺し屋を仕込むのは、よほど楽になるでしょう。
親を亡くせば、家はお取りつぶし。幼い子がいなくなろうと、もう誰も気にはとめません。
ですので、そういう人攫いの決まった手順が、すでにその手の者らのうちでは、できているやもしれませんね。
では、サクヤ殿の父上殿に恨みを持つものが、闇殺しを雇うことがあったとしまして……。
幾度か殺しの下見に来ていた闇殺しが、その家の子が父を殺すところを見れば、これは仕込みいらずの良い手ごまになりそうだと、そう考えるのではないでしょうか。
熱心に神を信じる者は、どん底まで落ちた者です。
もう他にすがるものがない者。心が定まらぬ者です。ぶれる心を預けられる大きなものを差し出してやれば、すぐに飛びつく。幼い子どもなら、なおさらそうでしょう。
父を殺し母を自死させ、家を飛び出しほうぼうをさまよい餓死寸前、もうどうにもならぬ状態になるまで泳がせておいたのを、拾って帰るだけで──勝手に行き詰まり、勝手に救った相手に神を見て、何でも言うことを聞く従順な、新たな手ごまが手に入ります。
親を殺した子が家を逃げ出して、偶々に闇殺しに拾われる確率はどれほどでしょう。
ですので、そう考えたほうが、いくらかは現実的かと思うのですが。
ある時サクヤ殿は、師がずっと昔に、己が蛇蝎のごとく嫌っていた父親を殺す仕事を受けていたことを、ほかの闇殺し仲間が口を滑らせたために知ったそうです。
しかし心が動かぬように、念入りに凝り固められておりましたので……なんとも思わず、そういうものかと聞き流してしまったといいます。
新選組の入組時にも見ましたが、サクヤ殿の切り替えの早さは見事なものです。いくさ場では、判断の遅い者が生き延びることは難しいのです。
あの思い切りの良さに生かされたことも、ご本人は多いでしょう。
もっとも強い人間は、あとがないのでなりふり構わず、ときに弱みにもなる大事なものを、なにも持たぬ者です。そういう者ばかり、生き残るものです。
入組の際のサクヤ殿の決断の早さは、判断力に秀でているばかりではなく……。
「一度死んで生まれ変わる」ということが、あの方にとっては二度目の経験だったために、ああも素早く身の振り方を決めることができたのかもしれません。
三度目の生まれなおしの今生は、あの方にとって、有意義と感じられるものならば良いのですが。
人が、知性と文化を剥ぎとられた姿は、悲しいものです。
小生ならば、書を焼かれ、知識を失い、興味を抱く心を封じられるのならば、死んだほうがずっとましです。
しかしそう考える意識すらも、それらを失ってしまったあとには、なくしてしまっているのでしょう。剥ぎとられた事実にも、何も感じず、ただその後を生きていくのみなのです。
書からの知識は、人の形を作るものと、小生は思っております。
書ばかり読んでいるのもまた駄目だと、お恥ずかしながらこの年になって痛感しましたが。ようは、つりあいなのですね。ふむ。
サクヤ殿も、土方歳三殿の遺した俳句の本やら……それからどなたかの日記でしょうか、読みこんでいる姿を、今はよく見ます。
地頭が良いですし、もともとの教養のある方です。一度心が死んで、不要だと剥ぎとられたものが、今になって再び芽を出したのでしょう。
そういえば、胸に下げていらした砂時計を、指で回している姿を、昨今は見ません。あれは、壊れてしまったのでしたね。
サクヤ殿の診察の折に、照れ隠しでしょうか、ぶっきらぼうに、俳句をはじめたと言われました。
咲く花を睨みながら、良い句をひねりだそうとしておられる姿を見ていると、大変良いことだと喜ばしく思うのです。
作った俳句は、まだ未熟だと見せてはもらえませなんだが。
良人にだけはこっそりと見せて、意見を聞いているとのこと。あの方の、今生の暮らしがなかなかに充実しているようで、何よりなのです。
趣味嗜好は、人生をおおいに助けてくれます。生きている理由になることすらありますので。