バイオ公社の反応はレンジャーよりも素早かった。 リュウを「回収」しにきた医療班は、目撃者もついでに、という調子で俺も一緒に公社までの直通リフトに乗せた。 「ボッシュ=1/64だ」 俺が名乗ると、相手は急に丁寧な反応を示した。 これで俺がリュウみたいなローディーだったら、こいつと一緒にされて人体実験だったんだろうなあ。 D値ってのは素晴らしいもんだ。 ――――なんかムカツク。 俺は病院の待合室みたいなところに通された。 リュウはそのままどこかへ連れられて行った。 それから半時間ほど待たされた。 俺は待ち呆けを食らわされるのが大嫌いだ。 手持ち無沙汰ですることもないので、いちいち断りを入れることもないだろう、勝手に部屋を出て、辺りを物色して回ることにした。 バイオ公社には任務で何度か来たことがあったので、迷うことはないだろう。たぶん。 どうやら俺がいるのは、良く訪れるエントランスや一般実験棟からは遠く離れた区画のようだった。 廊下に見覚えがないし、食用ディクのケージもないからだ。 あと、ほとんどの部屋に鍵が掛かっている。 (……それにしても相棒はどこ行ったんだ) フラフラと歩きつつ、たまにコンテナを蹴飛ばしたりして、俺はいくつかの開けっぱなしの扉を覗いた。 いやわざわざ探してやることもないんだけど、なんとなく人の相棒が勝手になんかされてるってムカツクし。 「お?」 急に曲がり角から飛び出してきたガキがぶつかってきて、俺はそれを受け止めた。 金髪のガキだ。 歳は8歳くらい。 どうやら人間じゃないようだった。 背中には、赤い羽根なんかが生えている。 こいつも相棒と似たような感じで、公社で改造された実験体なのだろうか? 「おいおまえ、ぶつかっといて謝罪のひとつもないの?」 「…………」 ガキはぶんぶんと首を振りながら、あーあーわけのわかんない奇声を上げて、俺の横を通り過ぎようとした。 ……ので、俺はそのガキの首根っこを掴んで、引き戻した。 ローディーってのは、礼儀も知らないのか? 「ゴ・メ・ン・ナ・サ・イ・は? 「失礼しました、ボッシュ様」は? 人に謝るってのは、ものすごく大事なことだって知ってる?」 「あうあー?」 ……駄目だこいつ。 脳味噌がないのかも。 俺が手を放すと、さっきみたいに走ってどっか行っちゃうもんだと思ったけど、ガキはそのまま俺のジャケットを掴んで、じーっと俺の顔を見上げている。 なんだ、気色悪いな。 俺があんまり男前なんで、見惚れてるんだろうか。 「ボスー!」 「は?」 「ボス! ボスー! あうああ!」 俺はいつからコイツの親分になったんだっけ? 身に憶えがないんだけど。 ……あ。もしかして。 「ボッシュ、って言いたいのか」 「うーん!」 こくんこくん、とガキは頷いた。 それからなんかの身振りでもって、自分の頭を触って、その手を肩のあたりまでやって、『このくらい』というジェスチャーをした。 なんだそりゃ。 「ボス、ルー! あうああ!」 「あうああ、ってなんだ」 「あ・う・あ・あ!」 「……ト・モ・ダ・チ?」 「うーん!」 俺はやっぱり天才なんだろうか。 こんなわけのわかんない言語を翻訳できるなんて。 「俺、おまえみたいな友達なんて知らないけど」 「んー!」 ガキは、ぶんぶんと首を振った。 「ルー!」 「なに? おまえ、ルーっての?」 「んーんー! いーあ!」 「は? なんだかさっぱりわかんねえんだけど」 「んん……」 「ところでさあ、オマエ、この辺で俺の相棒見なかった? このくらいの髪の」 俺は『髪の毛ここまで』というジェスチャーをしてやった。 「リュウ、っていうんだけど……」 そこまでで、俺ははた、と気が付いた。 ガキを見ると、嬉しそうな顔をして、「ルー!」とか言ってる。 「ルー……」 「うっうー!」 「リュウ?」 「うーん!」 どうやら、知り合いらしい。 あいつまともな交友関係ないな。 「ボッシュ、リュウ、トモダチ?」 「うーん!」 「……あいつは友達じゃない。