あの時、世界は確かにゆるやかな終わりを迎えていた。 人類の絶望はきちんと目に見えて、とてもわかりやすい形をしていた。薄汚れた真っ黒のローブを纏っていて、頭部には山羊のような形の、剥き出しの頭骨がくっついていた。左右二つの眼窩の中には深淵の闇があった。そいつを覗き込んだ時、それまでヨハンの身体の周りを包んでいた世界がみんな溶けてしまった。 子供の頃、キッズ・スクールの遠足で美術館に行った事がある。 クラスメイト達は静かで落ち付いた館内の空気に早々に飽きて、息を詰まらせ、とても退屈そうにしていた。『早く外へ出て昼飯が食べたいな』と誰かが言った。『あのお姫様のドレス、とても素敵』と誰かが言った。 ヨハンは他の生徒達が雑談をしながら(あるいはちょっと顔を顰めて)通り過ぎてしまった一枚の油絵の前で足を止め、てかてかと光るキャンバスをじっと見上げた。そこには木の杭に縛り付けられて火あぶりにされる女性と、おぞましい顔つきの群集が、くすんだ色調で描かれていた。額の下には『魔女狩りの風景』と書かれたプレートが下げられていた。 焼かれている女性は、何故自分が世界の敵みたいに糾弾されて、寄って集って死刑にされなければならないのか、まったく理解ができないという顔で泣き喚いていた。 おそらく彼女は他の人間とは少し違っていて、不思議な力を持っていただけだ。誰にも聞こえない声を聞いたというだけで、誰からも気味悪がられている。孤独だ。 その絵を見た時、ヨハンはこう思った。ああこれはきっと未来の俺だ――みんなとは違うから嫌われて、独りぼっちで静かに暮らしていても、いつかの未来、気持ち悪くて我慢出来なくなった奴らに引っ張り出されて、こんなふうに燃やされちゃうんだと。 永劫の悪夢が始まる。まず現れたのは、殺到した群衆の手によってカードが奪われ、ヨハンの家族達が火にくべられてしまう光景だ。宝玉獣達が悲鳴を上げる。やがてそれは人間達への呪詛の声に変わり、人間であるヨハンへの憎悪の声に変わる。 『もう家族なものか、人間め!』とトパーズ・タイガーが言う。 『心を許したわたし達が馬鹿だったわ』とアメジスト・キャットが言う。 『存在そのものは、どれだけ努力しても変えられるものじゃない。お前はお前なりに頑張ってくれたかもしれない。しかし我々と同じ精霊ではないんだ。人間だ。愚かな人間だ』 サファイア・ペガサスが哀れみの目でヨハンをじっと見ている。「違うんだ」とヨハンは言う。 「俺と家族の絆はこんな幻じゃ揺るがない。悪夢だ。こんなことがあるわけない」 カードが焼け尽きると、宝玉獣達の罵声は途切れた。その代わり炎を取り巻いている群衆が、今度はぎらついた目をヨハンに向けて、男も女も、大人も子供も区別なくこう叫ぶ。悪魔だ。首を斬れ、首を斬ってしまえ! それは子供の頃から存在し、成長してもなお黒い染みのようにヨハンの心の片隅に燻っている不安であり、漠然とした未来への恐怖だった。自分が異端者だと自覚している人間の、避けられない宿命のようなものだった。 ――みんなとは違うから嫌われてしまう。独りぼっちで静かに暮らしていても、いつかの未来、気持ち悪くて我慢出来なくなった奴らに引っ張り出されて、こんなふうに燃やされてしまうんだ。 そもそもなんで俺はこんなことで頑張ってるんだろうとヨハンは考えた。人間と精霊が手を取り合って、それで何になるっていうんだ? 全部無くなってしまったらお互い傷付くことはない。誰も痛くはない。 (いや、流されるな。これは俺の考えじゃない。耳を貸すな。何も見るな。みんな嘘物だ) しかし目をぎゅっと閉じたところで、やけに鮮明に「今日は死刑にする奴が多いな」という誰かの声が響く。