15:「無意識の死角」




 足元がなんだかおぼつかない。壁伝いに歩きながらアレンが考えたのは、どうしたものだろうということだった。部屋に戻ればまた人間の匂いが濃くて、気分が悪くなってしまうかもしれない。それにいつもの発作を誰かに見られるのはあまり好きじゃなかった。家族の誰にもそうだ。全て過ぎ去った後で、心配そうに覗われることや、気遣いの言葉を掛けられると、まるで自分が途方もなく悪いことを仕出かしたような気分になるのだった。
(……何か変な寝言なんて言ってやしないだろうな僕……)
 軽く頭を押さえて溜息を吐いた。なんにしろ忌々しい持病だ。これから部屋で眠るのは止めた方が良さそうだ。どうすれば良いだろう。個室なんてエクソシストでもなければ、入りたての新人にはまず宛がわれないだろうし、かと言って眠らなければ身体が持たない。元よりここにいるということがひどいストレスになっているのだ。休まなければ、情報を集める前に潰れてしまう。
(とりあえず人間がいない場所なら……昼間の誰も来ないフロアなんて良いかもしれない。シーツを持ち込んでも見咎める人間はいなさそうだったし――
 思考を巡らせる。ともかく人間さえいなければどこでもいいのだ。最近では無くなったが、マナと旅をしていた頃は野宿なんてざらだった。シーツがあるだけ上等だ。敵地で文句を言ってはいられない。
(それにしても、不死のくせに不便な身体だ)
 軽く咳込んで、アレンは顔を顰めた。口を押さえた手のひらが真っ赤に染まっている。精神安定の代償だ。ノアは死なないが、薬が効きにくい性質はこんな時に不便だった。致死性があるほど強い薬でもなければ、ろくに痛みは抑えられない。
 いっそのこと家族のように痛みが麻痺してしまえば良いのだ。アレンだけがまだ後生大事に敏感な痛みを抱えている。何故捨て去らないのかは自分でも解らない。それとなく家族から釘を刺されることはあったが、どっちつかずのまま後回しにしておいたのだ。
(変な話だな。なんで僕はこんなものを? 千年公にお願いすれば、きっとすぐに取り払ってくれるだろうに。その方が楽だし、無様な失態も無くなる)
 冷静に考えながら、アレンは力なく床に膝をついた。そのままくずおれる。頭の中はすごくクリアだ。でも身体が上手く動かない。冷たいはずの床の感触もなにもない。ただふわふわと浮いたような感覚だけだ。これは摂取した麻薬の作用だろうか。
(これだから外に出るのは嫌いなんだ)
 アレンは半眼で、胸の中だけでぼやいた。さっさと終わらせて帰ろう。みんなは今頃寝てるんだろうか。それとも仕事か。
 僕は上手くやってますよ、とアレンは考えた。身体はポンコツだが、誰にも怪しまれずにまんまと潜入してやった。駒もいくつか奪ったし、何より一日無事に過ごせた。後は結果を出せばいい。
 ふいにこつっと靴の音がした。誰か来たようだ。こんな夜中に散歩だろうか。怖い夢でも見て眠れなくなったのだろうか。アレンはうっすらと嘲笑を浮かべて、ここにも子供っぽい人間がいることだ、と考えた。自分のことは棚に上げてやった。
 足音はアレンを発見したのか、ふいにぴたっと止まった。そして、次に聞こえよがしな舌打ちがあった。随分なものだとアレンは考えた。お優しい人間なら、倒れている人のかたちをしたものを見たら駆けよって来て、どうした大丈夫かとか言うところじゃあないのだろうか。この人でなし具合はまるで神田のようだ。あのろくでなしの、忘れっぽい、馬鹿で性格は最悪で、良いところと言ったら顔だけの彼みたいだ。
 ふっと影が落ちた。
 緩慢に顔を上げて、アレンはうっすらと微笑んで見せた。相手の顔は暗くて見えない。夜目は利くほうだったが、もしかすると貧血も併発しているのかもしれない。ノアのくせに何てザマだろう。
 黒い、長いコートの裾が見えた。あの神田が昔からずっと着たきりの例の衣装だ。どうやらエクソシストの制服のようなものらしい。警察官とは似て異なるそうだ。それを初めて知った時の落胆と言ったら、アレンは思い出すだけで馬鹿馬鹿しくて笑いが込み上げてくる。
 何がおかしくて、ノアが敵に憧れなければならないのか!
「……なた……も……」
 まだ喉に血が溜まっていて、上手く話すことができない。額にはびっしり汗が浮いている。アレンは無理に微笑みながら、『彼』に訊いた。
「怖い夢を……見たんですか?」
 ふいに靴はきびすを返して、アレンから去っていった。大股で、乱雑な歩き方だった。ああ、あれは本当に神田だ。多分。彼はアレンのように怖い夢を見ることがあるのだろうか? 人の顔もすぐに忘れてしまう猿のくせに、何かを怖がるなんて複雑な機能が付いているのだろうか?
(……ほんとに、マナみたい)
 アレンから過ぎ去っていく後姿がそっくりだ。それにしても、本当に冷血な男だ。アレンをあっさり見捨てた。上出来だ。面白い人間だ。エクソシストにしておくには、本当に惜しい。
――あれ、前が、黒く……)
 アレンは沈んだ。





