無意識のうちに、破壊的な衝動がボッシュを支配していた。 気がつくと、辺り一面焼け野原だった。植物は根こそぎ蒸発して、岩盤は粉々になり、地面はぼこぼこと不気味に泡立っていた。 ボッシュがただ一人だけ、腕にリュウを抱いて立っていた。 リュウは意識を無くして、ぐったりしている。 獣剣で貫いてやった肩口の傷痕には、血液が染み込んだコートがくっついていて、もう乾いて固くなっていた。 失血死の危険性は見受けられなかった。呼吸も心配するほどじゃあない。生きている。 だが、リュウは随分衰弱しているように見えた。 ここ数日で、彼を包んでいた優しい世界は跡形もなく崩れ去ってしまったのだ。 綺麗なものばかり信じて生きてきただろう彼は、決定的に、最悪なところまで穢されてしまった。 同性とディクに犯されて、身体は本物の塵くずみたいになってしまった。 ヒーローはいつまで経っても助けに来ない。 縋れるものは何もない。 手を引いて、彼を勇敢たらしめているものも、どこにもいない。 リュウはひとりきりだった。 「リュウっ……」 ボッシュはリュウを地面に横たえて、注意深くその身体を観察した。 四肢にはロープできつく縛ったような痣があった。 肩口と、爪と歯で傷つけられた、全身に広がる裂傷には、得体の知れないぬるぬるした粘液が纏わりついていた。 ぼろぼろのコートをはだけると、腹から股ぐら、太腿にかけて、同じように粘液がこびりついていた。 それは腹の奥までリュウを侵していた。 また、いつも良くある得体の知れない焦燥が沸き上がってきた。 例のパニックの前兆だ。それが訪れると、ボッシュは常に恐慌状態に陥り、しばらく戻って来られないのだ。 忌々しい性癖だった。ボッシュはそれを自覚していたし、そのせいもあって、いつだって努めてクールに振舞ってきた。 だがどうしようもなかった。 どうにもならないものを目の前にした時に、一体どういうふうに振舞えば良いのか、今になってもボッシュにはさっぱりわからなかった。 ――――そう、いつか、リュウがそうあったように、極限状態にあっても、命を掛けてまで勇敢であることができなかったのだ。 「リュウ、おいリュウ……」 呼んでもリュウは応えない。目を覚ましてパニックに陥り、「暗がりでひとりっきりで置いてけぼりにされて見捨てられたかと思った」や「ディクに襲われて酷い目に遭った」なんてことを、途切れ途切れにぴーぴー口走りながらボッシュに泣き付くこともなかった。 「くそっ……!」 ボッシュはリュウを抱え上げた。 少し歩けば水場があったはずだ。 薄汚いディクの体液がリュウに浸蝕しているのは、何故か、ひどく気分が悪かった。 その時徐々に焦燥に支配されつつあるボッシュは、自分がリュウをとても憎んでいて、殺さなきゃならないということを、いつのまにか綺麗に忘れていた。 ◇◆◇◆◇ 水溜りに放り込んでやると、リュウがびっくりしたようにぱちっと目を開いた。 「……え」 彼はねボケた顔で何度かまばたきをして、そしてしばらく経ってようやく自分の身体の惨状に思い当たって、顔を真っ青にした。 思い出し、記憶の中のひどい光景をもう一度目の前で再現させ、顔を引き攣らせているリュウに構いつけず、ボッシュは彼の脚を広げさせた。 「――――あ、っ?! な、なに……」 何するんだと喚きながら、リュウは暴れた。 ボッシュは舌打ちして、ぎろっとリュウを睨んだ。 「うるさいよ!」 リュウを罵ってやりたい言葉が、いくつも頭に浮かんだ。 例えば、俺がいなきゃオマエはロクなことにならないねとか、なんでおとなしくあんなディクなんかに犯されてたわけとか、オマエほんと、いくつになっても手間掛けてどうしようもないねとかだ。 だが結局何も言わず、ボッシュは事務的な作業に掛かった。 「……ん……!」 リュウの尻に指を突っ込んで、掻き混ぜてやると、どろっとした透明な粘液が零れた。 ディクの体液が中まで彼を汚している。 「あ……っ、うあ、な、なに、するんだ!」 「何ディクなんかにヤラせてやってるわけ? 結構手広いね、オマエ。散々可愛がってやったってのに、あれだけじゃまだ物足りないって?」 