医療棚の前に座らせた十代の目に包帯を巻いてやりながら、大徳寺が珍しそうな様子で、「喧嘩でもしたのにゃあ?」と言った。
 ヨハンは黒い座椅子に座って、ずきずき痛む後頭に氷嚢を当てている。どうやら瘤になっているらしい。しかし口元は緩んでいるし、すごく上機嫌だ。
「……好きな子にプロポーズしたら、押し倒されちゃってさ〜」
 なにせすごい勢いだったから、とヨハンは言った。
「そんで、聞くまでもないようですが、プロポーズはどうなったのにゃ?」
 大徳寺が包帯の端を結んで尋ねると、十代がにこにこしながら「ああ!」と頷く。
「それは良かったですにゃあ。しかし可愛い一人娘がとうとうお嫁に行ってしまうような気持ちで、先生は少々寂しいような気もしますにゃあ……」
「先生、オレ男だって。娘じゃない」
「いいじゃないか。半分娘みたいなもんなんだから」
「……そうかな」
 十代もいまだに自分自身の身体をどう分類して良いものだか決めかねているらしい。


「まあ何でもいいけど、そーいうわけで新婚?デュエルしようぜ〜」
「お前新婚じゃなくても、さっきからデュエルする気満々だったじゃないか」
「まあいいじゃん」
 まあいいか、とヨハンも思った。
 最近では目を塞がれていても大分しっかりした足取りで歩くようになった十代の手を引いて部屋へ戻った時も、二人でベッドの縁に腰掛けてカードを繰っている時も、対戦中も、十代はずっとにやにやしっぱなしだ。
「……にやにやすんなよー。こっちにもうつっちゃうだろ」
「だって家族ができたんだぜ。嬉しくない訳がないじゃないか」
「お前ほんっとに可愛いなぁ」
「ヨハンがオレを可愛いとか言うと、なんか気持ち悪いな」
「こいつ!」
 にやにや笑っている十代を、ヨハンも同じように笑いながら羽交い締めにしてやった。ふざけてじゃれ合っていると、触れた皮膚を通して嫌でも相手の心音が伝わってくる。
 すごくどきどきしている。薄暗がりでそっと十代の顔を覗き見ると、頬が赤い。
「……いいのか?」
「お前こそ」
 ヨハンがふと落ちた沈黙の後でぽつりと尋ねると、十代は穏やかに微笑んで返した。
――でもその前に、決着はつける」
「へ?」
「行けぇシャイニング・シュート! 更に効果により破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを受けてもらうぜ。またオレの勝ちだ!」
「あー! このやろー!」
 十代がおかしくてたまらないと言ったふうに、行儀悪く脚をバタバタさせながら腹を抱えて笑っている。彼の隣でサポートをやっていたハネクリボーが偉そうにふんぞり返り、それが気に障ったらしいルビーが飛び掛かって行った。二匹が床の上で、いつもの小競り合いを始めている。
「注意力散漫だぜヨハン! ガッチャ!」
「全然ガッチャじゃない! あーくそ〜俺としたことがっ、しかも十代が難しい言葉を使うとなんか腹立つな〜!」
 腹いせに十代の背中に乗り掛かって耳に齧り付くと、「ぎゃあ!」と悲鳴が上がった。
「ぞわぞわする!」
「ふふん、耳弱いのお前」
 十代は首を竦めて、「あぁも、それ、やめろよも〜!」とか悲鳴を上げている。
「やめろって、変な声が出るぅ〜……」
「お。十代ってさ、デュエルが一番で、次に食欲、睡眠欲が来て、最後に性欲がある……かも? って感じじゃないか。今夜も夜通しデュエルする事になるのかな〜って心配してたんだけど」
「何だそれ。欲とかはわかんないけど、オレはヨハンに触られるのも触るのも好きだな」
 十代が顔を上向け、ヨハンの唇にキスをして、「な」と首を傾げる。十代からキスをされるのは嬉しいが、ヨハンにしてみればちょっと意外な感じだ。
 しかし十代の病人着の裾をたくし上げた時、ヨハンは「ああ、なるほどな〜」とひどく納得がいってしまった。彼の細い脚は包帯に覆われていて痛々しい。白い包帯とは対照的に、十代が履いているのは鮮やかな赤色の、相変わらずどこか渋い顔をした猫のファラオがプリントされたトランクスだ。
