22:「元帥捕獲案」




 ブックマンジュニアのラビという男は、屈託がなく開けっぴろげで、人当たりが良く誰とでもすぐ打ち解ける。ただ少々図々しく、他人の部屋にずかずか上がりこんで勝手にくつろいでしまうようなところもある。何を考えているのかは解らない。笑い顔が曲者なのだ。良く想像を裏切られることがある。ただの馬鹿だと思っていたら、意外なことに超博識だ。彼の知識に無いものを探すほうが面倒臭いと言っても良い。だが彼は知識をひけらかすような真似はしない。思慮深いのかと思えばイノセンスで危険な人間大砲まがいのことをやる。加えて人を巻き込む。まるで台風か何かのようだった。
 こんな男だが、神田の昔からの馴染みだった。あまり馴れ合った覚えはないが、気がつくとその辺にいる。教団内部で同じ年齢の人間はそういなかったから、自然懐かれたのかもしれない。
 その彼が、朝から例の奇妙なモヤシ男と食堂で顔を突き合わせて談笑している。彼らは楽しそうだった。しかし、違和感を覚えたのはそのことじゃあない。あのラビの目はなんだ、と考えた。あれはまるで――





「もーアレンってば、かーわいいさあー! ぎゅーってしていい?」
「止めて下さい」





 ――ストライク!の顔つきだ。二人共にこにこしているが、ラビは目尻が下がっているのに対して、アレンは苦笑いの気配が感じられた。まあ無理もない。それが正しい反応だろう。神田はずかずかと彼らに近寄って行き、





「……人間止めたいのか、このアホが」





 六幻をラビの首筋にぴたっと当てた。ラビの動きが固まり、アレンは首を傾げて「おや」という表情になった。
「おはようございます神田。朝から物騒ですね」
「……何をやっている?」
「……オハヨ、ユウちゃん。いやアレンが可愛いって話をしてて」
「ああ」
「ついぎゅってしたくなって」
「……お前にそういう趣味があるとは知らなかった」
「あ、ちょっ誤解? なんかすごい誤解してるさーユウちゃん」
 ふるふる首を振って、ラビが言った。
「なんかアレンのお兄さんがオレに似てるって話をしててさー。アレンってば割とホームシック気味? なんで一回お兄ちゃんって呼んでみなつって、そしたらお前めっちゃめちゃ可愛いんさ。弟が出来た兄貴の気分?」
「反応まで似たり寄ったりなので少し小突きたくなりましたが、感謝します、ラビ。僕もいい加減ここでの生活に慣れないといけないですね」
「かまわねーって。なんならいつでもアレンの兄ちゃんになったるさ」
「ふふ、ありがとう」
「あはははー」
 なんだか急に仲良くなっている。神田の前ではいつも人を小馬鹿にした顔でいるアレンが、機嫌良さそうににこにこしている。ただ身長と体格の問題で、華奢で小柄で極端な女顔のアレンがラビと並ぶと、友人というよりも恋人同士にしか見えない。なんだか気色の悪い絵面だ、と神田は考えた。むかつく。
「あー、ユウが構ってもらえなくて嫉妬してるさー」
「ああ、すみません神田。別にそんなつもりではなかったんですよ。貴方の数少ないお友達のラビを取ったりしませんよ。僕はもう行きますから安心して下さい。お邪魔しました」
「ん? もう行くん?」
「ええ、じきに出るので任務の準備を。良ければまたお話をしましょうラビ。楽しい時間をありがとう」
「おうさ、こっちこそ。じゃな」
 アレンが静かに席を立った。彼は礼儀正しく一礼し、去っていった。ラビは笑いながら彼に手を振り、アレンの背中を見送ると、意外そうな顔をして神田を見上げてきた。
「なんさ? ユウがめっずらしい。アレンと話したかったんだろ?」
「……ありえない。なんで俺があんな白髪頭の気色悪いモヤシ野郎なんかと」
「照れなさんなって。リナリー言ってたぜ、アレンくんと仲良くしたいみたいなの、ってさあ。なんなら今度一緒に買い物にでも――
「ふざけんな! あんな得体の知れない貧弱野郎と関わるなんざ御免だ!」
「オレにアレン取られたと思って突っ掛かってきたくせにー」
「アレはお前らが妙に気持ち悪い気配を撒き散らしていたせいだ! 吐き気がして仕方ねんだよ!」
「妙ってなーに? オレわっかんなーいー」
「それはっ……チッ、もういい! お前も金輪際あのモヤシ野郎に関わるんじゃねえ! 虫唾が走るんだよ!」
「独占欲の強い男っていやーねえ」
「そういうんじゃねえ! それ以前にあいつも男だ馬鹿!」
 大声で怒鳴り散らしていると、ふいに後ろからぽこんと叩かれた。振り向くと、リナリーだ。彼女は困ったように、「アレンくんの悪口言わないの」と言った。
「そんなだからいつまで経っても仲良くなれないのよ? アレンくん、あんなに面白くて良い子なのに」
「……関係ない」
「もう! しょうがないんだから。神田、ラビ、朝一番で悪いけど執務室へ行って。兄さんが話があるって」
 リナリーが言った。任務の話だろうか。こんな所で不毛な会話をしているよりもずっといい。






