10:「飴と鞭と飴」 |
思いっきり顔を顰めてやっても、男にまるで気付いた様子はなかった。いや、知っている上でとぼけているのかもしれない。後ろ手で玄関を閉めると、彼は笑って手を広げた。 「おかえり、親愛なる兄弟。シャワーを浴びておいで。ずぶ濡れだ」 「貴方に言われなくてもそうします。道を開けていただけますか。邪魔です」 そっけなく言って、アレンはティキ――ティキ=ミック、アレンの兄だ――の横をすり抜けようとして、舌打ちをした。 「離してもらえますか」 ティキが目を閉じたまま、アレンの肩に手を置いた。掴まれているわけじゃない。でも、動けない。ティキはそっとアレンの耳元に唇を寄せて囁いた。 「……人間のにおいがするよアレン。それも、あいつらだ。こんな時間まで何やってたの?」 「関係ないでしょう。そんなに気になるならロードに聞いて下さい。僕は早くシャワーを浴びたいんです」 「アレン」 ティキがすっと目を開けた。真面目な顔をしているが、目は笑っている。アレンは彼のこの表情が大嫌いだった。ティキの嗜好と性質といったものが、アレンとはどうしても相容れないのだ。 「また迷子になってたんじゃあないのか?」 「……まさか。ただ、例の忌々しいイノセンスを見付けただけです。金属の塊の中なんかにあるから、破壊に少し手間取ったことは確かですが――」 「お前を保護するために、アクマ共が大騒ぎしてたのは?」 「だから……え?」 アレンは口篭もって、ティキの顔を見つめた。彼は笑っている。たちの悪い悪戯が成功したみたいな顔だ。 「実を言うと、少し前から見てたんだ。お前が駐在に道を尋ねて、いくつか玩具を掠めたあたりから。あまり遅くなるようなら迎えに行こうと思ってな。おかげで退屈しなかったよ」 「……信じられない。暇人、プライバシーの侵害、悪趣味、サディスト……」 「アレン」 すっと温度の下がった声音が自分の名前を呼んだ。アレンはびくっと震えて、罵声を飲み込んだ。口の中が一瞬で干上がった。心臓の音が一際大きくなり、耳鳴りが始まる。 思考が白く靄がかったようになり、得体の知れない恐怖が忍び寄ってくる。そう、恐ろしかった。この数年間で、それは何度もアレンを襲ったものだ。 ティキが恐ろしい。彼はアレンを愛してくれて、ある程度の我侭は許してくれる。軽口にも付き合ってくれる。でもそれ以上は許さない。 「アクマを壊したな」 「……あいつら……嫌いなんですよ、それに代わりなんていくらでもいるし……」 「エクソシストに遭遇したろう。それを見逃した。お前の気まぐれは今に始まったこっちゃないが、アレン、何か言うべきことがあるんじゃあないか?」 「……ティキ、僕には何のことだかさっぱり解らない。 寝惚けているんじゃないですか?」 口の中はからからに乾いていたが、アレンはなんとかそう言いきって、ティキの手を振り払おうとした。でもびくともしない。 「……疲れているんです。早くシャワーを浴びて眠りた……」 「アレン」 ぽん、と頭に手が乗った。子供相手にするみたいに、優しい手だった。でも全身に冷たい水でも浴びせられたような感触がする。アレンは俯いて、奥歯を噛み締めた。身体が震える。目を見開いたまま床をじっと見つめる。恐怖がアレンを見逃して通り過ぎてしまうことを祈りながら。でもそれはもうアレンをしっかりと掴み取ってしまっているのだった。 「お仕置きだよ」 ティキの声がすぐ耳元で聞こえた。 アレンは柄にもなく狼狽し、顔を上げ、ティキの腕を抱いて必死に謝った。 「ちょっ……止めて下さい! わかりましたから! 勝手なことしてごめんなさい、反省してます!」 ティキはまたあの顔でいた。真面目な顔なのに、目が笑っている。 彼はゆったりとした動作で手袋を外した。強い腕がアレンの腰に回り、すっと上着の裾に潜り込んだ。 「……っ!」 アレンはびくっと震えて、目をぎゅっと閉じた。ズボンのボタンが軽く外された。そう言えば、これは本来ティキの服だったのだ。