◆◇◆◇◆





 水の音がする。アレンは目を開け、緩慢に首を巡らした。清潔なベッドに寝かされている。
「……え?」
 上半身を起こすと、気だるい身体が軋んで悲鳴を上げた。構わず辺りを見回して確認する。知らない部屋だが薬品の棚や消毒薬の匂いから、どうやら医療施設らしいと気付いた。
 仕切りカーテンの向こうに誰かいる。アレンが訝しげに目を細めた辺りで、相手は病人が覚醒したことに気付いたようだった。
「気がついた?」
 凛とした鈴のような美しい声だった。聞いていると身体の芯のほうにじんと染み込んでくる、心地良い響きだ。
 さっとカーテンが開き、姿を現したのはアレンと同じ年頃の美しい少女だった。艶のある長い黒髪に、瑪瑙のように美しい瞳、かなり可愛い子だ。
 彼女はアレンに笑い掛け、よかった、と言った。
「起きたのね。苦しくない? 顔色が随分悪いわ。今ちょうど服を替えようと思ってたの。ここ身体の大きい人ばかりだから調度合うサイズがなくて、少し大きいけど構わない?」
 見るとスーツの下のシャツは血だらけのままだ。乾いてぱりぱりになっている。血の嫌いなティキ辺りが見たら大騒ぎしそうな光景だ。もっとも、彼は他人が血まみれになるのは嬉しそうな顔で見ている変態なのだが。
「……すみません、迷惑を掛けてしまった。僕はどうして……」
「廊下で倒れてるところを発見されたの。喧嘩でもしたの?」
「いえ……そういう訳ではないんですが。あ、着替えは大丈夫ですよ。一人でできますから」
 アレンは気だるい感覚の中で精一杯の微笑みを浮かべて、彼女を見つめて言った。
「貴女のような可愛い女の子に見られていたら、照れてしまいますからね」
「ふふ、なんだか思ったよりも元気そうね。良かった」
 少女はおかしそうにくすくす笑った。アレンも微笑みながら首を傾げ、胸に手を当てて、失礼ですが、と訊いた。彼女がアレンを拾ってくれたのだろう。紳士の名誉に掛けて、後で何か礼をしなければならない。
「僕はアレックス。アレンと呼んで下さい。美しいレディ、よければ貴女のお名前を教えてはいただけませんか?」
「リナリーだよ。リナリー=リー。アレンくんは礼儀正しいのね。すごく綺麗な英語を話すもの。歳はいくつ?」
「十五です」
「あ、私の方がひとつお姉さん。ねえ、アレンくんはどこの子? 科学班……じゃないよね……見たことないから。新しく入ってきたの?」
「ええ、今日……いえ、もう昨日ですね。入団したばかりです。総合管理班に配属されました」
「へえ、ジェリーのところなんだ。 ここ、私とおんなじ歳くらいの子がすごく少ないの。だから会ったらすぐ顔を覚えちゃう。アレンくんもちゃんと覚えたよ」
「光栄です、レディ・リー」
「ふふ、リナリーでいいよ。面白いねアレンくんは」
 リナリーが花のように微笑んだ。アレンは素直に、可愛いな、と思った。黒い髪の少女を見ていると、なんだか不思議と安心してしまった。姉や妹を思い出したせいかもしれない。そう考えて、アレンは苦笑いしそうになってしまった。僅か一日でもうホームシックか?
「じゃ、そろそろ行くね。またお話しましょう、アレンくん」
「喜んでリナリー。貴女に出会えたことを神に感謝します」
 ベッドの上から静かに一礼して、アレンは彼女を見送った。何にしろ、タイミングが良かった。着替えに彼女の手を煩わせないで済んで、本当に良かった。ほっとして、アレンはカーテンを閉めて、血まみれのシャツのボタンを外した。口元から腹の辺りまで、白い肌がシャツに染み込んだ血液で斑に汚れていた。肋骨と肋骨が異様に浮き出た不健康な身体だったが、胸の辺りにはうっすらと隆起があった。
(……運んだ時に……気付かなかったのかな)
 考えて、アレンは何となく気分が重くなってしまった。そりゃあ、姉さんのように大きいわけではない。でもロードだって無いじゃあないか。アレンが特別貧相な訳では――
(いやいやいや、僕は男じゃないか。何を考えてるんだ)
 ぱしっと両頬を叩いて頭を振り、我に返って、アレンはベッドサイドに置いてあるサイズの大きいシャツを羽織った。
(さっきの子、可愛かったな)
 無理矢理アレンは思考を別の方向へ持って行った。リナリーというらしい。美しい子だった。ロードが人形に欲しがりそうなくらいに造作が整っていて、何より優しかった。お礼は何が良いかな、とアレンは考えた。彼女は紅茶は好きだろうか。紳士として、女の子には特別親切に接することに決めているのだ。
 ふと窓の外を見ると、空の端が白んでいた。夜明けが来たのだ。アレンは何とはなしに窓際へ寄って、じっとそれを見ていた。柔らかい闇に包まれたノアの聖域では見られない光景だ。眩い光が生まれ、徐々に強まり、アレンの目を射す。目を眇めながら、やっぱり僕は夜の方が好きだなとアレンは考えた。