それはヨハンの耳にこびりついた。 ふとある予想が脳裏を掠める。ヨハンは、はっとして思わず目を大きく見開き、それを目の当たりにしてしまった。 断頭台の上に黒いコートを着た身体が横たわっている。首はない。身体から切り離され、断面から零れた夥しい量の血液が衣服に染み込み、奇妙な斑模様になっていた。死骸に取り縋って泣いている小さな精霊の姿が見えた。 「……万丈目?」 ――そして、ヨハンは目の前に広がる光景に悲鳴を上げた。 そこには最も見たくないものがあった。勢い良く燃え上がる炎の中には、何があっても守り抜くと決めた者がいた。木の杭に縛り付けられ、身体が焼け焦げ、灰に変わっていく。 「……十代―――――ッ!!!!」 ヨハンは小刻みに身体が震えていることを自覚した。脚に力が入らず、その場に座り込んでしまう。幻だ。そうに決まっている。――だが、もしも現実だったら? 「……だれか」 口の中はからからに乾いていた。耳元で誰かの笑い声が聞こえる。ヨハンは救いを求めて、掠れ声で呟いた。 「だれか、助けてくれ」 真っ赤になった頭の中を、無数の人間の罵声や野次が巡る。「誰も助けてくれる奴なんかいやしねぇよお!」「神様にでもお祈りしろ! お前も首を斬られちまえ!」「いや、火あぶりだ!」――ぐるぐると巡っている。 子供の頃から、無条件で人を救ってくれる親切なヒーローなんてものに、お目に掛かったことはなかった。しかし、おかげでヨハンは強くなったし、今や大抵のことは一人でできるようになった。 たぶん俺なんかを助けてくれるような物好きがいるとすれば、そいつは神様くらいしかいないとヨハンは考える。 ――神様。神様、神様! いつしか灰色の曇天に一筋の切れ目が入っていた。太陽が僅かに顔を覗かせ、世界をさあっと眩く照らし出す。 光が溢れると、目の前にほっそりとした腕が現れていた。ヨハンはそれが自分に差し伸べられたものだと気付くのに、しばらく時間が掛かった。 「――帰ろうヨハン。これはお前に必要な未来じゃない」 落ち付いた静かな声だった。非力な子供を諭す大人の声だ。ヨハンはおずおずと腕を伸ばし、その手を取った。感触は硬く、だが暖かかった。 気が付くとヨハンの手のひらの上には、束になった四十枚のカードがあった。見慣れた宝玉獣デッキだ。家族達が輪になってヨハンを心配そうに見つめていた。 そうなってようやく、ヨハンは自分が魔女狩りの空想に怯える孤独な子供ではなく、家族に愛され、親友に恵まれた幸運な青年であることを思い出した。 目の前にはしっかりと大地を二本の脚で踏み締め、黒い絶望と対峙する遊城十代の後ろ姿があった。 ヨハンはその背中に、ヨハン自身の神の姿を見た。 ――俺の、かみさま。 ◆◇◆ ジムは作業が一段落つくと、顎を伝う汗を手の甲で拭ってハンマーとタガネをリュックの中に放り込んだ。そしてプラスチックのケースに採集した化石を注意深く並べながら、振り返りもせずに静かに言った。 「――バイザウェイ、ユーは何だってそんな難しい顔をしているんだ?」 大きな一枚岩の上に座った格好で、ジムの背中をぼんやりと眺めていたヨハンは、「いやあ」と困った顔になり、後ろ頭をがしがしと掻いた。 「ジムが化石発掘してるところってさ、こう、もやもやしてる時に見ると落ち付くなーって言うか」 「リラックスはできたのかな?」 「ああうん、まあ」 「そりゃ良かった」 土埃塗れになって、大きな鮫の歯の化石を手ににやっと笑うジムを見て、ヨハンはふと思い当たって尋ねてみた。 「なあジム、お前この前アトランティス校の地下展示室に化石見に来てたろ」 「ワッツ? 見てたのか?」 「やっぱり。