17:「マナの仇」




「土臭い」
 後ろでやれやれと背中を竦める気配があった。黙っていればまだ救いがあるものの、退屈そうにぼやいている。
「じめじめする。虫が多い。足が痛い。だるい。なんかお化けが出そう。何よりお腹が空きました、神田」
「うるせぇっ!」
 さすがに血管が切れそうだ。限界を迎えて振り返って怒鳴ると、薄笑いをしたモヤシと目が合った。
「やっと振り向いてくれた。貴方は怒らないと僕に声を掛けてくれませんからね」
「黙れ、お前もう帰れ。任務は俺ひとりで続行する」
 アクマの襲撃で汽車が横転し、幾人か怪我人と負傷者が出た。中には民間人も含まれている。アクマの強襲で、探索部隊自体もかなりダメージを受けている。現在サポート可能な健康状態にあるのは新人のモヤシだけだ。
「そんなことを言わないで、任務に私情は挟まないことは基本でしょう? 僕はどうやら何故か貴方に嫌われているようですが、きちんとサポートしますよ」
「文句ばっかほざいてた奴に言われたくねェ」
「エクソシスト様のお役に立てるなら、こんなことくらいで文句なんて言えませんよ」
「……ぬけぬけと」
「でも空腹は確かに。ここを抜けたら街に出るんでしたよね? 食事を取りたいな。帰りはリナリーにお土産も買いたいんです。彼女は可愛いですねー」
 モヤシは胸に手を当てて陶酔したように呟いている。気楽な奴だ。そして幸せな奴だ。彼女が選ばれたもので室長の妹だと知ったらどうするだろうか?
「……知らねえってのは幸せなことだな。少なくともお前よりは強いぜ」
「……? え? 彼女はエクソシストだったのですか」
「は、知らなかったのかよ。おめでたい奴だ」
「へえ……それは是非一度、」
 モヤシが笑いを堪えるように、手で顔を覆って俯いた。表情は見えないが、何か良からぬ妄想でもしているのだろうか。
「見てみたいものです。さぞ美しいのでしょうね」
 一瞬得体の知れないぞっとする寒さが神田を襲った。アクマが近くにいる時に感じる、あのぴりぴりした感触じゃない。もっと違うものだ。知らないものだ。それはすぐにふっと掻き消えてしまったが、神田の中に薄寒い残滓を残した。
 神田は舌打ちをした。アクマが近くにいるのか? それともイノセンスの怪異か。それとも――
(こいつか)
 モヤシはいつもの通り、眠そうに、もしくは面倒そうに眇められた目つきを森の向こうに向けていた。線路の周りは鬱蒼と茂った黒い森が広がっている。線路から外れれば、ほとんど道らしい道は無さそうだった。
「それにしてもまさか貴方とまたこんなふうに散歩することがあるなんてね。思いも寄りませんでした」
 モヤシはにこっと笑って言った。その顔に毒気は無かった。そういう笑い方をすると、少し幼い顔になった。なんだか誰かに似ていた――昔同じものをどこかで見たことがあるような気がするが、思い出せない。
「何を言ってる」
 神田は目を閉じて、そっけなく言った。モヤシ、彼は胡散臭過ぎた。仲間だとは認められない。だがアクマを壊した。彼はどっちつかずに見えた。神田の認識する敵と敵じゃないものの境界線上にいる。それはつまり、殺して良いものと良くないもののことだ。
「どうやら貴方は忘れてしまっているようですが……あの時は本当に心細かったんですよ。貴方が助けてくれた。どうせ思い出しやしないんでしょうけどね」
「……お前がなんかやってんじゃねぇのかよ」
「失礼ですね。僕にそんな力がある訳ないでしょう? 僕はエクソシストでもアクマでもない。人間ですよ」
「アクマを殺せる人間なんて存在しねぇ」
「じゃ、帰ったらエクソシストの適性テストでも受けてみましょうか。鼻で笑われるのがオチだと思いますけどね」
 モヤシはニコニコ笑っている。教団で顔を合わせてからここ最近までで、見せたことがない表情だ。何故か解らないが、なんだか楽しそうな様子だった。何が楽しいのかは知らない。モヤシの思考回路ってものは、どうやら神田には理解出来ないかたちで組まれているらしいのだ。
