19:「金槌と血祭り」 |
「何だそれ」 神田は眉を顰めて「そいつ」を示した。モヤシの頭の上に今朝から乗っかっている、見慣れたフォルムの球体のことだ。汎用ゴーレムである神田のものとは違い、金色に輝いている。知らない訳ではない。クロス元帥のゴーレムだ。 モヤシは鬱々とした表情で、馬車の荷台で膝に顔を埋めて蹲っている。応答は無かった。かなり焦燥しているようで、目の下には隈があった。 モヤシの隣にはクロスがどっかりと座り、何かの書物を読みふけっている。任務に関係するものかと思ったが、一見したところ女物のドレスのカタログのようだった。それもかなり質の良いものばかりのようだ。やっぱりこの人は仕事なんかしてねえと思ったが、さすがに口には出さないでおいた。 「――元帥、一度ご帰還を。本部では貴方が死んだという噂すら流れています。駅に着けば電話で連絡も取れます。せめて遂行中の任務報告だけでもして下さい」 言外にどうせ報告できるような仕事もしてねェんだろ、と含ませながら言ってやっても、クロスは反応する気配すら見せない。聞いているかどうかも怪しいものだ。彼はカタログ中の白いドレスを指差して、気だるそうにモヤシを呼んだ。 「アレンよ、こいつなんかはどうだ。きっと良く似合うだろう」 「……そうですね。可愛いリナリーが着たら、きっと似合いますね。天使のように美しいでしょう。見てみたいな」 「コムイの妹か。お前まさかあれに惚れているのか? お前の趣味をどうこう言うつもりもないが、父親としてそればかりは許せんな」 「だから僕の父はもう間に合っています。おかしなことを言い出さないでいただきたい」 ――やはり全く聞いていないようだった。神田はこっそり溜息を吐いた。モヤシとリナリー、完全にモヤシの一方通行と言ったところだろうが、ことが露見した後のことが非常に恐ろしい。リナリーの兄コムイは異常なほどのシスコンだし、妹を他の男の手になど渡す気はないだろう。だが相手も相手だ。本人達をよそに大きな騒動が起こるのは目に見えている。そういうことに全く興味がない神田でも解るのだ。間違いないだろう。 「もう僕のことはほっといてください。あとこの丸い奴も――」 嫌そうな顔をして、モヤシは頭に乗ったゴーレムを払い除けようとして、 「……いや、何でもありません」 歯を剥き出しにしたゴーレムに威嚇されて、おとなしく黙り込んだ。 「俺は用事があるが、本部ではいい子にしているんだぞ、アレン。お前はマナに似て穏やかな性質をしているから、万に一つもエクソシストどもに迷惑を掛けたりはせんだろうが」 「……そうですね。そうありたいものですね。ゴーレムもいますしね」 モヤシの言動の端々に、投げやりな感触が含まれているのは気のせいだろうか。昨夜一体何があったのか、随分とおとなしくなってしまったものだ。脳味噌を改造でもされたのか。考えないようにしよう、と神田は決めた。泥沼に嵌まる気がする。 「困ったことがあれば、すぐにティムに言え。いつでも迎えに行ってやる」 「余計なお世話です。自分のことは自分でできます」 もうじき駅に着く、と御者が言った。後は汽車に乗って、アクマの襲撃さえ無ければ無事に本部に帰れる。イノセンスは手に入れた。早く届けなければ。 「お前は昔からそそっかしいところがあるが、道中『事故で』イノセンスを壊すような真似をすることがあったら、貴様をぶち壊すからな」 「……しませんよ、そんなこと。僕はしがない使い捨ての探索部隊です。イノセンスには触れません。エクソシストの神田……殿? 様? 閣下? まあなんでもいいんですが、彼が管理してくださるでしょう」 「……お前、なんか投げやりな上に卑屈だぞ」 突っ込んでやったが、モヤシは聞こえないふりを続けている。それとも情報を処理する能力が低下しているのかもしれない。何のせいかは言わないが。 「さて、そろそろか。おいお前、ポニーテール」 「……手加減しておいて下さいね。僕のせいにされても面白く無い」 クロスがここでやっと神田に水を向けた。何故か手には金槌が握られている。 モヤシは虚ろな眼差しを窓の外に向けていた。まるで今から始まる光景をかなう限り目にしたくない、という風体だった。 