街は大分変わってしまった。 幼年学校の先生は、一番偉い人が交代したせいなんだと言っていた。 特別にどこがどう変わったかと言えば、そうでもない。いつものように朝が来れば父親はプラントに出掛けていくし、母親は台所で鍋を火に掛けてスープを煮ている。味に特別に変わったところもなく、いつも通りだ。 学校の授業に変わったところもない。普段通り退屈で、隠れてカード・ゲームをやっているところを見つかって、こっぴどく叱られた。 そのくせ街全体を覆う空気は、どことなくじめっとして重苦しく感じられた。 冬が近いせいで曇り続きで、あまり天気は良くない。風はないが、肌寒かった。だが去年の秋の終わりはこんなふうじゃなかったような気もする。街は生命力で溢れていたし、空での実験作物の収穫祭は楽しかった。 今年は大人たちだけで収穫を済ませてしまって、お祭りもなかった。 今世界で一番偉い人は、騒々しいことや面倒臭いこと、子供っぽいことが嫌いらしい。年上の友達が言っていた。 街は前よりすごく便利になった。道路は舗装されたし、学校もプレハブじゃなくなった。すごく綺麗な建物がいっぱい建った。特に、中央区にある「セメタリー」って建物なんかがそうだった。入口に見たこともないくらい大きなディクの像がニ体並んで立っていて、格好良かった。 父親は、プラントからセントラルへのいろんな申請書類の対応と返事がすごく早くなったって驚いていた。 街の工事をしている隣のおじさんも、作業がすごくスムーズになったって喜んでいた。 街はすばらしく機能し始めていたけど、前にあった能天気な活気がなかった。 子供が泥遊びをしてはしゃいでるみたいな明るさが、いつからか無くなっていた。極めて事務的に、効率よく稼動していた。 そのことについて、プラントの機械みたいだと友達と話し合うことがあった。 そう、その友達も、大分数が減ってしまっていた。 メディカル・センターに住んでいた女の子や、そこで最近できた友達は、三人が三人共いなくなってしまった。 ニーナお姉ちゃん――――メディカル・センターに住んでるエリーナとおんなじ金髪で、優しい性質をしていた――――は最近姿を見ない。たまにふらっと街を歩いてるのを見掛けることはあったけど、誰かと待ち合わせでもしているみたいに、慌しくどこかへ行ってしまう。お仕事が忙しいんだろうか? エリーナは病気で死んでしまったっていう。黒死病の薬ができるすぐ前のことだった。 病院の子なのに、なんで治らなかったんだろうか? 彼女の父親なら、娘に特別な治療を受けさせることもできたろうに。 そしていじめられっこの泣き虫リュウは、ある日ふっといなくなってしまった。 病院に来なくなってしまった。 彼の家――――泣き虫のくせに、すごく馬鹿でかいところに住んでいた。中央区のセントラルだ――――に行っても、怖い顔をした大人に摘み出された。 リュウは悪いことをしたから、牢屋に入れられるんだと言っていた。 正直どんくさくて正直者で、彼という人間が悪いことをしてるところが全然想像できなかったから、きっと誰かに騙されたり利用されたりして、ひどい目に遭っているんだと見当をつけたが、だからと言ってどうなるものでもなかった。 子供ひとりができることなんて、たかが知れていた。 それで例の怖い大人の一人を見付けて頭に石を投げてやったら、これが綺麗に命中して、そのせいでジョーはレンジャー基地でバケツを持って立たされる羽目になってしまった。 ◆◇◆◇◆ 街の噂を運んでくるのは、仲間内では大体栗毛でそばかすのトマスの役割だった。 叔父が新聞記者なんだっていう。そのことを彼は良く誇らしげに話したし、情報は割合正確だった――――大体50パーセントくらい正確だった。 今日はどこから聞き付けてきたのか、幼年学校の魔法教師とセントラル付きのエリート・レンジャーの不倫なんて話題を持ってきた。 つい先日まで通っていたメディカル・センターで知り合った仲間たちと、放課後の学舎でハオチーの乾燥チップスやアリの蜜のタフィーなんかを持ち寄りながら、何でもないことを喋りあっているのが、彼らの大体のスタイルだった。 「これはほんともほんとなんだってば。