11:「舞踏会の淑女」 |
手伝うとは言った。昨夜、手を貸してやると頷いたのは覚えている。だからと言ってアレンが最も苦手とする類の仕事なら、姉やロードに任せておけば良いのだ。アレンはティキを呪った。本当にろくでもない兄だ。家族じゃなかったら、そしてアレンの教育係じゃなかったらとっくに消してる。 「そんな顔しない。俯くな、お前は可愛い。何せオレの妹だ。自信持てアレン」 「何をどう自信持てって言うんですか……」 アレンは泣きながら兄を睨んだ。ティキはアレンを良く泣かせてくれる。泣かせ過ぎだ。イジメだ。 「じょ、じょ、じょ、女装じゃないですか! これ!」 「こらこら、正装と言いなさい。たまには女の子らしい格好をするもんだってば」 タキシード姿に、顔半分を覆う白い仮面を着けたティキは、悔しいが洗練されたスタイルで、格好良いと言っても良い。何と言っても顔だけは良いのだ。子供の頃、密かにああなりたいと憧れた姿だった。 男物のスーツを着込んで、兄や千年公のように紳士的に振舞う――そうすることで、アレンは最も苦手なものを克服してきた。 すなわち、男。神が寝惚けて創り間違ったような生物。子供に呪いを掛けたり、風呂に一月入らなくても平気な顔をしていたり、サディストだったり、人の顔なんてすぐ忘れてしまったり、食事中に急に暴れ出してメイドを破壊したり、ことあるごとに誰かを囃し立てたり――ともかくろくな印象がなかった。千年公が世界を破壊する暁には、世界中の男にはひどい拷問を加えてから殺すべきだ。女の子は可哀想だから苦しませずに楽に殺してあげる。それが紳士というものだ。 そんな非常識な生物を克服できたのは、ひとえにスタイルの問題だった。 アレンはいつもの格好――兄のお下がりの男物のスーツだ――でないと、家族以外の男が異常に苦手で口下手、引っ込み思案の昔のアレンに戻ってしまうのである。 そんな理由で、薄い紫がかった白のイブニングドレスを着せられ、髪もアップで結われて飾り付けられ、顔の上半分を覆う仮面を被せられ、広大なオペラ座舞踏会のホールに引き摺って来られたアレンは、頭の中が真っ白のまま硬直していた。 ローブデコルテではまともに歩くことも難しい。下手をすれば裾を踏ん付けて転んでしまいそうだ。何より男がいる。たくさんいる。色とりどりの、かたちも様々な仮面が一斉にこちらを向く姿は、ホラー演劇のようだ。皆が物珍しそうにアレンの白髪を見ている。アレンは顔を青ざめさせて、ティキの後ろに隠れた。 「に、に、に、にいさっ……帰りましょう、それがいいです」 「今来たばっかだぞ。仕事も済んでないのに帰れるか」 「だって……なんか、いっぱいその、いるんですけど……アレが」 「ゴキブリみたいな物言いだな。オレも男なんだけど、アレンちゃん」 「ミッキーは家族だからへいき……ですけど、ただでさえ気持ち悪い人間で男なんて、存在するだけで僕らの神を冒涜しています。みんな死ぬよりも辛い拷問に掛けた上で殺しましょう兄さん。お仕事なんでしょう? そして早く家に帰りましょう」 「落ち付けアレン。今のお前はすごくやばい感じだ」 小声でぼそぼそ喋っていると、ティキはアレンの頭をぽんぽんと叩いて、あやすように言った。 「まったく、お前はこういう格好の時は素直で可愛い子なのにな。落ち付きなさい、オレがいるうちは、お前にはゴキブリどもの指一本触らせないよ」 「ミッキー兄さん……」 アレンはぱあっと顔を輝かせて、ティキを見上げた。ティキも穏やかに微笑んで、アレンを見つめている。舞踏会にはカップル一組でないと入れないそうだ。なんとなくもじもじして――いつもは考えられないことだが、ドレスなんか着ているから妙な心地になるのだ――いると、ティキはアレンの頬に手を触れて、静かに囁いた。 「……じゃあお兄ちゃん一仕事してくるから」 「……は?」 「その辺で飯食って待ってなさい。