「ハア? なに寝惚けたこと言ってるわけ?」 俺は寝室でベッドに寝転んだまま、通信機に向かって不機嫌に声を上げた。 昼寝の真っ最中だったっていうのに、なんでどいつもこいつも俺の安眠妨害をするんだ。 ちなみに二ーナは絨毯の上に座り込んで、いつもの「うーうー」に微妙に音階なんか付けて、歌を歌っている(つもりらしい)。 ……うるせえ。 「おい二ーナ。通信中だ、静かにしろ」 すぐに静かになった。 割合物分りが良いのだ。 ウザイことに変わりはないんだけど。 で、こっちはどうなの。 「……俺、謹慎中なんだけど?」 通信相手はレンジャーだった。 どうやら上層区付近のリフトで、ディクがお決まりの異常発生を起こしたらしい。 最近そういう事件って、増えてないか。 ていうかどうせまたバイオ公社の仕業なんだから、先にあいつらを取り締まった方が良くない? 俺はそう思うんだけど。 だが、レンジャーは一方的に言いたいことだけ言って通信を切ってしまった。 割と切迫していたみたいだ。 こっちは物分りが悪いようで、俺の言うことなんか聞いちゃいない。 「ウゼー……」 床に通信機の電源を切って放り投げて、俺はまたベッドに大の字になった。 二ーナはまた歌を再開した。 俺が睨んでやっても止めやしない。 「…………」 「んー、んっんー」 「…………」 「んんっうー」 「…………」 「あー」 「…………」 俺はがばっと起き上がった。 このガキのお守をしてるよりましだ。 調度身体もなまり掛けてたし、ま、いいんじゃない、と思って、 「おい二ーナ。そこでそのまま絵でもなんでも描いてろ」 「あー?」 「着替えてくる」 「あーう」 俺はニーナをそのまま放置して、レンジャージャケットを探した。 が。 「あ」 そう言えば、サードの制服は下層区のレンジャー基地だ。 謹慎が解けた後に私物と一緒に送らせようと思ってたんだけど、セカンドのジャケットもまだ来てない。 「しょうがないか……」 俺はレンジャーに就く前に、こっちでの訓練で使っていた緑のジャケットを引っ張り出してきた。 実はこの方が、上等な素材が使ってあったりする。 丈夫で耐衝撃性に優れている。 なんたって、あの剣聖の特訓に下手な装備じゃマジに死ぬ。 父さま、ていうか親父、容赦ないしな。 ていうかこんな任務でも点数稼ぎにはなるだろうし、スルーしたらしたでセカンド取消し、なんてことになってもヤだしな。 俺は無理矢理そう自分に言い聞かせて、腰のベルトに鞘ごと剣を差した。 なんか最近、俺って仕事熱心じゃない? オマエのクソ真面目病が伝染でもしたのかも。 責任取れよ、責任。 なあ、相棒。 「んー?」 「あ。オマエ、そのまま絵でも描いてろって言ったじゃん」 退屈なのか廊下を歩き回っていたニーナにエンカウントして、俺は案の定「どこかに行くの?」という目に晒される羽目になった。 「仕事が入ったの。オマエはこのまま遊んでれば」 「んーん」 二ーナはイヤイヤをするように首を振った。 ぎゅっと俺のジャケットを握って離さない。 ガキってなんでこんなに手が掛かるんだ。 「リケドとナラカに遊んでもらえば?」 「んんー……」 「いない? 探せよ」 「うーあぁ」 「言っとくけど、絶対連れてかないからな。相棒でさえ手に余るのに、オマエみたいなガキンチョ……」 「うー! あーお! ルー!!」 「は?」 二ーナは目を輝かせて、ウキウキと上下運動した。 あ。まずい名前出しちゃったみたい。 別に相棒に遭えるわけじゃないんだけど、なんというかコイツ、 「ボスー! んっん!」 「ボッシュ、行くぞ! ってなんでそんなに偉そうなの。てか連れてかないし」 マズい、やる気満々だ、このガキ。 「ボッシュ、来てくれたか!」 そこはまず「ありがとうございました」だろ。 俺がそう思いながらレンジャー隊と合流すると、案の定変な目で見られた。 俺は私服で、おまけに、 「……なんだそりゃあ?」 レンジャーの一人が、俺の腰のあたりにくっついたものを指差して、怪訝な声を上げた。 二ーナは人見知りする性質のようで(じゃあ俺にもしてくれ)俺の背中に綺麗さっぱり隠れてしまっている。 コイツは面倒くさいことに、マジでついてきてしまったのだ。 俺は肩を竦めて、適当に言い訳をでっちあげた。 「うちの妹。レンジャー志望。一応メイジやってる」 「そ、そうか。戦力になるんならありがたい」 レンジャーは頷いて、というかうちの家紋が効いたんだろう。もう何も言わなかった。 「では二人で、上のエリアを頼む。どうやらトリニティも混じってるみたいだ。このすぐ近くまで、奴らのエリアだからな」 「へえ」 俺は気を入れずに頷いた。 じゃあひとりふたりとっ捕まえて、拷問でもなんでもすれば、相棒のことが聞き出せるだろうか。 盗られたものは取り返しておかなきゃ、気が済まないしな。 「頼んだぞ」 「りょーかい」 何にも知らないレンジャーが頷いたので、俺は適当な返事をして手をひらひらさせてやった。 意外なことに、二ーナは割と使える奴だった。 俺の邪魔にならないようにかなり後方から魔法陣を設置したり、至近距離での攻撃を主とするバトラー(相棒のことだ)みたいに、敵の攻撃に晒されるってのに気を揉んでやる必要もない。 ……ていうか、相棒より役に立つんじゃないの、コイツ。 俺が複雑な気分でいると、最後の一匹が地面に設置されたグランパダムに引っ掛かってくたばった。 「んー!」 「……おまえ、レンジャー目指したら?」 「うーん!」 元よりそのつもり、と言っているのだろうか? それともなにか他の意味を持った仕草なのだろうか。 胸を逸らして、二ーナが頷いた。 「おまえ生意気」 「うっ」 俺はなんとなくむかついたので、デコをぴんと弾いてやった。 ディクは人間なら無差別に、と言った調子で、ある意味公平だった。 レンジャーもトリニティも関係無かった。 政府の犬と反政府組織がそれぞれディクを倒してるのは、はたから見ていると共闘のような奇妙な光景だったが、ともかくこれだけおおっぴらに姿を見せるってことは、トリニティのアジトは相当近いらしい。 もしかしたらアジトがディクに襲われたりしてるんだろうか? 俺はそんなことを思いながら剣を振るっていたが、気がつくと後ろに例のうるさいガキの姿が見えない。 「二ーナ?」 はぐれたか? 人は多いので、エリアで迷子になっても誰かしらに保護されているだろうが、それがレンジャーとトリニティ、どちらだという確証もない。 俺は剣を振って血を払い、辺りを見回してみたが、あのくすんだ金髪娘はどこにも見えなかった。 「チッ……」 だからついてくんなっつったんだよ。 最近俺はこんなことばかりだ。 目の前にいた奴が、すぐにいなくなる。 このボッシュ=1/64が、ガキ一匹守れないなどと、冗談にしては面白くない。 「二ーナ!」 俺はもう一度名前を呼んだが、二ーナの返事は無かった。 かわりに人間の声を聞きつけたトライリザードが、ゆっくりとこっちに向かってくるのが見えた。 ディクをあらかた片付けたが、二ーナはどこにもいなかった。 まあ保護されたか、それかディクに食われたか、そのどちらかだ。 ……あいつは半分ディクみたいなもんだから、見逃してもらってるかもしれないけど。 上層区にほど近い真っ暗な鉄塔の中でには、燐虫がふわふわと光を放ちながら、無数に飛び交っていた。 こいつら個体は気色悪いのに、暗いところで光ってるのは綺麗なんだよな、なんでか。 このまま帰ってもいいんだけど、俺はそんな気にもなれなくて、しばらく中空を漂う光の玉を見て過ごした。 俺の周りには、誰もいなかった。 もうあらかた基地に帰還してしまったんだろうか? 俺も帰らなきゃ。 どうやらリケドとナラカは出掛けてるらしいから、家に帰ってもなんにもないけど。 あー、めんどくさいけど、ああいうのも良かったのかも。 手の掛かるニーナと、世話の焼けるリュウと、まあ胸のでかいキレイなおねーちゃんのハーレムじゃないけど、そういうのも悪くないかもしれない。 言ってみればディクのハーレム? うわ、悪趣味。 俺はひとりでくすくすと笑って、はあ、と溜息を吐いた。 なにやってんだろ、俺。 ふいに気がついた。 かすかな足音が聞こえる。 まだそれは遠かったが、確実にこちらに向かってくる。 ひどく急いでるようで、たまに足を縺れさせて転んだ。 どんくさい奴。誰? それはどんどん近付いてくる。 俺は妙な既視感を覚えながらそこにいた。 俺はその特徴のある足音を知ってた。 そう、いつもレンジャールームで俺がくつろいでると、それは遠くから響いてきて、どんどんこっちへ向かってくる。 ……幻聴かな? 俺は動けなかった。 ただじいっとバカみたいに突っ立って、慌しい音を立てながらソイツが階段を昇ってくるのを待ってた。 はじめに見えたのは……いつもの青黒い頭じゃなかった。 それは、綺麗な銀色だった。 全力で走ってきたせいでぜえぜえと息を荒げながら、見慣れたはずなのに見覚えがないソイツは、顔を上げて俺に向かってにっこりと微笑んだ。 「み、見つけた!」 アホか。そりゃ、俺のセリフだ。 今まで何やってたんだよ、バカローディー。バカディク? なんかしっくりこないな……。 まあいいや、バカリュウで。 俺が仏頂面でいると、リュウはなにかまずいことでも言ってしまったか、という居心地の悪い顔をした。 それでも俺のそばまで歩いてきて、じっとなにか、待ってるようだった。 俺が何か言うのを待ってるようだ。 …………。 ……ていうか、何を言えば良いんだよ、こういう時は……。 とりあえず、俺は口を開いた。 リュウの顔を見ながら、なんとなく思い付くことを言ってみた。 「俺さ」 「うん」 「なんか、いろいろあったワケ」 ガキが家に住み付いたり、はぐれたり、昇格したり、相棒がいなくなったり、いろいろ。 リュウはこくっとひとつ頷いて、また笑った。 「……おれも、いろいろあったよ」 呑気に、そう言ったのだった。 俺が手を取ると、リュウはまた微笑んだ。 笑ってばっかだな、こいつ。 何がそんなにおかしいんだろう? 「じゃ、行くか」 「うん」 そっけなく言うと、リュウが頷いた。 そうして俺は、相棒の腕を引いて歩き出した。
ニーナはむしろ隊長志望です。
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