53:「ふたりで」




 奇妙なのは、どちらも「好きだ」とかそういうことを言い出さない点だった。でも任務の合間に神田がやってきた時は(例によって無許可だ)どちらからともなくキスをする。手を繋ぎ合ってじっとしている。その先には何だかすごく怖いこともあるような気がする。それは何度か経験したものだ。アレンは不死者だが、神田はそうじゃない。尋常じゃない回復能力はあったが、それは神に祝福された種類のものじゃない。限界が見えるのだ。
「絶対悟られないで下さいよ。貴方割と顔に出るんですから。僕とその、こんなことしてると、皆に苛められちゃいますよ」
「てめぇこそ身内相手に嘘が吐ける体質じゃねぇだろ。それに好きでやってる。他の奴らにどうこう口を出されてたまるかよ」
 ぎゅうっと手を繋ぎながらそんなことを言い合う。
 神田は人間のくせに超人のアレンを気遣ったりもする。言い方がそっけないから注意して聞いていないと気がつかないが、彼という人間は存外照れ屋なところもあって、思ったことは罵声や怒りなんかはそのまま素直に口にするくせに、誰かを気遣ったり優しいことを言ったりする場合は持って回ったような言いかたをする。ひどく不器用な男なのだった。
「たまにね、前みたいに教団の方々やエクソシストの頭の中を色々書き換えてやりたいなと思うことがあるんです。もちろん貴方も含めて」
「……相変わらずてめぇはろくでもねーな。殺すぞ」
「ふふ。例えば僕が普通の人間で優秀な探索部隊員であるとか、そういうふうにですよ。エクソシスト様の任務にくっついていけるようにするんです。そしたらちゃんと貴方のサポートもできるのに。僕はほとんど一日じゅうこの部屋でゴロゴロしてるだけだし、前みたいに外に出られたらもうちょっと貴方と一緒にいられるのになあ」
「……任務と私事は別だ。甘ったれんじゃねぇ」
「あ、今のすごくお父さんみたいな言いかた。冗談ですよ、忙しいところわざわざお越し下さってすごく感謝してます」
 アレンはくすくす笑って、隣に座っている神田の膝に上り、彼の頬を手のひらで包んで唇を重ねた。触れるだけだが、こんなのでも本当は随分緊張している。
「コレは私事って認識をしていただいてるんですね。ちょっと嬉しいかもしれません」
「……じゃなきゃ何だよ」
「……怒らないで下さいね? 任務の一環かもしれないなってちょっと邪推してしまったんですよ」
「…………」
 神田は無言でアレンをベッドに押し付けて、アレンの額にぐりぐりと拳の骨を当てた。かなり痛いはずだが、もう気にもならない。痛みを感じられない身体なのだ。
「だから怒らないで下さいって言ったのに。……僕の兄さんはそんなふうだったんです。僕に言うことを聞かせるために「好きだよ」って言えるような、そういう嘘を平気で吐ける人でした。貴方が嘘が下手な馬鹿正直な人で良かった」
 にこにこ笑いながら、アレンは言った。本当にそう思うのだ。彼は直情的過ぎていっそ清々しかった。
