2週間の自宅謹慎後、セカンドに昇格。
 俺に下されたのは、こんな訳の分からない処分だった。
 昇格ってなんだ。
 俺はなんにもしてないんだけど。
 そんな訳で、腑に落ちないながらも俺は久し振りに自分の家に帰って来ていた。
 親父は相変わらず家にいなかった。
 最近なんだかゴタゴタと忙しいことがあって、しばらく中央省庁区から帰ってないらしい。
 俺の家は特別居住区にある。
 相棒は上層区にあると思い込んでいるらしかったが、ここはそれより上、統治者たちとその家族が住まう地区である。
 同じくらいD値の高い家族のある統治者は、稀みたいだったけど。
 しばらく帰ってなかったが、俺の部屋は綺麗だった。
 親父の弟子の双子、リケドとナラカがこまめに掃除をしてたらしい。
 俺の昇格を二人は素直に、というか無意味に盛大に喜んでくれたが、当の俺としてはなんとなくまだ納得がいかない。
 まあ、昇進するんならそれにこしたことないけど。
「んんー?」
 ソファにごろごろと寝転んで、本を読んでいる俺の視界に、ぽこっと顔が現れた。
 二ーナだ。
「……オマエ、めんどくさいから寝てろって言ったじゃん」
「んんうー」
 わけわかんないことに、このガキは勝手に俺についてきてしまった。
 苦情も回収もないことから、なんだかもしかして押し付けられたんじゃないか?と邪推してみる。
 身体のどこかに盗聴機でも仕掛けられているのかもしれない。
 まあ冗談はともかく、返しに行くのも面倒なのでそのままにしてあるだけだ。
 あっちの所有物なんだから、礼のひとつやふたつと一緒に取りに来るのが当然だろう。
「ルー……」
「うるせぇな。あいつはなんともねーって、あれくらい。最終兵器なんだから」
 俺がそっけなく言うと、ニーナは決まって不機嫌にそっぽを向くのだった。
 ていうか俺の家に勝手に住み付いて、なんでそんなに偉そうなのオマエ。








「良くお似合いですぞ!」
「ああ、とても可愛らしい。さすがは坊ちゃんの目に止まられただけはありますな」
「……オイ、なんだかものすごい勘違いしてるだろおまえら」
 リケドとナラカは、二ーナの薄汚い格好が我慢ならないようだった。
 俺の後をちょこちょこついて回るこのガキにあれこれ着せ替えをはじめて、ほっといたらいつの間にか小奇麗な白色のワンピースを着せている。
 やつらの趣味なのか、そいつは無駄にフリル全開だった。
 素足で歩くなど何事、とサンダルまで履かせている。
 二ーナはといえば、慣れない靴に少々具合悪そうな顔をしたが、まあまんざらでもないようだった。
「うー!」
「……イヤ、わざわざ見せに来なくていいし」
「んーん」
 二ーナが、ぱたぱたと羽根を尻尾みたいに揺らした。
 こういう用途もできるわけ、この羽根。
 とりあえず、俺はあるまじき誤解をしているリケドとナラカに忠告を入れておいた。
「俺はロリコンじゃないからな」
 コイツはそもそも半分ディクみたいなもんなんだし、ペットみたいなもんだと思えばいい。
 ナゲットの方が、余程手が掛からないと思うが。
 大体こういうのはあいつの管轄だろうが。
 子供に好かれるレンジャー代表の相棒の。
 バイオ公社に拉致されるは、トリニティに攫われるは、どこまでお姫様属性発揮してんだよリュウ。
 おまえ確か男だろ。
 その上半分化け物だろ。
 可愛いけど。
 いない相棒に文句を投げ付けていると、二ーナが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
 ウザイぞ。
「んー?」
「…………」
 俺はなんとなくこれ以上こいつに、そして妙な誤解を受けているらしい双子に付き合うのが面倒臭くなって、部屋を出ることにした。
「あうー!」
 だからなんでついてくるのオマエ。