魔法科のアンジェロだよ、あのひょろひょろで地味な奴だ。なんでもさ、鉄球みたいな胸の子供付きのバトラーの女と付き合ってるって」 「このアリの蜜ってなんか臭くない? ボンドみたいな臭いがするよ。外したなあ、ちぇ、10ゼニーもしたのに」 「語学科のポニーってさ、なんか可愛いよなあ。いや、別に変な意味じゃないけど。うちの教室のメアリのほうが可愛いと思うけどさ」 みんながみんなちぐはぐでばらばらの話をしていて、一向に纏まらないが、これもいつものことだった。 ジョーは欠伸をして、目を擦りながら、教室の中でひとつ空いている席を見た。 そこはなんだかがらんとしていて、まるで一区画っきりが別の世界にあるみたいだった。 エリーナの席だ。 ある朝ここへ来ると、彼女が死んでしまったらしいと、担当教師から教えられた。 彼女はいたって健康で元気そうに見えたのに、ある日ぽっといなくなってしまったのだ。 まるで見えない穴に吸い込まれてしまったみたいに。 「ジョー、そう言えば、これ知ってる? エリーナが……」 「ん?」 じいっとエリーナの席を見ていたジョーは、なんだか微妙な顔をして首を突き出してきたトマスに振り向いた。 トマスは言って良いものか悪いものかしばらく考えるような、目だけをきょろきょろさせる奇妙な仕草をしてから、具合悪そうな顔をしてこそっと耳打ちをしてきた。 「……出るって。メディカル・センターに、エリーナの幽霊が。嘘じゃないよ、父さんの友達が入院した時に、看護婦さんから聞いたって話だもん。ほんとのほんとさ。それにメアリだって、入院してる時に、女の子の笑い声を聞いたって言うんだ。エリーナの声と似てたって。本人に聞いてみればすぐにわかるよ」 「オマエの話は、ゴシップ系になると、ものすごく信憑性が薄くなるよ。メアリも看護婦さんも参っちゃってたんだよ。幽霊なんかいるわけないよ。ディクならともかく」 「じゃあ、こうだよ、きっと。エリーナ、メディカル・センターでディクに改造されちゃったんだ。それで夜な夜なセンターの中を歩きまわって……」 「オマエ、言って良い冗談と悪い冗談の区別はつく? 死んだ女の子のこと悪く言うのって、俺が兄ちゃんの前で言ってたとしたら、間違いなく鼻の骨を折られてるよ」 まったく、死んだ友達のことを、良くもそんなふうに言えるものだ。ジョーは呆れと苛立ちをそのまま顔に出して、トマスの頬をつねってやった。 「いたたたた! 別に悪くなんて言ってないよ!」 「ならどういうつもりなんだよ」 「いたい、だからさ、会えるかもしれないじゃん! エリーナに、そしたらなんで急にいなくなったのかとか、教えてくれるかもしれないじゃん! エリーナ、病気だったとかみんな言うけど、どう見たってすごく元気だったし、なんか変だよ。痛いよ」 ジョーはぱっとトマスの頬から手を離した。 トマスはしばらく涙目で頬を押さえていたが、ぱっと顔を上げて、だから僕らで確めに行くんだよ、と言った。 「メディカル・センターでさ、張ってるんだ、夜、エリーナが出てくるところを。エリーナ、一階の待合室に出たんだって。僕らになら、きっと姿を見せてくれるよ。だって友達だし」 「馬鹿じゃないの。エリーナはもう死んじゃったんだよ。どうしようもないだろ、帰ってくるわけないし、きっと幽霊なんていない」 「じゃ、ジョーは怖いの? お化けが怖いのか? レンジャーになるなんて言ってたくせに」 「怖くない」 「怖いんだろ」 「怖くねえって」 「怖いんだ!」 「怖くなんかない!」 わあわあと言い合っていると、いつもは滅多に男の子たちの中に自分から入ってくることがないメアリが、珍しく寄ってきた。 ジョーとトマスはぴたっと言い合いを止めて、具合悪い顔になり、ぱっと離れた。 メアリは幼年学校でも一番って言っても良いくらいに綺麗な女の子だった。 彼女は一種、マドンナと言ったって良かった。 メアリの前で格好悪い小競り合いなんてできない。 「……ねえ、あの……」 メアリはしばらく言いにくそうにしていたが、やがて小さな声で、それ私も混ぜて、と言った。 「メアリ、行くって決まったわけじゃ」 「エリーナに会いたい」 メアリは言った。 