「この勝負とか一切考えてない下着は見事にお前らしいな……。どこで買ったんだよこれ」
「格好良いだろ。ヨハンも履くか?」
「いや、俺は……」
 ヨハンは首を振り掛けて、(お揃いのパンツとか。いや、しかし……)顔を赤らめ、ぼそぼそと返事をした。
「……考えておく」
 十代の性器に触れると、微妙な反応が返ってきた。身体を強張らせ、緊張した顔つきで息を止めている。
「緊張するなよ」
「だってさ、ちんちんなんか人に触られたことないんだぜ」
 言われてなるほどとヨハンは頷いた。なるほど、無理もない。だが手は止めず、男性器から腿の内側へ指をやると、柔らかい窪みがある。
 今の十代は半分男性で、もう半分が女性だ。ぱっと見た限りでは、身体の中心線を境目にして、両方の性別が一つの肉体に同居している。生物の生殖器は半分では機能しようがないから、一体どういった造りになっているのかが疑問だったが、答えはこういうことだった。男性器も女性器も、どちらも完全な形で備わっている。
 ヨハンに一方的に好きにされるのが気に食わないようで、十代も手探りでヨハンのシャツを掴んで脱がせようとする。しかし胸と性器を撫でられると、息を詰めたような声を漏らし、身体の奥から沸き起こってくる衝動に耐えるように、爪を立ててシャツの布地をぎゅっと握り込んでいる。どうにか上着を剥ぎ取ってズボンのジッパーを下ろしに掛かった十代は、視界が包帯で閉ざされていることにひどく残念そうな様子で、ヨハンに尋ねた。
「ヨハンのパンツってどんなだ? 触った感じじゃトランクスだよな」
「……普通だっての。紺の無地」
「つまんねぇ〜……ルビー柄とかすげぇフリルとかを期待してたのに、がっかりだ」
「きょ、今日はたまたま普通だったんだよ! こんなことになるなんて思ってなかったから、俺だって本当はすごいの持ってんだ。あーも、お前服邪魔だ! 脱げ〜!」
 ヨハンは腕を伸ばし、十代の病人着を引っ張り上げて脱がした。裸の背中を抱いて柔らかい右の乳房に噛み付いてやると、
――んん、」
 篭った呻き声が十代の喉から漏れた。ヨハンはいくらかそれらしい反応が返ってきたことに満足して、そのまま十代をベッドに押し倒し、胸に触りながら口腔内にまで舌を差し入れ、深いキスをする。十代は、はじめのうちこそ困惑している様子だったが、やはり拒む気配はなかった。
 開いた唇から、すうっと唾液が糸を引きながら零れていく。ヨハンが呼吸を荒げながら頭を上げ、親指で十代の口元を拭ってやると、ふいに彼はおかしそうにくすくす笑い始めた。それに釣られるようにして、ヨハンも笑う。
「……なんか楽しくなってきた」
「俺も。十代、身体の傷は痛まないのか?」
 十代の四肢と腰を覆う包帯を上からそっと撫でると、彼は首を振り、「大したことないんだ」と言った。
「こんな大げさな包帯も本当はもういらないんだ。ただ、何も知らない奴が見たらびっくりするからさ」
「びっくり?」
「お前もきっと驚くぜ」
 十代がヨハンを挑発するように、口の端を不敵に歪めた。彼の顔には珍しく微かな自嘲と諦念が浮かんでいた。
 ヨハンは黙って十代の腕の包帯を解いた。そして十代の言う『驚く』の意味を理解することになる。包帯の下の皮膚には、まずフォークで引っ掻いた三本傷、切れ味の鈍いナイフによって付けられたぎざぎざの傷痕があった。それらは既に血も乾き、茶色く変色して硬くなっている。
 しかしその乾いた傷口から覗いているのは、赤黒く血の色をしていて、ともすれば厄介な皮膚病のようにも見えるが――まぎれもなく、鱗だった。蛇のようにしなやかで光沢のある鱗が、十代の皮膚の下にびっしりと生えているのだ。
 ヨハンは十代が言っていた『身体を脱ぐ』という意味を、更にはっきりと理解した。
「今日の朝、傷が塞がったらこんなふうになってたんだ。これ見て、何人か吐いた奴いんだぜ」
