54:「Paraphilia」




 日々顔を合わせた時に行われる行為が段々深くなるにはそう時間は掛からなかった。
 始まりは精々手を触ったりキスをするだけだったのに、いつのまにか気がつけば会えば抱き合うようになった。次はもしかしたら無いかもしれないという、兵士に共通した生き急ぐ性質の手助けもあったかもしれない。
 性交の最中はアレンはすごく素直だった。彼女のそんな姿を見るのが好きだったのかもしれない。





 うつ伏せにされて後ろから突かれることを、彼女はひどく嫌がった。
「うう……そこっ、見ないでくださ……」
 アレンの身体には、尾骨のちょうど上辺りに黒い十字の痣がいくつか見えた。思い当たることはあった――以前遭遇したノアにも見られたものだ。ただし額に。
「ぼく、だけ、逆なんです、こんなヘンなの、恥ずかし……」
「痣だらけだな」
 額のペンタクルから頬に掛けての傷、元帥の結界痕、それに十字架。でも彼女の身体に傷らしい傷はない。
「ごめ、なさ、きもちわるいです……?」
「……気持ち悪くねぇよ。アホ」
 神田はアレンと繋がったまま、彼女の鼻をつまんでやり、キスをした。息ができなくてアレンはもがき、解放してやるとぱたっと倒れて「ひどいです」と言った。
「お前が馬鹿なこと言うからだろ」
「ううう」
 アレンは不満そうだったが、中で動くと小さな動物の鳴き声みたいな声を上げた。
 彼女自身、何かすごく小さな生き物みたいだった。まるで明日にでも冷たくなっていそうな印象があった。アレンは不死者の超人なのに、何故そんなふうに感じるんだろう。





「バレてません?」
「……ああ。多分な」
 アレンはそれをすごく心配そうに訊く。まるでアレン=ウォーカーという人間に好意を抱くことがとても不名誉なことであるように言う。
 彼女は「絶対秘密ですよ」と言う。
 そして「なんだか大人がやることみたいですね」と言って微笑む。
 そういう時は、神田はアレンがまだ十五の少女であることを思い出す。すると奇妙な罪悪感のようなものが胸に訪れる。それは心臓をぎゅっと絡めとる。
 アレンはまだ子供なのだ。







◆◇◆◇◆






 久し振りに食堂でラビの姿を見掛けた。ここの所またブックマンにくっついてどこかへ行っていたが、彼はいつものように神田を見付けると気軽く前に座り、Aセットをすごい勢いで掻き込みながら――以前は信じられないものを見るような気分だったが、最近は彼よりも更に上を行く者が現れたせいでなんだか慣れてしまった――喋り始めた。
「よーユウちゃん、ひさしぶり! まあ相変わらずアナタったらお蕎麦ばっかり食べてるのね〜そんなだから背が伸びねぇんさ」
「……汚い。口の中のものを飲み込んでから喋れ。それに俺は別に背が低くなんかない。あとまだ伸びる」
「……はぁ。うん、ソウデスネ。それよっかアレンどしたん? もう戻ってきた?」
「知るか。あいつの話はするな」
「相変わらずユウちゃんは素直じゃないねえ」
 ラビはケラケラ笑って、たまには優しくしてやれって、と言った。
「あんまりお子様みたいなこと言ってっとキラわれるぞ」
「……俺が子供ならお前も同じだな」
「あはは。……なぁ、真剣な話オレらがまだ子供だとしたら、あんなボインとかこんなダイナマイツとかをこうムギュッとやっても子供の純真な悪戯で許されると思うか?」
「死ね。……というか、こんな所でそういう話を俺に振るな! お前の仲間だと思われる!」
「ダイジョーブダイジョーブ、ユウちゃんすでに世間体は最悪だからさぁ。みなさーん、こちらはどちらかといえばボインよりもぺったんこの方が好きな神田ユウです」
「ろくでもねぇこと言ってんじゃねー! 俺は普通だ!」
――普通にボインが好きと!」
「だから……もうてめぇは黙れ!!」
 怒鳴りながらラビごとテーブルを蹴り倒したところで、遠くからリーバーの呼び声が掛かった。
「おーいそこの二人! ラビ、神田! 暇なら午後からエレベータの修繕手伝ってくれ」
「ん、いいけどここの神田ユウは頭脳労働とか全く期待デキマセンヨ?」
「てめぇ……」
 完全に馬鹿扱いされてしまった。何か言い返してやりたいが、確かに頭を使う仕事は得意じゃない。そして何故かこの一見すごく頭の悪そうなラビは、人類のあらゆる歴史と記録を記憶しているある種の天才なのだった。なにも言えない。
「大丈夫、ほとんど肉体労働だから。室長がまたメカを暴走させてさ……」
 リーバーの顔には、労働のためだけじゃない疲弊が見て取れた。まあいつものことだった。神田とラビは顔を見合わせて溜息を吐いた。






