そして、彼らは空を手にした。
 穴倉の底から這い出て、ひかりを浴びた最初の人間となった。
 地上への門は開かれた。




「……まったく、人騒がせだね。寝ちゃったんなら、そう、言いなよ……」
 空色の、ぴったりとした行動的な衣装、頭には猫の耳、背の高い少女、リンがやれやれとひどく疲れたように溜息を吐いて、長い尻尾をふらふらと揺らした。
 目元が赤く、先ほどまで泣いていた跡が見える。
 彼女はジオフロントの円形の床に倒れて、すやすやと寝息を立てている少年の傍らに屈み込んだ。
 リュウは安堵しきったような顔をして、眠っている。
「二ーナがどれだけ心配したと思ってるんだい? ……まあ、私もだけどさ」
「うー……」
「リュウ……起こしちゃ悪いね。よっぽど疲れちゃったんだね」
「うう」
 そしてやがて苦笑混じりに、リンはリュウに取り縋っているニーナの頭を撫でて、言った。
「二ーナ、リュウを空に連れていこう。起きた時に、びっくりさせてやろうよ」
「うーん!」
 ニーナがぱあっと嬉しそうに顔を輝かせ、軽やかに跳ねた。
 リンはもう一度、今度はにっこりと少女に笑い掛け、そしてリュウの身体を抱え、背負った。
「……お姫様抱っこは勘弁しといてやるよ。あんたは、二ーナの王子様なんだからさ」
 くすくすと笑いながら、眠っているリュウにそんなことを言って、リンは歩き出した。
 脇にだらんと垂らされた彼の手を、二ーナがきゅっと握った。
 そして、彼女たちは歩き出した。
 一歩一歩階段を踏み締め、地上へ、空へ。





 そして誰もいなくなった。
 そう時間も経たずに、きっと地下の人間も、世界が開かれたことに気がつくだろう。
 そうすれば地上を目指す人々で溢れるのだろうジオフロントには、今だけは先ほどまでの静寂が戻ってきていた。
 ただ違っている点は、天井にうっすらとした割れ目ができて、光が降り注ぐようになったこと。
 刻々と空は色を変え、今は真っ赤に染まっている。
 血の色をしている。
 空から降り注ぐ空気の流れが、おおん、と風鳴りを起こしていた。
 それは冷たく澄みきって、鋭い音だった。
 ゆったりと大きな流れは、やがて黒っぽい塵を巻き上げた。
 じりじりと時間を掛けて、それらは集まっていた。
 まずは、小さな肉片が生まれた。
 やがて薄い膜が這って、爬虫類の表皮のようなものが現れた。
 部分的に硬化し、やがてその部分は骨になった。
 そうやって、徐々にそれは再生していた。
 微かに肉の擦れ合う音を立て、かさかさに乾いた細胞の間に血が灯り、ほどなく長い爪と腕が生まれた。
 そこから先の変化は、急激だった。
 ずるっと、詰め物を引っ張り出すような感触で次々と臓腑が引き出され、裏返り、体皮に覆われて、薄い赤色だった体は黒く変色した。
 そして、それは再び生まれたのだった。
 闇色をしたドラゴンは息を吸い、鋭く咆哮し、そして翼を空打ちした。
 まだうっすらと透けている半透明の巨体が浮き上がり、飛翔した。空へ。





 今度こそ、そこには誰もいなくなった。
 







 
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