「俺の子の面倒を見てやれ。可愛い奴だ。傷物にしたら消すぞ。ガキ共よ、お前らだけで戻れるだろう? 俺あそこ嫌いなんだよ」 「……は? 一体何の」 困惑しながら口を開けたところで、頭部に強い衝撃があった。神田は成す術なく昏倒した。金槌でぶん殴られたのだ。薄れゆく視界の中に、十字を切るモヤシの姿が見えたような気がした。 ◇◆◇◆◇ 「アレンよ、手を見せてみろ」 「は?」 アレンが昏倒させられた神田を抱えて馬車を降りたところで、クロスがそんなことを言った。 アレンは眉を顰めた。握手でも求めているのだろうか。 「構いませんが、何か」 「右じゃない。左だ」 クロスは目を眇めて、しばらくアレンの左手を観察した後、すぐにどうでも良さそうに解放した。 「……何だと言うんです」 「何でもない。手相を見てやっただけだ」 「それでどうだったんです」 「俺にそんなものが解ると思うか、阿呆」 「…………」 訳が解らないが、なんだか腹が立つ。 ◇◆◇◆◇ 神田から帰還報告があった。今回も無事みたいだ。予想外に早かったが、イノセンスは回収されたそうだ。詳しい話は彼が帰って来た時に聞けるだろう。 リナリーは憂鬱にブーツのつま先で床を蹴っていた。神田に投げられた仕事のことが気掛かりだった。やっぱりいつまで経っても慣れないことがある。アクマと戦うことにはもう慣れた。相手がどんなに恐ろしい様相をしていても、兄の重荷と辛さを思えば何でもなかった。 そう、恐ろしい相手なら全然良かった。困るのは、正反対のものに対することだった。人間だ。民間人、それも非戦闘員を疑って掛からなければならないことだ。 黒の教団はリナリーのホームだった。仲間たちはみんな家族だった。彼らを疑うことほど気の滅入る仕事はない。裏切りが本当のことならリナリーは誰に対しても容赦することはなかったが――兄の邪魔になるものは、それこそリナリーにとってはアクマと同じだった――慣れない。きっとこれから先もずっとだろう。 同室だった少年たちの証言。 アレックス=E=ウォーカーと同じく、総合管理班に勤務するアントン=チャールトンはこう言う。 「夜中にすごくうなされて――あれはホントに普通じゃなかったと思う――それからなんだか、俺らに気を遣ってるみたいで、初日だけですよ部屋で寝たの。夜になるとふらっと出てっちまうんです。心配で探しても見つからないし、朝になるとけろっとした顔でいるから、ああ大丈夫なのかって慣れちゃったけど……あいつちゃんと寝てるのかな」 話によるとウォーカー少年は夜中にひどいうなされ方をして、飛び起きた後もしばらく恐慌状態にあったという。彼はうわごとで何度も「父さんが殺しに来る」と言い、非常に怯えながら兄に助けを求めていたと言う。 アレックス=E=ウォーカーの父は既に死亡しており、兄はいるにはいるが、彼がスクールに上がった頃あたりから疎遠になっているらしい。幼少期のトラウマなのだろうか? 科学班のチャック=サリンジャーはこう言う。 「あの薬はやばいですよって、アレンさん聞いてくれたのかな……。いえね、きつい劇薬ばっかり持ち歩いてるんスよ。「アレ」がなくなりそうだからって、医務室から勝手にかっぱらって――あ、いや、なんでもねッス。し、仕事仕事! ……オレが言ったっての絶対内緒にして下さいッスよ! アレンさん怒ると怖いんだから」 重度の薬物中毒者であったらしい。これにはリナリーも驚いた。あんなに綺麗で面白い少年がだ。薬品の名前を聞き出してみると、それらはひどい劇薬ばかりだった。本当に服用して生きていられる人間がいるのだろうか? 主に精神安定剤だった。それから痛み止め。こんなものが必要になる不安や痛みって言うのは、一体どんなものなんだろう? アレックス=E=ウォーカーを推薦した神父の話。 「非常に信心深く、心優しい少年でしたよ。彼の両親も素晴らしい方々でした。父親の虐待? いえ、無かったと信じます。彼の父も敬虔なキリスト教徒でした。アレンも心から父を愛し、休日には二人で良く森へ出掛けていたものです。二人共鳥が好きでね。……兄? いえ、彼の口からは……知りませんね、そうか、兄さんがいたのですか。