「ずうっとそのままでいて下さい」
「……なんだかものすごく馬鹿にしやがったなてめぇ」
「まさか、気のせいです」
 にこにこしながらアレンが言うと、神田は肩を竦めて「悪態がつけるならいい」と言った。
 あの神田がそういう気遣うふうな物言いをするなんてすごく珍しかったから、アレンはもしかしたら僕はちょっと甘やかされてるのかもしれないぞと考えた。だって神田だ、人の首を絞めているか抜刀しているところしか想像がつかない神田だ。すごいことだ。
「それにしても、お前はまた痩せたな」
 神田はふと目を伏せて、アレンの腰に手を触れた。いきなりのことで驚いて、アレンはぴくっと震え、変な声を漏らしてしまった。
――ん、」
「……な」
 神田は急に真っ赤な顔になって、ちょっと怒ったふうに言った。
「な、なに妙な声出してんだ!」
「う、うるさいですね! 仕方ないじゃないですか! 貴方が悪いんです!」
 アレンはものすごく恥ずかしくなってしまって、真っ赤になり、口元を押さえて俯いた。
「……だって、す、好きなひとに触られて気持ち良いって感じないひとっているんですか?」
 それを聞くなり、神田は呆けたような顔になってびたっと硬直してしまった。ああ僕はまた妙なことを口走ってしまったらしいぞとアレンは絶望的な心地で考えた。最近はこんなのばっかりだ。すごく恥ずかしいことばかり神田に聞かれているような気がする。
――お前はなんでそういうことを言うんだ」
「うっ、言おうと思って言ってるわけじゃ、ただ勝手に――……ッ」
 神田の手がぎゅっと胸を掴んだせいで、アレンは声を詰まらせてしまう羽目になった。彼は本当にいつも唐突だ。
「うわ、なッ、なにちょ、あっ、……だめですってば!」
 アレンは悲鳴を上げたが、神田を止める気は何故だか全然起こってこなかった。胸なんてありえないところを触られているのにだ。その上男性に触れられた時に条件反射的に行ってしまう肘打ちと膝蹴りもない。
「神田……ッ、は、恥ずかしいですから……!」
 途方に暮れて目を潤ませていると、唇を塞がれて太腿を撫でられた。これってもしかしてアレなのかなとアレンは考えて、頭の中が沸騰したようにかあっと熱くなった。セックスだ。子供を作るために行うこと、身体を合わせるもの、すごく痛くて気持ちが良いらしい。
 知識としては知っていたし、人間っていうものは何でそんなことするんだろうとちょっと馬鹿にしていたところもあった。
 他の人間の体温なんて気持ち悪いだけだと思っていた。
 でも神田の温かさは全然嫌じゃなかった。いや、すごく好きだ。
 震えながら彼に抱きつくと、病人着を胸の上まで捲り上げられた。下着を膝まで下ろされて脚を割られた。やっぱりそういうことなんだと認識すると、急になんだか怖くなってきた。
 それとおんなじくらい好奇心のようなものも沸いてきた。
 結局アレンは神田のことがすごく好きなのだ。男性への嫌悪も人間の体温の気持ち悪さも全然感じない。