困ったことがあったら、大声でオレを呼ぶんだぞ。すぐ戻ってくるから」 「え?」 「大人しくしてなさいよ」 ――置いてきぼりかよ! アレンは慌ててティキを引き止めようとした。僕も行く、こんな得体の知れないところでひとりにしないで、と言おうとした。 「み、ミッキー! ちょっ、待って! 僕こんなとこで一人になりたくない!」 いつもならみっともなくて言えやしないことが、自然口を突いて出てきた、ああ、これだから嫌なんだとアレンは考えた。スタイルっていうものは、内面にまで影響を及ぼすのだ。全部こんな女々しい衣装のせいだ。 「ミッキー!」 去り行く兄のタキシードの裾を、ようやっと手を伸ばして掴む――アレンは切羽詰まった表情の顔を上げて、必死に懇願した。 「い、行かないで! 置いてかないで!」 ほとんど叫ぶようにしてそう言ってから、アレンは気付いた。掴んでいるタキシードは、さっき見た兄のデザインと大分違いやしないだろうか? 背丈も少し縮んでやしないだろうか? 何より顔。全然似てない。アレンは呆然とした。 人を間違えた。 「……は? どうしたんさ、そんな必死な顔して」 軽薄そうな声は兄に似ていなくはなかった――いや、似ていた。声質は違うが、あののらくらした感触がそっくりだ。黒いタキシードを着て、シャツの上ボタンは開いたままだ。リボンをだらしなく解いている。こんなところまで兄と同じだった。でも兄はこんな燃えるような赤毛じゃなかった。 顔の右半分は黒い仮面に覆われていて見えない。彼はびっくりしたような表情をしていた。 アレンはぎこちない動きで彼のタキシードから手を離して、同じようにぜんまい仕掛けの機械のような動作で頭を下げ、口を開けた。 「……間違エマシタ。ゴメンナサイ」 「ドウイタシマシテ」 赤毛の男が、アレンと同じ動作でぺこっと頭を下げた。 「なあ、あんた一人さ?」 「不本意ながら……置き去りに……」 まだ硬直が解けていないアレンは、涙目でこくこくと頷いた。まるで裸で群集の中に突っ立っているような心許無さがあった。いつもなら、気安く話し掛けないで下さい、なんて言いながら人間の一人や二人、消滅させているところだ。でも今はただ心細さに震えることしかできない。 赤毛の男はちょうど良いやあと肩を竦め、アレンの手を無造作に取った。 「ひ……!」 「オレも一人なんさぁ。暇してたとこ。一曲付き合ってお嬢さん☆」 そして強引にアレンをずるずる引っ張っていって、ふと思い出したように、自分の胸を指して言った。 「ラビですヨロシクお嬢さん」 「あううううう」 アレンはびくびくしながら、何度も頷いた。困惑とパニックは、抵抗や殺害の選択肢を、アレンの中から遠ざけてしまっていた。 ◆◇◆◇◆ 壁に背をもたせ掛け、腕を組み、神田は煌びやかな人間の群れを見ていた。チェックは厳重だった。この中に金属の骨組みを持ったものはいないはずだ。だが千年伯爵に協力する人間、ブローカーと呼ばれる種類のものたちまで見分けることは不可能だった。 『調子はどうだい?』 タキシードの胸元からあっけらかんとした声が聞こえた。今はお偉い方に挨拶回りをしている上司のものだ。普段外の世界に出向かない缶詰状態から抜け出したせいか、どことなく声が浮ついている。神田は取り合うことはせず、そっけなく告げた。 「任務中だ。真面目にやれ」 『あっ、うわあんちょっとヒードーイーよぉせっかく多分間違いなく一人でぽっつーんと壁にでももたれて余り物の哀愁を漂わせながら暇してるだろうとキミなら絶対そんな寂しい感じだと思ってせっかくこのボクが! というかねェキミちょっとボクのリナリーに手を出したりしたらほんとに許さないからね、そこんトコヨロシク、いや神田ッチ、一生のお願いだからボクのリナリーをムサ苦しい男たちの魔の手から守って欲しいんだよ! ボクの可愛いリナリーに手を出すような甲斐性もなさそうなキミにしか頼めないことなんだからねえお願い』 「うるせェ。