「友達だもの」 ◆◇◆◇◆ 結局、週末の夜に作戦は決行されることになった。 もし本物のお化け――――断わっておくが、エリーナ以外のだ――――が出た時のために、できるだけ分厚いジャケットを着て、魔よけのまじない石――――ショップ・モールで良く売ってるものだ。何でも空を閉じていた魔法陣を模したものらしい――――を持ち、それから小腹が空いた時のための緊急用食料を用意した。 これはメアリの両親が、「友達のところへお泊り会に行く」メアリのために作ってくれた特製ケーキのバスケットだ。紅茶が入った水筒もあり、本格的だった。 各自、いつもの装備も万全だった。 レンジャーごっこやメンバーごっこをしている時の木の枝や木刀も持った。 そのせいで、なんとなくピクニックへ行くような格好になってしまったように見えたが、あまり気にしないでおこう。 夕食が済んだ後で広場に集まり、メディカル・センターへ着くと、センターにはまだこうこうと明かりが灯っていた。 せわしなく動く看護婦の姿も見える。 そこへ、こっそりと忍びこんでいく―――― ◆◇◆◇◆ 考えてみれば当然の結果だったが、結局看護婦に見つかって、診察の邪魔だとメディカル・センターから摘み出されてしまった。 前にもこんなことが良くあったように思う。 今回は矢面に立って怒られてくれる年上の友達がいないせいで、こっぴどく叱られてしまった。 「やっぱりいないよ、エリーナ。だってセンターの一階待合室なんて、いつもすごい人じゃないか。ずうっと明かりもついてて、センターが閉まった後も、みんな結構集まってテレビとか見てたじゃん。幽霊ってのはさ、こう、静かで誰もいなさそうなところに出るもんなんだよ」 「そうかなあ……」 なんとなく、かたちのない不満が訪れていた。 みんなで集まって、友達の幽霊を探しに行く。 それは正直なところ少しわくわくするものだったが、結局太った看護婦にきんきん怒鳴られてお終いだ。 トマスが小石を蹴りながら、深い溜息を吐いた。 「これからどうする? 帰って寝ちゃう? なんか物足りないなあ」 「折角明日は休みなんだからさ、ジョーんち行って、カード・ゲームでもしない?」 とりとめのないことを話しながら、とぼとぼと街を歩いていく。 静かな夜だった。ショップ・モールの方へ行くと酔っ払いの喧騒で騒がしいのだが、セントラルの方角へ行くにつれて建物もなんだか高級な感じになり、心地良い静かさが生まれ始める。 ぽつんぽつんと建った街灯に、道は白く照らされていた。 そして無数の星の光が地上に降り注いでいた。 街灯なんかいらないくらいの明かりだ。 「あーあ、つまんないの。リュウがもしいればさあ、じゃあ星でも見ようかとか言い出したんだろうな」 「あいつ、遊びを知らなさ過ぎるよな。星なんか見て何が面白いんだか。最初はすげえって思ったけど、毎晩見てるからなんか飽きたよな」 「……ねえ、リュウは今頃、どうしてるのかなあ? 牢屋の中にいるのかな? し、死刑とか、されてないよね?」 「大丈夫だよ、メアリ。あいついくら殴ってもなんか死なないもん。死刑なんて無理無理」 ゆっくりと歩いていく。 空気は乾燥していて、それほど寒くもなく、散歩をするには調度良かった。 セントラルの前にある広場に差しかかったところで、メアリは急に立ち止まって、小さく「あ」と言った。 「どうしたの、メアリ?」 ジョーも立ち止まり、メアリを見て、首を傾げた。 それから彼女とおんなじほうへ向いて、同じように、「あっ」と声を上げた。 見慣れた友達を見つけたのだ。 街灯の下のベンチに座って、手持ち無沙汰そうに足をふらふら揺らしながら――――その仕草は、大人の癖になんだか子供っぽかった――――ぼおっと空を見つめていた。 ジョーは手を振って、彼を呼んだ。 「リュウ!」 リュウはすぐにジョーたちに気付き、びっくりしたような顔をして、「あ」と言った。 それから手を振って寄越して、いつものようににっこり笑って、言った。 「やあ、こんばんは。久し振りだねえ、元気だった?」
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