いや、俺じゃないけどさ。十代から聞いたんだ」 「十代ねぇ。じゃあやはりキミの機嫌もまた十代がらみかい。その顔つき、まるでクラウディ・スカイだぜ。子供が今に生まれると聞いて、いても立ってもいられない父親みたいだ」 「いや〜まだ父親は早いけど……」 ヨハンが照れ臭そうににやにやしていると、呆れたような諦めたような声がぼそぼそと降ってきた。聞き覚えのある声だった。 「今更指摘するのも面倒だが、十代は子供は産めないぞ。……お前の十代に対する友情はたまに度を越しているような気がしてならない」 「おー、オブライエン。お前もドローパン買いに来たのか?」 「一緒にするな。俺は十代からの頼まれ事で動いている。最近身辺を嗅ぎ回っている不審な輩がいるようだから調査をしてくれとな」 「……へえ〜」 ヨハンは適当な相槌を打った。オブライエンはヨハンの横に、腕組みにあぐらの格好で座り込み、「相手の姿は見えないそうだが」と言った。 「何かの陰謀を感じるとユベルが言っていたそうだ。以前のダークネスの一件もある。十代も慎重になっているんだろう」 「ふーん」 「俺は敵の真意を探るためにここへ来たんだ」 「なるほどねぇ」 「…………」 「…………」 しばらく沈黙が落ちた。ざあっと気持ちの良い初夏の風が通り過ぎていく。ジムはちらっとヨハンとオブライエンを一瞥した後、掘り出した石――彼にとっては石以上の価値のあるものなのだろうが――にラベルを貼る作業を始めた。何かを悟ったようだった。 大分経ってまず声を上げたのは、根負けしたヨハンだった。 「……しょうがないだろー! 十代は俺の神様なんだよ〜! いいじゃないか、こっそりばれないように写真くらい撮ったってさ〜!」 「そんな言い訳が通用するか。写真が欲しいのならこそこそ後をつけ回さずに堂々と撮らせてもらえ」 「知ってるだろ。十代の奴、写真撮られるの嫌いなんだよ。それに面と向かって、何ていうかさ……お前の写真撮らせてくれなんて、……今更じゃないか。確かに俺の心の中にはちゃんと十代の姿が鮮やかに焼き付いてる。でも、でもさ、それとこれとは別なんだ。写真は欲しいだろー。元はといえば、ユベルの奴が変に大げさに十代に吹聴するから悪いんじゃないかっ。あいつは何でもかんでも引っ掻き回して楽しんでるんだよ。お前だって巻き込まれた被害者なんだオブライエン。可哀想にな」 早口で息継ぎもせずに一方的に喋るヨハンに、オブライエンが溜息を吐き、「こんな馬鹿な事は奴に知らせるのも面倒臭いな」と言う。ジムはいつものペースを崩さず、いつのまにか『ウォルシング・マチルダ』を口笛で吹きながら、リュックから取り出したソーセージの包装を剥いてカレンの口元に持っていっていた。 「フレンドの写真をいつも持っていたいってのは、自然なハートの動きだと思うがね。オレもカレンと一緒に撮った写真は、大事にアルバムに仕舞ってあるぜ」 「ああ、まあ、騒がせたな、オブライエン。次からはちゃんと許可取ってから撮るよ」 「そういう問題か」 オブライエンは不満そうだ。 「あーあ、さて、俺は土産にドローパンを買い込んでカレッジに帰る事にするよ。邪魔したなお前ら。十代、あいつもさ、部屋に閉じ篭りっきりでつまんなそうだから、暇があればお前らも寄ってやってくれよなー」 ヨハンは立ち上がって身体の筋を解し、そしてもと来た岩だらけのでこぼこで険しい道のりを、ひょいひょいと身軽に戻っていく。 ◆◇◆ 子供の頃、アークティック校付属のキッズ・スクールの授業で、モンスターの絵を描いたことがある。 昔から何でもそつなくこなすヨハンは絵も割合得意だった。それなりの自信作ができた。 