「ボッシュ、お待たせ」
 無理矢理とすぐに分かる笑みを浮かべながら、相棒が帰ってきた。
「ごめん、また迷惑掛けちゃって。なんかおれ、さっきの地震で誤作動を起こして……ちょっと壊れちゃったみたいでさあ」
「ふーん」
 俺は無関心なふりをしながら、頷いた。
「治してもらったんだろ」
「え? あ、ああ。一応……」
「なんだよ」
「応急処置は。完全には治らないんだって。参ったなあ」
 リュウは、困ったみたいに頭を掻いた。
「おまえ、何されてたの?」
「え?」
 リュウはきょとんとして、腕を組んで仏頂面をしている俺を見て首を傾げた。
「……何って……修理?」
「あっそ」
 リュウは視線を天井に向けて良くわからなさそうな顔をしていたが、良く憶えてないんだ、ごめんね、と言った。
「身体を弄られてる時は大体麻酔を掛けられてるから」
「……へえ」
 どうやら本人に聞いても無駄らしい。
 俺は応接間のソファに背中を預けて、やれやれ、と肩を竦めた。
「あ、ボッシュ。暇だろ? 先に帰っててよ。おれ、まだなんかいろいろ検査とかあるみたいだから、今日は泊まりみたい」
「俺一人に隊長の小言を押し付ける気?」
「そ、そうじゃないって! おれたちはあの地震で負傷して、公社で治療を受けてるってことになってるらしいから、多分あんまり怒られないよ」
「……レンジャーが保護されるって駄目だろそれ。もっと面倒なんだけど」
「そうかなー……」
 リュウは相変わらず困ったみたいな顔をしている。
 どうやら俺にあの姿を見られたくないらしい。
 しかし、この俺に指図するとは良い度胸だ。
「じゃ、俺も今晩は泊まりだな。あーめんどくさい」
「へ?」
「まあサボれる時にサボっとかないとな。そう言う訳、相棒」
「…………」
 リュウは、こういう時に自分の言うことを聞き入れてはもらえないってもう理解しているようで、項垂れて、迷惑掛けてゴメンね、と言った。
 今更じゃん。






◇◆◇◆◇





 バイオ公社には夜は来ない。
 ずうっと照明は付きっぱなし。
 元からあんまり人の姿は見えなかったが、時計盤の上で深夜を指したころになると本当に人気がない。
 たまに警備兵とすれ違うくらいだ。
 おそらく研究員は鍵掛けて部屋に閉じ篭りっぱなしなんだろう。不健康な奴らだ。
 リュウを担当しているらしい男(「や」が口癖のパツキン)から通行許可証を渡されているので、立ち入り禁止区画でも堂々と歩き回れた。
 今の内にめぼしいものをパクっておくのもいいかもしれない。
 持って帰るなとは言われてないし。
 と思ったんだけど。






「……ロクなもんがねー……」
 檻に入れられた、サイクロプスみたいなでかくて不気味な1つ目のナゲットとか、カエルの足みたいなのが生えたヘンハオチーとか、文字通りの奇形ばっかりでほんとにめぼしいものはなかった。
 こんな気色の悪いものを持って帰ってもなんにもならないだろう。
 換金できるものはないのか、ここには。
 鍵の掛かっていない部屋をごそごそと巡っていると、奇妙なカプセルが並んだ通路に出た。
「なんだこりゃ」
 中には大体おかしな肉片が、ぷかぷかと浮いていた。
 腕だけ、足だけ。
 肉屋で売ってそうな、でもどこの部分なのかさっぱりわかんない塊。
 だけど通路の奥に進むに連れて、無数に並んだカプセルの中の物体は、はっきりしたかたちを持ち始めた。
 すなわち五体満足の、限りなく人間に近い姿。
 でもやっぱり、ディクみたいな特徴はそのままだった。
(……悪趣味)
 そいつらは俺の方を物珍しそうに、ガラスに顔をくっつけて見ていた。
 生きていた。
 珍しいのはそっちだろうがと思ったが、ここじゃあ普通の人間の姿をした俺の方が珍獣扱いされるらしい。
 相棒のお仲間だろうか?
(……帰るか)
 俺は元来た道を戻りはじめた。
 なんだか気分が悪い。
 入口の扉を潜ったあたりで、ふいに警報が鳴り響いた。
(……ヤベーかな)
 俺は一旦部屋に戻って、物影に身を隠した。
 表は急に騒がしくなって、警備兵が走りまわっている。
 気のせいか、そいつらはいつもよりも重装備だった。
 しかし、どうやら俺を探していると言った様子じゃなかった。
 言うなら、敵襲でも受けた時みたいな騒がしさだった。
 俺は人が少なくなった頃合を見計らって、ひょい、と顔を出して、近くの警備兵に声を掛けた。
 騒がれたら始末すればいい。
「なにやってんの?」
「反政府組織の襲撃だ! 民間人は中へ!」
 言って、さっさと走って行ってしまった。
 民間人って言うか……俺、レンジャーなんだけど。
 ムカツク。






