はーっ。びっくりした。
寝起きに斎藤さんのビリビリは効くわぁ。黒こげになっちゃった。
ソウゲンちゃん。ごめーんね、心配かけちゃった。
僕のこと迎えにきてくれてありがとう。
あなたが急にいなくなられた日は、朝から顔色が悪いしぼんやりとしていたため、見廻りに出る前に気になってたのです、って。うん。
なんか、最近しばらく、力入らなくてさぁ。晴明をやっつけてから、ずんどこ体が重くなってく。
エレキテル切れってやつ? おいしいごはん食べても、お酒飲んでも元気がでなくて。
とうとう市中見廻りしてる途中に、狐の姿に戻っちゃった。いたずら者の狐が斎藤一さんに化けてた、って騒ぎになってさ。慌てて逃げたんだけど。
追いかけてきてる人の気配がなくなって、ふと立ち止まったときに、僕って誰だっけ、ってわかんなくなってたんだ。
人に化けてたことも、その方法も、人と暮らしてた思い出も、次から次に、ポロポロ零れていっちゃうの。
化け狼になっちゃって、たくさんの人を喰い殺しちゃったお母さんも、こんな感じだったのかなぁ。
で、とりあえずお山のなかをフラフラしてて、辿りついたのがこの実家。僕のお父さんが建てた庵。
僕のお師匠さんが一度、人が住める程度に直してくれたんだけど、あれからまた時間が経って、あちこち傷んじゃってる。
でも、狐が気ままに暮らすくらいなら、全然問題ないのよ。
危なかったー。ソウゲンちゃんがこうして迎えにきてくんなかったら、僕このまま一生ふつうの狐として、お唄を唄いながらどんぐりとか食べて暮らしてたわ。
おいしいんだけどね、どんぐり。こんっ。
いや、よく見つけてくれたね?
ふんふん、獣は巣に戻る本能があるし、町の中にいる屯所に帰ってくるのは人が多すぎるから、お父さんの庵に来てるんじゃないかって思った、って。
わかっちゃうかー。やっぱり神様みたいだね。
僕ら新選組が、晴明をやっつけちゃったものだから、長州軍が使っていた霊式兵器は、力を失って動かなくなった。
それは僕らみたいな、妖刀と同じ生まれの、喋る獣も同じ。
水に溶けた魂たちや、別の生き物の体に入って蓄積されていた穢れは、時間が経ちすぎたり混じりあったりして、だいぶ変質したり、悪くなったりしているから、成仏するのに時間はかかる。
でも、そういう澱みたいなものも、すこしずつ薄くなって消えてく。
よからぬ術を使って、人の魂をもてあそんでた土御門はいなくなっちゃった。
新しく「動力源」が継ぎ足されることはないから、晴明を力の源にしてた獣たちは、やがて人の言葉をなくして、ただの山の獣に戻っていく。
あらっ、それじゃあ僕の友達の、化けなめくじのナメ助ちゃんは大丈夫だったの?
悪徳藩主の仏さまの脳みそにとりついて動かして、今じゃ善政をしく立派なお殿様やってるあの子は。
人に憑いていたあやかしは、獣の身が溶けて肉体にまじりあい、もとの体に戻ることはできなくなったけれど、今のところ元気に動いて喋ってごはん食べてる。
からくり仕掛け流にいうと、予備電源に切り替わる、という感じ……。からくりで言いかえられたほうがわかんないけど、無事なのね。よかった。
あなたのことを、ずいぶん心配していましたよ、って? わは、あとでお菓子持って顔見せにいこ。
そっかぁ、僕もまだお師匠さんの体に、斎藤さんの頭をくっつけていたなら、ナメ助ちゃんみたいに動けてたんだろうけど。
大坂湾で、巨大鮫の淀ちゃんといっしょに爆発四散してなくなっちゃったから、そっからずっとすっぱだかだったものねぇ。
え、なに。言い方? うん、人間は裸で歩きまわるの嫌がるものね。気持ちいいのに。
じゃあ僕は、力をなくしてただの狐に戻ってしまって、人だったころの思い出も失いかけていたけれど……。
危うく普通のけだものになっちゃう前に、斎藤さんがびりびりーっと喝を入れてくれたから、電気が満タンになったエレキテル錫杖みたいに、もとの人の心と体を取り戻したってわけ。
安心したー。ありがとね、斎藤さん。
獣は獣なりの暮らしで満足してるんだろうけどさ、それって人の心を失っちゃうことだから、人としてはそこで死んじゃうってことになるんじゃないかしら。
でも魂としては死んでないわけだから、猟師さんにとられたり、狼に食べられたりするまでは、極楽にも地獄にもいけやしないで、野山を走りまわってる。
好いたお人を見ても誰だかわかんなくて、おーっとんでもなく顔がいい、やたらと声もいいけれど、お空からお散歩に降りてきた薬師如来さまかしら、とっても素敵ねお話ししたい、なんとかお近づきになれないかしら、としか思わない……うん?
