ニーナの付き添いで中央区のメディカル・センターに出向いて、彼女の検査が済むのを待っていたら、いつのまにか待合室で朝を迎えていた。
 大事を取って、ニーナは今日一日執務を休ませて、自室で休養させている。
 本当はついていてあげたかったのだが、クピトが許してくれなかった。
 オンコットに引き摺られて、いつものように執務室のオリジンの椅子に座らされ、御印を押さされている。



 リュウ=1/8192はオリジンになっていた。
 仕事は空を統べることだ。
 統べると言ったって地上にはどんなものがあるのかもわからないのだから、何を統べれば良いのかもわからない。
 とりあえず、地上に出てきたヒトを見ていることが仕事だと思う。



 リュウがサードレンジャーを除隊されたのが、今から半年ほど前だった。
 それから空を開いて、気ままにニーナが行きたいと言うところに彼女を連れて周っていた。
 夕焼けが綺麗だねとリュウが言って、ニーナがぽかんと口を開けたまま頷けば、丘に上って日が沈むまで見ていたし、彼女が気持ち良さそうに透明な川の浅い水の中で跳ね回っていると、そのまま水遊びに付き合ってカエルを追い掛けたりした。実際ニーナが喋ったことと言えば、リュウとリンが教えた僅かな単語に過ぎなかったが、それでも言葉をなくしていた彼女がそうやって意思を語ることは、確かに一瞬の感動でさえあったのだ。
 リュウはもう半分どころか一度死んでいたので、特にこれと言って空に望むことはなかった。
 いや、空こそがリュウの望むものだった。
 空をニーナに見せてあげられたので、もう欲しいものなんて何にもない。
 せいぜい隠居して釣り師にでもなろうかと思っていたところに、ひょっこりクピトのガルガンチュア、オンコットが現れた。
 オンコットはいきなりリュウを、仔ナゲットを親ナゲットが咥えて運ぶみたいに無造作に摘んでぶら下げて、抵抗するリュウにも構わずにのしのしと主のもとへと運んだ。
 抵抗してもまるで歯が立たなかった。
 ドラゴナイズド・フォームで大暴れしたって、知らん顔をされた。
 ニーナは泣きながらオンコットの足にしがみついてそのまま引き摺られていたし、リンなんて「ついで」とでも言うみたいに尻尾を持って吊り下げられていた。あれは痛そうだった。あのリンが泣いてた。リンは尻尾が弱点なんだという。
 それでほんの数週間前、いつのまにか出来上がっていた地上の街まで連れてこられて、セントラルに放り込まれたのだった。