ところで、彼は良くやっていますか? 気の付く子で、細々した作業には向いているでしょう。私が保証しますよ」 念の為にいくつかの検査を行ったが、神父はあくまで神父で、疑うところは見付けられなかった。ただアレックス=E=ウォーカーの部屋はひどく閑散としていて、アルバムや家族の思い出と言った品を見付けることはできなかった。育て親の叔父の屋敷にも見当たらなかった。ウォーカー少年は写真を撮られることを嫌っていたというのだ。 特に奇異な点もなく、変わったところと言えば、彼が最近スクールに意中の相手がいること、その少女の名前は解らないが敬虔なキリスト教徒であることくらいだった。どこにでもある情報だった。 ウォーカー少年を疑う気分にはなれなかった。材料が少な過ぎる。彼は礼儀正しく、親切だった。神田とは少し仲が悪かったが、あの神田はただ人との接し方を知らないだけだ。そのうち時間が経てば打ち解けられるだろう。二人がそれまで生き残ることができれば。 物思いにふけっていると、電話が鳴った。外の端末からだ。 「……はい。どうしたの?」 『もしもし……ああ、その声はリナリー? 嬉しいな、戻ってまず貴女の声が聞けるなんて。アレン――アレックス=E=ウォーカーです』 偶然にも、相手はアレンだった。リナリーは微笑みながら、おかえりと言った。ホームへ帰還できる探索部隊は少ない。彼には幸運が味方をしたようだ。 『用件なのですが、医療班の方を寄越していただけないでしょうか? 今本部のすぐ表にいるんですが、神田が――その』 ここで、アレンの声は急に沈痛さを帯びた。リナリーはびくっと震えた。彼を疑ってなどいないはずなのに、神田の声が蘇える。 『今回の任務で俺がくたばるようなことがあれば、あのモヤシがアクマの手先だってことだ。注意しろ』 まさか彼が、アレンが。また家族を疑わなければならないのか。神田はどうしたのだろう。無事だろうか。生きているのだろうか? 『戦闘不能の状態です。……いや、ある意味死んでるかも……』 「か、神田! どうしたの? 今どこにいるの? 詳しく話して!」 リナリーは青ざめながらせっついた。まさか彼が、アレンがやったのだろうか。まさかアクマの―― 気分が乗らない様子で応えたアレンの言葉は、リナリーの予想を裏切っていた。 『その……今回の任務先でクロス=マリアン元帥と遭遇してしまい、神田が意味もなく昏倒させられました』 「…………は?」 『……神田、まだ起きません……血がすごいんですが……あと僕も何故か縛り上げられて街灯から逆さ吊りにされているんですが、もし良ければ助けて下さると嬉しい』 「クロス元帥?! 今そこにいるの? 生きてたの、あの人?!」 すぐに行くからと言い置いて、リナリーは受話器を置いて駆け出した。 ◇◆◇◆◇ どうやら話は本当らしい。クロス元帥の金色のゴーレムが、アレンの頭の上にどかっと乗っかっていた。加えて書き置きがある。筆跡は間違いなくクロス神父のものだった。 「読んだ? アレンくん」 「まさか。読んではいけないときつく釘を刺されました。元帥閣下直々のご命令とあれば、末端の、エクソシストの盾にすらならない僕なんかが従わない訳にはまいりません」 しばらく見ないうちに、アレンは妙に卑屈になってしまっていた。元帥に苛められたのだろうか? 首を傾げていると、クロスの話題に騒然となっている執務室に神田がやってきた。 「イノセンスを届けてきた」 「あ、神田。おかえり、クロス元帥に会ったってホント? グーで一撃死だったって」 「……正確には金槌で不意打ちだ。俺でなければ死んでる」 「神田たまは意地っ張りだからねえー。そうかー、あの人生きてたんだあ」 妙に感心したふうに、兄が頷いている。みんなもおんなじことを考えているだろう顔つきだ。 「それより、おいモヤシ。元帥はどこ行ったんだ」 「遠いところですよ。遠い遠いところ。もう二度と会えない世界に旅立ってくれれば良いですね」 「ですねってそりゃお前の希望だろうが。確かに二度と顔も見たくねェってのには同意するが」 「ですよねえ」 ふー、とアレンが疲れたふうに気だるい溜息を吐いた。