◆◇◆◇◆

 



ドアを閉めて顔を上げると珍しいものが見えた。リナリーは首を傾げて、ほんとに珍しいわね、と一人ごちた。神田だ。気だるそうに廊下の壁に背をもたせ掛けている。ついさっき、割合早く任務から戻ってきたばかりなので、まだコートを着込んだままだ。一日は掛かると踏んでいたが、夜が明けないうちに戻ってきたのだ。
「……済んだのか」
 じっと見つめていると、ぷいっと顔を背けてそんなふうに言った。声は憮然としていた。不満まみれのいつもの声だ。リナリーは首を傾げた。
「後は任せてくれて、先に寝ちゃっても良かったのに。任務帰りで疲れてるんでしょ?」
「……用事があったんだろ。済むまで待ってやってただけだ」
「それは全然明日で構わないよ。なんだか珍しいわね。神田が誰かの、それも知らない子を気に掛けるなんて」
「掛けてねェ。ムシャクシャして気分悪ィ。それにしても何だあの気色の悪い白モヤシは。恥ずかしげもなくキザな台詞並べやがって、鳥肌立っちまった。頭おかしいんじゃねえのか?」
「私はすごく綺麗で面白い子だと思ったけど。どうしたの? 彼が何かやったの?」
「……知らねェ」
 珍しく腑に落ちない様子で、神田は唇を引き結んでいる。目を眇めて、訳がわからねぇとぼやいた。わからないのはリナリーの方だ。
「知ってる子なの?」
「話は明日でいいんだな。じゃあ寝る」
「あ」
 こつこつと、靴音が遠ざかっていく。リナリーは首を傾げた。なんだか本当に良く解らなかった。一体なんだったんだろう?