◇◆◇◆◇






「綺麗な銀色をしていたのですね」
 そう言ってホールに入ってきたリュウたちを迎えたのは、リュウよりもいくつか年下、ニーナとおんなじくらいの年頃の子だった。
 中性的で、いまひとつ男か女か判然としない。
 珍しい薄いピンク色の髪をしていて、ふさふさの耳と尻尾が生えていた。
「あの、きみは?」
 ガルガンチュアにぶら下げられながら、リュウは訊いた。
「ところでこの……さっきからおれを摘んでるガルガンチュア、どうしたら離してくれるのか知ってる?」
「オンコット、もういいよ。はじめまして、ぼくはクピト。統治者です、リュウ」
「へ?」
 クピトが言うなり、オンコットという名前らしいガルガンチュアはぱっとリュウを離した。
 ぼとっと床に落とされて、リュウはしこたま打った尻を擦りながら立ちあがった。
「いたたた……あれ?」
 リュウはふと気付いた。ヘンだ。
 どうも、擦っている手が多いような気がする。
「……あれ?」
 リュウはぱっと手を尻から離した。
 当たり前だが、尻に触れる感触はなにもなくなった。
 やはり気のせいだろうか。
 そう思って首を傾げた時だった。
「うわ?!」
「にゃっ!」
「ひゃっ!?」
 急に尻をさわっと撫でられる感触があって、背筋がぞわぞわとなった。
 見ると、リンとニーナもおんなじような「なんか触った」という顔をしている。
「あれ? 誰もいない……」
「な、なに? なんだい、今の?」
「うー」
「……ジェズイット。やめてください、ぼくらの品位を貶めないで」
「統治者なんか、品位もなにもあったもんじゃないだろー?」
 ふいにクピトの手前の何もなかった空間から、ぱっと人間が現れた。
 つんつんと上に向かって尖った個性的な頭をした男だ。リュウよりも大分年上に見える。
 男は気軽く片手を上げて、にっと笑った。
「コンニチハ、ドラゴンご一行様。ストーカーのジェズイットです。カワイコちゃんのお尻が大好きです」
「またそうやってロクでもない自己紹介する……」
 クピトが頭を抱えて唸った。
「あーっ!」
 ふいにリンが大声を上げた。
 なんだろうと見ると、彼女は激昂して顔を真っ赤にしてジェズイットを指差している。
「あんただろう! 中層で私のお尻触った奴は! 他にも放棄商業区でピットでライフラインでメインシャフトでも上層区でも、電力供給ビルでもだ!」
「それ、ほとんど全部じゃないかリン」
「そうだよ、全部だ! なんかべたべたべたべたずーっとヘンな感触が……放棄商業区で痴漢の幽霊にでも取り憑かれたんじゃないかと、こっちは不安でしょうがなかったんだよ!!」
「いやあ、まあ、是非お近付きになりたいと思っててねえ。あんたの尻は満点だ。十点満点中十点だ。こんな完璧な爆尻、俺今まで見たことない。思わず頬ずりしちゃったくらいだ」
「ち、痴漢! 変態ー! ちょっとレンジャー呼んでレンジャー!!」
「リン、トリニティでしょ……」
 リュウがおずおずとリンに声を掛けると、彼女はものすごい形相で振り向いた。
「リュウ! あんたレンジャーだろ?! コイツ逮捕しなよ!」
「いやあの、おれレンジャー除隊されてるし」
「コイツ、ニーナの尻も触ったんだよ?!」
「あ」
 すうっ、とリュウの顔から血の気が下がった。
 ジェズイットはふっとリュウとニーナの方を見て、腕組みをして頷いた。
「そっちのふたりは貧尻だ。もっと良くがんばりましょう」
「ニ、ニーナに向かって「がんばりましょう」って何だよ! ニーナは今のままで十分可愛いんだ! がんばらなくっていい! ていうかこんな小さな子のお尻触るなんて、何を考えてるんだ?!」
「なんだおまえさん、ロリコンだったのか。うーん、常々正反対の価値観について、真剣に討論したいと思っていたとこだ。なあ、貧尻のどのあたりがくるんだ? 俺はやっぱり肉厚でボインでムチムチなのがたまらんと思うんだが」
「可愛いじゃないか!」
「ジェズイット、ちょっと外出てて下さい。君がいるとかなり話が拗れてややこしくなります」
「……リュウ、あんたももう黙ってな」
 リンに呆れたように諭されて、リュウはぐっと詰った。
 だが、不名誉な誤解だけは解いておかなくてはならない。
「あ、ちょっ……おれはロリコンじゃないよ! ただニーナは可愛いから!」
「はいはい、もう黙りな、いい子だから」








