この日、俺は仕事をサボって。 もう会えないと思ってたリュウに遭い。 リュウのカラダを触って、中に入り、何度も何度も。 それから俺らは、戯れに身を摺り寄せ合い、他愛もない話をした。 お互いサードレンジャーやってた頃にはこういう話題を持ち出すことはなかっただろうこととか、そんないろんな話だ。 小さい頃から俺の父さまは無茶苦茶厳しかったこととか、俺の身の回りの世話をしてくれてる父さまの弟子の双子のこととか。 大体俺、人に話すようなことってあんまりないんだよな。 基本的に何でもどーでも良かったから。 でも、リュウは黙って俺の話を興味深いふうに頷きながら聞いて、時折ぽつぽつと自分のことも話した。 子供のころとても暗がりが怖かったこととか(そんな昔から、こいつは弱っちかった)下層区の施設で物心つくまでひとりぼっちで育ったとか、お互いハードだよなあとか笑い合いながら、そんな昔の話から、つい最近の出来事まで。 どうでもいい普段の話をしながらたまに体を触り合って、昂ぶれば抱き合い、俺はまたリュウの腹の中に放った。 そうやって一日を過ごした。 地下には昼も夜もないけど、朝が来るとリュウは名残惜しそうにのろのろ服を着けて、じゃ、おれもう行くね、と言った。 「……どこへだよ」 「空」 「ハアア?」 あんまりヤリ過ぎたから、頭がおかしくなっちまったんだろうか? 俺がそういう顔をしていると、リュウはまた困ったみたいに笑った。 「おれ、世界を壊すプログラムだもの。アジーンはそのために造られたんだって」 「……おまえ、リュウだろ?」 「うん」 リュウは頷いて肯定した。 「――――ほんとは、おれなんかの心が戻らない方が良かったんだけど。アジーンも、おれも」 「リュウ……」 「でもおれ、ボッシュを思い出せて良かったよ。ボッシュのことを忘れて、顔を見たってなんでもないふうにしてるおれって、我慢できないよ。だからおれは嬉しい」 そして、へへっ、と照れた顔で恥ずかしそうに、笑った。 「もー、ボッシュは意地悪だ。こんなになっても思い出しちゃうなんて、その上、……ちゃ、ちゃんとしちゃったし……身体、すごい痕ついちゃったし……」 リュウの身体は、網目が赤くついてしまっていた。 まあしょうがないだろ。こんなトコだし。 それから他も。 そっちは俺が付けてやったんだけど。 そしてリュウは、しばらくとても言いにくいことを切り出そうとしている時の決まった癖で、俯いて解けた髪の先を弄った。 「……なに」 「あのさ……ボッシュ」 リュウはぱっと顔を上げて、決意した目で俺の目を見た。 「もうすぐ世界の終わりがくるよ。ゲートが開いて、そしたら……」 リュウの顔は真剣だった。 俺は、その内容を良く理解できないでいた。 終わり? 滅びる? じゃあ俺の出世もパア? 今まで積み重ねてきたこのエリートの道が? ……いいけど別に、今更そんなの。 コイツの非常識のせいで、俺の価値観はどうにかなっちゃってるらしい。 「そしたら、ジオフロントまで来て欲しいんだ。……ねえ、ボッシュ」 リュウはそうして、申し訳なさと後ろめたさと、でも微かな喜びを隠したその顔でにっこり笑って、こう言った。 君に空を見せてあげるよ、と。 俺は 俺の返事は、 『この俺様に向かって「あげる」って何様のつもりだよ』……だ。 ◇◆◇◆◇ (……なんだったのかね、実際) リュウの言う事を信じてないわけじゃないが、俺はまだその話を上手く呑み込めないでいた。 いや、理解することを拒否していたのかもしれない。 だってフツーそうだろ。 世界を壊すだか空を見にいくだとか、イキナリそーいうこと目の前で言われても、ハア? 頭大丈夫? くらいだろ。 でもそれをあいつがまともに大真面目な顔をして言うんだから――――リュウは、俺の前で一度も嘘を言ったことがない。 ……や、あるっけ。 ズタボロなのにニコニコ笑いながら、「全然平気、大丈夫」って、けっこう嘘だよな。 そう、大嘘。 『もうすぐ世界の終わりがくるよ』 リュウは俺に空を見せてやると言って、笑った。 アレも嘘ならどんなに良いか。 でも、俺は知ってた。 この世界はぎりぎりまで歪んでいて、それはもうすぐ終わる。 それはほんとうに真実で、嘘なんか微塵もないってことを。 リュウは嘘なんか、なにひとつ言ってないってことを。 俺は知っていたから適当に、ウソウソ、そんなことない、世界なんて大それたもの、そんな簡単に変わるわけないって自分に言い聞かせて、いつもの日常に戻った。 普通の日々は確かに俺の周りにあった。 ◇◆◇◆◇ 「ここんとこ、暗いなー」 同僚が俺の横で、溜息と共に漏らした。 それが俺のことだったりしたら、間違いなくぶん殴ってるところだ。 でもそいつは天井を見上げて困ったふうに、これじゃ文字もろくに読めない、とぼやいた。 