「影に飼われる(中)」

(シャドウ×主えろ)




 はじめに寄ってきたのはマーヤだった。どろっとしたコールタールの水溜まりから頭と腕がにゅっと突き出しているみたいな、不恰好なシャドウだ。
 こいつはどうやらシャドウの中でも虐げられている、言うなら平社員みたいな存在らしく、タルタロスに侵入者があると、偵察でもするみたいにまずやってくる。
 いつもなら靴の底で踏み付けてやっただけで潰れてしまうような弱いシャドウなのだ。脳味噌なんてどこにもないくせに、生意気にも知能があるらしく、僕が縛り上げられていて身動きが取れないことや、そのせいで靴の踵が飛んでこないことを知ると、興味津々で寄ってくる。
 僕の身体にべたべた気安く触る。お前らいつも僕を見たらものすごい速度で逃げていくくせに、現金過ぎるぞ。最低だ。もっと人の気持ちになってものを考えろ。
「くそ……離れ、ろ! 雑魚のくせに、っう」
 頬をべたっと撫でられてしまった。ねばついていて冷たい。シャドウってこんなに気持ち悪い感触をしていたんだってことを、僕は今更だがこの時初めて知ってしまった。靴越しじゃ分からない感触ってやつだ。こんなこと知りたくなかった。
 僕の周りを取り囲んだマーヤが、ざあざあノイズみたいな音を出している。これはシャドウの鳴き声みたいなものなのだ。僕にはその意味は解らないが、言っていることは何となく分かる。これでもこいつらとは長い付き合いなのだ。
 マーヤは仲間を呼んでいるのだ。たぶん、『兄貴、カモがいやすぜ』だとか、『やっちまってくださいよ』だとか言っているんだと思う。
 この下っ端根性が気に入らない。お前ら僕が自由を取り戻した暁には、思い付く限り一番ひどい方法で消滅させてやるからな。覚えてろ。
「げ」
 しばらく経ってやってきたのは、愛欲の蛇の群れだった。僕は顔を引き攣らせた。こいつらの悩殺攻撃のせいで、僕は何度も自律を失った女性陣に刺されたり突かれたりしたのだ。
 蛇はしばらく空中でうねりながら僕を観察していたが、『こいつはイケる』と判断したらしい。日頃ちょん切られたり焼かれたりしているお返しだとばかりに、僕に巻き付いてきた。こいつら最低だ。お前らそんな性格で、もし人間なら友達とか絶対できないタイプだぞ。
「ん、」
 僕の腕くらいある太さの長い蛇のからだが、制服の上をずるずる這っていく。気持ち悪いが、それより心配なのは、このまま丸呑みにされやしないかってことだ。
 僕はいつか見たパニック映画を思い出していた。確か、巨大な蛇に人間が一呑みにされてしまうのだ。生態系の下っ端的な生き物に食われて死ぬのは情けなくて嫌だなと思ったのを覚えている。
「うわ」
 デッキブラシに縛り付けられた脚の間を擦る感触に、僕はぞっとして声を上げてしまった。
「変なとこ……擦るんじゃ」
 ない、と言い掛けたところで、横から伸びてきたマーヤの手が、僕のシャツのボタンを器用に外していく。お前そんなこともできたのか。雇ってやるから朝僕が寝ている間に制服とか着せてくれ。
「て、そうじゃなくて、なにを――
 マーヤがぴゅっと僕から離れるのと入れ違いに、蛇が首筋を辿って、シャツのなかに入ってくる。僕はぞわぞわして、「わ」と悲鳴を上げた。これは気持ち悪い。最高に気持ち悪い。もうお前ら全部消え去れ。
「き、気持ち悪い……うう、」
 僕は身を捩る。でもがんじがらめにされていて、ろくな抵抗はできない。
 蛇が、素肌の上を直に這い巡っている。ざらざらした鱗の感触がちょっと痛い。時折胸や腹を、細い舌がくすぐっていく。もう気持ち悪い。全部嫌になってきた。死にたい。
 そうしているうちに、僕を囲んでいる蛇の群れが口を開けて、どろっとしたクリーム色の粘液を吐き出した。僕の顔から制服まで、容赦なく汚していく。
「う、え、」
 気持ち悪くて、なんだか泣きそうになってきた。なんだこれは。なんで僕はこんなところで、シャドウでも五本の指に入るくらいエロい欲の蛇の体液まみれになってるんだ。一体僕が何をしたって言うんだ。確かに僕はちょっと調子に乗っていたかもしれないけど、それはイコール死に直結するようなことでもなかったはずだ。
 もう半分泣きが入っている僕に、性懲りもなくマーヤが乗っかってくる。僕のズボンのベルトを外して、ジッパーを下げる。
 僕の胸を這い回っていた蛇が、そのままするすると下半身にまで到達する。
 下着のなかにまで入り込んで、性器を擦って通り過ぎ、尻に顔を突っ込んで舌を出している。これには、僕はさすがに泣きながら悲鳴を上げた。