◇◆◇◆◇






 そのまま家を出て、上層区をぶらぶらすることにする。
 謹慎中だし、することもない。
 バイオ公社がトリニティに襲撃されたという事件は、次の日の新聞には載っていなかった。
 どうやら表沙汰にするにはなにかいろいろ具合の悪いところがあったらしく、隠蔽されたらしい。
 確かにリュウやニーナみたいな実験体を創造していたとなると、世間に叩かれるのは必至だろう。
 暗黙の了解とは言え、あいつらレンジャーのリュウにまで手を出しているのだ。
 大騒ぎになるに決まってる。
「……それで、おまえらっていつもどういうことをされてたわけ?」
「うー?」
 俺は公園のベンチで横に座って、プリーマのバーガーを頬張っているニーナに訊いてみた。
 別にリュウのことが気になるわけじゃないが……。
 ないが……。
 …………。
 ……いや、気になる。
 なんたってあいつは俺の相棒なんだから、何をされてたかくらいは把握しておくべきだろう。
 二ーナは咀嚼していたバーガーを飲み込むと、首を傾げた。
 良く分かっていないらしい。
「だからぁ……おまえ、「家」でなにしてたのって聞いてるワケ」
 二ーナは今度はこくこくと頷くと、背中の羽根を指差した。
「ハイハイ、羽根付けてもらったって?」
 二ーナはもう一度頷いた。
 それから急にベンチを飛び降りてしゃがみ込むと、小さな石を掴んでがりがり地面を引っ掻いた。
 どうやら図解してくれるようだ。
 そっちの方が確かにわかりやすいな。
「うー……」
 砂の上に描かれた棒人間は、なにか卵のようなものに入って、ふわふわ浮いているようだった。
「これ、おまえ?」
「あー」
 当たりらしい。
 二ーナは次に、隣に描いた同じような棒人間を指して、
「ルー」
 と言った。
 さっぱりわかんねえ。
 が、どうやら公社内でリュウと交流してたってのは理解できた。
 あいつはあんな化け物みたいな姿になっても、このちまっこい二ーナとにこやかに話でもしてやがったんだろうか。
 呑気なやつだ。
 心配して損した。
(……心配?)
 変なことが頭に浮かんで、俺は頭を振った。
 なんで俺が人の心配なんてしてやってるんだ。
「……ボス、いーあ」
「あん?」
「いーあ。ん、あーいい」
「…………」
 わかんねえ。
 が、どうやらリュウの奴は、俺のことをこのニーナに話して聞かせてたようだ。
 とんでもねえ悪口とか言ってねーだろうな。
 しかし、ローディーが俺様のことを語るなんて100年早い。
 次遭ったら絶対殴ってやる。あのバカ。






 ……しかし、次にあいつに遭うなんてことがあるのだろうか?