俺様の下僕だ」 「うー?」 ガキは、わかってないみたいで首を傾げた。 「で、どこにいるの、あいつ」 「うー?」 なんだかそいつは勝手に俺の身体によじ登ってきやがったので、仕方なく抱えてやりながら、廊下を歩いていた。 「んんー……」 「知らないのかよ」 「んっんー」 ガキは口がきけないようだったが、一応俺の言うことは理解しているらしかった。 「おまえ、知り合いなんだろ。知らないの?」 「ん……」 ガキは首を傾げながら、ふらふらする手で自信なさそうに、あっち、と指差した。 「そうか」 俺はそれとは逆の方向に向かって歩き出した。 「こっちだな」 「…………」 いくつめか覗いた部屋の中に、見慣れた青黒い頭があった。 扉の上にランプが点灯していて、部屋は小さく、一面ガラス張り。 コントロールパネルがぐるっとあって、ガラスの向こうの1階分ほど下の位置に、ひとつ部屋がある。 レンジャー基地のメディカルルームを一回りも二回りも辛気臭くしたような感じで、その真ん中の寝台に相棒は寝かされていた。 「げ」 全裸で。 「ううー?」 「ハイハイ、お子様は見ないの」 「ん……」 空いた片方の手でガキを目隠ししながら、俺はそれを観察した。 ……間違っても、やましい意味でじゃない。 前より随分細っこい身体だった。 首筋と胸と、腹と手足、あちこちに銀色のチューブが繋がれていた。 細い何本かの管は、部屋の床を下に突き抜けて通る大きなパイプ(そいつがどこに繋がっているのかは知らないが)から生えている。 相棒の身体には、時折複雑な光でできた模様が浮かび上がっては消えた。 それを繰り返していた。 研究員風の男が何人か、相棒をじいっと観察しながら、なんだか分からないけどボードに記録していた。 そのうちの一人が、ん?という仕草で振り向いた。 俺は咄嗟にしゃがんで、パネルの裏側に隠れた。 摘み出されるのも面倒臭い。 『D1/2ドラゴンハーフ、識別名称「アジ―ン」。接続完了。起動します』 下から聞こえてくる声に、俺は床にあぐらをかきながら座り込んでいた。 横ではさっきのガキが、俺の真似をして同じ格好をしている。 ……良くわからん。 (……何やってんの? あいつら) (うー?) どうやらこのガキも良く知らないらしい。 当たり前だけど。 『や、おはよう『アジーン』。調子はどうだい?』 (……『アジーン』って誰?) (うー?) これも知らないらしい。 くそっ、役に立たないな、こいつ。 ふと、ふいに下から聞こえてきた声に、俺はびくっと身体を竦めた。 『……問題ない』 それは相棒の声に良く似ていたが、決定的に違っていた。 冷たく、鋭く、尖った声だった。 そこには人の体温が感じられなかった。 機械か、死人か、それともディクが喋ったらこんな感じなんだろうな、という。 『や、そうかい。被検体の意識は感じられるかい?』 『ああ……』 『すまないね、できるだけ新鮮な死体をと思ったんだけど、それが逆に仇になったみたいだ』 『いいや、悪くない。汝らには事故だったとしても、これは我にとって、非常に興味深いことだ』 『興味を持ったのかい?』 『……どちらにせよ、我は我の成すべきことをするだけのこと』 俺は妙にぞわぞわと背筋が寒かった。 何を言っているんだ? 『実験完了。接続を終了します』 コードが抜け落ちて、床に転がる音がした。 俺は座ったまま、ぼおっとしていた。 横のガキはもう俺の物まねは止めて、不思議そうに俺の顔を見ていた。 ――――俺の相棒は、一体何をされてるんだ。 何故かこういう時に限って、あの相棒の間抜けみたいに微笑んだ顔が浮かぶのだった。 弱くて、トロくて、気が弱くて、周りからローディーだと馬鹿にされてばかりの、俺の相棒。 ……あいつはどうなってしまったんだ?
ボッシュとニーナで本編では仲悪そうなコンビ出てきました。
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