いい加減にしろ。今忙しい」 『ちょーっと聞いたぁリ―バー班長?! 神田ピョンが暴言吐くピョン! 相変わらず憎たらしいピョン!』 「その気色悪いの止めろ」 『……はぁあ。そうだ、どう? なんかアヤしいのいた? ラビは何やってんの?』 「今の所問題ない。あいつは……」 神田は顔を顰めて眉間に皺を寄せた。 「女と踊ってる」 『涙ぐましい努力だねー。神田くんもそのくらい頑張って周りに溶け込む努力をしなよ。今キミの周り、半径十メートルくらい誰もいないでしょ』 「……どうして分かった」 『やっぱり……』 無線から溜息が聞こえてくる。神田は怒鳴りたい衝動を必死に抑え、低い声で正直な感想を言った。 「……アイツはただ遊んでるだけだ」 『……念の為に聞くけど、相手はリナリーじゃないよね?』 「……いや、そうだ」 『……! えええ?! ちょっ、待ってなさい今すぐ行くから、ラビに首を洗って待っていろと伝えて!』 ゴーレムの回線が途絶えて、急に静かになった。神田は肩を竦めた。子供っぽい意趣返しだが、思った以上の効果があったようだ。 当のラビは何も知らずに女と踊っている。おそらく近くで適当に引っ掛けたのだろう、見知らない女だった。全体的にほっそりと痩せていて、真っ白の髪が目を惹いた。だが顔は仮面に隠れて見えない。どこかで見たような感触のフォルムだったが、それが何だったのかは思い出せない。 (……白髪に反応し過ぎるのか) 神田は苦々しく自覚した。あの密集区の村で出会った少年のことだ。傘の影から覗いていたのは、まるで老人のような真っ白の髪だった。 敵なのか味方なのか、人間なのかアクマなのか、仮に人間だとしてもアクマを従えることができる存在など有り得るのか、あの「左手」にあったアクマを破壊した武器はイノセンスなのか。 何も分からない。情報が少な過ぎた。 だがこんな所でぼうっと考え込んでいてもどうにもならない。早くイノセンスを見付けなければならない。アクマを破壊しなければならない。立ち止まっていては身体が鈍るばかりだ。 今回神田がこんな騒々しい場所へ出向いているのは、室長コムイの護衛のためだった。ヴァチカン関係者と密談――いや、取り引きのようなものがあるらしい。どちらにしても、詳しいところは実働部隊の神田に知らされはしないのだ。 同じく駆り出されたラビは大いに楽しんでいるようだった。リナリーはどこかにいるはずだが、見当たらなかった。人が多過ぎる。しかも皆奇妙な仮面を被って、表情が見えない。無気味な光景だと神田は考えた。団服のせいで的になることに慣れている神田にとって、顔を覆い隠すという行為は、どこか得体の知れない気分の悪さを感じるものだった。 ひゅう、と口笛の音が聞こえた。 ラビが手を取った女に何事か囁いている。女はぎこちなく足を動かした。どうやら踊り方を教えているようだ。 勝手にやってろと神田は考えた。どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ。 ◆◇◆◇◆ 「名前は?」 「……あ、え」 「お名前。名乗り合うのは礼儀じゃないかなーと思うんさぁ」 「……ノ、ノア……」 「ノアちゃん? ヒュウ、綺麗な名前さー」 「ちが……うう、に、にいさ……」 一目見た瞬間にビビッと来た。顔は仮面に隠れて見えないが、間違いなく綺麗な子だろう。ラビの直感が告げているので間違いない。ストライクの予感がすぐそこまで来ている。 ひとつ気になるところを挙げるなら、異常なくらいの引っ込み思案さだった。まるで小さい女の子が悪戯少年にネズミを握らされたような感触があった。擦れ声にはちょっと涙が滲んでいた。かたちの良い唇は引き攣って歪んでいた。 ラビは自分が「悪いお兄さん」だという自覚があった。