『遅い、ボッシュ=1/64。時間は厳守するように』




 隊長室には隊長と俺の他に、見覚えのない、しかしどこかで見たことがあるような、どこにでもいそうな普通のガキがいた。
 つっても、歳は俺と大して変わらないくらい。





『彼はあなたのパートナーとなる、リュウ=1/8192。以降任務は二人一組共同で行うように』
『リュウです。どうぞよろしく、ボッシュ』







 俺は蔑んだ目でソイツを見た。
 頭のてっぺんから足元まで、ほんっとうに変わったところのない、普通を体現したような感じ。
 そいつは辛気臭い顔をしていて、目はおどおど泳いでいた。
 ほんとはローディーとは話なんてしたくもなかったけど、任務だからしょうがない。
 俺は肩を竦めた。






 リュウはローディーだった。
 俺はアイツがあんな身体にならなきゃ、やっぱり気にも掛けてなかったのか?
 これは憐れみか。
 それとも、あんまりにも鮮烈なあの銀色の獣の印象か。
 俺だけがそのことを知ってるっていう、俺が特別だっていう認識?
 





『頑張るよ。後ろのほうは、任せてよ』






『ボッシュ! 寝坊だよ! 遅刻!』






『ナゲットとハオチー、どっちがいい?』






『おれ、役立たずかなあ?』






『ボッシュってさあ、おれと全然違う。……かっこいいんだ、ほんとうに』








 リュウはローディーで、役立たずのいいとこなし。
 弱っちいし教養もない。頭はあんまり良くない。
 俺の読んでる本を貸してやっても、『難しくてよくわかんない』と言って放り出すし、まだ上手く文章を組み立てられない。
 ナゲットを捕まえるのにさえ手間取って、面倒臭いったらない。
 もうこれでもかってくらい、お荷物を具現化したような、そんなローディー。
 





 でも俺の相棒。


 




『ボッシュ、おれさあ……』







 リュウは俺になにか言いたそうに口を開いて、そして途中で止めてしまう。
 いつものこと。
 俺は面倒臭いので最後まで聞かずに、さっさと先に歩いてく。
 そのうちにリフトが駅に着いたり、ディクが襲って来たり、隊長の呼び出しがあったり、それでなあなあになってしまう。
 後でリュウに「さっきはなんだったの」って聞いてやっても、アイツは「なんでもない」って笑うだけだ。
 そーいうの気分悪いって俺が小突いたら、リュウは眉を下げながらゴメンと言って、また笑った。






 リュウが笑うようになったのって、いつからだっけ?
 結構最近だっけ?
 少なくとも俺と組んでから。
 それまではいっつも仏頂面で辛気臭くて、おどおどしてた。
 暗い奴って俺嫌いだから、なんとかしろよ、って注文をつけた。
 たまに、ごくたまに見せる笑った顔は(それは大体が下層区のガキに絡まれた時に見せるものだった)まあわりと可愛かったから、俺は正直にそいつを告げてやった。
 『おまえ笑ったらカワイイぞ』って、リュウはそれを聞いて、また困ったみたいに笑った。
 『なにヘンなこと言ってるの』って。
 それからアイツは段々笑うようになった。
 ていうか、笑顔の安売りを始めるようになった。
 それまでロクに友達らしい友達もいないように見えたけど、アイツって笑うと普段大人びて見えるのが嘘みたいにガキっぽい顔になるから、大体元々がカワイイ顔してたし(地味だけど)、他の奴らはなんかその顔見たさっていうか、そんな感じでそれから割と人付き合いは増えたみたいだ。
 感謝しろよな。
 おまえがその公害みたいな辛気臭い顔を垂れ流すのを止めてやったのは、この俺様なんだからな。






 電力供給ビルのてっぺんの魔法陣を踏んで、中央省庁区へ飛んだ。
 父さまの職場だ。
 何度も来たことがある。
 父さま、今頃相変わらず仕事かな?







「……なんだよ、これ……」
 俺は上を見上げて絶句した。
 そこには破壊の爪痕が色濃く映されていた。
 省庁区そのものと、その上。岩盤。暗い空洞。
 その焼け焦げたような跡は、ついこの間見たものと酷似していた。
 リュウの銀色の光が瞬いたその後だ。
 俺はいつのまにか駆け出していた。






 走って、走って、俺はそれらを見た。
 中央省庁区のガーディアンの姿はほぼ見えない。
 時折ひどく焼け焦げた絨毯や折れた柱が見えるだけで、ほとんどいつもと変わりがない。
 統治者たちの、父さまの姿も見えない。
 あんまりにも静かで、それが不気味だった。

 




 俺は走って、時折足が縺れて転んだが、止まらず走った。
 俺はこのまま上に行くべきだ。
 頭はそう冷静に判断している。
 だけど、俺は。






「父さまァ!!」
 剣まみれであんまり良い思い出のない広い部屋に駆け込むと、リケドとナラカが信じられないものを見るような目を俺に向けた。
「坊ちゃん!!」
「何故ここに?!」
 父さまは、部屋の真中に倒れていた。
 剣聖ヴェクサシオン。
 竜殺しの統治者。
 俺の親父。
「父さま、ご無事ですか?! リケド、ナラカも!」
 俺が走り寄って屈み込むと、父さまは俺を手で制した。
 生きていた。
 ほっと息を吐いて、――――俺は立ち上がった。
 そして、まっすぐに父さまの目を見て、宣言した。
「父さま、俺は行きます」
「……ああ、行くがいい」
 頷いて、掛けられた言葉はそっけないものだったが、そして俺はまた駆け出した。
 今度はまっすぐにだ。
 後悔はない。
 後はもう、俺の行くべき道はひとつしかない。







◇◆◇◆◇







 ずうっと、上へ上へ上へ、時折現れる破壊の爪痕をまるで慈しむように、道はもう開かれていた。
 真っ暗な地底の暗闇が、徐々に薄れ始め――――ひかりが、行く道を照らし始めた。
 人工の照明にありえない柔らかさだ。
 俺はそんなものははじめて見た。
 そして、大きな空洞に出た。
 そこはひかりに満ちていた。
 空は開いていた。
 天井に溶けたような丸い空洞が開いて、そこから見たことがないくらいに冷たく澄んだ青が見えた。
 空気が、そこから流れ込んできていた。
 それは空だ。
 1000年もの間封印されて、誰も見たことがない。
 ただ文献と絵本と伝説の中にだけ生きる存在だ。
 それが、俺の目の前にあった。






 だけど、リュウはどこにもいなかった。







『ここでずうっと君を待ってるよ』







 リュウは俺にそう宛てていた。
 だけどそこにはリュウも誰もいなかった。
 見たこともないくらいに巨大なディクの死骸が、まるで1000年の昔からそこにあったように、腐り、爛れきって、眠るように朽ちていた。
 空洞の底で、ただ俺がたったひとりだけで、空を見上げていた。
 リュウは、いなかった。




















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ボッシュは家の人(というか父さま)の前ではすごく良いコなんじゃないかなあと思うんですけど。
次で終わりです。