妙に色気のある仕草だった。彼は男だが。それにしても随分と二人共仲良くなったものだ。 「神田、アレンくんと少しは仲良しになれたみたいね。よかったわね、お友達になりたかったんでしょ?」 「なっ……」 「ああ、そうなんですか。そうなら言ってくれれば良かったのに。貴方ひどいことばかり言うから、てっきり僕のこと嫌いなのかと思ってしまったではないですか」 「はっ?!」 「そんなことないよ! 神田はね、アレンくんのことが心配で気になって、つい乱暴になっちゃってるだけよ」 「ちょ……おい……」 「ええリナリー、彼は本当は良い人なんですよ。実は今回の任務が済んだ後に、お菓子を買ってくれるって約束をしてくれたんです」 「え、神田が?」 「お前ら! 好き勝手に何を言ってるんだ! 特にモヤシ! お前解ってて遊んでやがるな?!」 「ええ、わかってますよ。貴方がすごく優しい人だってことくらい」 「……もういい……。チッ、それよりおいコムイ! このモヤシ野郎おかしいぞ! 人間じゃな――」 「……ええと、『ガキども、命が惜しければ余計なことは喋るな』。すごい出だしの手紙ね、これ」 神田が急にびしっと硬直した。彼は何か言おうと口を開いたところだったが、途端に口篭もって目を宙に泳がせている。神田にはあまり似合わない仕草だった。顔は青ざめ、額に脂汗が浮いている。 「兄さん、続き読む?」 「頼むよリナリ―」 「うん。『近々野暮用で戻る。面白い検体が手に入った。ラボに以下の機材を用意しておけ。……』 これってなに? 兄さん」 「良く結界とかゴーレム作成に使われてる奴かなあ。あとはほら、上のが新型ドリルで、順々に拘束具に拷問用具、自白剤……何に使うのかはボクにはわかんないけどねー」 「ふうん。続きね、『検体は先にそちらに送った。後々俺の身の周りの世話もそれにさせる。利用価値は大いにあるが、俺のものには勝手に手を付けるな』……何のことかな? ティムみたいな使い魔かしら。あれ、アレンくん、顔色が悪いよ。震えてるの? どうしたの?」 「い、いえ……」 アレンは顔を真っ青にしてかたかた震えている。リナリーは首を傾げ、最後にクロスの署名と、付け加えてある一文を読み上げた。 「『バイクロス。追伸、子供ができた。可愛い奴だ』――……え?」 『ええええええ?!』 さすがにリナリーは目を丸くしてしまった。室内に驚愕の合唱が響き渡った。たまに連絡を寄越したと思えば、とんでもない爆弾を落としてくれる男だ。 「嘘だろ?! あの人がそんなヘマやらかすはずがない!」 「やっと落ち付く気になったのかな……千人切りを目指してるって噂を聞いたけど」 「子供ってどんなだよ。まさか、クロス元帥そっくりの……とか……」 「…………」 騒ぎは一転、恐ろしい沈黙に変わった。無理もない。あのクロスの子供なんて、ろくでもない理不尽な子供に違いない。 「ま、ともかくあの人生きてるってことでしょ。じきに顔も出すらしいから、みんな夜中に一人歩きしないようにね。なるべく個人行動も謹んで、どこかへ出掛ける時は誰かと一緒に行動すること。いいね。そういう訳だからリーバーくん、夜中にボクがトイレに行く時はついてくるように」 「……それはいいんですけど、室長、こんな話してていいんスか?」 「ん?」 「ティム・キャンピーが今ここにいる全員の発言と顔、映像で記録してんスけど」 「…………」 「…………」 「ティム! ティムくん! ティム・キャンピー! ちょっと記録見せて! 消させて! あの人に見せちゃ駄目ー!!」 兄が泣きながらティムをばたばたと追い回している。マズい発言を削除するつもりなのだろうが、どのみちあの金のゴーレムを弄れるのはクロス元帥だけなのだ。後で大変な目に遭うかもしれない。 「……映像記録?」 涼しい声が聞こえて、リナリーはふと振り返った。アレンだ。彼は首を傾げている。無理もない、彼は教団に入ってから日が浅いのだ。 「そう言えば、あれらは撮った映像をどうやって確認するんです?」 「頼めば見せてくれるよ。あの子は特別だから、臍を曲げてるうちは元帥以外の人の言うことは聞いてくれないんだけど」 「へえ、そうなんですか」 アレンは頷き、解りました、と言った。 