リュウがいなくなっても、なんにも変わらなかった。
 俺は相変わらず朝になったらセカンドレンジャーの仕事に向かって、任務をこなした。
 他のやつらはしばらくリュウがいなくなったことをわいわいと訊いてきたが、俺はそれには適当な答えを返しておいた。
 あいつ、居住階層に帰ったんだよ。
 訝しむものは誰もいなかった。






「君も来ますか?」
 その男は、俺にそう尋ねた。
 俺はなんにも答えなかった。
「再生処理さえ施せば、彼は再起動します」
 俺はずうっと黙ったままでいた。
 男は返事がないので否と取ったようで、俺に背中を向けて歩き出した。
「……リュウは!」
 俺は叫んだ。
 男が立ち止まった。
「リュウは……生きるのか?」
 男は微かに頷いた。
 しかし、すぐに首を揺らした。
「……アジーンは、生きます」
 それはもうあいつがいないってのと同じ意味を持っていた。







 俺は何をしたんだろう?
 リュウをバイオ公社に突き出した。
 それは、せっかくやっと眠れたあいつに対する冒涜だろうか。
 なにか別のものが自分の死後、身体を乗っ取って動かしていると考えると誰だって吐き気がする。
 リュウは怒るだろうか?
 いや、それとも……あの姿をひどく恥らうだろうか?
 でもどっちにしてももういないんなら、なんだって一緒だ。
 ――――俺はだけど、やっぱり、






『基地のみんなだって、ボッシュは強いって……あ、憧れっていうか!』






 リュウ。







『死なないように最低限は、俺が守ってやるからさ』






 なんでかこんな時なのに、そんな何でもなかった日々ばっかり思い出すんだ。
 守れてねえよ。
 本物の馬鹿か、俺は。







◇◆◇◆◇







 俺はいつもの規定通り、週に一度の顔見せに下層区に降りた。
 久し振りのレンジャー基地は、前とどこも変わったところがなくて、相変わらず煤けた空気で澱んで埃っぽかった。
 ゼノに型式通りの挨拶を済ませて、そのまま中層区まで戻ったって良かったんだけど、俺はふとサード時代の荷物をそのままにしてたってことを思い出した。
 制服とかロッカーとかそのまんまだ。
 つってもロッカーはあんまりまともに使ってなかったから、読みかけの本とかいかがわしいポスターくらいしかないんだけど。
 そういや、俺らの使ってたレンジャールームはどうなったんだろうか?
 荷物は適当に処分されて、もう誰か別の奴が使ってるんだろうか。
 一応あの部屋、今はろくに帰ってこない相棒の一人部屋ってことになってるらしいし。




 
 基地は部屋が余ってる訳じゃなかったので、新しく入ってきたサードがもう使っているかと思えば、なんでかそんなことはなかった。
 リュウと俺が最後に出て行ったままに残っていた。
 割とまめに掃除をしていた(俺が汚いの大嫌いだからキレイにさせてたんだけど)部屋の中は、主の不在で埃まみれだった。
 ベッドの枠も椅子の上も、テレビも、いつも俺が起きたら朝食が乗っていたデスクも、薄汚れていた。
 俺はゆっくりとそれらを見渡した。
 そこにはリュウの痕跡があった。
 レンジャーのくせに髪なんか伸ばしてやがるから、洗面台に落ちてる長い黒髪はあいつのものだ。
 その他に、放り出された筆記具。
 これは急いで報告書を書いて、隊長んとこまで届けに行った時、慌ててそのままにしてあったもの。
 読み終わった後俺が貸してやった本。1000年昔の災害に関しての考古学書。
 あいつは頭悪いから全然わかんないと言って笑ってた。
 元々が几帳面な性質だったので、夜帰ってきてすぐに寝られるように、ベッドはきちんと整えられている。
 その日の朝出掛けたら、夜に帰って来れると信じてたんだろう。お気楽。
 棚には洗って仕舞い込まれたジャケットとインナーが何着か。
 例の紺色に赤いラインが入ったものだ。
 それから予備のベルト。ゴーグル。
 なにかの単語ばかりの走書き。
 あいつは馬鹿で無教養だから、上手く文章を組み立てて字を書けない。
 俺はそれらを掻き集めて、抱き締めた。
 リュウの残り香がこんなにも胸を刺し、切なく、愛しかった。
 それから俺はまた、もう着るもののいないレンジャージャケットにしがみつくようにして、声を殺してちょっと泣いた。
 赤く腫れた目は後でゴーグルで隠すことにした。