「神田さん、この世界で神が特別に創ったものは、なにもエクソシストとアクマだけじゃあないんですよ」
「……アクマは千年伯爵の悪趣味な創造物だ。神が創ったものじゃない」
「では千年伯爵は誰が創ったのですか?」
「……知らん」
「ともかく僕は少し他の人たちと変わったところがあるかもしれないけど、それでもただの人間です。貴方がたのようにイノセンスが使える訳ではないし、アクマのように金属が皮を被っているわけじゃない」
「信じられない」
「そうですか? じゃあしょうがないですね」
 モヤシは気安く肩を竦め、神田の左手を握った。手を繋いでふらふらと揺らしている。
「ほら、あったかいでしょ? ……あ、貴方も体温が低いですね。僕と良い勝負だ」
「な……」
 硬直していた神田は、しばらく経ってはっと我に返った。勢い良く手を振り払うと、モヤシは面白くなさそうな顔をして文句を言ってきた。
「なんですか、いいじゃないですかこの位」
「なんで気持ちの悪い白髪野郎と手なんか繋がなきゃなんねーんだよ! うぜぇ!」
「ほんと、まったく……なんでこんな人が……」
 モヤシが聞こえよがしに溜息を吐いた。何かぼやいていたようだが聞き取れなかった。
「なんだ。言いたいことがあるならはっきり言いやがれ」
「ああ、大したことじゃないんですよ。貴方と二人っきりのデートなんてすごく素敵だなあって、そう言ったんです」
「デ……またテメエ気色悪い冗談ほざきやがって! 本気で妙な趣味があるんじゃねえだろうな?!」
「僕は叶うなら世界から総人口の半分、それも特定の性別の人間が消えてしまえば良いのにと考えます。頭の弱そうな貴方の為に言い換えてあげると、男はみんな死ねということなんですが」
「……テメエは……ああ、もういい。チッ、付き合ってやった俺が馬鹿だ。お前とは金輪際口を聞かねえ」
「人を男色扱いした貴方が悪いんですよ。僕の好みはリナリーのような、美しい黒髪の優しい女性です」
「……お前、死ぬぞ」
「何なんですか、さっきから突っ掛かってきますね」
「うるせえ」
 ぴりぴりした会話を続けながら歩いていると、やがて鉄橋に差し掛かった。もう日は落ちていて、空の随分高いところに月が掛かっている。大気は冷たく澄んでいる。星が無数に掛かっている。モヤシは感心したように目を閉じて、美しいですね、と言った。
「世界がこんなふうに、綺麗なものばかりでできていれば良いのにね」
「寒いこと言ってんじゃねえ。急ぐぞ。夜明け前に街に着きたいんならな」
「ああ、急ぎますよ。朝食を食いっぱぐれたら、空腹で動けなくなってしまう」
 食事が絡むと彼は途端に素直になるようだった。大股で歩く神田の後ろを早足でついてくる。
 足の速度を緩めずに神田は訊いた。
――で? お前は戦力に数えても良いのか」
「ふうん、僕を信用してくれるのですか」
「冗談じゃねえ。お仲間かもしれねぇアクマを壊す仕事を振ってやっても良いのかってことだ。使えるものは何でも使いたい。テメーみてーな怪しい奴でもな」
「ええ、構いませんよ。エクソシスト様のお望みとあらば。それで貴方が僕を少しでも信用して下されば良いのですが」
 モヤシが涼しい顔で言った。





◆◇◆◇◆





 街へは着いたものの、件の修道院跡まではまだ大分あった。徒歩では辛い。また汽車で近くまで行っても良いが、昨夜の事故の復旧で今朝は運行が止まっているのだという。急ぎなら馬車だろう。
「ここから半日程度の距離だということですよ。最近では廃墟へ向かう人間もいないそうです」
「ふん」
 モヤシはまた膨大な量の料理をテーブルに並べてぱくついている。品の良さそうな顔をしているくせに、ものすごく行儀が悪い。リナリーの前では洗練されたテーブルマナーを守っていたが、今は見る影もない。余程腹が減っていたのか、それとも神田の前ではたしなみなど必要ないと判断したのか、おそらくそのどちらもだろうが、餓死し掛けた野良犬のようにがっついている。
「おい、俺は本部に連絡を入れる。お前はここにいろ」
