JJ少年が勤務しているジャンク・ショップは上層街の片隅にあった。
 ハイディの居住区にあるまじきおんぼろの建物で――――街の景観を損ねるのでレンジャーから改修を命令されることがたびたびあった――――入口の前にはまだ仕分けていないジャンクがうずたかく積まれていて、つまり塵の山だ。
 選別が済んで、魔光塵が積み込まれているリヤカーを引っ張って、街の中心へと向かう。
 これが一仕事である。
 なにせ質の悪い魔光塵には不純物が混じっている。
 それも鉱石、石炭などといったものが多い。
 単純に、ものすごく、重いのである。
 ショップに運び込んだころには、もうへばりきっていて、くたくただった。
「タペタ、いるかい」
 店の奥に声を掛けると、ぎゃああ、と甲高い泣き声が聞こえてきた。
「ハーイハイ、泣かへん、泣かへんでえ、おおよしよし、ええ子やからなっ?」
 店にいる赤ん坊が、JJの声に驚いて泣き出してしまったようだ。
 ショップの主人がしばらくして顔を出して、堪忍なあ、と言った。
「ボウズ、またジャンクやろ。その辺置いとってえな、後で査定済んだら旦那の口座に振り込んどくさかい」
「よろしく、タペタ。今日は良く泣いてるね、あの子ら……」
「そやねん、なんでかなあ。いっつもは静かなようでけた子らやねんでえ」
「女の子4人だったね。親父さんに似てるの?」
「そやねん、全員とうちゃんに似てキレイなお顔のべっぴんさんやねん」
「自分で言わないでよ」
 ショップの主人は名をタペタという。
 JJの雇い主とおんなじような年齢の男である。
 上層区に良くあるように金髪碧眼の美男で、若い頃の浮ついた武勇伝を良く聴かされる――――オーナーのジェズイットから。
 アイツより俺のほうが美形だぜったい間違いないとか良くわからない話をされるのだが、女にだらしないという点でどっちも似たり寄ったりだと思う。
 だが身を固めてこっち、タペタはすっかりと良い夫良い父親になってしまって、ナンパ勝負に誘ってやっても乗ってこないのでつまらんのだ、とジェズイットが嘆いていた。
 あの人にももうちょっと、大人げというものが必要だと思う。
「タペタに似て、D値高いんだろ? 統治者にだってなれるかも」
「アホ言いな。そんな管理職なんか、うちの子らにようやらさんわ。タペタの一族は商人と決まっとるんや」
「一本気だなあ」
「まあ、D値に関しては自慢やけどな。全員とうちゃんふたりぶんや。これはかあちゃんのおかげやなあ」
「1/8? すごいや」
「せやろせやろ」
 タペタはすっかり目尻を下げきっている。
 この商人、娘自慢になると話が止まらないのだ。
「ジャジュとアルマがかあちゃんに似て、ピンクの頭をしとるんや。これがまた可愛くてなあ……いやみんな可愛いねんけど。いや、でもジャジュは商売人向きの性格やないんが、ちょっと悩みの種やねんけどな。あの子はおとなしくて押しが足らんつうか……泣き方も控えめやし、いやそこが可愛いねんけど。ともかくよつごやさかい、みんな一緒の顔しとってな。一卵性双生児っつうやっちゃ。いや、よつごでも双生言うんかなあ? まあ、血の繋がりってえらいもんやと思うわあ……」
「……血が繋がってても全く似ていない家族もここにいますけどね」
 ふう、と溜息をついて、JJはしみじみ、タペタんとこはいいねえ、と言った。
「うちは崩壊寸前だよ。散り散りばらばら、唯一血の繋がりがあるアレもあんな感じだし」
「いやいや、ボウズ、あのボケに顔だけは似とるでえ。もうちょっとその辛気臭い性格をなんとかしたら、女の子にもモテると思うけどなあ」
「辛気臭いは余計なお世話だよ」
「その眼鏡も、インテリっつうたらそうやし……あのボケも顔と調子はええからな。わいの方が男前やけどな」
「それ、うちのオーナーも言ってた」
「はは、人生の先達からの伝言やボウズ。家族は大事にせえって、ジェズイットの兄サンに伝えとき。えらい時間とらせたなあ、上がってくか? うちの子見てくか? ん? かわいいでえ、あっでも惚れても嫁にはやらんからな」
「歳が違い過ぎるよ。僕ロリコンじゃないか。今日は帰るよ、何にも持ってきてないし。ブリキのおもちゃでも持ってくればよかったな」
「もー、気いつかわんでいいのにいー。あっ、イッコはあかんで、喧嘩になるからな。絶対四個やボウズ」
「はいはい」
 苦笑して店のドアを開けると、さっき以上に街がしいんとしている。
「……そう言えばタペタ、今日は外が変な感じだよ。何かあるのかな」
「さあ。下の方が騒がしいいう話を聞いたけどな。なんにしろ、うちはしばらく行商もできんから、あんまり下の情報も入ってこおへんねん。はよガキら連れて出れるようになるとええねんけどな。ボウズ、仕事中やろ。今日はえらいゆっくりしてんねんな。ええのんか?」
「……知らないよ。あの色ボケ男、また客を口説いてるんだ。なんかあんまり直帰したい気分じゃない……」
「あのボケは、もう病気やからな。しゃあないわ」
 やれやれ、と肩を竦めて、タペタはふいに、そう言えば知っとるか、と訊いてきた。
「ボウズ、あのボケ、統治者入りの話が来とるらしいぞ。何度も何度もしつこいいうてこないだ愚痴りにきとったわ」
「……ハア? あんなのが統治者入りなんかしたら、世の中の女の子は俺のものだから、ハ―レムを作るんだとか言い出して大変なことになるに決まってるじゃないか。オリジンなに考えてんの?」
「まあもっともやけど……血の繋がった実の家族にまで、ほんまに信用されてへんねんな、あのボケ。かわいそうに」
「日頃の行いが悪いんだよ。じゃあね、タペタ。お邪魔さま」
「おおきに。またなボウズ」