キッズ・スクールでは入選し、スクールから当時日本の会社が募集していたカード・デザインのコンクールに応募した。いいところまで行った。残念ながら一等賞では無かったが、結構な商品も貰った。『デュエリストの聖地童実野町巡り十一日間の旅』、もちろん三食に観光費も付いていた。素晴らしい。 ヨハンの子供の頃の記憶は曖昧だ。『わりと』『それなり』『けっこういい感じ』にヨハンは幼少時代を過ごしてきた。平坦であたりさわりがなく、面白みのないものだった。その頃家族と呼べる宝玉獣はまだ傍におらず、心を許せる大切な友人もいなかったのだから、無理もない。 (しかし先生達も、俺を一等賞だアークティック代表だと持ち上げたりなんかしていいのかな。平凡でつまらない普通の大人になれるようにきちんと教育をしないと、このままだと俺は物凄く頭の良い怪物になっちゃうぞ) 子供の頃のヨハンは、そう真剣に心配していた。頭が馬鹿に良かったから、自らが異端児だということを正確に理解していた。そしておかしなものを排斥したがる周囲の人間の心というものも理解してしまっていた。 あまり良い記憶はなかったが、デュエルを愛しており若干ミーハー気味な性質を持つヨハンにとって、日本への旅行は数少ない『楽しかった思い出』だ。 アークティックのクラスメイト達も、カード・コンテストの授賞式を見に遥々日本を訪れていた。彼らが日本のデュエル・キッズ・スクール生と心温まる異文化交流をしている様子を、ヨハンは一人遠巻きに見ていた。いつものことだった。 イヤホンを付けて故郷から持ってきたCDをぼんやりと聴いていたヨハンは、ふと向かいの壁に自分と似たような格好で座り込んでいる子供がいることに気付いた。 歳格好はヨハンと同じくらいだ。暗いブラウンの髪に、皮膚の色は黄色。猿みたいな色味だ。おそらく日本人だろう。他の子供達が輪になって騒いでいる中で、ヨハンと同じくひとりだった。 口下手や暗い性格のせいで上手く友人が作れないのか、単純に騒がしいのが嫌いなのかは分からないが、周りではしゃぎ回っている他の子供達よりは、いつも一人でいるヨハンは彼にいくらか親近感を覚えていた。 見るとはなしに見ていると、どうも弱い者を放ってはおけない性格らしい、知らない顔の金髪の少年が現れ、茶色い髪の子供に話し掛けようとしている。どこの国にもこういう種類の人間がいる。大抵は委員長をやっている。 しかし、そこにさっと顔を青ざめさせた別の黒髪の少年が割って入り、横から金髪の少年の手を引き、何事か耳もとで囁いて連れて行ってしまう。茶色い髪の子供はまた一人になる。 なんとなく気になって、ヨハンはイヤホンを外し、傍で日本語で交される黒髪の少年と金髪の少年のひそひそ話に耳をそばだてた。 「どうしてあの子を放っておくんだい? 可哀想じゃないか。同じキッズ・スクール生じゃあないのかな?」 「あいつは違うよ。普通の小学生だよ。あいつがキッズ・スクール生だと大変なことになる」 日本語は学校の授業で少し習った程度だが、それなりに聞きとることはできた。意思を相手に伝えることもできた。ヨハンは適当にやっていても、大体は無事にことを済ませてしまえる恵まれた資質を持っていたのだ。 「あの子には近付かない方がいいんだ。変ていうか、なんか……みんな怖がってる。うちの近所じゃあいつと遊んでる子供なんて一人もいない」 ヨハンは何となく、どこの国にも俺みたいなのが一人くらいいるのかなと考えてしまった。いいや、周囲のその茶色い髪の子供に対する扱いは、ヨハンよりもいくらかひどいもののように思えた。まるで犯罪者を見る目が向けられている。 「あいつと遊ぶと命を盗られるんだ。悪魔なんだってさ。