 十代はあくまで軽く言った。
「まだ薄い膜みたいなもんだけど、充分硬いんだ。下手に触るとお前は傷付くかもしれない。やめるなら今のうちだ。……これでもまだ、オレに触りたいのか?」
「もちろん」
 ヨハンはすぐに頷いて、十代の腕に、醜い鱗に覆われた手首にキスをした。舌を付けると、切り裂かれた柔らかい人間の皮膚の名残か、まだ僅かに血の味がした。
「愛してるもん」
 十代の唇が一瞬泣き出しそうに歪み、そして徐々に形を変え、穏やかな微笑みのかたちになった。
「……ごめんな、ヨハン」
「お前はその身体を嫌ってはいないんだろ。俺も気にしない。なら謝ることは何もないさ」
 額をくっつけあって、十代の女性器にそっと指を這わせ、指先を沈ませていくと、彼の身体が微かに震えた。
「痛い?」
「……ん」
 十代は頷くが、『大したことじゃない』とでも言いたげに唇の端をきゅっと吊り上がらせた。彼もヨハンの性器に手のひらで包み込むように触れ、やわやわと撫でている。そうされると、まるで身体中の熱を根こそぎ持っていかれるんじゃあないかという気分になった。
 右指で十代の女性器の入口を広げるように動かしていると、程なくひどく濡れ、指を動かす度に泡立つような音が響き始めた。粘り気のある透明な温かい体液が指に絡みついてくる。空いた左手で彼の軽く勃ち上がった男性器を扱いてやると、
「……あぁっ!」
 まるで十代のものではないような、甲高くて裏返った声が零れた。ヨハンの身体の芯にまで突き刺さるような声だった。十代も自分でびっくりしているらしく、少々のことでは動じもしない彼が、らしくもなく口をぽかんと半開きにしている。
「やばい……その声好き」
 性交は性急なものになった。交わると十代が唇を強張らせ、「ってぇ……!」と零す。奥歯を強く噛み締める。身体が軋む。ヨハンがゆっくり腰を進めると、膜を破る感触と、狭い肉の壁に締め付けられる快感が泉のように沸き上がってきた。
 痛みから気を逸らせてやる為に胸や男性器に触れてやると、狭い膣が絡め取るように動き、中で更に締め付けてくる。そうするとヨハンの中に、十代と今身体がひとつに繋がっているんだという実感が強く沸いてくる。
「ぐ……!」
「痛くても、お前、構わないんだろ」
「ん、いいからっ、ヨハンっ……!」
「じゅうだい、」
 身体を揺さ振る度に、十代がヨハンの名前を必死に呼ぶ。ヨハンの首に腕を回して、猫の鳴き声みたいな声を零すのがたまらない。
 十代は今や人知を超えた異形だ。彼は世界中の誰よりも強い。どんな悪党が掛かって来ようが負けることなどありえないヒーローだ。
 でも今は、腹の奥から生まれる快楽に震えている。救いを求めるようにヨハンの背中にしがみついている。沼に引き摺り込まれる哀れな小鹿のように浅い呼吸を繰り返して、子宮を突かれると仰け反って甘い悲鳴を上げる。
 そんな十代が、彼が気持ち良さそうに快楽をヨハンと分け合っている姿が、ヨハンはすごく可愛いと思った。そこには救いのようなものがあった。肉体を混じり合わせているうちは、十代は確かにヨハンと同じ生き物だったのだ。今はまだ。
――っあ……!」
 十代が達して、膣がきつく締め上げてくる。耐えきれない程の快感の渦に叩き込まれて、ヨハンの中でもぱちんとなにかが弾けるような感じがした。十代を深く奥まで抉って、熱を帯びて硬くなった性器の先で子宮を叩き、搾り取られるようにして射精する。
 頭が空っぽになった気がする。茫洋としながら、手で受け止めたばかりの十代の精液にこっそり舌を付けると、かすかに甘いような気がした。不思議な味だった。
(……自分のセーエキなんか舐めたこと無いけど、なんか、すっげーまずそうなイメージだったのに。これって甘いもんなのか? それとも十代が特別なのか。えーとトーニョーとか。うーん、でもあれってのは精液も甘くなるもんなのか?)