「あ……」 リュウがまた、顔をさあっと青ざめさせた。 焦燥した顔で忙しなく辺りを見回して、ディクはどこ、と言った。 ボッシュは肩を竦め、そっけなく教えてやった。 「殺した」 「…………」 リュウからふっと力が抜けた。 安心しているのだろうか? 彼をひどい目に遭わせた男が目の前にいるというのに? リュウはわけがわからないと言った顔で、助けてくれたのか、と訊いた。 ボッシュは答えなかった。 実の所、ボッシュにも良く解らなかった。 今の所、最大の敵であるリュウが、目の前で惨めに死のうとしていた。 ディクに犯され、食われてしまおうとしていた。 そのリュウに、ボッシュは手を差し伸べた。 それは衝動だった。 二年前まで、良くあったものだった。リュウが死に掛けてる。助けなきゃあならない。 だが、今やもう、彼を助けたって何のメリットもない。 リュウが死んだから、報告書に失点が付くわけでもない。 手柄なんてどうだって良い。 それにリュウは敵だ。 いつものようにパニックに支配されていたせいだろうか? 「ふ……」 緩慢に、リュウが手のひらで口元を覆った。 顔が赤く染まっていた。 泣いちゃったのかな、とボッシュは考えた。 リュウはローディで怖がりで泣き虫だ。珍しいことじゃない。 少なくとも、ボッシュが良く知っている彼はそうだった。 リフトに置いてけぼりにされて、どうすることもできずに、蹲ってぐずぐず泣いている弱虫の少年だった。 だが、どうも様子が違っていた。 ふとボッシュはそいつに気が付いて、おや、と眉を寄せた。 尻を弄くられて、いつもは何の反応もないくせに、リュウの性器がうっすらと赤く色付いていた。 「――――っ、う、ん……」 かすれがちに喉から零れる声に、リュウ自身が戸惑っているようだった。 ボッシュはリュウを洗ってやっていた手を休めて、彼の頬に触れ、何やってんの、と訊いた。 「不感症のクセに、何カワイイ声なんか出してんの」 「え……? いや、違……」 リュウは恥ずかしそうに目を伏せて、頭を揺らし、硬い声で、違う、と言った。 彼の身体は少し熱かった。 呼吸も浅い。妙な気配があった。 ボッシュはリュウを観察し、なんかあったのかもね、と言った。 「毒でもあったんじゃない。熱っぽいよオマエ」 「は……毒? おれ、死ぬの、か」 「このくらいで死にやしないだろ。オマエ、丈夫だし」 ボッシュはそっけなくリュウに言ってやって、彼を水の中に引き倒し、肩口の粘液を洗い流してやった。 傷口から流れ込んで、神経を侵されているのかもしれない。 直にひどい傷を揉みくちゃにされて、リュウが悲鳴でも上げるかと思ったのだが、彼は口元をぎゅうっと押さえて、俯いて震えていた。 「……うっ、うう……」 小さな、少し裏返った声でうめいている。 その様子は変に色っぽくて、ボッシュを奇妙な気分にさせた。 まるで愛撫されて感じてる女みたいだ。 はじめは、なにせ相手は不感症のリュウであったので、気のせいだろうと気にも止めていなかったのだが――――どうやらリュウは本気だったらしい。 彼の性器はあきらかに赤くなって、硬くなりはじめていた。ボッシュに触られて、感じて、興奮しているのだ。 ボッシュは首を傾げて、わけわかんないね、と言った。 「なに、勃ってるの、オマエ。なにが気持ち良かったの?」 萌えはじめているリュウの性器の先端をきゅっと爪で擦って、握ってやると、リュウは意外なことにびくっと全身を痙攣させた。 「――――っ! は、あああっ!」 艶っぽくて、濡れたリュウの悲鳴が響いた。 それは確かに嬌声だったが、耳元で、しかも大音量でやられたボッシュはたまったものじゃあなかった。 耳がじんじんする。脳味噌にまで突き刺さった。頭が痛い。 「……あっ、あ? えっ、おれ……」 リュウがはっとしたみたいに、顔をぐあっと真っ赤に染めて、ぎゅうっと口元を押さえた。 彼は自分で、自分の声にびっくりしているみたいだった。 目を丸くして、呆然としている。 間抜けな顔だ。 ボッシュが見慣れた、相棒のリュウの顔だった。 