電灯のことだ。 中層区、レンジャーの詰め所は、以前の地震で大部分が損壊していたが、まだ機能していて、俺はいつものように商業区の端にある自宅から通っていた。 任務は以前よりもずうっと増えた。 ディクは何故か以前よりは随分減少したが、その代わりに崩壊地区の復旧作業なんてありえないものが通達されてくる。 そーいうの、労働階級かサードに回せば良いものを、やつらでは手が足りないそうだ。 「上からまともに電力が供給されてないんだな。アンテナの具合が悪いのかなあ」 狭い部屋では(急ごしらえの簡易詰め所なので、基地よりずうっと狭い。空気以外は、今の所サードの方が実は環境が良かったりする)しきりに何人かが電球を弄っている。 ここ最近、例の電力供給ビルの大規模な警護任務が終わってからというもの(俺はサボってリュウとヤッてたけど)最下層、下層区はおろか、中層区にまでほとんど電力が回ってこないんだそうだ。 いくつかリフトも停止した。 動いているのは一日の運行が半分くらいに絞られた通常便と、あとはバイオ公社への直通リフトだ。 あいつらマジにムカツクよな。 だから下層区へ降りる時なんかは、ほとんどの場合わざわざ線路を通って行かなきゃならない。 「そう言えばさあ、ボッシュ聞いた? 下層区のローディーが大挙して公社を襲ったって」 「マジ?」 「食料がまともに供給されなくてさ。めぼしいディクが根こそぎだって」 「ふーん」 「嫌だねえ、暴徒化したローディー」 大騒ぎになってないことから、リュウみたいな改造体のいる特別棟はどうやら無傷だったらしいけど、なんだか最近そういう事件が多い。 豊かなはずの上層区でさえ、強盗事件が頻発している。 世界はゆっくりと荒廃しているようだった。 「今度、クリオもアルマも商業区の店閉めるんだってさ。ろくに物資が調達できねーって。まあ、行商には来るらしいけど」 「へえ」 俺は気を入れずに頷いて、ショルダーパックの整理をしていた。 とは言っても、あんまりろくなものは入ってない。 ゼニー入れと万能薬ときずぐすりがいくつか。 クリオが店を閉める前に、いるものを買い溜めしといたほうがいいかもしれない。 元々そういう買い出しはリュウの役目だったんだけど、あいつはなんか空を見に行くとかわけわかんないこと言ってるし、いないし。 ……クリオの店、まだ割引適用中だろうか。ちょっとセコいか。 「あー、ボッシュ、なんだよそれ」 俺がテーブルにぶちまけた鞄の中身を、壁に凭れて勝手に覗いていたらしい同僚のひとりが、セーブトークンにはさまれたメモを指差して、もしや、という顔でニヤニヤした。 「ラブレターですかエリート様」 「……知るか。関係ないだろ」 いつの間に入ってたのか知らない。 俺は綺麗に折り畳まれた紙切れを広げて、目を通した。 『えーとはじめてだけど気持ち良かったです。 こういうの絶対口で言えないし、恥ずかしいし、ああ、手紙ってほんとに便利だ。 できればまたこういうことができればなあと……おれって、やらしいのかなあ。 あ、そう言えばジオフロントの場所、ボッシュがわかんなかったらって思って、地図を描いてみました。 ……。 おれ、絵がヘタクソで。ごめん。 じゃあ、また。 もし会えたら、おれはずうっと待ってるから、来てくれると嬉しいです。』 「…………」 署名もなにもないけど、見れば分かる。 前のハオチーがのたくったみたいなのとは違い、几帳面でしっかしりた文字だった。 見慣れたものだった。 リュウだこれ。 アホなこと書くなよ恥かしい。 図解と称して、蟻の巣を上から塞ぐようにして置かれた底の深い鍋に、矢印付きで『このあたり』とか書かれている。 ……これで解かるのは、俺が地下世界の大体の地図を頭に入れてるボッシュ=1/64だからだ。 そうに違いない。 「なに? 誰から?」 「カンケーないだろ。……リュウからだよ」 「リュウちゃん?! 嘘ッ!!」 「マージ」 「今どこにいるって?」 「んー……、なんか、上のほう?」 「あー、上層区のコだったのかあ。どうりでキレイなはずだよなあ。なに、ボッシュの幼馴染のハイディー?」 うんうん、と腕組みして勝手に勘違いしながら、ソイツは頷いた。 お気楽。 「ん? ボッシュ、どこ行くんだ?」 「俺、非番だし」 「ああ、おつかれさん。あ、リュウちゃんに会ったらさあ、よろしくって言っててくれよ。また中層区にようこそって、クリオの行商なんかでさあ」 俺はリュウの恥ずかしい手紙をポケットの中に押し込んで、アイテムパックを腰のベルトに引っ掛けて、詰め所を出た。 行き先なんかもう決まってた。
リュウたんがフツーに面白いちせになってしまってますが…。
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