「がんばれー、相棒」
 俺はへばり掛けているリュウに声を掛けた。
 今にもぶっ倒れそうで、ほとんど剣を杖代わりにして歩いて……というか、足を引き摺っている。
「体力ないのな、オマエ……」
 俺は呆れて、お手上げポーズを相棒にくれてやった。
「ちゃんと筋トレしてる?」
「さ、最近……ちょっと……ご無沙汰……」
「終わってるなあ」
 ここはディクが出る坑内でも、線路でもない。
 真昼の中層区の住宅街の真っ只中だ。
 この先の中央の商業区まで、歩きだ。
 またお決まりのリフトの故障に出くわしたので。
 ……しかし、整備の奴らは揃えてクビにした方が良いんじゃないかと思う。
「……うん、オマエここんとこ、また細くなったな」
「ボッシュだって、人のこと言えないじゃないか」
「ていうか、そろそろレンジャー的にもヤバくない? なんでそんなにヘロヘロしてるんだよ」
「下層区からここまで歩き詰めじゃあ、誰だって疲れるよ」
「俺は疲れてないけど」
「ボッシュは特別なの」
 リュウはそう言って、ふう、と一息吐いた。
「……やっぱり、帰ったら筋トレかな」
 落ち込んだみたいに、俯く。
 まあレンジャーたるもの、体力がない、貧弱、っていうのは致命的だ。
「……どっかで茶でも飲む?」
「任せるけど、おれあんまりお金ないよ」
「りょーかい」






「茶を飲むって……」
 リュウは呆然とした顔をして、虚ろな目をしている。
 俺らが入った店は、安っぽいバーだった。
 相棒の奴が金がないなんて言うからだ。
「ボッシュ……ここって、お酒の店じゃないの?」
「気のせい気のせい」
「任務中なのに」
「気にしない気にしない」
「だ、駄目だよ昼間から! それにまだ若いのに、背が伸びなくなっちゃうって隊長が……!」
「ウソウソ」
「ボッシュってば!」
「まあ座れよ、相棒」
 座れ!と目を光らせると、リュウはしょうがなくと言った調子で席についた。
「相棒の杯、ってやつ?」
「……おれお酒呑めないよ……」
「大丈夫大丈夫」
「わ」
「おまえ、もうちょっと人生楽しむべき」
「……そ、そう?」
「そうそう」
「でもお酒はちょっと」
「なに? 俺の酒が呑めないって?」
「いやボッシュちょっと」
 俺はまだ渋る相棒にしょーがねーなって目を向けて、カウンターにいくつか注文をつけた。







「……ボッシュってさあ……」
 どうしようもない、という途方に暮れた顔で、リュウは俯いて、壁に凭れかかって座っている。
 商業区の、メインストリートから一本折れた路地だ。
 リュウは大分呑ませてやったせいか、真っ赤な顔をフラフラさせている。
 ゲロでも吐くかな?




 …………。




 ……いや、大丈夫そうだ。





「こーいうの、良くないと思うよぉ……」
 呂律の回らない怪しい声で、リュウが言った。
「もう……」
 言いながら、ふてくされた顔をしてベルトに引っ掛けているバッグから取り出したのは。
「…………」
 小さな錠剤だった。
 そいつを、同じく取り出した水と一緒に口の中に放り込む。
「…………」
 一瞬のあと、リュウはぶるぶると身体を震わせて、なんだかぽーっとした気持ち良さそうな顔をした。
 ……オイ。
「……ヤバいもん飲むなよ……。 なんだよそれ」
「ああ、ひょれ?」
 舌がもつれてる。
 リュウはしばらくじっと目を閉じていたが、やがてぱっと目を開けると、何事もなかったようににっこりした。
「薬」
「見りゃわかる」
「『セツゾクアンテイザイ』だって」
「……ふーん」
 俺は分かったような分からないような、と言った感じで頷いておいた。
 実際にはさっぱりわからなかったんだが。
「一日三回、食後に飲むようにってさ」
「風邪薬かよ」
「飲まなきゃ、ちょっとまずいし……」
「なにが?」
「さ、さあ」
「……おまえにまともな答えを期待した俺が馬鹿だった」
 こいつの言うことは、大体頼りにならない。
 やれやれ、と肩を竦めた俺に、リュウはむ、と顔を顰めて、
「大体ボッシュはねえ、おれのこと……――――
 そこで、唐突にリュウの言葉は途切れた。
 俺は訝しく思い、座ったまま俯いたリュウの顔を覗き込んで、








 ――――鳥肌が立った。








 リュウの目は、いつかみたいに真っ赤に燃え上がっていた。








「……ボ、ボッシュ?」
「……うん?」
「おれ……」
「な、なんだよ」
「今すぐおれから離れて」
「ハア?」
「早く、早く……」
 リュウは苦しそうにうめいた。
「来るよ」
「おまえ、いきなり何言ってんの」