うちのママもあいつには近付いちゃ駄目だって言う。あいつ絡みで意識不明になった奴の数、両手の指じゃ足りないぜ」 ひどい言われようだなとヨハンは考えた。その茶色い髪の子供はどうもしけた顔をしていて、遊んだ相手の魂を奪ってやろうという気迫や度胸のようなものが見て取れない。 それでヨハンは気まぐれを起こし、茶色い髪の子供に話し掛けてみた。ヨハンが自発的に誰かに話し掛けるなど、アークティックでは考えられないことだった。 「――お前、悪魔、呼ばれてるんだって?」 一通りの単語は理解していたが、まだ流暢には喋れない。自然に端的で機械のような言葉になってしまう。ヨハンに話し掛けられた子供は、不遜な態度のヨハンに怯えたり、不躾な質問に嫌な顔をしたりすることはなく、驚いたことに当たり前のように頷いた。 「うん、そうみたいだね。ほんとは僕じゃなくて、僕の友達なんだけど」 「話し掛けた俺、大変な目、遭う?」 「そんなことはないよ。僕の友達、今日は一緒じゃないんだ。いつもはひどいんだけどね。それより君、外国の人なのに日本語上手いんだね」 「いや」 ヨハンは溜息を吐いて肩を竦めてみせた。子供が少し微笑む。なんだ、結構可愛い顔をしているじゃないかとヨハンは考えた。 「あ、幽霊が日本人をナンパしてる!」 間の悪いことに、アークティックのクラスメイトがヨハンを見付けて囃し始めた。『幽霊』というのは、ヨハンの蔑称のようなものだ。他にも『電波』や『死神』なんてろくでもないあだ名がいくつもある。ともかくヨハンは舌打ちをして、「冗談じゃない」と凄んだ。 「女子はすぐ泣くし、声のトーンが高くてうるさい。嫌いだ」 「君も女の子でしょ」 「俺は男! 一緒にするな」 「……僕だって男だよ!」 ――どうやらお互い、大きな勘違いをしていたらしい。 「友達と今日でお別れなのが寂しい」と茶色い髪の少年が言った。 「僕の友達はね、何があっても、どんな手を使っても僕を護ってくれるんだ。でもそのせいで、もう一緒にはいられなくなっちゃった。居場所が無くなっちゃったんだ」 少年の目には涙が浮かんでいた。ヨハンは壁にもたれて、隣で座り込んでいる少年の独り言めいた言葉を聞くとはなしに聞いていた。 「いつかきっといい子になって僕のところへ帰ってくる。そしたら、また皆で一緒に遊べるようになる。あいつは本物の悪魔だってパパは言うけど、悪魔だって僕は大好きだ。だって僕にはあんなに優しいんだから、きっといい子になったら、みんなにも同じくらい優しくしてくれる」 「悪魔」 ヨハンは聞きとがめて、目を眇めて少年をじっと観察した。見た感じ、どうも少年は悪い精霊に取り憑かれているようだ。そういう人間はたまにいる。 「悪い奴でも、好きになれる? 悪い奴は、嫌われるべきなんだ。それだけのこと、してるんだ」 ヨハンは口には出さず、俺みたいにさ、と考えた。少年は良く分からないといった顔で首をひねっている。頭が悪いようだ。ヨハンは溜息を吐き、分かりやすく言い直してやった。 「お前、騙されてる。悪い奴と友達になったら、お前まで悪い奴、皆に言われるんだ」 「ユベルは僕を絶対に騙したりなんかしない。僕を嫌いないい奴より、僕を好きな悪い奴の方が僕は好きだよ」 今まで覇気の無かったおとなしそうな少年が、急に顔を上げて強い口調で鋭く言った。目の縁が赤くなっていた。顔つきは厳しく冷淡で、光の射し加減なのか、瞳がうっすらと金色に光っているようにも見えた。ヨハンが怯んでしまうくらいの変わり様だ。 少年は大人びた仕草で頭を振り、今度はヨハンの顔を気恥ずかしくなるくらいじっと見つめた。 