◆◇◆◇◆





 上層区街は静まりかえっていた。
 ただネオンがちかちか光っているだけで、人の姿もない。
 珍しいな、とJJは思った。
 もう夕刻過ぎ、時刻は18時になろうとしていた。
 この時間帯になると、パブが店を開け、いつもならモールは人でごったがえしているはずだ。
 空のリヤカーを引きながら、考える。
 あの金髪の子はもう帰ってしまっただろうか?
(ていうか、お客さんに手を出すのはやっぱりどう考えても、おかしい。帰ったら釘刺しとかないと)
 汗をぬぐって、一息つく。
 早く帰ってシャワーを浴びたい。
 身体中、汗と炭でどろどろだ。
 女の子の前に出られる格好じゃないだろう。
 さっきの子が早く帰っていると良いな、と思いながら、JJはふと、自分がまだあの子が店にいたらいいのに、と考えていることに気がついた。
(なに考えてんだ、僕は……そもそも綺麗な子だったし、絶対ハイディだし、上層区の子だし、ローディの僕なんかきっと鼻にも掛けてもらえないし、……って、やっぱり、そういうことなのかな……可愛い子だったもんなあ)
 はああ、と溜息をついた。
 こういう時には、自分の意気地のなさや、D値の低さが恨めしい。
(そもそも、いつまで僕はこうしてるんだろう。お金を溜めて、母さんにいい暮らしをさせてあげて、それから……あの女癖最悪なオーナーもほっとくと何を仕出かすかわかんないし、まあ給料もいいし、……でも僕はレンジャーになりたいんだった。それもメイジじゃない、ガンナーでもない。バトラーだ。剣を振って、ディクを倒すバトラーだ)
 手を見る。
 まだ貧相で細い腕だ。
 少年らしく、関節の硬い骨が浮き出た、弱々しい腕だ。
 だがこの仕事につく前、一年前に中層区の商業地区でショップの手伝いをしていた頃よりは、大分筋肉もついた。
(僕はいつレンジャーになるんだろう)
 ルーチンに沈んでいく毎日。
 そもそも、何故レンジャーになりたいと思ったのだろう。
 はじめはいつだったろう。
 それすら思い出せない。
(僕には本当に適性があるだろうか?)
 適性試験だけは受けたことがある。
 何度やってもメイジの適性しか出なかった。
 ガンナーはその2割だった。
 バトラーは1割にも満たない、コンマ以下の適性だった。
 JJの能力とD値では、バトラーになったってセカンド止まりだと言われた。
 メイジになれば、ファースト、隊長クラスすら夢ではないとも言われた。
 僕はバトラーになりたいんだ、とJJは思った。
 鋭い切っ先で素早く敵を切り倒すバトラーに。
 濃い紫色のジャケットを羽織り、背中には真っ白い、あの一閃の紋章を――――
「わっ」
 考え事をしながらぼんやり歩いていると、ふいに目の前に現れた男にぶつかった。
 尻餅をついたJJは慌てて起き上がり、頭を下げた。
「す、すいません、余所見をしてて」
 ぼうっとした、黒い影のようだった。
 その男は気にしたふうもなく、ぼそぼそと喋った。
「タペタのショップは、どこにある」
 どうやら買い物客のようだった。
 今しがた店を出たばかりだったJJは、なんとなくその男の奇妙な雰囲気に気圧されながらも、あっちですよ、と街の中心を指した。
「街の、真中……その」
「そうか」
 それきり言って、男はすうっとJJの横を摺り抜けていった。
 ふっと背後を見ると、もうその男の姿はどこにもなかった。
(……ゆ、幽霊かな?)
 なんだか背筋が寒く、ぞわぞわとして、JJは慌ててリヤカーを引き摺って、ジャンク・ショップへの帰途についた。






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