着方も脱ぎ方も、彼がきっと一番良く知っている。 「や、やめてください……」 無駄だということは嫌になるくらい理解していたが、アレンは力なく呟いた。予想通り、ティキは許してくれそうになかった。下着と一緒に、ズボンを膝まで下ろされてしまう。 「悪い子へのお仕置きはなんだったかな?」 静かな声で、ティキが囁いた。アレンは俯いたまま、顔を赤くしていた。尻に温かいティキの手が触る。微妙な感触だ。アレンは唇を噛んだ。 「言ってごらん、アレン」 アレンの前に跪いて、ティキは聞き分けのない子供を諭すように、穏やかに言った。しばらく沈黙が流れた。どうやらどうあっても今回は許してもらえないらしい。アレンは観念して、深い溜息を吐きながら答えた。 「――お……お尻百叩き……」 「悪く思うなよ。これも教育の一環だ。お前の教育に関しては千年公から、何から何まで任されてるんだからな、オレは。夜遊びするような子に育てると、家族中からお目玉なわけよ」 「ひゃっ、百回も叩かれたら、ミッキー、僕のお尻また真っ赤になっちゃいますよ!」 アレンはさすがに涙目になって訴えた。ティキはひど過ぎる。あんまりだ。アレンが「痛み」を異常に嫌うことを知っていてやるのだ。昔からの教育の何もかも、そのひとつひとつを思い返してみたって、彼がひどいサディストだとしか考えられない。 「おっ、久し振りにミッキ―って呼んでくれたな。可愛いから、うーん、五十回にオマケしてあげよう」 「五十っ……!」 頭が絶望でくらくらする。目の前が真っ暗だ。ティキは相変わらず目だけで笑っていて、許してくれる気配はまるでなかった。 ◆◇◆◇◆ アレンは「痛み」が嫌いだった。恐ろしくてたまらなかった。薄い紙切れで指を切ることさえ怖かった。 アレンは死なない。どんなにひどい傷を付けられても、火で炙られてもすぐに元通りだ。アレンが例外なのではなく、家族はみんなそうだった。ノアの一族は不死者なのだ。 だがほんのかすり傷さえアレンには恐ろしかった。不注意で切った小さな傷でさえ、アレンにひどい恐怖とパニックをもたらした。ぽつんと零れる一滴の血液が、アレンをぐちゃぐちゃに掻き乱してしまう。記憶が飛んで、気が付けばいつもぼろぼろに壊れた部屋の中で兄弟に抱かれている。いつも決まってそうだ。 『はいはい、いい子だ。もう落ち付いたか?』 兄が言う。 『もう消えた。心配ないよ、アレン』 兄の頬には爪で引っ掛かれたような傷がある。それはすぐに消えてしまう。ノアは脅威の再生能力を持って生まれる。アレンが気味悪がられて捨てられたのはそれが原因だ。それを受け入れてくれたのはマナだ。 でもマナはアレンにきっと一生、永遠に消えない傷を与えた。額のペンタクル、その呪いの痕はあの日から一向に癒える気配がない。 マナはアレンに明らかな殺意を抱いていた。左目を潰し、腹を裂いた。呪いの言葉を吐き続けていた。斬り付けられる先から傷は癒えていたが、それは激しい痛みを伴った。痛くて痛くて怖くて仕方が無かった。思えばあれからだった。ほんの少しの傷でさえ、あの頃の情景を呼び起こした。鋭い凶器の腕を振り被るマナの姿が、鮮やかなリアルを伴って、ありありと目の前に現れるのだ。 『可哀想に、痛かったな』 アレンは兄に抱き付いて泣き出す。 『ミッキー兄さん』 今はもう呼ばない名前で彼を呼んで、怖かった、と言う。マナが僕を殺しに来ると怯えて泣く。兄は穏やかな声で、もうそんな奴どこにもいないよ、と言う。 そう、マナはどこにもいないのだ。 アレンを殺そうとする怖いマナはもう、どこにも。 兄は優しいばかりの人じゃなかった。あの日からそうなった。アレンが正確にノアの役割を知った日からだ。 まず人間の殺し方を教えてくれた。 『慣れないうちは道具を使ったっていい。簡単さ。脆いもんだよ』 そして敵の壊し方を教えてくれた。 『千年公とオレ達だけは、イノセンスのヤローを破壊できるんだ。覚えとけよ』 「教育」はひどいものだったと思う。彼はまずアレンの認識するノアと人間との境界を明確にしようとした。