◇◆◇◆◇






「話ってのは元帥のことなんだけどね」
 コムイがボードの地図を指した。広げられた巨大な世界地図のあちこちに赤い丸が書き付けられている。それぞれに短いメモが貼り付けられている。「フロワ=ティエドール元帥現在地(※十月二十一日時点)」「クロス=マリアン元帥目撃情報有(※信憑性低し)」「クラウド=ナイン元帥現在地(※九月八日時点)」――つまるところ元帥たちの足取りに関する走り書きのようなものだった。
「それぞれの元帥に一度帰還してもらおうってことで、彼らの弟子に護衛込みで追っ掛けてもらってるんだよね。ティエドール元帥、ソカロ元帥、クラウド元帥は現在地を把握していることもあって、割と簡単に連絡がついた。ただ問題は――
「クロス元帥ね」
「そゆこと、リナリー。クロスはもう何年も音沙汰なし、死んだのか、カジノにでも篭ってるか、女の人をはべらしてるか、ともかく何をしてんのかもわかんない。そんな時に神田くん、君は見たね? クロスを目撃したね? しかも至近距離で、しばらく行動を共にした後、金槌で殴られるというオマケ付き。すごいね、ここ数年での再接近記録だ」
「…………」
 神田は押し黙ってふいっと視線を逸らせた。なんとなくコムイの言いたいところは見えたが、何とも頭の痛いことだった。実際金槌で頭を強打されて沈められているのだ。人並み外れた回復能力がある神田でなければ多分死んでいる。
「……ユウ、そんなことあったんさ?」
「…………」
 ちょっと慰めるようなラビの声が聞こえたが、構い付けずにおく。同情されたってどうしようもない。
「クロスは弟子取らないんだよねー。君にはティエドール元帥のトコへ向かわせてあげたいんだけど、そういう訳でクロスに事情を説明して連れて帰って来て欲しいんだ。もちろん神田くんだけじゃクロスが言うこと聞くとも思えないから、アレックスくん」
「……はい」
 そろそろ自分の運命というものを理解してきたのだろう、アレンが顔を青くして虚ろな目で頷いた。クロス絡みの彼の脱力ぶりは哀れなほどだった。コムイは不憫そうに彼を見た後で指を一本立てて、言った。
「お父さんに、ここへ戻るようお願いして欲しいんだ。可愛い一人息子のお願いだもんね? 聞いてくれるよねきっと」
「……彼が僕の言葉などに耳を傾けるとも思えませんが――
「大丈夫大丈夫。手紙に思いっきり自慢げーに書いてあったよ。君は愛されてるよ」
「……一般人の僕ではエクソシスト様の道中のお邪魔になると思いますので」
「大丈夫、そのための神田くんだから。ちゃーんとアクマからキミを守ってくれるよ」
「……実はこれから一月ほど重病に伏す予定ができてしまったので、外出を医者に止められていまして」
「大丈夫、キミが動けなくても神田くんが背負ってくれるよ。そんな訳で我侭は聞きません。ところでアレックスくん、キミはクロスの居場所を知っているのかな?」
 コムイがアレンにびしっと指を突き付けた。アレンはびくっと震え、しばらく硬直し、目線をふいっと逸らした。動揺が極限まで達しているのか、いつもポーカーフェイスの彼らしくない仕草だった。それは暗に知っていると言っているようなものだ。
「……知ってるんだね? そうだね? どこにいるのかな? そうだよね、かわいーい息子なんだもんね。困った時の連絡先くらい教えてるよね? どこ? それはドコなのかなぁあ」
「う……いや、その」
 アレンが困ったように視線を上へやった。そこにはティムがいる。アレンの頭の上にどっかりと乗っかって、短い手足を放り出してくつろいでいる。かなり重たいだろう。アレンはティムにお伺いを立てるように、自信が無さそうにぽそぽそと言った。普段不遜な彼らしくない、可愛らしい態度だった。本当にクロスが絡んでくると、急に弱気になる奴だ。
「言って……も……?」
 途端に、ぐあっ、とティムが口を開けてアレンの頭にかぶり付いた。目にも止まらない早さだ。誰も何も言えないでいるうちに、ティムは口を開いたままアレンの後ろ頭に貼りつくようにして身体を固定した。まるでゆったりとした大きな帽子を被ったような風体だ。ただし、アレンの頭には鋭い牙が、まるで首筋にナイフを突き付けるように触れていたが。
「……いや……知りません。僕そんなの知りません。ほんと、知らないんです。痛いの嫌いなんです。許してください……」
 アレンは弛緩しきった無表情のまま、目からぽろぽろと涙を零した。泣いている。クロスに余程怖い目に遭わされたことがあるのだろう。あまりに不憫で、誰も何も言えなくなってしまった。
「……ま、まあしょうがないよねー。でもともかく、彼を連れ帰らないことにはどうしようもないし。アレックスくんには頑張ってもらうとして」
「う……」
 アレンはそろそろ泣きが本格的になってきている。リナリーに頭を撫でてあやされている。顔色は土気色だ。そろそろ死ぬんじゃあないだろうか。
「そんなわけです。エクソシストリナリー、神田、そしてブックマン、ブックマンジュニア、及び探索部隊アレックス。クロス元帥を教団本部まで連れ帰って来てください。もし抵抗されても五人いれば一太刀は浴びせられるでしょう。あ、リナリーはすぐ逃げるんだよ。あのオジサン同じ空気を吸っただけで赤ちゃんできそうで危ないからね」
「先生ー、オレらは何しに行くんですかー」
「無論戦争です。半分くらい負け戦です」
 澱みなく、コムイが答えた。神田は痛む頭を押さえた。何てことだ。これならあのいけすかないオヤジを追い掛けるほうがずうっと気が楽だった。でも任務だ。どうしようもない。
「みんな、くれぐれもアレックスくんを守ってあげなさい。彼は人間だからね。それにラスボスに対する最終兵器だ。無くすと勝てないよ」
 アレンが泣いている。日頃の不満も一瞬忘れて、神田は彼がなんだか哀れだと思った。






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