 ジェズイットが退室すると、急に静かになってしまった。
 クピトは項垂れて、すみません、と言った。
「紹介が後になりましたが……彼は統治者ジェズイット」
「……早めにクビにしたほうが世界のためだよ」
 リンがげんなりとクピトに言った。
 クピトも頷いて、しょうがないんです、と言った。
「まああんなですが、せっかくの能力をヘンな方向に使ってたりもしますけど、一応責任感は強い方だし、仕事熱心なんです。すみません、今は少し落ち込んでるみたいで、ちょっと歯止めが効いてないみたいで」
「はあ……」
 良く解らないながら、リュウは頷いた。
「あの、それで、何なんだ? おれたちを逮捕するのか。おれはいいけど、ニーナとリンに手は出させないよ」
「戦う気はありません。爪を仕舞ってください。ドラゴナイズド・フォームでいられると、話がしにくいです」
「そう」
 変化しかけていた腕を一振りして、リュウは目を伏せた。
 クピトは軽く手を上げて、なんでもないよオンコット、と言った。
 さっきのどんな方法だって傷ひとつつけられなかったガルガンチュアが、身を乗り出し掛けていたが、さっと引っ込んだ。
 クピトを護るために、リュウを警戒していたのだ。
「主が死にました」
「え?」
 リュウはきょとんとして、瞬きした。
 それから少し経って、クピトが言っているのは最高統治者エリュオンのことだと気付いた。
「……エリュオンさんが?」
「ぼくらには今、メンバーを纏める存在がいません。いえ、統治者自体、生き残っているのはぼくとジェズイットの二人だけ。世界は調和を欠いています」
 クピトはまっすぐにリュウを見て話している。
「手短に言いましょう。あなたがたに頼みたいことがある。ぼくらに力を貸して欲しい。どうしようもなく、人手不足なんです。先日地下からトリニティのリーダーを引っ張り出してきましたが……」
「メ、メベト! あんたら、メべトになんかしたのかい?!」
 リンが身を乗り出して、クピトに掴みかかった。
 クピトは抵抗もせず、されるがままになっている。
「ええ、空は開かれたので、戦争ごっこはもう何の意味も無い。とりあえず出戻ってもらってます」
「……は?」
「知らないんですか? 政府とトリニティの和解……メベトは今や、地下世界を取り纏める統治者です」
「し、知らないよ、そんなの! なんだいそれ、今まであれだけ殺し合いしてたのに、いきなりなんでそんなことになるんだい!?」
「争っている場合じゃないんです。空が開いてしまったから、みんなどうすれば良いのかわからなくて、不安なんですよ」
 クピトはリンの手を静かに見下ろして、ぽそっと言った。苦しいです。
「あ、ああ」
 リンが、きまり悪そうな顔で手を引っ込めた。
 クピトは気にしたふうでもなく、リュウへ向直って話を続けた。
「だから、ぼくらに力を貸していただきたい。どうしようもないんです。あなたがたが開いた空だ、放ってはおけないでしょう?」
「まあ、そうだね」
 リュウは頷いて、同意した。
「おれにできることなら、なんだってやるよ。ほんとはもう隠居しようと思ってたんだけど、まだおれにできることがあるなら」
 少し戸惑いながらも、リュウは微笑んで申し出た。
「ドラゴンの力があれば、そうだな、街に空の獣を近付けないことができる。きっと頑丈な建物も建てられるよ、輸送物資を護ったりもできるし、なんだって使ってくれていい」
「ありがとう、リュウ。助かります」
「ただ、ひとつだけお願いがあるんだ」
 リュウはホールの端っこで、話の邪魔をしないように座り込んで、退屈そうに足をふらふらさせているニーナを見て、彼女のことなんだ、と言った。
「ニーナの検査をお願いしたいんだ。空に出ても、あの肺が元に戻るわけじゃない……。おれはドクターじゃないから、わからない。ちゃんとした設備で、診てあげてほしいんだ」
 クピトはすぐに頷いてくれた。
「わかりました。すぐにでも」
「ありがとう、クピト」
 リュウは少し微笑んでから生真面目な顔になって、クピトに確認した。
「ただ、もしニーナになにかしたら、おれはきみたちを殺してこの街を壊します」
「ええ、わかっています。君に手伝ってもらえて嬉しい、リュウ」
「……ありがとう、クピト。それから……」
「はい」
 言いよどんで、言うべきか止めておくべきか迷ったが、結局リュウはそれを口にした。
 ニーナとリンには聞こえないよう、小声になって、言った。
「街が機能するようになって、おれの力が必要なくなった時には、おれを死刑にしてくれて構わない。