つまりアレンが殺害した人間を、アレン自身に「獲物」として扱わせたのだ。 方法は様々だった。シチューの時もあったし、ハンバーグの時もあった。初めのうちは、そうすることにもちろん精神的な障壁のようなものがあった。だがそれにもじきに慣れた。その頃には、アレンは以前のように食事を美味しいと感じることはなくなっていた。 だがまともに食事なんて採らなくたって、不死者のアレンには大して変わりはなかった。 いくつか歳を取って気付いたのだが、兄はひどいサディストだった。自分は血なんか浴びたくないと言うくせ、アレンが返り血でどろどろに汚れる姿を見るのが好きなようだった。 兄としては優しかったが、教育者としては厳し過ぎた。彼の嗜好や性癖に我慢ならなくなって、ことあるごとに反発を始めたのはいつだったろう? それでも本当は、アレンはずっと長い間彼を――。 ◆◇◆◇◆ 「痛い痛い痛い痛い痛い!」 アレンは悲鳴を上げ続けていた。目からはぽろぽろと涙が零れていた。ティキに許しの気配は全くない。もう何度目だろうか、なんて考える思考は、一回目に訪れた痛みで掻き消えていた。ぱん、と大きな音が鼓膜を突き刺した。また尻を張られた。アレンはぐずぐず鼻を鳴らして訴えた。 「い、痛いぃ……ごめんなさ、も、しません、ゆるしてにいさ……」 「ほい、五十」 最後は溜息と一緒に、力なく尻に手を置かれた。自分がやった癖に困り果てた顔をして、ああ真っ赤だ、なんて言っている。アレンはびくっと震えて、やっと痛みが終わったのだと知った。疲労と安堵でべたっと兄の膝の上に突っ伏して、深い息を吐いた。ほっとした反面、怒りと羞恥と悔しさを混ぜこぜにしたような感触もあった。 「うう、ひどい……僕もう十五なのに……」 「お疲れ。なあ、なんであんなことしたんだ? 千年公が悲しむぞ」 「……だってアクマが駄目なんです。みんなすごく気持ち悪い幽霊をくっつけてるんだもの。アクマも人間もみんな死んじゃえばいい……」 アレンにはアクマの魂が見える。アクマのエネルギー源を視認する目があるのだ。マナの呪いで見えなくても良いものまで見える。人間に例えるなら、胃袋の内容物がいつも頭の上に表示されているような状態だ。もう慣れたが、気持ちが悪いことに変わりはない。マナは本当にろくでもないものばかりアレンに遺してくれる。――それでも愛してるけど。 「じゃあエクソシストの方は?」 「……顔見知りだったんですよ。昔、子供の頃、お世話になったことがあって……ってティキも会ってましたよ。覚えてないんですか」 「さあ……エクソシストの顔なんて、胸糞悪ィからすぐに記憶からデリートしちゃうんだよな。覚えてない」 アレンは溜息を吐いた。これじゃ、覚えているのはアレンだけだ。馬鹿みたいだ。性質上、あまり人と関わらないせいだろうか。ティキはどうやら人間と上手くやってるみたいだし、ロードも学校へ通っている。アレンは人殺しを覚えた日から、私用ではどこにも出掛けなくなった。ますます人間が怖くてたまらなくなった。大体がホームのベッドでマナと眠っている。 「男の子……なんですけど」 「うん」 ティキはコートの内ポケットを探りながら頷いた。煙草とライターを摘み出して、「吸っていい?」と訊く。アレンは少し迷ってから頷いた。煙草のにおいはあまり好きではなかったが、反抗してまた尻を叩かれてはたまったものじゃない。 「子供の頃のことなんですが、確かロードと学校に通っていた時だったな。普通に話せたんですよ。どうしてだかは今でもわからない。女の子みたいに綺麗な顔をしていたからかもしれません。今は大分背も伸びてて、顔も……なんだか、格好良かった……ような……」 鋭い目つき、美しく整った顔、東洋特有のミステリアスな雰囲気、綺麗な長い黒髪――あの青年の顔を思い浮かべて、アレンは頬を赤らめた。「神田さん」はマナが死んでからアレンが唯一まともに話せた人間だ。「男」なんてマナやティキみたいなろくでもないものばかりの生物は、みんな死んでしまえば良いのにと考えるアレンにとって、それは衝撃だった。