「ひゃふ? ほふははりあうお」
「……飲み込んでから喋れ」
「……ふう。定時報告なら僕がやりますよ。他の用事があるなら知りませんが」
「信用できない」
「そうですか。じゃあお言葉に甘えて、食事を続けさせていただきます」
 顔も上げずにモヤシはパスタ用の鍋にいっぱいのクリームスープを飲み干している。あまり見ていて気持ちの良い光景じゃない。それよりさっさと本部に連絡を入れないと。






――以上が状況報告だ。このまま目的地へ向かう」
 電話を借りて報告を済ませてから、少し声を顰める。ここからは例の胡散臭い男に関してだ。
「それから知りたいことがある。探索部隊の白いモヤシ男について、聞かせてくれ」
『アレンくんだよ神田。ちゃんと名前覚えてあげなさいよ』
 通信機越しにも、リナリーの呆れた気配が伝わってきた。神田は黙ったまま、彼女を待った。いつものことだと諦めたのか、彼女は溜息を吐いてから書類を読み上げてくれた。
『本人に聞けば良いのに……アレックス=E=ウォーカー、十五歳。成績優秀で名門校を卒業後、黒の教団に入団。各国語を嗜む。学内では目立たない静かな生徒で、愛称は「アレン」。両親共に既に亡くなっているわ。生まれも育ちもイギリスで、育ての親の叔父は爵位を持っている。生活に苦労はしていない。昔は特に熱心なカトリック信者というわけでもなかったけれど、ここ数ヶ月で急に敬虔な信者に――母親が亡くなったあたりからね。毎週通っていた教会の神父から勧められて教団に入団。こんなところかしら。もっと何か知りたい?』
「いや……それでいい」
『急にどうしたの? そこまでアレンくんと友達になりたかったの? それなら神田、まず顔を合わせる度に睨むのを止しなさい』
「冗談じゃねえよ。リナリー、あのモヤシ野郎の部屋を調べろ。あとは教会の神父とやらにも話を聞け」
『え?』
「今回の任務で俺がくたばるようなことがあれば、あのモヤシがアクマの手先だってことだ。注意しろ」
『えっ? ちょっと、何言ってるの神田――
 リナリーまだ何か言っていたが、構わず回線を切断してその場を離れた。任務が待っている。





◆◇◆◇◆





「うわあああ……!」
 モヤシが飯を食っていた店の前に着いた辺りで、中から悲鳴が聞こえてきた。咄嗟に六幻に手を掛けた。あの馬鹿モヤシ、また何かやらかしたのだろうか……?!
「おいモヤシッ!」
 怒鳴りながら扉を開けた神田の目の前にあったものは、予想していなかった光景だった。
 まずテーブルと椅子がひどい有様だ。あちこちばらばらになり、いたるところが欠けている。その残骸がだらしなく転がっていた。
 客はほとんどいなかった。そう言えば、先ほど店に入ってくる時も幾人かとすれ違った。逃げ出したのだろう。正しい判断だ。
 モヤシはやはりいた。
 いたが、あまりにも意外な風体だった。
 だらんとなって、荒縄で足首を括られて、天井の梁から逆さまに吊るされている。どうやら失神しているようだった。
「……あ?」
 さすがに神田も目を丸くして、ぽかんと口を開けて棒立ちになった。
 どうやら店の奥にもう一人誰かいる。店主ではないようだ。客席に座って優雅に酒を呑んでいる。
 嫌なことに、神田はその男を知っていた。ひどい噂をいくつも聞いていた。だが彼はもう死んだんじゃなかったか? 確か行方不明者リストに載っていたはずだ。何年間もまるで音沙汰がなく――
「何だ貴様は」
 神田はびくっと震えて、一歩後ろに下がった。このまま店を出て、さっさと任務に行きたい。関わり合いになりたくない。だが男らしく腹を決めて、神田は踏み止まった。
「……何故ここに、クロス=マリアン元帥……」
「いちゃあ悪いか」
「あまり聞きたくはないですが、そこの逆さ吊りは一体」
「ん? 俺の顔を見るなり半泣きで殴り掛かってきた知り合いだ。気にするな」
 気にするなと言われても気になる。だが、ひとつ意外なことを聞いた。
「知り合い……? このモヤシ……いや、彼を知っているんですか」