「廊下にでかいゴミが転がってる」
 口を開けるなり、神田が言った。
「邪魔だ」
 執務室に顔を出すなりそれだ。彼の報告書をファイルしながら、リナリーは首を傾げた。
「今日もみんなすごく綺麗にお掃除してくれてたよ?」
「血の匂いだ。臭くてたまんねーよ。片してきてくれ」
「ちょっと神田ブー! ボクのリナリーに何それ、そのアゴで使うような態度!」
 徹夜の真っ最中で、栄養ドリンク片手にハンコを押しているコムイが叫んだ。だが神田は舌打ちするだけだ。すごく苛々している。何か会話が噛み合っていない時に見せるあの顔だ。リナリーは注意深く彼の言葉に耳を傾けた。神田はぶっきらぼうで言葉が少ないので、ちゃんと聞き出さなければ彼の本当に言いたいことが何なのか解らないのだ。
「血? 怪我したの?」
「……さあな。そうじゃねーのか」
「誰が?」
「……知らねー」
「廊下に……倒れてるの?」
「…………」
「うん、わかった。ちょっと見てくる。兄さん、すぐ戻るね。コーヒーいる?」
「いる、いります。うううリナリー、ボクの天使……! でもお肌に悪いからね、兄さん気にせずに寝ちゃってもいいんだからねホント」
「まだ眠くないの。本当よ。神田、どのあたり?」
「俺も行く」
 神田はすっと音もなく立ち上がり、リナリーの横を通り過ぎて、廊下に消えた。リナリーはわけがわからずぽかんと突っ立っていた。今のはどういう意味だろうと考えてみた。神田語で、「ついてこい」の意だろうか?
「か、神田?」
 ドアをくぐると、すたすたと歩いていく神田の後姿が見える。
(……俺『も』?)
 明らかに先導している。相変わらず神田の言うことは要領を得ない。






 ほどなく意味は取れた。壁に寄りかかるようにして廊下に倒れている人間がいるのだ。遠目に白髪の老人のようだったが、まだ歳若いらしく、皮膚は瑞々しい白だった。
 神田は無言でその人間に歩み寄り、
「…………」
 躊躇なく襟を掴み上げて、ずるずると引き摺って歩き始める。少年らしき人間と床がぶつかり、擦り減った車輪が地面を擦るような音を立てた。これにはリナリーも慌てた。
「か、神田? どうするのその子」
「捨て場所を探しに行く」
「う、うん。えっと、その、医療施設……とか……?」
「仕方ねぇな」
 ぼそぼそと呟く神田の顔は、相変わらず不機嫌だ。目も忌々しげに尖っている。
 この人は何をしたいんだろう、とリナリーは考えた。神田はたまに本当に良くわからない。






(廊下で倒れてるところを見付けて……放ったまま執務室へ、任務報告。でも後味が悪かったとか……ううん、それよりなんだかまるで)
 介抱することがすごく恥ずかしい許されないことみたいに思っている。でも本当は助けてあげたくてしょうがない。そんな感じだ。リナリーが呼び付けに応じた時に、ちょっとほっとしたような顔をしていた。
(……アレンくんと友達になりたいのかな?)
 神田は他人に関わらない。特にサポート班の人間とは関わらない。探索部隊なんて特にだ。すぐに死んでしまう人間の顔なんて覚えても仕方がないことだなんて思っているのだろうか?
(すごく面白い子だったから、気に入っちゃったのかしら)
 何にせよ珍しいことだが、まあ黙っておこうとリナリーは考えた。兄は人を玩具にして遊ぶところがあったから、神田が誰かを心配するなんてすごく珍しいことを放っておく訳がない。
(神田にエクソシスト以外の友達なんて、もしかすると初めてじゃないかしら)
 考えながら、リナリーはカップにコーヒーを注いだ。そろそろ仕事に戻らなければ。