 奇妙に思いながらも、ヨハンはベッドにぐったりと身体を預けきった十代を気遣いながら顔を覗き込んだ。
 そしてぎょっとする。
「だ、大丈夫か?」
 十代の顔の上半分を覆っていた包帯が、いつの間にか解けて、あの美しい異形の目が剥き出しになっていた。美しく輝き、うっとりしたように細められている。頬は薄紅く上気し、凄絶に色っぽい表情をしている。まるで十代じゃないみたいだ。
「よ、は……」
「十代? 目が痛むのか」
 十代がとろんとなった目を上げる。その顔つきに、ヨハンはぎくっとする。
「……ヨハンのセーエキ、腹ん中にきてて、そっから、熱いのが身体中に沢山広がってく感じがする」
 十代が切ない顔つきで、ヨハンの肩に両腕を回し、まだ繋がったままの下肢を擦り付けるように揺らした。胸の中がかっと熱くなるようだった。
「じゅっ……十代!?」
「はぁあん、ヨハン、よはん、よは……」
 十代がゆらゆらと腰を揺らして、たまらないというふうに目を細める。表情は艶っぽくて淫猥だが、目の焦点がぼやけている。まるで泥酔した酔っ払いみたいだ。そのことが気にはなったが、
(でも、そんな物足りないって顔されたらさぁ……!)
 十代の誘うような仕草や声、表情、膣に擦られる感触、体液が泡立つ音、そんなものをダイレクトに感じていると、またひどくむらむらしてくる。受け入れたヨハンの性器が、腹の中で硬く、大きくなってきたことを知った十代が切なげな吐息を零す。
 きりがない。


 翌朝、デュエル一週間分の疲労が二人を襲った。
 ヨハンも十代もぐったりとしてベッドに突っ伏していたが、十代はまだどこかぽおっとしたような笑顔で、「でもすっげー気持ち良かった」と言う。それに関してはヨハンも異論はない。
「やばい。癖になったらどうする、ヨハン。お前傷だらけになっちまうんじゃないのか」
 十代がくすくす笑いながら、ヨハンの手のひらにできた無数の小さな引っ掻き傷に舌を付けた。覚えがないが、おそらく硬い鱗に覆われた十代の身体を抱いた際に付いたのだろう。「舐めてりゃ治る」とヨハンはわざとそっけなく言った。
 手のひらを舐める十代の舌を見ていると、感触も相俟って、背筋にぞわぞわした感覚が生まれる。こいつのエロい仕草は分かってやってんのかなとヨハンは考えた。分かっているのかもしれないし、無意識なのかもしれない。どちらにしてもろくでもない。
 ひどい倦怠感に関しては少し思い当たることがあったから、シーツに潜り込んだまま端末を使って検索を入れてみると、案の定だった。パネルにはこう表示されている。『人と悪魔の共生』。
 ――人間の精液は、精霊、悪魔にとっては甘い蜜であり、嗜好品であり媚薬である。悪魔の体液は、人間にとっては最高の媚薬である。中世にはそうやって共生関係が成り立っていたそうだ。
 悪魔――十代の異形の悪魔の瞳を見つめながら、どうりで二人でトんじゃってた訳だとヨハンは考えた。加減が分からないせいで、精気を大量に搾り取られたヨハンと、逆に吸い過ぎた十代もぐったりしてしまっているのだ。人間と悪魔のセックスというものは、デスベルトを付けてデュエルをやるのとそう変わりがないらしい。
「蜜ってことは、ヨハンのセーエキって甘いのか? 舐めたことないけど」
 十代が、心なしか目をきらきらさせながら言う。
 きらきら?
 嫌な予感がする。ヨハンが身構えた途端、予想通り十代が勢い良く腹の上に乗り掛かってきた。
「よっは〜ん!」
「悪魔だぁあ〜!」
 これ以上搾り取られたら死ぬって、だからもう勘弁してくれとヨハンは必死に訴えたが、相変わらず十代は人の話を聞いていない。



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