◇◆◇◆◇






 物色中にも帯剣していたのは良かった。
 俺は警備兵の流れに、そのままついていった。
 反政府組織、トリニティっていうのは俺たちレンジャーの天敵みたいなもので、あちこちで厄介ごとを起こしてくれるならず者の集団だ。
 何を狙ってるのか知らないけど、ここで片付けておけばお手柄だな。
 バイオ公社に恩を売っておくのも悪くない。
 ――――と、
「うわ!」
「にゃー!」
 部屋から飛び出してきたガキに、俺は思いっきりぶち当たった。
 ……なんか、さっきもこんなことがあったような気がする。
「ニーナ! 逃げるんだ!」
 中年の男の声が部屋から聞こえた。
 と思ったら、次には絶叫。
 あ、死んだな。誰か知らないけど。
 ひっくり返って廊下の隅っこで目を回しているガキをほったらかしにしたまま、俺は部屋に踏み込んだ。
「はい、動くなよトリニティ!」
 フードを被って顔を隠している、どう見ても公社勤務には見えない男にレイピアを突き付けると、ソイツはあっさり扉を破って逃げ出した。
「オイ!」
 まるっきり戦意ってものがなっちゃいないトリニティ野郎を追い掛けようと足を踏み出したところで、俺は背後から強く足を掴まれてひっくり返った。
「うううーん!!」
「ハア?! なんだよまたオマエ!?」
「うーっ! うー!!」
 さっきのガキだ。
 どうやら名前はニーナって言うらしい。
 今死体になって転がってる研究員が、そう呼んでいた。
「放せっていうか、どけよ! 俺は忙しい!」
「ボスー! ルー! ルー、あ!」
「ああ?! リュウがどうしたって?」
「ルー!!」
「…………」
 ぶんぶん頭を振って、二ーナは泣き出してしまっている。
 俺はどうしようもないので、はあっと溜息をついて、とりあえずガキを引っぺがす作業に掛かった。
 ……俺の手柄がパアだ、くそ。
「三秒で泣き止め。喉元突き刺すぞ」
「…………」
 二ーナはすぐに泣き止んだ。
 どうやらひどく、物分りは良いらしい。
 ただ、まだひっ、ひっ、としゃくりあげて、ルー、とかぼそぼそ呟いてる。
「あいつ、どこ? こういう時に使うべきだろ、バイオ公社」
 ニーナはふるふる首を振って、俺の手を掴んで走り出した。
「ああ? なんだ、オイ!」
「あーう!」
 結構力持ちなんだな、最近のガキってのは。






 見覚えのある部屋に出た。
 確か、さっき俺の相棒が裸で寝転がってたあの実験室だ。
 そこは無残にぶち壊されていて、 ぶつ切れになったコードが散乱していた。
 壁に大きな穴が開いていた。
 その向こうは真っ暗闇の空洞だ。
 どうやらそこから忍び込んできた奴がいるらしい。
「……リュウ?」
 部屋の真中に研究員の制服を着た女がひとり立っていて、ソイツの足元にはリュウが転がっていた。
 まだ麻酔が効いているようで、ぴくりとも動かない。
 髪の色はいつもの青で、角も羽根もなかったが、ただ全身のうっすらと奇妙なタトゥーが浮き出ていた。
 それは刺青なんかじゃなく、身体の内側から現れたもののように見えた。
 ぼんやりと発光している。
「リュウ……」
 俺はリュウのそばに駆け寄ろうとした。
 二ーナも一緒くたについてくる。
 ていうか、コイツ邪魔。
 しかし足元に銃弾が撃ち込まれて、俺は立ち止まらざるを得なかった。
 その正体のわからない女の仕業だ。
 公社の制服を身につけてはいるが、こいつは、
「トリニティか!!」
 俺は剣を向けたが、既に遅かった。
 穴のすぐ外に待機していたらしいサイクロプスが、リュウの小柄な身体を掴んだ。
 女は何事か逡巡しているようだったが、やがて暗闇に身を躍らせた。
 サイクロプスも、すぐにソイツの後を追った。
「チッ!」
「あー! あうー、ルー!!」
 二ーナが穴に走り寄って、はるか遠くの深みを見下ろして叫んだ。
「危ねえぞガキ!」
 俺はニーナの羽を掴んで引っ張り上げて、女とディクと、相棒が消えていった暗闇をぼおっとした頭で見ていた。
 それらの姿はもう、どこにも見えなかった。







 その夜、あいつはいなくなった。
















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お姫様ですいません。