◇◆◇◆◇







ボッシュへ。



 こんにちは。(書き出しはこれで良いのかな?)
 リュウです。
 おれまともに人に手紙なんか書いたことないんだけど、クリオがいろいろ教えてくれたので、せっかくだから書いておきます。
 多分遺書になってると思うけど。
 ボッシュに会ったら渡して欲しいってクリオにことづけておきました。
 届くかどうかわかんないけど……。
 えーと、何を書けば良いのかな。
 多分おれが死ぬ時、ボッシュは良くわかんない感じになってると思うので、そのことかな。




 おれ、最終兵器にされちゃって、この間の地震で壊れちゃったって話をしました。
 上手くリンクを切れなくなっちゃったみたい。
 で、切れないままだとどうなるかって言うと、フツーのD検体(おれみたいなののことだよー)なら浸蝕率が一定のところで接続を切られて一般人に戻れるんだけど(それにしたって後遺症があるって言われたけど)おれはもう無理なので、どこまでも行くしかないみたいです。
 おれは完全に心を食われちゃって、おれにリンクされた『アジーン』っていうものになります。
 ほんとははじめからそうなるはずだったんだけど……。
 おれはイレギュラーだって言われました。
 あのおれが最初に最下層区のパトロールに行っていなくなった日、詳しくは書かないけど、おれ殺されちゃいました。
 死体を使ってアジーンを起動させようと思ってたらしいんだけど、おれの意識はまだ残ってたから。
 目が覚めてから、おれはバイオ公社にいる時は、大体ずっと検査されたり、戦闘実験に使われたりしてました。
 何ていうかこんなこと書いてもボッシュが困るだけだと思うんだけど、注射を打たれて、おれとおんなじ改造された人とひとつの部屋に入れられて、殺し合って生き残った方だけが出て来られるっていう実験でした。
 最初はものすごく怖かったけど、おれそのうち段々良くわかんなくなってきて、平気で、ディクを狩るのと同じくらいの感覚でそれをやってました。
 多分その辺から、おれはもう人間じゃないんだと思います。
 このまま死んだら、おれはみんなに謝ってきます。
 ええっと、ボッシュは辛気臭い話は嫌いだって言うだろうから、別の話をします。




 おれ、この街でボッシュと暮らしてた間、ほんとにとても幸せでした。
 昔から憧れてたから、まさかこんなふうに一緒にいられるなんて思わなくて、こんな身体になってもそこだけは良かったなあと思います。
 おれに優しくしてくれてありがとう。
 こんな気持ち悪い体になっちゃったけど、触ってもらえて嬉しかったです。
 ほんとはもっとちゃんとしたことがしたかったけど、……て、おれなに書いてんだろ。
 ゴメン、ボッシュ。おれ、ほんとはすごくやらしいのかもしれない。
 


 
 ……あ。そうだ。




 『アジーン』はとてもいいやつです。
 おれのことを気遣ってくれて、ちょっと寂しがりだけど、多分「入れ替わり」の時に、ボッシュがもしかしたらびっくりしちゃったかもしれないなあと思って、書いておきます。
 いろいろとここでは、クリオも横にいるし、見られてはいないけど、もし覗かれたらちょっと恥ずかしいなあと思って……あ、今更かもしれないけど一応そう思って。
 書けないこともいっぱいあるんだけど、ああ、なんか手紙っていいねボッシュ。
 口では言えないことがすらすら書けちゃうよ。
 でも一番大事なことは自分の口で言いたいので、ここでは書きません。
 でも、この手紙をボッシュが読んでるころにおれがまだ言えてなかったらどうしようかなあ?
 一応アジーンにことづけてあるので、もし暇があったら聞いてみてください。
 アジーンはおれのことを好きで友達だって言ってくれたけど、おれが消えちゃったらまたひとりぼっちになってしまうので、彼にもし会うことがあったら、良かったら友達になってやってくれないかなあ。
 我侭ばっかり書いてゴメン、ボッシュ。
 怒って破られちゃわないかな?
 ともかく、今までありがとう。
 




 こんな気持ち悪いおれに今まで付き合ってくれて、ほんとにありがとう。
 それからごめんね。
 おれは本当に幸せ者です。
 君に届くことを祈って。





 リュウより。





 もうほとんど手が動かないから、汚い字で読みにくくてごめんなさい。
 ちゃんと読めてる?
















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交換日記(日誌になるんだろうか)形式が無効になってるので、こんな感じ。
恋男モードを書くのが楽しくて仕方ないんですが、どうしましょうこれ。