それから優雅に手を伸ばして、飼い慣らした小鳥でも呼ぶように言った。 「ティム・キャンピー、おいで」 大きな口で兄の頭に噛みついていたティム・キャンピーが、驚いたことにアレンの呼び声に応えるようにぴたっと動きを止めて、ふよふよと近寄って行った。そして当たり前のようにアレンの頭の上に止まって、くつろいだように短い手足を投げ出した。 「……僕はこれで失礼します」 目を閉じて軽く一礼し、アレンは静かに部屋を出て行った。 一瞬室内がしんと静まり返り、やがて誰かがおずおずと言った。 「……いいの? あの男の子、ティム・キャンピー連れてっちゃったけど」 「ていうか誰? あの不思議ちゃん。どこの班の子? なんか普通にいたけど」 兄がティムに割られた眼鏡を掛け直しながら、腕を組んでわけがわからなさそうにしている。 「アレンくんよ、兄さん。私の友達。あと、神田の数少ない友達のひとり」 「あんな奴友達じゃねぇつってんだろうが!」 神田が怒鳴ったが、どうせ照れているのだろう。いつものことだ。 「へぇ、神田くんのねー。ありえない。いつ入ったの? 誰か他に知ってる人いる?」 「総合管理班の白髪のウォーカーっす、室長。入団初日にエクソシストと大喧嘩やらかしたサポーターって有名ですよ」 「そのエクソシストって誰? 新人イビリは良くないなー」 「神田ッスよ」 「ああなるほど」 納得がいったように、兄がぽんと手を打った。あの大人しいアレンが神田と喧嘩なんてしている様が思い浮かばなかったが、どうりで神田に目を付けられているはずだ、とリナリ―は納得した。神田は特に、媚びられたり追従されることが大嫌いなのだ。 「あと気持ち悪くなるくらい飯食うんだよな。あの細っこいののどこにあれだけ消えてくんだか」 「なんで総合管理班の奴が、探索部隊にくっついてってるんだ?」 「なんでも異動らしいぞ。体力無さそうなのに大丈夫なのかな……」 「男? 女の子じゃなかったのかよ。ちょっとかわいいじゃん、とか思ったのに……」 みんなざわざわと噂している。リナリーはふと思い出して、神田に聞いてみた。 「そう言えば神田、この間の報告のことは、その……大丈夫だったの?」 神田はアレンがアクマではないかと疑っていたのだ。こうして二人で帰ってきたところを見ると、疑惑は晴れているようだが、どうしたと言うのだろう? 「……ああ。気に食わねえが、身元保証人が現れた。あいつが人間でもアクマでも、どっちにしたってどうしようもねえよ」 「誰? そんなに信用できる人なの?」 「信用はできねえが、とやかく口出しもできねぇ。あの人のことだから、何か考えるところでもあるんだろ。そうでも思わないとやってられるか」 神田は苦虫を噛み潰したような顔になって、言った。 「あいつ、クロス元帥の息子だそうだ」 『…………』 室内は再び沈黙に包まれ、 『ええええええええええ?!』 また驚愕の声の合唱が沸き起こった。 ◇◆◇◆◇ 「やってくれますね、クロス=マリアン……」 アレンは抑えた声音で呟き、頭の上に乗っかっているゴーレムを腕に抱え直して口元を歪めた。 「僕がおとなしくしていれば良し、ことを起こせばお前が噛み付いてくるんだと考えていましたが、甘かったようだ。なるほどお目付け役、君は奴らに僕とクロスの会話を映して見せることができる」 アレンはこのゴーレムの目の前で名乗っている。僕はノアのアレン=ウォーカー。エクソシストの敵。正体は容易に知れる。まだ彼らがノアの存在に感付いてすらいなくても、じきに知れるだろう。そのための『始動の合図』だ。宣戦布告は既に済んでいる。 「そしておとなしく待っていれば、君の主人が戻ってくる。全ての準備を済ませて、僕を洗脳でもしますか? まったく本当に人間なのがもったいないくらいえげつない。彼こそノアなら良かったのにね」 アレンは溜息を吐いて壁に背中を凭れ掛けさせた。そろそろ限界か? ギブアップか? いや、まだ何も掴んでいない。スパイらしいことを何一つ済ませていない。千年公は帰って来いとは言っていない。 「……本当、人間なんてろくなもんじゃない……」 アレンはひとりごちた。 |