あっ、僕またソウゲンちゃんに一目惚れしてたね。
わはー二度目だ。そりゃ何度出会っても、こんなに素敵なお人を好きにならないわけないでしょ。
じゃあさじゃあさ、晴明の力がなけりゃ、僕ひとりの力じゃ、まだまだろくに人間に化けらんないってことじゃない。狸のやつなんか、物心ついたくらいには、もうしっぽも出さずに人の子どもに化けていたよ。
こりゃちょっと頑張らないとだよね。こんっ。修行だ修行だ。
僕はねぇ、気分でしか動かないけど、気分がノッちゃうと、そりゃもうすごい気張っちゃうわけですよ。
人の形を保てなくなるたびに、斎藤さんのビリビリを食らって黒こげになっちゃうのは、さすがにきっついからねぇ。
お山の夜は、すこし寒いねぇ。子どものころを思い出すわ。
お父さん死んじゃったの、まだ僕が小さいころだったから、一人寝がさみしくてねぇ。
そこらへんに落ちてた松ぼっくりを拾ってきて、名前をつけて抱っこして、いっしょに寝てたなぁ。
そういうところ、お母さんはきっと遠くで見てたのね。なんだか恥ずかしくなってきちゃった。でも一人じゃなかったのねぇ。一言声をかけてくれたら……ううん、難しいかなぁ。
僕もね、自分が人間に化けた狐だって、好いたソウゲンちゃんに打ち明けるのは、ずいぶん勇気がいったものだよ。
大事なお人だからこそ、知られたくないことを知られちゃうのは怖いの。嫌われたくないもの。
それにしても、とんでもない偶然があったものだねぇ。
僕のお母さんが、ソウゲンちゃんと双子の妹だったなんて。
じゃあソウゲンちゃんたら、僕の叔父さんになるんじゃないの。変な感じ。
そういう面白すぎる偶然があるから、この浮世は面白いんだけど、さすがに今回はびっくりしちゃったわぁ。
叔父ちゃん、って呼ぶ? ソウゲンちゃんで大丈夫?
うふふ。君もまだ頭グルグルしてる顔してる。急にそう言われても、よくわかんないよね。
ま、そのうち慣れるでしょ。
僕のお母さんさぁ、ソウゲンちゃんと双子なら、きっとすらーっとして涼しげな美女だったよね。ちょうどいま、君のうしろに立ってるみたいな、若草色の髪の綺麗な女の人みたいな。
あら、お母さん? えーと、はじめまして、でいいのかな。
心配でついてきちゃったのかしら。確かに、双子のお兄さんと息子がデキちゃったとか急に聞かされたら、何事かって驚いて心配になるよね。
僕は大丈夫よ。ソウゲンちゃんと幸せになりまーす。
祈るばっかりしか能がないのは相変わらずだけど、今はそれ以外にもいろいろできるようになったし、狐で二歳なんてもう大きいのよ。
あやかしは、人に化けられるようになりゃ一人前みたいなとこあるし、平気平気。
壁や屋根の穴からびゅうびゅう風が吹いてきて、夏だけどちょっと寒いねぇ。
ソウゲンちゃん、寒くない? うん、僕の毛皮は、人間が襟巻にしたがるくらいあったかいものねぇ。
見て、天井の穴からお空の星が見える。どれが一番星だかわかんないくらいたくさんだねぇ。
……そうだ、ねぇソウゲンちゃん。一番星ちゃんさ、大丈夫そうだった?
大丈夫な顔してるけど、ぜんぜんだいじょばない。そっか。そうだよね。
弟のツキトちゃんが、あんなことになっちゃったんだもの。
いやびっくりしたよね。瀕死の重傷を負ったツキトちゃんに、起死回生のキツい気付け薬を飲ませたら、一命をとりとめたはいいものの、筋骨隆々のだいだらぼっちになっちゃった。
前に山みたいになってたサクヤちゃんよりも、ひとまわりもおっきい。
一番星お兄ちゃん、「ツキトだけ世界観が違う!」って叫んで泡吹いて倒れちゃうし、まあ、前にそうなったサクヤちゃんもなんだかんだ元に戻れたことだし、大丈夫じゃないかなあ。
ともかく、命が無事ならよかったってことになるでしょ。たぶん。
ソウゲンちゃんは夜目がきかないから、朝までお家のなかにいたほうがいいよ。お日さまが出たら、みんなのところへ帰りましょ。
言ったでしょ、僕のこと抱っこしてていいよって。ふかふかでしょ。ぬくぬくだよ。
ソウゲンちゃんもぬくぬくだね。ふところあったかーい。えへへへへ。
明日もまたいっぱい楽しいお話しようね、ソウゲンちゃん。
きみが好きよ。