おれは間違ったことはしてない。空を開けたことに後悔はない。
でもレンジャー隊も、ゼノ隊長も、統治者のひとたちも……ちょっと殺し過ぎたから、人殺しの罰は受けるべきだと思う。
でもリンとニーナは殺さないでくれ。ふたりは、おれに付き合ってくれただけなんだ。街で暮らしたいって言うならそうさせてあげて欲しいし、空の下で気ままに生きたいって言ったら、望み通りにさせてあげて欲しいんだ」
「……今あなたが言った言葉を、何十年か前にそっくりそのまま言ったらしい人、知ってますよ」
「え?」
 リュウはクピトの言った意味がわからなくて、一瞬きょとんとした。
 クピトは初めて笑って、あなたも知っている方ですよ、と言った。笑うと彼は歳相応の子供に見えた。
 リュウには良く解らなかったが、クピトはその先を教えてくれるつもりはないようだった。
 すぐに笑顔を引っ込めて、別のことを口にしたからだ。
「じゃあ、まず最初の仕事です、リュウ。こちらの用意した服に着替えて下さい」
「え? あ、うん。おれ、そんなに汚い格好してるかな……ちょっと前にアルマの店で新調したばっかりなんだけど、このコート。 あ、制服とかなのかな?」
「ええ。オンコット」
 クピトは小さな、トレジャーボックスのミニチュアのような小箱をオンコットから受け取って、リュウに手渡した。
「開けていいの?」
「ええ、あなたのものですから」
 開くと、真っ黒で光沢のある、つるつるした布きれのようなものが入っていた。
 なんだかゼノ隊長や女の子のレンジャー隊員が穿いていた、ストッキングのような感じの印象だ。
「……これなに?」
 思わず、リュウはそう訊いていた。
 広げてみると、人間の身体の皮を広げたようなかたちになった。
 赤いラインが何本も入っていて、見覚えのある印を形作っている。
 確か、これを身に付けていた人物を、リュウは知っている。
「あの……」
「さあ、着替えて下さい。あ、女の子がいると着替えにくいですよね。すぐに部屋に案内させます」
「いや、ええとそうじゃなくて、服? これ、なに?」
「だからあなたの服です」
「…………」
 どうしよう、とリュウは思った。言葉が通じない。
「あの、おれ、ほんとにこれ……あの、からかってる?」
「何を言っているんですか? 相応の格好をしてもらわなくては」
「そ、相応って、全身タイツが?」
「ええ。ああ、着方がわかりませんか? オンコット、手伝ってあげて」
「い、いやそういうことじゃなくてちょっ……ああ、は、離してくれよ! なんでタイツ……ああああ」
 先ほどここへ運び込まれてきた時とおんなじようにオンコットに摘まれて、リュウはひょいっと持ち上げられた。
 そのままどこかへ運ばれていく。
「さて、メディカル・センターへ行きましょうか。君がニーナ? はじめまして、ぼくはクピトです。リン、よろしくお願いします」
「ううん、あー」
「ああ、羽根の検査だね。私もついてくよ」
「ちょ、ちょっ、リン、二ーナ! おれも……ああっ、は、はなしてえ! なんでおれが全身タイツを!?」
「リュウ、着替えが済んだらジェズイットに書いてもらったメモが部屋にあるはずなので、暗記しておいてください。貴方多分まだ何を言えば良いかわからないだろうから……」
「えっ、な、なに? あ、ちょっ、うわっ、オンコット君、コート脱がさないで!や、やめてえええ」
 リュウの悲鳴なんか知ったことではないふうに、三人は遠くへ歩いていく。メディカルセンターへ行くのだという。
 大きな部屋に運び込まれて、リュウは小さな女の子が遊ぶ着せ替え人形みたいな調子で、ぱりぱりと服を剥かれてしまった。
「えっ、ちょ、そ、そんなのまで脱ぐの?! うわ、ノーパンはいやだよ! やめてくれよ! お願いだから……あああ、なんか下半身がスースーするッ……!」
 そして例の全身タイツを着せられた姿は――――鏡に映るリュウの姿は、何というか、かなり困ってしまうものだった。
 身体のラインがそのまま浮き出していて、ほとんど全裸に近い。これでは露出狂の変質者だ。
 あまりの自分の情けない姿に、リュウは泣き出したくなった。
「あ、あんまりだ……こ、これは嫌がらせか何かなのか? やっぱり、そうなのかな……す、すごい、嫌すぎる……」
 げっそりとしながら、ふとデスクを見ると、上に折り畳まれた白い紙切れが乗っている。
 これがクピトの言っていたメモだろうか。
 リュウはメモを手に取って、広げた。かさかさと乾いた紙の音がした。