「……君は自分が独りぼっちで、仲間に入れてくれないみんなを恨んでるって顔をしてるけど、ほんとに独りぼっちじゃないよね」 「……何だと?」 「周りに沢山友達がいる。君のことをこんなに心配そうに見てるじゃないか」 少年がふっと中空を見つめて言う。普通の人間には、何もなく、ぽっかりとした空間に過ぎない。だが精霊と心を通わせられるヨハンには、決してもの寂しいただの空間なんかじゃない。 「大事にしてあげてよ。僕みたいな、友達の為に何も出来ない奴になっちゃだめだ」 そう言うと少年はすっと立ち上がり、引き止める間もなく去って行ってしまった。 しばらくヨハンが一人で立ち尽くしていると、遊具で遊んでいた子供が、ふっとあの少年の背中に目を留め、「ああ」と感心したような声を漏らした。 「あいつ、ユウキじゃん」 「知り合い?」 遊び相手の子供が首を傾げている。 「知らないけど、あいつのカード、ロケットに乗せて宇宙に飛ばして貰えるんだってさ。いいなあ」 ヨハンは購買で買ったパックを開ける度に一々騒ぐ十代の顔をしげしげと眺めて、思うところがあり、「お前昔童実野町に来たことがなかったか?」と尋ねてみた。十代はきょとんとした顔になり、「んん?」と首を傾げている。 「童実野町ならつい最近行ったぜ。修学旅行で、あ、そん時に遊戯さんのさぁ〜!」 「じーちゃんに会ったんだろ、聞いた。羨ましいぜ。そうじゃなくて、もっと昔だ。子供の頃さ。お前KCのカード・コンテストに応募したんだろ? 俺もあれ応募してさ〜、残念ながらカードにはなんなかったんだけど、授賞式の会場を見に行ったんだ。そん時に、なんかお前と似たユウキって名前の奴を見たような気がするんだけどなぁ〜」 「オレぇ? ん〜、オレさぁ、授賞式見てねぇんだよな〜。うちの親が仕事で忙しかったとかそんなで、確か行けなかったんだ。だから多分人違いだぜ。ユウキなんて良くある名前だしな」 「名字はめずらしいッス。それにしても、出会って間もなく『前にどこかで会ったことない?』とか、やはりこいつはボクの予想通り油断のならない存在……!」 翔が何故か恨みがましい目でヨハンを見ている。彼に憎まれるようなことをやらかした覚えのないヨハンは、訳が分からないので、気にしないことにした。きっと気のせいだろう。 「ふーん、もったいない」 てっきりあのおかしな少年が十代だと思っていたヨハンは、なんだあと、拍子抜けした気持ちになる。そう言えば性格も違うような気がする。あの子供はどこか思い詰めた顔をしていたし、陰気で、目の前の十代にはあまり似ていない。 「ほんとにもったいないぜ! 生の海馬瀬人に会えたかもしんねーのにさぁ。……でもなーんか、童実野町、受験の時も初めて行った気がしなかったんだよな。うー、また行きて〜、卒業旅行はまた童実野町がいいぜ〜」 「前は全然ゆっくりできなかったッスもんねぇ」 ヨハンは十代のころころと変わる表情に、見ていて飽きない奴だな〜と微笑ましくなる。やっぱり気のせいだったのだ。それに、十代はこうやって底抜けに明るくにこにこしている方がいい。 「お前は子供の頃から能天気だったんだろーな〜」 「おう! なんかあんまり覚えてねぇ!」 「アニキ……それでいいんッスか……?」 子供の頃のヨハンに、その少年は言った。 「ユベルはさ、パパが買ってきてくれたカードだったんだ」 「子供に、おどろおどろしい、悪魔のカード……それ、どうなんだ?」 ひねくれたところのあった昔のヨハンは、片言の日本語でそうそっけなく返してやった。 少年は少し笑ったのだったと思う。そしてしみじみとした声で言った。 「――愛していない子供にカードなんて買ってこないよ」 まるで自分に言い聞かせているみたいだった。 |