男でも、あんなに綺麗な人がいるのだ。 「……アレンちゃーん?」 ティキが引き攣った顔で笑っている。まさかまさか、と口の中で呟いているが、アレンには何のことだか解らない。「神田さん」のことを考えると、胸が締め付けられるような感触がする。それはロードにケーキの苺を取られた時や、ティキにちょっかいを掛けられた時に感じるものに似ていた。アレンは怒りを感じているのだ。 「……まあ、でも僕のことなんて全然覚えてなかったんですけどね。怒鳴るし刀は突き付けるし、なんだかすごく腹が立ったんです。僕だけ覚えてるのもなんだか不公平だし」 アレンはふてくされて、頬を膨らませた。こんな子供っぽい仕草も久し振りだ。確か二ヶ月ほど前に、千年公のプリンを黙って食べてしまって、同じようにティキに尻を叩かれて以来だ。 千年公はアレンを怒らない。怒るのはティキだ。怒鳴ったりはしない、いつも笑いながら折檻する。痛みがアレンに最も恐怖をもたらすと知ってやるのだ。オレとしても可愛い妹にこーいうことするの心苦しいんだけどね、と兄は言う。でもすごく楽しそうな顔をしている。彼は真性のサディストに違いない。 でも折檻の後はいつもよりアレンを甘やかしてくれる。ティキなりのケアなのかもしれない。家族に甘えることを止めたアレンも、その時ばかりはまあいいかなんて思うのだ。 「この話はこれでお終いにしましょう。それより、早くシャワーを浴びたい。さっきから冷たくって仕方ない」 「ご一緒しても?」 「当たり前です。貴方また大分長い間お風呂に入ってませんね。汚い人は嫌いです」 「……はいはい、光栄です姫君。でもな……」 「そういう呼び方をする人も好きじゃない。僕は男なんです」 「はいはい、だから頼むから軽石と洗剤でオレを洗うのは止めてくれよ、頼むから」 「貴方次第ですね」 「……そうですか」 ティキはがっくりと項垂れた。アレンは内心ちょっとほっとした。どうやらもう折檻の気配はないようだ。 ◆◇◆◇◆ 「痛い痛い痛い痛い痛い」 悲鳴が止まらない。アレンは耳を貸さずに事務的な作業を続けた。手が荒れないように、防水手袋は外せない。台所からちょろまかしてきた洗剤と軽石と殺虫剤と消毒液を使って、ティキの頭を洗ってやっているのだ。感謝してもらいたいぐらいなのに、兄はどうやらお気に召さないようだった。 「ちょっ、アレンちゃんお兄ちゃん禿げそうなんだけど」 「毛根にもあると良いですね。脅威の再生能力」 アレンは静かに言って、ティキに頭から殺虫剤を振り掛けた。目に染みる、と一際大きな悲鳴が上がった。でもこれくらいしなきゃどうしようもない。 「フケだけでも殺人的だというのに、頭に虫を飼っているような人は大嫌いです。なんですか。なんでシラミなんか。あまつさえノミまで。野良猫でももう少し清潔ですよ。そんな身体で家に帰って来ないで下さい。というかもう一生鉱山で働いてろ」 「気を付けます。今度からほんとにもうちゃんとお風呂に入るから勘弁して下さい。……さっきお尻ペンペンしたこと、まぁだ根に持ってんの?」 「アレン、まぁたティッキーにお仕置きされたのぉ? 気を付けなよぉ、ソイツ絶対良からぬこと考えてるからぁ」 「ロード、お兄ちゃんに向かって「ソイツ」って何ですか。……って痛、痛い、アレンちゃん軽石で背中擦らないでくれるかなあ……!」 「なら薄汚い身体でロードに近付かないで下さい」 ぴしゃりと言って、そろそろ許してやっても良い頃か、とアレンは考えた。ティキは不潔だ。汚い。今回も聞けば一月湯を浴びていないんだと言う。毎回毎回それを聞かされる度に、清潔志向のアレンは気が遠くなってしまうのだ。 「……お終いです」 頭から湯を被せると、ティキは心底ほっとした顔になった。なんだか大きい犬でも洗っているみたいな感触だ。 「終わったぁ?」 「ええ」 間欠泉の近くで泳いでいたロードが、いつもの気だるげな声を掛けてきた。アレンは頷いた。 