 驚いてモヤシに目をやったところで、彼がぴくっと震えて目を開いた。
「……あっ?」
 そして逆さの視界と、宙吊りの身体と、目の前にいる男を認識して、我に返ったようだった。
「くっ、クロス=マリアン……! 見付けた! 殺してやる……!」
「やってみろ、赤毛のボウズ。どうした、逆さに吊られて。そういうプレイが好きなのか」
「良くもぬけぬけと……! お前のせいでマナはっ、マナはぁあああ……!」
 モヤシは自由な両手を振り回してじたばた暴れている。ちょっと間抜けな姿だ。
 クロスはモヤシなど全く眼中にない顔をして、ボトルを空にすると立ち上がり、
「ツケだ」
 誰もいないカウンターに律儀に言い置いてから店を出ようとした。
「にっ、逃がすもんか……っ!」
 吊られたモヤシが血相を変えて、大した頑張りでクロスのコートの裾を掴んだ。だがさすがに元帥ともなると、その程度のことでは動じない。
「邪魔だ」
 ごっ、とモヤシの頭蓋が陥没しそうな音を立てた。硬いブーツ底で踵落としだ。これは痛いだろう。
 だがモヤシはまだ手を離さない。その執念は大したものだった。
 クロスは感心したようにモヤシのそばにしゃがみこんで、顎をしゃくって見せた。
「ん? 相変わらず甘えん坊だな。いつもの「おじちゃーんいかないでぇ〜」か? チャラチャラした頭になっちまいやがって」
「ふざけんな! 全部! 全部全部ぜーんぶお前のせいです! この人殺し! 詐欺師! 悪魔! マナを……マナを返せええええ……!!」
「ふむ」
 クロスは何事か思案するように顎に手を当てて、涙ぐみながら喚いているモヤシ(とても珍しいものを見た気がする)の足を拘束している縄を指して、ここで初めて神田を見て命じた。
「おい、突っ立ってないでこいつの縄を切ってやれ。可哀想だろう」
「……了解」
「お前がやったんだろうが――!! 何このマニアックな縛り方?!」
「あまりうるさいと助けてやらんぞ」
 逆らっても無駄なことは重々承知しているので、神田はおとなしく、ぎゃんぎゃん口汚く喚いているモヤシの縄を切ってやった。








「どうも誤解があるようだ」
 クロスが言った。また新しい酒瓶を傾けている。荒れた店内はそのままだ。モヤシは足首が痛そうに顔を顰めていたが、口を尖らせて、何が誤解ですかー、と言った。
「マナの仇は絶対に取ってやりますよ。きっといつかもっともっと強くなって……い、今は違うけど!」
 最後にものすごいへたれた台詞を吐いた。察する所、相手にならなかったのだろう。目に見えるようだ。瞬殺だ。
「俺は友人を殺すような真似はしない。友情に厚い男だからな」
「お前のせいです……お前のせいで毎日人相の悪い人たちに追われ、人買いに売られ掛けたことも数え切れず、毎日のパンもろくにない。マナが心労で倒れて、そのままどんどん病状が悪化していくのにお金がないから医者にも見てもらえずに死んでしまって……サーカスはばらばらになり、あまりのストレスでこんな白髪に! おかげで気持ち悪がられて子供の頃からクラスの苛められっ子で毎日校舎の裏に呼び出されるし、兄さんは僕のパンツを盗むし、もうひとりの兄さんの顔は怖いし、神田はむかつくし」
「おい」
 神田はさすがに半眼で窘めた。なんでそこで神田の名前が出て来るのだ。
 クロスは肩を竦め、はん、と馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「それで何故俺がマナを殺したことになるんだ?」
「お前がとんでもない額の借金こさえてトンズラしたからだろーが! おかげで保証人のマナは無一文どころじゃない! 国が傾きそうなくらいのマイナス財産を背負わされたんだぞ! 薬も買えなかった! それが友達のすることか?!」
 クロスは目を閉じ、ふっと微笑して、噛みつきそうな顔をしているアレンの頭に手を置いた。
「……お前の親父が、一言でも俺に恨み言を言ったか」
「格好良く言ってみたって騙されるか! ともかくお前は殺します。一回死んで天国のマナに詫びてから地獄に落ちろ。……って、え?」