◆◇◆◇◆






 ふっとアレンは目を覚ました。ベッドの上で起き上がり、風が流れてくる板張りの窓を見遣った。
 懐かしい感触があった。すごく愛しくて怖いものがやってくる。
――来た」
 アレンの呟きと同時に、辺りの空間がぐにゃっと歪んだ。







◆◇◆◇◆






 本当に肉体労働だった。瓦礫の撤去、巨大パーツの整理――単純にエクソシストの馬鹿力を必要として呼ばれたらしい。こういう労働は総合管理班の連中の仕事だろうと思うが、どうにも人手が足りないらしかった。
 シャベルで動力部を埋める瓦礫を掘り捨てながら、ラビが言った。
「なぁユウ、アレンって可愛いよなぁ」
「……なっ」
 いきなり変な話を振られて、思わず手元が狂った。シャベルの刃を足に打ち付けてしまい、痛みのあまり蹲ってしまう。ラビは例によって自分の思考の中に入り込んでしまっているようで、いつものように「なにやってんさ」とからかってくることもない。
「い、い、いきなりなにを言い出しやがるんだ! 馬鹿かてめぇ、とうとう詰め込み過ぎで脳味噌がパンクしたのか?!」
 気を抜いてしまったら「そんなことは知ってる」なんて非常にまずい返事を返してしまいそうだったので、神田は注意深く言葉を選んで罵声を上げた。でもラビは聞いたふうもない。
「なんで男の格好なんかしてんのかなー。ちゃんとした格好したらもっと可愛くなんのに、こう太腿とかばんっと見せる奴とか」
「それはてめぇがエロいだけだろうが。死ね。――あいつにそんなもんが似合う訳あるかよ」
 神田は仏頂面で吐き捨てた。アレンはいつもの色気のない少年じみた格好で、可愛げのない口をきいているくらいがいい。彼女はすごく華奢だったし、手首だって触るだけで折れそうなくらい細かった。顔色は悪く、いつも病人みたいだった。
 これ以上弱々しい姿を見せつけられてはたまったものじゃない。確かに、女らしい格好をした彼女ってものはすごく可愛いと思う。でも、少女特有の危うさがある。ノアは不死だと頭では知っているはずなのに、最近のアレンを見ていると、漠然とした不安めいたものを感じることがある。彼女が素直な言葉を吐くと、それはいつも遺言めいていた。
 神田はこんなでもアレン=ウォーカーにすごく惚れ込んでいる。彼女が好きだ。たとえノアでも。
「惜しいのはこう、胸の辺りなんだよなー……リナリーとひとつ違いであれじゃマニア向けになっちまう。山と谷さ。な、豊胸剤とかコムイに作ってもらうってのはどう――痛ッ! 痛い痛いユウちゃん、シャベル刺さないで頭に! ブックマンは脳味噌が命なんだから!」
「止めろ。死にたいのか」
 シャベルをラビの頭に突き刺してぐりぐり捻っていると、反対隣からもう一本シャベルがラビの頭に刺さった。見るとコムイだった。彼はすごく真面目な顔で(エレベータを破壊した犯人のくせに)静かに、すごく冷たく非情な命令を下す指揮官の顔で囁いた。
「……猥談にボクのリナリーをあげつらうのは止めてくれないかな。もれなく視床下部までこのスプーン状の刃が届くことになりたい」
「すんません! すんませんでしたぁああ!!」
 ラビが必死で謝ると、コムイはやっとシャベルを引き、「やぁ若いねぇ」と朗らかな笑顔で言った。
「恋話かい。お兄さんも楽しそうだから混ぜてよ。将来の夢は妹のお婿さんになることです」
「なぁコムイ……そーやってリナリーに近付く男を徹底排除したりするから、リナリーがちょっと同性愛に目覚め掛けてんじゃ……」
 ラビが恐る恐る突っ込むと、コムイははっとした顔で口元を押さえてぐらっとふらついた。彼は世界の終わりのような顔つきをしていた。
「そんな……なんてことだ、じゃあ女の子相手にも油断はできないってことかい?!」
「……オレ一人っ子で良かったと思う」
「俺も思った」
 神田とラビが頷き合っていると、コムイはにこっと微笑んで、「やだなぁ」と言った。
「冗談だってば。まあこれは冗談だとして、好きな子にはちゃんと好きだって言っといたほうがいいよ。何せボクら明日死ぬかもしれないし」
「でも多分ユウにはまだ無理さー。好きな子には意地張っちゃって素直になれないタイプさ。こう、手が触れても繋がずに焦って払い除けるタイプ」
「うん、意識しちゃうあまり思ってることと逆のこと言うタイプだよね。それでどんどん泥沼に沈んでって、後でその辺で体育座りしてそう」
「ああ、うんそうそう。というか口下手で思ったことが上手く言えなくて、つい段階すっ飛ばして口より先に手が出ちゃって後で後悔する感じと見たさ」
「うわぁ。いいかい神田くん、子供同士が興味本意でセックスとかしちゃうと後で絶対困るからね。お兄さんの言う事はちゃんと聞くんだよ。ゆっくり大人になりなさい。若いうちは好きだから何しても良いとか思いがちだけど、つい萌えちゃっても頑張って我慢すること」
「こんな所で恥ずかしい話を振るんじゃねぇええ!!」
 激昂してシャベルを振り上げたところで、天井のスピーカーから警報が漏れてきた。