『リュウ「やあ、みんな  おれはリュウ! 空を開いた男、新生オリジンだ! よろしくな!


サクラ(ジェズイット)「嘘つけー!このヒョロヒョロの貧尻男!おまえなんかが空開けるわけねえじゃん!」
サクラ(メベト)「そうだ、証拠見せろ証拠ォー!」


リュウ「そうか……いいとも! チェンジ! ドラゴナイズド・フォーム!!」
(※ここでD-ダイブ。変身ポーズは別紙参照)
リュウ「行くぞ! 必殺! ドラゴンブレス!」
(※50%を目安に)
サクラ(ジェズイット)「すげえ……本物だ! 本物のドラゴンだ!!」
サクラ(クピト(女装))「キャーッ! オリジン様ステキーッ☆」


悪役レンジャー(ジェズイット(二役))「ははは! とうとう見付けたぞ、ドラゴンめ! 今日こそやっつけてやる!」
リュウ「はっ、き、貴様は! 生きていたのか!」
悪役レンジャー(ジェズイット(二役))「俺は何度でも地獄から蘇ってくる!貴様を倒すためになあー!」
(※ここで悪役レンジャー(俺)がクピト(女装)を人質に取る)
クピト(女装)「キャーッ! た、たすけて!」
悪役レンジャー(ジェズイット(二役)「ははは!これで手も足も出まい!」
リュウ「き、きっさまあー!」
クピト(女装)「いやあ、オリジン様!」
リュウ「安心してくれ、必ず助ける!」
クピト(女装)「は、はい……」(※ここで頬を赤らめる)
悪役レンジャー(ジェズイット(二役))「ムッ! 一瞬の隙を突かれてしまったァー!」
リュウ「これで終わりだ! 必殺! さあみんなも一緒に! ドラゴンブレスだ!」


一同「ドラゴンブレス!」


悪役レンジャー(ジェズイット(二役))「ぐわあ、やられたあー! さすがだな、ドラゴンよ。俺の負けだ……」
リュウ「正義は必ず勝つんだ!」
悪役レンジャー(ジェズイット(ニ役))「フフ……つ、強くなったな」
リュウ「なに?」
悪役レンジャー(ジェズイット(二役)「弟よ……俺は実は、おまえの生き別れの兄だったのだ!」
リュウ「な、なんだって?! そんな、兄さん!!」


〜続く〜


わりと 面白く できた。
ジェズイット著』




 一通り目を通して、リュウは反応に困ってしまって、首を傾げた。
「……なにこれ?」
 まだそばにいたオンコットに訊いてみたが、元よりガルガンチュアが喋るはずもなく、さっぱりわからない。
「ジェズイットって、さっきの痴漢のひとだよね」
 オンコットが、こくこくと頷いた。どうやらこちらの質問に対して、イエスかノーで答えることはできるらしい。
 驚くべきことだ。人間の言葉を理解しているらしいのだから。
「いや、ていうかこれ、なんでおれがオリジン役なの? うーん、ごっこ遊びが好きなのかな、統治者の人。なんかイメージ違うなあ……」
 頭を掻きながらぼんやり見ていると、オンコットがまたリュウを摘んで、持ち上げた。
 もうそろそろ慣れたので、リュウはされるがままに任せておいた。







「できるかァ――――!」
 オンコットに摘まれたまま、じたばたとリュウは暴れた。
「イヤだ! 殺すなら早く殺してくれ! あんな恥ずかしい台詞、おれには無理だよ!」
「なんだよ、地下では「君を助ける」とか「後悔はない」とか恥ずかしい台詞連発だったくせに」
「ともかく嫌だあ! おれは普通がいいんだ!」
「あなた、さっき手伝うって言ったじゃないですか」
 またホールに連れて来られて、あんまりにもショッキングな話を聞いた。
 リュウはなんだか、いつのまにかオリジンに祭り上げられていた。
 街のために働くことに同意したのは確かだったが、最高統治者になるっていうなら話は別だ。
「向いてないし! そんな人前で恥ずかしいし! おれ無理だよあんまり頭良くないしローディだし、ああ、昨日死んだゼノ隊長が枕もとに立って「良くない事が起こる。気をつけなさいリュウ」って言ったのはほんとだったんですね、隊長!」
 うつうつと泣き出しているリュウをぽんぽんと宥めているのはクピトだ。
 彼は女の子みたいなのに、どうやら男らしい。驚いた。そんなことは今はどうでも良いのだが。
「諦めてオリジンやってください、リュウ。今や先代を継げるのはあなただけなんです。最後の竜でしょう?」
「うっ、でも、竜とアレは関係ないよ……。君はイヤじゃないの? あんな恥ずかしい役とか」
「は? 何を言ってるんです? ぼくがなにか?」
「女装して悪役に攫われる役だって」
「あっコラ、しーっ! 土壇場でやるぞ!って言わなきゃこいつ絶対文句垂れるって!」
「はあ?」
 リュウが差し出したメモを手に取って、クピトはひととおり中身に目を通して――――びりっと破り捨てた。
「あーっ! 俺のお茶の間で大ヒット間違いなしの大傑作が!」
「ああもう、ロクなことしませんね……リュウ、とりあえずみんなあなたが見たいだけなんです。なんとか5分でいいですから、しのいでください」
「ええええ、おれ、何を言ったら良いか……ス、スピーチなんてしたことなくて」
「頑張って下さい」
「そ、そんなあ」
 リュウはげっそりとなって、その場にくずおれた。










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