 穏やかな顔のまま、クロスはどこからか出した荒縄で再度モヤシを縛り上げた。あまりにも早い。神田にすら見えなかった。そして猿轡を噛ませ、モヤシを黙らせた。まあ妥当な手段だ。そうでもしなければ黙らなかったろう。
「む、むうう……!」
「お前の言い分は聞いた。今度はこちらの話を聞け。アレンよ、俺はお前を探していたんだ。ここ五年ほどな。あいつの言づてがあった。遺言になっちまったが、「もう長くない。あれを頼む。あの子が一人で生きることができるようになるまで生きられないことが唯一の心残りだ」――マナは死の病に侵されていたんだ。どのみち長くなかった」
「……ううう!」
「怒るな、本当のことだ。そんな訳で、俺はお前を任された。本当に随分探した。手間掛けさせやがって、会ったらまずぶん殴ってやろうと思っていたが、まあ逆さ吊りにして気が晴れたから勘弁してやる。どこの金持ちに拾われたかは知らんが――そいつらとも今日でお別れだ。俺がお前の保護者だ。決定事項だ。逆らうことは許さん」
「ううううう!」
 なんだかすごく込み入った話が続いている。神田は飛び火が来ないことを切実に祈りながら、正座で待機していた。モヤシがまた殴られている。
「父さんと呼べ」
「うううーっ!」
 また殴られた。金槌でだ。いけすかないモヤシだが、さすがに不憫になってきた。神田が誰かを憐れむなんて、滅多にないことだ。モヤシが可哀想だ。後で美味いものでも食わせてやろう。
「ところで、おい」
「……はい」
 話を振られた。モヤシは既に昏倒している。背中にじっとりと嫌な汗が浮かんでいたが、できる限り表面には出さずに、神田は涼しい顔で返事をした。恐れは更なる恐怖を呼ぶだろう。
「見てたから解ったと思うが……こいつは今日から俺のファミリーということになる。もしや、余計な詮索を入れなかったろうな?」
「……意味が解りません」
「部屋に捜索隊を入れたり、本部にいらない進言をしてはいないかということだ。もしそんなつまらない真似を仕出かしていたら――
 クロスが笑った。
 神田はぞっとして、顔色を白くした。手がかたかたと震えるのを、ぎゅっと握り締めて堪える。というか、怖い。
「死んだ方が救いだったと思うことがあるかもしれない」
 さっき「いらないこと」を報告してきたばかりだ。だが言える訳もなく、神田は呆けた顔のまま何度も頷いた。怖かった。これならいけすかない師の方が随分ましだ。ああ、だがモヤシはこの魔王の養子ということになったんだったか。あんまりだ。不憫だ。可哀想だ。後で甘いものでも買ってやろう。
「……クロス元帥。我々は現在任務中です。そろそろ目的地へ向かおうと考えているのですが」
「お前一人で行け。俺はこの赤毛に用がある」
「ひっ……マナ……マナァ……」
 怯えきった悲鳴のような囁きが聞こえる。モヤシが目を覚ましたようだ。彼は顔を灰色にして、かたかた震えながら、神田に向かって救いを求めるように手を伸ばしていた。
「ぼっ、ぼぼっ、僕も行きます。神田……いや神田殿をサポートするのが探索部隊としての誇りと勤めです。中途半端にはしたくない……」
「…………」
 すっとクロスが手を伸ばした。神田とモヤシはびくっと震えて、硬直した。
 何か良からぬ動きでもするのかと思ったが、それはモヤシの頭を撫でただけだった。
「……感心だ。さすがはマナの子だな」
「は、はい……お褒めに預かり、光栄でゴザイマス、マリアンおじさま」
 壊れ掛けのロボットのような動きで、モヤシが何度も頷いた。
 クロスは満足したように唇の端を上げ、
「一日だ」
「は?」
「今日一日で済ませろ。宿で待っている。遅れたり逃げたりしたら――
 クロスはすごく当たり前のことを話題にするように、言った。
「お仕置きだ」
 何度も頷くしかない。神田もモヤシもそうだった。








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