なので、そういうのもまた良いものなのだ。 きっと良いトコのお嬢さんなんだろーなー、と漠然と考えた。スレたところも見えないし、身なりもとても良い。箱入りだろう、とラビは見当を付けた。見立ては大分当たる性質をしているのだ。 「ノアちゃん、お兄さん探してるさー?」 『ノアちゃん』はこくこく頷いた。何か言いたげに唇が震えたが、声になっていない。 唇の動きを読んでやると、『あの鬼畜野郎、絶対後でシメる』……きっと気のせいだろう。なにせ箱入りだし。 「さっきオレ間違えられたんだけどー、そんなに似てるさ?」 『ノアちゃん』はちょっと迷って、小さく頷いた。蚊の鳴くような声で、そう思いました、と言った。鈴のような綺麗な声だった。 「にいさっ……僕がこういう所嫌いだって知ってて、わざと……っ」 後に続く言葉を飲み込んで、『ノアちゃん』はぷるぷる震えている。可愛いな、とラビは思った。 彼女の唇がまた動いたが、『サド男、いつかブツ切りにして庭の薔薇の栄養にしてやる』……気のせいだろう、きっと。こんな可愛い子がそんなこと言うわけない。 「ノアちゃんは人ゴミが嫌いなんさ。あ、人酔いするほう?」 『ノアちゃん』はこくっと頷いた。ラビは頷いて「じゃあ仰せのままに」と囁き、彼女の手に唇をつけた。 途端に面白いくらいに彼女はがちっと硬直してしまった。こんな純情少女、今まで見たことがない。 「人気のないとこ行くさー」 「うぁっ……勝手に出てったら……にいさ、怒られ……」 「ダイジョーブダイジョーブ、出ない出ない」 まだかちんこちんになっている少女の手を引っ張って歩いた。ゆっくり話をするには、人気のない場所は好都合だ。いや、断じてやましいところはない。本当だ。 (ユウー、ここ任せたさー) にっと笑って中途半端な敬礼を送ると、離れの壁でぽつんと佇んでいた神田ユウは、例によって人を殺せそうなどんよりした空気を放ってくれた。まあ用があれば呼び出しが掛かるだろうし、加えて超任務馬鹿の彼が迎えに来るだろう。 ◆◇◆◇◆ なんだか変な男に捕まってしまった。アレンは辟易していたが、まあ退屈はしなかった。赤毛の男はどうやらラビとか言うらしい。赤い頭も目の色も顔つきも、全然兄には似ていないくせ、全体的なぼんやりしたディテールはそっくりだった。軽薄そうなところや垂れ目のせいかもしれない。あとはなんだかちょっとやらしそうなところだ。 「んで、ノアちゃんは? さっきじーっとメシの皿見つめてたっしょ。何が好き?」 どうやら彼はアレンの名前を間違って覚えてしまったらしい。だが訂正する気も起きなくて、そのままになっている。嘘は言っていない。アレンはノアだ。人間なんかに名乗るのは、それで充分だ。 「……なんでも……お酒以外、なら」 「あー、駄目なんさぁ、呑めないほう? うん、そんな感じするさー。オレの連れもさぁ、めっちゃめちゃ弱くって、そのくせ全然顔色変えずに呑むんさ。で、気が付いたらもうベロンベロンで大変。ぶっ倒れてそのまんま床で寝ちゃうの。日頃ツンケンした奴だから、思いっきり写真撮って後でからかってやるんさ」 「……あはは」 アレンはつい吹き出してしまった。なんだか面白い人間だ。 おどけて見せるくせ、一歩引いている感触があった。彼は当たりさわりのない話しかしなかったし、アレンがどこの誰かを聞いてくることもなかった。 そのおかげで、少し気分が楽だった。アレンとしても、何せ立場上あまりものを聞かれるのは苦手だし、個人的にそういう種類の会話を好まない。家族にだってそうなのだ。人間相手に語ってやる話など何もない。 「でさ、そいつユウってんだけど、もうほんっと困った奴でさあ、こないだなんて顔合わせるなりいきなり刀持って……」 楽しそうに喋っていたラビが、およ、という顔になった。アレンもふと頭を上げて、そいつに気付いた。小さな羽音をさせて飛んでくる黒い蝙蝠がいる。奇妙なシルエットだった。