 リュウはトリニティとの交戦中に行方不明、と公式な記録が出された。
 基地の連中は「またか」という顔をして、「まあローディーだからな」と知ったふうなことを言うだけだ。
 俺の相棒は弱っちかった。
 俺が守ってやらなきゃ、すぐに死ぬ。
 あいつを背中に回して、俺が目の前の敵を蹴散らして、そうやって仕事をこなしていたのが遠い昔みたいだ。
 今頃あいつはトリニティのアジトに運び込まれてるんだろう。
 『原因不明の大爆発で反政府組織壊滅』なんて記事が新聞に載らないことからして、あいつはあの力を使っていない。
 もしかしたら眠らされたままなのかもしれない。
 あの銀色のディクを量産するために、解体されて、身体の隅々まで、内臓のひとかけらも残さず調査されているかもしれない。
 いや、政府への手先として薬物を使用され、大事に飼い慣らされているかもしれない。
 近い内に俺の目の前に現れるかもしれない。
 その時俺はどうするだろう?
 あんな化け物を相手にして、死なずにやり過ごすことができるだろうか?
「ボス?」
「うるせえな」
 俺は不機嫌にニーナの手を振り払った。
 この俺が、怖がっている?
 そんなことを信じられるわけなかった。気に食わない。
「……あうあ」
「……なんだ」
「ルーあ?」
「…………」
 どうやらこのガキは、よっぽどリュウを慕っていたようだ。
 口を開けばまず「ルー」。
 発音上手いこといってねえぞ、とは面倒なので突っ込んでやらない。
 だた、口はきけないみたいだが、その目だけで言いたいことは大体わかった。
 『リュウはどこに行ったの?』だ。
 俺はそろそろ根負けした。
 溜息を吐きながら、
「……そのうち帰ってくるだろ、お姫様ごっこに飽きたら」
「ルー、おーっんお、うー?」
「ああ、好き好き。大好き。あいつは真性のお姫様なんだろうよ」
「や、いーあ、おーあぁ」
「おまえが王子様ってタマかよ。やるなら俺だろ」
「んー! いーあ!」
「おまえ生意気。……ていうか、なんで俺が相棒とお姫様ごっこしなきゃなんないの」
 俺は、ニーナの額をぴんと弾いた。
「……ボス、ルー、うい?」
「好き?って、なんだそりゃあ」
 二ーナは額を押さえながら、わけのわからないことを聞いてきた。
「別に嫌いじゃないけど、めんどくさいし」
「うー……ルー、うい」
「リュウ、好き? おまえをか?」
「んーん。ボス」
「リュウ、ボッシュ、好き?」
「うーん」
「……あいつ、俺のこと好きだったのか? まあ俺はものすごく格好良いから、惚れるのは分かるけど。男前は辛いな」
「んー?」
 さっぱりわかってなさそうなガキ相手に、この手の冗談は辛い。
 俺は溜息を吐いた。
 まあガキの言うことだからあんまり本気には取らない方が良いとは思うが、初耳だ。
 いや、一度聞いたことがある。
 あれ、いつだっけ?
 『好きだよ!』とか、妙に勢い良く俺の冗談に頷いてなかったっけ?
 あいつは笑いながら言ってなかったっけ。
 ていうか、あいつはいつもにこにこにこにこ、なにがそんなに楽しいの、って正直うっとおしいくらいに笑ってばっかりだったような気がする。
 初めて会った時からあんな感じだったか?
 第一印象は、とんでもなく暗そうで、気の弱そうなローディーだったんだけど。
 俺は、確かあいつのそーいう辛気臭い顔が大嫌いだったのだ。






『俺、おまえのその辛気臭い顔、大っ嫌いなの。 たまには笑えば?』






 それは俺の言葉だ。




 ……あ。




 あの顔は…………そういうこと?






「ボスー?」
「あ……ああ。なんだガキ」
「んー。 ボス、あー? ルー、うい?」
「俺か」
 リュウ、好き?って聞いてるんだろう。
 俺は微妙に苦笑しながら、昔相棒にそうしてやったみたいに、ニーナの頭を撫でた。
「まあ、多分あいつとは全然違う意味では、好きってやつかも」
「うー?」
 ああ、そーいうこと。 俺。
 全然考えてもみなかったけど、あんな弱っちくて、役立たずで、とろくて要領が悪くて、俺が守ってやらなきゃすぐに死んじゃうようなローディーのこと、あれこれ考えてやってた理由付けがやっとできた。
 だけどまあ、あいつはそーいうことに関しては死ぬ程鈍そうだったから、俺の想うような「好き」とは別の種類のものなんだろう。
 おそらく。
 二ブチンを相手にするってのはちょっと疲れるな、それ。
 その上男でローディーで化け物で、うわ、最悪。
 俺はなんだかすっきりしたが、ひどく空虚だった。
 ちょっとばかり遅かったみたいだ。
 あいつは改造されて、最終兵器になってしまった。
 俺の目の前でトリニティに攫われた。






 リュウはもう、俺の隣にはいない。






 俺は、何をやってるんだ?













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鈍チン鈍チンとリュウたんを罵っておきながら自分が鈍感なエリートとかはどうでしょうか。
ありえないでしょうか。やっとかよ!と手を突っ込みたい感じです(おかっぱに)
ニーナはリュウの贔屓目話ばっかり聞いてたので安易に懐いてますが、
お嬢さんその人危ないよ。