辺りには硫黄のにおいが濃い。真っ白な水蒸気が一面を覆っていて、湯は青白く濁っている。足場はごつごつとした黒い岩だ。それがどこまでもずうっと続いている。湯の温度はかなり高いが、気になるほどじゃない。湧き出してきた熱湯が、水蒸気と一緒にすごい勢いで吹き出してくる。 もちろんここはホームじゃない。世界中どこへ行くにもドアひとつ、という便利な能力を持ったノアだから、誰も踏み入らない秘境に人知れず存在する秘湯なんてところへも、誰かの気が向けば出向いたりする。 「アレンは世話焼きだねぇ。僕のことも洗ってくれるぅ?」 「ええ、もちろん。この間、姉さんがお土産にボディソープをくれたんですよ。苺のすごく良い匂いがするんです」 「あー、僕にはシャンプーくれたよぉ。アレンにも使わせてあげるぅ」 「ありがとうございます」 「キャハハハ!」 「ふふふふ・…」 「……オレとロードのこの扱いの差は何だろう」 背中を向けて拗ねているらしいティキを放ったままで、アレンとロードはきゃいきゃいと洗いっこを始めたりする。 「ロードの髪は綺麗ですね。僕も黒ければ良かったのに。黒い髪が好きなんですよ」 「アレンはカワイイってぇ。僕のお人形にしちゃいたいくらい」 「僕は可愛くなんてないですよ」 「キャハハ、アレンのおっぱい測定ぃ〜」 「わ……! ちょっ、ロード!」 泡だらけのロードにぎゅっと抱き付かれて、胸を両手で鷲掴みにされ、くすぐられて、たまらずアレンはギブアップした。 「や、やめてくださいってば! くすぐったい……!」 「それだけぇ? ちょっとは感じないのぉ?」 「え?」 「いやいやいやいや、やめなさいって二人共」 ティキが焦ったふうに制止を掛けてきた。アレンとロードが揃って振り向くと、湯当たりしたような顔で岩に突っ伏している。 「とにかくそういうのは駄目。一線を越えちゃいけません。家族なんだから。お兄ちゃんだっていつも色々我慢してるんだから」 「なんだよティッキー、お堅いこと言っちゃってぇ。そんなに僕とアレンがイチャイチャするのが羨ましいのぉ?」 「仲間外れにされたからって拗ねないで下さいよ。面倒臭いですね、貴方は」 「ああもうこの子達は……ま、いいや」 溜息を吐いて、ティキが手招きした。 「そろそろこっち来。浸かってないと冷えちゃうぞ」 「はーい」 「わかりましたよ」 三人で顔の半分まで温泉に浸かっている中で、息継ぎでもするように「そう言えばねぇ」とロードが言った。 彼女は「どうでも良いけどぉ」と言い置いて、 「学校でさぁ、兄弟と一緒に風呂入るのっておかしいって言われたんだけどぉ、どう思う?」 「……そうなんですか?」 「オレ学無ェからわかんない」 アレンは首を傾げ、ティキはすっとぼけたように言った。 「でも僕が洗わなきゃ、この人本当にきっと何年もお風呂入りませんよ」 「だって面倒臭いもん」 「……ティキ」 「はいはい、嘘ですよ。アレンは潔癖症だからなあ」 両手を上げて降参のポーズでティキは言った。彼は熱い湯に浸かるという行為自体が苦手なのか、ぼんやりした顔でいる。 「……あ、そうだ。次の仕事なんだけどな、明日どっちか暇してるか?」 ふと思い出したように、ティキが言った。アレンとロードは顔を見合わせた。いつも一人で仕事をこなすティキにしては珍しい台詞だ。 「僕は空いていますよ」 「僕宿題提出ぅ」 「じゃ、アレン、手ェ貸りたいんだけど」 ティキが言った。 アレンは肩を竦め、珍しいですねと返した。ティキの仕事にくっついて行くのは久し振りだ。大体が要人の暗殺なんて血生臭いものだから、あまり気乗りはしなかったが、頷いた。意趣返しもあったかもしれない。今日の失態に関して後ろめたいところがあったからかもしれない。ともかくそんな理由なので、 「美味いモンたらふく食えるぞ」 「……食べることにはもう飽きたんですけどね」 食べ物に釣られた訳じゃあない。そんなものは、もうアレンにとって趣味でも娯楽でも何でも無くなっているのだ。本当だ。 |