『結界に異常! 何者かが侵入した形跡有り、室長すぐに執務室へお戻り下さい!』




「最近多いね」
 コムイが言った。彼はシャベルを近くにいた団員に押し付け、じゃあね、と手を上げた。
「侵入者だと……?」
「結界が弾かなかったんならアクマじゃねぇよな」
 ラビが気楽に頭の後ろで腕を組んで言った。




――ホール付近にアクマ出現! 繰り返す、ホール付近にアクマの反応有り! 結界を持たないサポーターは近付くな!』




「……前言撤回っさ」
 ラビがなんだかくたびれたように言った。






◆◇◆◇◆







 アレンは穏やかに言った。
「ハロー、ロード。久しぶりですね」
 返事はすぐに返ってきた。何度も交わされたものだった。アレンと彼女は家族だった。双子の姉妹なのだ。
「よぉアレン、オーラ。ヨッシー無くってちゃんと寝れてるぅ?」
「ええ。僕もうぬいぐるみが無くちゃ眠れない子供じゃありませんってば」
 アレンは笑いながら枷から四肢を引き抜いた。壁に掛けてあるスーツに着替えながら、それでどうしたんです、と訊いた。
「僕をデリートしに来たんですか?」
「うん、まーそんなとこぉ。それにしてもきったねー部屋ぁ。アレン全然大事にされてないねぇ〜」
「しょうがないですよ、一応実験動物扱いですしね」
 コートのボタンを留めて、アレンは手を広げて首を傾げた。
「さて、どうしましょう。この辺で殺し合いします? それとも何かやりたいゲームでもありますか?」
「アレンっていっつもちゃんと僕の遊びに付き合ってくれるよねぇ。そーいうトコ大好きだよぉ」
 ロードは嬉しそうにニコニコ笑って、ぎゅうっとアレンに抱き付いてきた。ほんとに昔のままだ。彼女は機嫌がすごく良いようだった。
「ねーアレン、鬼ごっこしよぉ? アレンが鬼、僕が逃げる。僕を捕まえたらそこでゲームはお終い、捕まえられなかったらお前がだぁい好きな人間がいっぱい死ぬよぉ」
「おやおや、この子は……ゲートでアクマをばら撒いてきましたね」
「うん、そぉ。じゃあねぇ、アレン。僕逃げるぅ。また後でねぇ?」
「はいはい、後でね」
 ロードが空間の狭間に消えていく。アレンはにこやかに手を振ってから、ふと気がついた。
「……あれ?」
 指は動かすことができたが、腕がひしゃげたままだ。見ればそれは両手と両足ともおんなじだった。アレンは首を傾げて、折れ曲がった骨を元の位置に戻した。そうするとようやくじわじわと回復の兆しが見えた。いつの間にこんなに治りが遅くなっていたのだろう?
「……変なの」
 アレンは独りごちて、でも特に気にもならなかったから捨て置いた。痛くなければ傷なんかあっても無くても同じだ。部屋を出た。





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