何度か見たことがある。エクソシスト共が使う、無線ゴーレムだ。 「……なんさぁ? ユウ、なんかあった?」 『ラビ、お願い、戻ってきて。なんだか変なの』 ゴーレムは澄んだ女の子の声を発した。ラビがアレンに、ちょっとゴメン、というジェスチャーをして、ゴーレムに向かって怪訝な顔を作った。 「リナリー? どうした? 今どこさ?」 『神田といるわ。ホールの中よ。兄さんは上で何か話を――変なのよ、どこを探してもいないの。元帥が……』 「ユウのとこだな? 待って、とりあえずすぐ戻っから」 ゴーレムを襟の中に仕舞ったラビは、慌てた様子で手を挙げて、悪いさ、と言った。 「ゴメン急に用事が……また会えると良いさあ、じゃ!」 「神田」 アレンは反芻した。見知った名前だった。良く聞く名前だ。 少なからず何かの縁はあるのかもしれないなと考えて、アレンは苦笑した。当然だ。宿敵の名前だ。 きっとこれからも、彼が消えない限り何度も耳にする機会があるだろう。彼は今度はアレンを覚えているだろうか。 「神田ユウと言うんですね。美しい名です」 「へぁ? 何か言ったさ、ノアちゃん。ユウが何か?」 「いえ、何でも。それよりも、探し物は多分見つからないと思いますよ」 「は?」 ラビが怪訝な顔になった。アレンは俯いて、手を振った。 「早く行った方が? 僕の方もどうやら、兄が戻って来る頃のようです。楽しい時間を感謝します、ラビ」 「あ、ああ?」 『仕事』を優先したのだろう、ラビは急に冷たくなった空気を訝りながらも、駆けて去っていった。彼のブーツの音が遠くなっていく。済んだなとアレンは判断した。重苦しいドレスのかたちを解いていく。それは空気に溶けて消えていく。薄紫がかった白い波がふっと薄くなり、徐々に黒く染まっていく。 黒が好きだ。なんだか安心する。次第に、ずっと続いていたパニックの症状も収まっていく。いつもの気だるい平坦な感情が戻ってくる。冷たくさびれ果てて、何の波紋も起きない。 赤毛の青年が消えた先を一瞥して、アレンは唇に指を触れさせて呟いた。 「エクソシストだったのですね」 仮装は終わりだ。ぎらぎらした舞踏会も終わりだ。アレンは肩を竦めて、いつものイブニングコートの裾を撫で付けた。 「お疲れ様ですティキ。なんだ、割と大仕事だったんだ。僕を混ぜてくれても良かったのに」 「うん、ちょっと手間取ったな。でも上手くやったよ。なんとか服を汚さずに済んだ」 ぽんと後ろから肩を叩かれて、ティキの声が降ってきた。声はいつも通りだったが、少し疲れが滲んでいた。 「貴方って、自分の汚れには頓着しないくせ、衣装に関しては神経質なんですね。僕には理解できません」 「帰ったら肩でも揉んでくれよ。ほんと疲れた。でも楽しかった。またあれくらいの獲物がいたらな」 仕事を思い出したのか、声質は弾んでいた。アレンは呆れてしまった。いい大人の癖にまるで子供だ。 「楽しそうですね」 「退屈したか? オレは満足だよ。仕事抜きにして、お前の晴れ姿を見れただけでも今回は楽しかった」 「僕も楽しみました。それなりにね。エクソシストは面白い奴が多いようですね」 「およ。アレン、お前が機嫌良さそうにしてるところなんて、すごく久し振りに見た」 アレンは頷いてくすくす笑った。エクソシスト、彼らはアクマがいないってだけで安心しきっている。 「本当にどうしようもない馬鹿ばっかり」 「じきに全部消えるさ」 「ええ、そうですね」 アレンはティキを見上げ、にっこりと笑った。そして聞いた。 「始動の合図をしてきたんでしょう?」 ティキも年齢に似合わない顔でにやっとして、まあな、と言った。彼は楽しそうだった。彼という人間は、こういったところで割合子供っぽいのだ。 家路についたあたりで、背後から一斉に悲鳴の合唱があった。『合図』を見付けたのだろう。 アレンもティキも振り返らなかった。 |