「へええ……」 ボッシュはにやっとして、リュウに触った。 彼の、突いてやった肩口の傷が開いて、鮮やかな血液を零しはじめていた。 指で触れると、またリュウが反応し、震えた。 「なに、痛いのがキモチイの?」 ボッシュは、しばらく止めていた作業を再開した。 つまり、リュウの尻に指を挿入し、中を擦ってやった。 リュウの反応は、ここ数日あった不感症がまるで嘘みたいに、顕著だった。 「ひゃ……っ! あ、ああっ!」 彼は背中をきゅっと反らして、半分裏返った嬌声を上げた。 びくびくと震えて、顔を真っ赤にして、目をぎゅっと閉じ、唇をわななかせている。 その顔は、確かに感じていた。 「……なんか、すごいゾクゾクするんだけど」 ボッシュは半分呆れながら、リュウの腹の中を擦って、撫でてやった。 不感症だと思っていたら、こんなふうな顔もできる奴だったのだ。 「……えっ? うあ、抜い……さ、触る、な……や、っ」 リュウはひどく困惑した顔で、頭を振って、ボッシュのコートに縋りついて、止めろと懇願した。 「やめっ、おれ、変に……こんな……」 彼は自分の奇妙な反応を、殊更恥ずかしがっているようだった。 感じているのとは別に、その顔には羞恥も見て取れた。 その表情も、ボッシュを興奮させた。 泉の中に座り込んで、リュウを水から引き上げ、抱き寄せて、ここ数日で慣れてしまったふうに、リュウの腕を背中に回させて、腰を掴んだ。 察したリュウはぴくっと痙攣したが、何も言わなかった。 彼は身体に篭った熱に翻弄されているようだった。 いつものように抵抗もしないリュウの腰を押さえ付けて、身体を交えた。 交合はスムーズだった。 リュウは何度もボッシュを受け入れて、その身体ばっかりは馴染んでしまっていた上、先ほどディクに開かれて、受け入れる口は大分柔らかくなっていた。 忌々しい粘液は潤滑油の役割を果たして身体を軋ませなかったし、リュウの身体を火照らせていた。 そして、リュウはひどく濡れていた。 彼はボッシュの性器を呑み込む時に悲鳴混じりに小さく喘いだが、腹に収めてしまうと、ただ浅い呼吸を繰り返し、顔を上げ、濡れた目を上げて、何かを期待するようにボッシュを見上げた。 何も言わずにじいっとリュウを見つめていると、リュウは恥ずかしそうに目を伏せ、もどかしそうに、ゆっくりと脚を開いた。 彼は誘っていた。 「……急に淫乱になっちゃって、まあ、割と来るけど」 呆れたふうに言いながら、実の所、潔癖症のリュウに扇情的な仕草をされて、ボッシュは欲情していた。 「――――あ、ああっ!」 リュウの細い腰を掴んで、中で動くと、彼は嬌声を上げて仰け反った。 腕を伸ばし、ボッシュの首に巻き付けて、腰をくねらせた。 いやらしい仕草だった。 欲求不満の淫乱な女みたいな、男根で腹の中をぐちゃぐちゃに掻き混ぜて欲しくて仕方がないって格好だった。 それを、あのリュウがやるのだ。 「リュウっ……」 努めてクールに振るまい、復讐のためにリュウを抱く。彼を汚す。 穢されて泣き喚くリュウの顔にゾクゾクした。 そのはずだった。 だがそんなふうなポーズは、このリュウを前にして、いつのまにか消え去ってしまっていた。 腰を動かして、深いところまで届くと、リュウはよがって、切なげに目を細めた。 「う、えっ……や、あっ、あっ、……」 真っ赤な顔で、リュウはついに泣き出してしまった。 それでも、彼の腰は、もどかしげに揺れていた。 「カワイイ、リュウ」 ほとんど無意識のうちに囁くと、リュウはきょとんとして、目をぱちぱちとした。 彼には訳が解らなかったろう。リュウは何も理解できないのだ。 そして、ボッシュも訳が解らなかった。 (……何言ってんだ、俺は) 奇妙に具合が悪くなって、ボッシュは頭を揺らし、強くリュウの中を抉った。 「っあ、あっ、あ!」 悲鳴を上げるリュウから手を離して、彼の背中を叩いて、ボッシュは居心地の悪さをごまかすように、意地悪く彼に囁いた。 「オリジン様、キモチいトコ、自分で突いてみなよ。解るだろ? 俺知らない」 「あ……」 リュウは、僅かに途方に暮れたような目を見せたが、顔を伏せ、従順にボッシュの言うとおりにした。 