 ふいに、ジリリリリリン! とベルの音が激しく鳴り響いた。二人で硬直していると、神田のコートの襟から無線ゴーレムが飛び出てきた。そいつはしばらく部屋を飛び回った後、男の声で喋り出した。




『おいユウ、今どこ? コムイが呼んでたさ。早いとこ行っとけって』




「……わかった」
 神田が頷き、無線ゴーレムへ手を伸ばして回線を切った。彼は溜息を吐いて、はだけていたコートを直した。
「カンダ……も、いっちゃうん、ですね……」
 アレンはぽおっとなったまま、身体を起こした神田を見上げた。なんとなくすごく寂しくて残念な心地だ。まだ身体は熱いままだし、心臓はひどく早く打っていた。
「……ああ。その、大丈夫か。……すまない」
 神田はアレンの頬に触って、すまなさそうに目を伏せて言った。彼はどうやら急にアレンに触ったことについて、それなりに自己嫌悪に陥っているらしかった。ストイックで生真面目な男なのだ。
 それは良く知っていたが、なんで悪く思うことがあるんだろう、とアレンは考えた。神田はちょっと不器用過ぎると思う。
「あやまらないで、くださ、それよりぼく、どうすればいいの……」
「……アレン?」
「おなかが、すごく重くて苦しいです……かんだぁ、」
 たすけて、とアレンは呟いた。神田は任務馬鹿なのは知っているけれど、こんなふうにされたまま放っておかれることを考えると地獄だ。ほんとに何とかして欲しい。置いてきぼりはできれば勘弁願いたい。
 泣きそうになりながらじっと神田を見つめていると、神田は眩暈でも感じたふうに頭を押さえて舌打ちした。
 彼は性急な動作でアレンを押さえ付けて、なんだか諦めきったような顔つきで言った。
「……悪ぃ、アレン」
「……え? カンダ、」
 何を言ってるのと訊き掛けたところで、ひどい衝撃がやってきた。腹の中に手を突っ込まれているような感触だ。致死率が高い兄の特訓でもここまでのショックは無かったと思う。
――うあっ、あ、かんだぁっ……?」
 脚を抱え上げられて、恥ずかしい格好にされ、硬くなった性器を挿入されたのだ。痛みは何も感じなかったが、すごく苦しくて息ができない。アレンは混乱して神田にぎゅうっと抱き付いた。そのせいで、重苦しい衝撃は余計にひどくなった。
 キスされてまた胸に触られた辺りで、ようやく腹の中を探られる感触は止まった。すごく熱い。アレンは泣きそうになった。
「あ……かんだ、なか、にっ、……ふぁっ、んっ、あついぃ……」
 抱き合っている感触だとか、体温だとか、すごく恥ずかしい格好を取らされていることだとか、性器が触れ合って腹の奥にまで入り込んでいることだとか、あんまりにいろんなことが頭の中をぐるぐる回りはじめて、アレンはついに静かに泣き出してしまった。
 神田は非常にやりにくそうな顔で、アレンの頬を撫でて気遣ってくれた。なんだか優しくされて変な感じだった。でも悪いふうには感じなかった。
「……痛むのか」
「痛くっ、ないです、くるし、へん、わかんないぃ……」
 ふるふる首を振ると、お腹の中の圧迫感がすっと引いた。なんだかすごく物足りない気持ちになってしまったところにまたいっぱいにされて、アレンはつい無意識に変な声を上げてしまった。すごく気持ち良さそうで嬉しそうな、そんなふうな声だ。
「アレン……?」
「あっ、すみませ、ちが……あっ、ふ、うぁああっ、うごかしちゃ、だめっ、いや……!」
 口を抑えておかしな声を塞ごうとしても、お腹の中が擦れる感触のせいで上手く行かない。すごくきつく突かれて、悲鳴を上げたはずなのに、出て来るのはやっぱりキーの高い変な声ばかりだった。こんなに嬉しそうな声を上げたことって、今まであったろうか。
 やがて頭の中がぼおっとなってきて、視界が白んで、お腹の中になにか温かいものが注がれたのが分かった。






 背中に温かい手が触れて、抱き起こされたのだと気付いた辺りで、アレンはふっと我に返った。どうやら余程ぼんやりしてしまっていたようだった。
 額を押さえてゆっくり頭を振り、焦点を取り戻して、アレンは静かに神田に言った。
「すみま、せん……なんだか我侭を。任務へ、いってくださ……」
「……わかってる。それより、身体は」
「へいきです……ノアだし……」
 アレンはちょっと微笑み、早く行って下さい、と言った。
「貴方が怒られて、ここへ来てくれなくなるって考えると怖くなります」
 神田は何も言わずにじっとアレンを見て、子供にするみたいに乱暴に頭を撫でた。乱れた衣服を整えて、彼は赤い顔で、いつもより更に無愛想な声で言った。照れ隠しだってことはすぐに見て取れた。
「……また来る」
「えへへ……お待ちしてます」
 アレンははにかんで笑って、ゆらゆら手を振った。神田は何か言いたそうな顔をしたが、結局何も言わずに部屋を出て行った。
 彼の足音が遠ざかって聞こえなくなってから、アレンはぱたっとベッドに倒れ込んだ。もう駄目だ、しばらく身体も頭も使いものになりそうにない。






BACK ・ TOP ・ NEXT