◆◇◆◇◆





 モヤシが萎びて落ちていた。見ないふりを決め込もうと考えていたはずだが、何をやっているんだか解らない。自室に戻っても、なんだかもやもやして気持ちが悪い。
 これは何だと神田は考えた。何かおかしい。何かある。今日の昼間にあれを見た。無礼なモヤシ野郎だ。以前どこかの村で出会ったことがあった。雨の降る夜だ。あの声、白い顔、唇、黒いスーツ――傘を押し付けられたことを覚えている。確か駐在所のサインが入っていた。そんなどうでも良いことは思い出せるのに、肝心の『出会った理由』が思い出せない。
 宿で世話になったのか? 彼がサポーターだったからか? 昼間は覚えていたのだ。それがすごく胡散臭いものに思えていたのだ。だが口喧嘩をしているうちに、何のことだったかふっと忘れてしまった。
 あの白髪モヤシは何かどこかがおかしかった。普通の人間とは違うのだ。それは何だ? 一体自分は何を見たのだったか? それは確かすごく決定的なものだったのだ。
 あの男に対する不信の理由が思い出せない。何かがおかしいと思うのに、それが何か解らない。奇妙なもどかしい気分だった。神田が最も嫌うもののひとつだ。
(奴は俺を知っている口振りだった。どこで会った?)
 記憶を遡っても、まともなイメージが出て来ない。あれはいつだった? まだそんなに時間は経っていないはずだ。
 だがあの時だって、初めて会ったはずなのに、彼は嬉しそうに口元を綻ばせて名前を呼びやしなかったろうか?




――神田さん、


 今度は僕のこと、覚えておいて下さいね。





(今度は……?)
 



思えばどんな話をしたのかということも、断片的にしか思い出せない。名前も覚えていない。どうせすぐ殉職するのだから、覚えても無駄だ。あんな貧相な奴はモヤシで充分だ。
 そう呼んでやると一瞬見せたあの鼻白んだような表情は、確かもっと昔にどこかで見たことがなかったろうか?
(……記憶力にまでガタがきているのか?)
 神田は溜息を吐いた。もう考えるのは止めよう。たかがハズレ者のことだ。思考を割いてやるだけ損をする。時間の無駄だ。大体サポーターの奴らなんて、何も出来ない烏合の衆だ。アクマの一体も壊せない。それなのにあのモヤシ野郎は、神田に突っ掛かってきた。身のほど知らずにも程がある。確かこう言ったのだ。目を尖らせて、






 ぱっと目の前に白い光が散る。その少女は幼児と言っても良いくらいにあどけない。頬を膨らませて真っ赤な顔をしている。目は潤んでいる。白い髪で、顔には奇妙な刺青がある。『彼女』は神田に向かって言った。






――なんて名前じゃありません。――――てくれたちゃんとした名前なんだから、行儀の悪い呼び方は許せま――







(……いや、そうじゃない。そんなことは一言も言っていない)






――彼女は誰だ。






(ただいけすかねぇ口をきいたんだ)
 なんだったか、と神田は考えたが、襲い来る睡魔の波に絡め取られ、それ以上はとりとめのない思考しか浮かんでこなかった。
 目を閉じると、すぐに眠りが訪れた。疲れているのだ。あんないけすかないモヤシ男のことで、これ以上神田が思考を割いてやることはない。






◆◇◆◇◆







「……アレックス=E=ウォーカーへは誰も不信を抱かない」
 アレンはひとりごちた。空は血の色に染まっている。暗い目で、アレンは呪詛のように呟いた。
「彼は空気のようにそこに存在する。刹那的に認識することはある。だがすぐに忘れてしまう。疑問を抱くことはない。それはすぐに何もなかったことになるからだ」
 瞼を透けて届く赤光に酔うように、アレンは目を閉じ、静かに微笑した。
「エクソシストなんて言っても、チョロイものですね」
 それは穏やかな嘲笑だった。
 さあ、今日の公演の始まりだ。出し物を考えなければならない。








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