ボッシュに抱き付いて、ゆっくりと腰を動かしはじめた。 密着して、耳元でリュウの喘ぐ声が聞こえる。 彼の横顔はぽおっとなって、目は潤んでいた。 「……急に可愛くなっちゃったね」 「あ、あっ!」 軽く言いながらリュウの尻を揉むと、彼はまた敏感に声を上げた。 「あ……ね、ねえ……」 震えながら、リュウはものすごく言いにくそうに、俯いたまま声を上げた。 顔を向けてやると、リュウは唇を震わせ、何かを言いたげにしていた。 「なに」 見当はついたが、わざと知らないふりをして、リュウをじっと見つめる。 リュウはどうにも欲求不満に見えた。 しばらく沈黙が続き、やがてリュウが、消え入りそうな声で、しないの、と言った。 「なにを?」 「お、おれのこと……いつもみたいに、さっきまで、してたみたいに……ぐちゃぐちゃに、ひどく、しないの?」 リュウは耐えきれなくなったらしく、ボッシュと繋がったまま、勃起して赤く色付いている自分の性器に手を伸ばして、おずおずと触り始めた。 恥ずかしそうな顔で、自慰をしている。 すでにとろとろとした精液を零しはじめていたリュウの性器は、あっけなく達した。 繋がっている中がきゅうっときつく締まって、ボッシュは僅かに眉を顰めた。 (……コイツって、こんなやらしい奴だっけ) オチたな、とボッシュは思う。 今のリュウの頭の中には、空も世界も街も、統治者たちも、あのいけすかないニーナもなんにもない。 ただ快楽に染まって、溺れている。 目の前にいる男しか見えていない。 「ボッシュ」なんて名前がなくたって、リュウはボッシュの手に戻ってきた。 そうしていると、奇妙な感情が浮かんできた。 リュウはボッシュの敵だ。 ボッシュを裏切り、家族を殺して空を開け、栄光を手にした。 殺さなければならない。 そのはずなのに、何故だか―――― 「ああああっ!」 リュウの、悦びの混じった嬌声が、一際大きく響いた。 またリュウの腰を抱き、下敷きにして、腹の奥まで呑み込ませ、届いた。 「そんなにいじめて欲しいの?」 リュウは泣きながらこくこくと首を縦に振り、ボッシュにぎゅうっと抱き付いた。 コイツ、ホントはもう解ってるんじゃあないか、とボッシュは考えた。 リュウはもう知っているんじゃあないだろうか? 誰が目の前にいて、身体を交えてるのかってことを、もう理解しているんじゃあないだろうか? 「痛く、っ、痛く、して……」 とろけた声で、甘えたふうに、リュウがねだる。 きっと彼はもう解っている。 頭で解っていなくたって、なにせ彼は馬鹿なので――――身体はもう、ちゃんと知っているはずだ。 誰が助けてくれたのか、手を伸ばしてくれたのか、探して、迎えにきてくれたのか。ディクから守ってくれたのか。 今誰に抱かれているのかを、リュウは理解している。 「……ねえ、オリジン様さ、俺『ボッシュ』の敵なんだけど?」 ニヤニヤしながらそう言うと、リュウはうっとりした顔でボッシュを見上げて、名前を呼んだ。 「……っ、ボッシュ、ボッ、シュう……」 そうやって名前を呼ばれて、またきつく締め付けられて、達してしまいそうになる。 ボッシュは呆れた声で、リュウに訊いた。 「そんなにボッシュが好き?」 「……ん、すき。だいすき、ボッシュ……」 リュウは躊躇わずに頷いた。 「飛んじゃってるのかよ」 ボッシュはくすくす笑いながらリュウの髪を撫でて、激しく腰を打ち付けて、喘ぎながら身体を仰け反らせたリュウの中で精液を放った。 もう何度目かになる。 だが、初めてリュウは気持ち良さそうに緩んだ顔で、ボッシュにぎゅうっと縋りついて、震えた。 ボッシュはぐったりしたリュウの背中を抱いて、彼の青い髪を指で梳いた。 彼が腕の中にあると、静かな安堵が訪れた。 さっきから浮かんでくる奇妙な感情が、急速にボッシュに浸蝕しはじめた。 それは、懐かしい感触があった。 もう随分前からあったものだった。 リュウが憎かった。 それと同時に、確かにその感情は、ボッシュを支配していたのだ。 |
Back * Contenttop * Next