「地震が来るよ。大きいのが」








 リュウは感情のないぼそぼそした声で予言した。








「……おれ、何しちゃうかわかんないよ」









 俺が動けないままでいるうちに、ごっ、という音を立てて、世界が激しく揺れた。







◇◆◇◆◇







「リュウ――――ッ!!」
 それはかなり大規模の地震だった。
 凭れかかっていた壁が、ぽきんと真ん中から折れて倒れてきた。
 天井が崩れて、何階層分かの瓦礫が降り注いできた。
 俺の相棒が、目の前で砕けた柱の生き埋めになった。
 反射的に引っ張り出そうと身体が動いて、俺は前に出た。
 と、一瞬前までいた場所に、天井が落ちてきた。
 あと数十cmの僅かな差で死ぬところだった。危ねえ。
 俺はもう一度、割れた柱を取り除こうと手を伸ばそうとして








 硬直した。






 ぱん、と軽い音を立てて、重たいコンクリートの塊が爆発した。






 そこには、いつかの獣がいた。








『……ボッシュ……』

 表情のない目で、銀色をしたディクは悲しそうに俺の名前を呼んだ。
 まただ。
 またあの、自分の身体が恥ずかしくて仕方ないって感じの、あの顔だ。
『……見ないで……おれ、こんな……』
「リュウ――――!!!!」
 






 ソイツが咆哮した。
 あとはまたあの光だ。
 銀の光に包まれて、あとのことは覚えていない。
 俺はあんまりの眩しさに、瞼をぎゅっと閉じた。







 次に目を開けた時には、もう何も無かった。








 街も、商業区も、俺の周りだけ切り取られたようになって、なんにもなくなっていた。







◇◆◇◆◇






「くっ……」
 何故か辺りはこんなに破壊し尽くされて廃墟みたいになっているのに、俺は傷ひとつ負っていなかった。
 ただ瓦礫の山のてっぺんを残して、街は吹き出してきた地下水に浸水されていた。
 今じゃほとんどが水の底だ。
 俺のいたエリアは絶望的に徹底して破壊し尽くされていた。
 比較的破壊の跡が少ない他区にいた、助かったやつらはもう、残った別の商業区に移動してしまっているだろう。
 おかしなことに、いつもならすぐに駆けつけるはずのレンジャーの姿が見えなかった。
 何をやっていると言うのだろうか?
「くそっ……リュウ……」
 口から勝手に出た名前に、俺はおかしな心地がした。
 この状況で、なんで俺はあの相棒のことなんか気に掛けてやる余裕があるというんだ。
 あいつはもうローディーじゃない。
 リュウは化け物になってしまった。
 こういうふうに、地震のせいでは到底ありえない爆発した跡だとか、上半分が塵も残さず消え去った建物の土台部分だとか……そういうものを見てると、俺はやっぱり再認識するのだった。
 あれは、あの姿は夢じゃあないのだ。
 俺が思い込みたがっていた悪夢なんか、どこにもないのだと。
「リュウ……!」
 だから、なんで俺はあいつの名前なんか呼んでるんだ。
 あいつは――――






「リュウッ!!」
 見慣れた青いジャケットをやっと見付けて、俺は駆けた。
 はたして、リュウは例のディクめいた化け物の姿で、瓦礫の影にぶっ倒れていた。
 俺は駆け寄って、抱き起こした。
 相変わらず、炎を纏ったその身体は熱かった。
「おい、リュウ!」
 ジャケットはあちこち破れて、その人間にはない変形を起こしてしまっている手足を露出させていた。
 固い鱗と、あと爪だ。
 揺さ振ると、リュウはかすかに唸ってうっすらと赤い目を開けた。
 それを見て、俺はほっと溜息をついた。
「…………?」
 そして、眉を顰めた。
 なんでこのボッシュが、この化け物ローディーに大事が無かったからと言ってほっとしてやらなきゃならないんだ。
『……ボ、ボッシュ?』
 リュウは寝惚け眼で(それを化け物の姿でやるのだから変な気がする)ぱちぱちと瞬いて、それからがばっと勢い良く起き上がった。
『あ……!』
 リュウは、俺の視界の中にいるのだ、ということを認識すると、即座に顔を真っ赤にした。
『み、見ないでボッシュ!』
 俺は、ハア?と顔を顰めた。
『おれ、こんな変な格好だし……!』
 リュウは立ち上がろうとして、ふらついてまたひっくり返った。
 だがまたすぐに起き上がり、
『ちょ、ちょっと待って。薬、薬……!!』
 懐を探り、ぼろぼろになったバッグを引っ掻き回して例の錠剤を取り出すと、水もなしにごくんと呑み込んだ。
『す……すぐに、元に、戻る……ら……』
 またあの気持ち良さそうな顔を、今度はちょっとばかり焦りながら浮かべて、目を閉じてじーっと待っていた。
 リュウがそう言うとおり、その姿は劇的に変化し始めた。
 角が消え、手足は元の皮膚の色を取り戻し、髪も目もいつもの色に。
 そうして、俺の目の前にはいつものリュウが現れた。
 笑ってそこにいた。
 俺は。






 俺は手を伸ばした。






 リュウを、ぎゅうっと抱き締めた。






 耐えきれないくらいに、もどかしいものだった。
 相棒の身体は、さっきまでの熱さが嘘みたいに、氷のように冷えきっていた。






 リュウはわけもわからないふうににこにこしたままだったが、やがて糸が切れた人形みたいにふうっと気を失って、倒れた。








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ていうか、さっさと恋モードに入ってもらいたいんですが。
本題(のはずだった)みたいにえっちなことを考えてばっかりいるとかがやりたかったんですが。
が、ボス様では恥ずかしくて(私が)書けそうにありません。わあ。