――っい、いや、いやだ、エリザベスうう! 僕が悪かったです、もうしませ、もうしないから、あ、」
 腹の中にひどい異物感が浸透していく。蛇が僕のなかに頭を突っ込んできたのだ。僕はあんまりの痛みに泣き叫ぶ。
「い、いやだ……やだ、や、……おとうさ、」
 僕は混乱しきっていて、もう顔も覚えていない亡くなった父に助けを求めてしまった。お父さん、そちらでもお元気ですか。どんな顔をしていたかも忘れてしまいましたが、あなたの息子は今すごくピンチです。こんな、蛇に尻から頭を突っ込まれて、内臓を食われて死ぬなんて情けない死に方で、合わせる顔とかありません。生まれてきてすみませんでした。
――! あ、っ、熱、」
 腹の中でどろっとした感触があって、それがあんまりに熱かったものだったから、僕は身体を引き攣らせて震えた。
 多分さっき蛇に吐き掛けられたものとおんなじだろう。きっと消化液かなにかだ。僕は腹の中から溶かされて、きっと啜り食われてしまうのだ。死ぬのは怖くないけど、せめて病死とか事故死とか、普通の死に方をしたかった。こんなのってあんまりだ。
「ひ、っ……う、うっ」
 腹の中で、蛇が暴れている。吐き出した体液を攪拌しようとするように、ぐるぐる頭を回しているみたいで、ひどい衝撃がやってくる度に、口から内臓が飛び出しそうになる。
 気が付くと、僕のまわりには様々なシャドウが群れていた。いつの間にこんなに集まったんだっていうくらいに沢山だ。みんなじっと僕を見ている。
 変な感じだった。いつもならいきなり襲い掛かってきて、無闇やたらと好戦的なくせに、今日はじっと静かに蛇に弄ばれる僕を見つめている。勝利者の余裕ってやつか。もうみんな死んでしまえ。
「……は、はぁ、っ、やめ……出てけよ……」
 僕は喘ぎながら、空気を呑み込んで、情けない声で懇願した。自分の声は、びっくりするくらい弱々しかった。もう涙声だった。
 はたして僕の願いを聞いてくれたのか、それとも更にひどいことを思い付いたのか、蛇はようやっと僕のなかから頭を抜いて、するすると退いて行った。
「ん……え、」
 やっと解放されたと思ったら、今度はマジックハンドに裏返された。揃いも揃って何だって言うんだ。なんでこんな、今日に限ってカタログが作れそうなくらいにいろいろ集まってきてるんだ。そんなに僕が憎かったのか。
 尻を突き出す格好になった僕の背中に、手のひらのかたちをしたシャドウが逆さまに登っていく。ご丁寧に頭を踏み付けにすることも忘れていない。覚えていろ。
「え、なに、っ……」
 マジックハンドの指が、蛇が出て行ったばかりの僕の尻に突っ込まれた。僕は震える。でもなんだか、何と言うか、変だった。痛くないのだ。
 手は僕の背中に手のひらを密着させて、指で僕の中をぐるぐる掻き混ぜている。そうされると、なんだか胸に込み上げてくるものがある。僕は必死に唇を噛み締める。気持ち悪い。気持ち悪いけど、そればっかりじゃない何かが芽吹いている。麻酔を打たれた時のように、頭が朦朧としてきた。
(腹の中、熱い……)
 内臓が溶けてきているのだろうか。もういいから早く死なせてくれ。こんな屈辱はもう勘弁していただきたい。
――あ、あっ、あっ、」
 指のリズムに合わせて、僕の喉から変な声が漏れる。何だこれ。
 ふいに、ずん、と強い揺れを感じた。後ろから、何か来た。
 巨大な威圧感のようなものがある。恐る恐る、なんとか動く首だけ巡らせて振り返ると、なんか、いた。でっかいのが。
――あ、っう、」
 現れたのは、何度か戦ったこともあるシャドウだった。筋肉質の二足歩行する牛の身体に、相変わらずできそこないの赤ん坊みたいな不細工な頭をくっつけている。
 逃げなきゃ、と僕は必死で考える。敵前逃亡なんて、この僕がやることじゃない。でも今は、たぶんどう足掻いたって、僕なんか摘んでポイだろう。勝ち目とかそういう問題ですらない。僕は縛り上げられて、立って歩くことさえできないのだ。
 相変わらずマジックハンドは僕の尻を一生懸命弄っている。お前は一体何がしたいんだ。
 急にふっと背中が軽くなったと思ったら、手のひらの形のシャドウは、大柄なシャドウに摘まれてポイされていた。もういいよ、ってふうに。
(……え。ちょ、なんだそれ)
 僕の全身から嫌な汗が噴出した。僕の背後のシャドウの股間に、ものすごく嫌なものを見てしまったのだ。
 それはどう見ても男性器だった。ぴんと勢い良く勃っている。
(なんで、勃ってんだ。そしてなんで僕の腰を掴む。腕を引っ張る。え、ちょ、まさかこいつ、僕をメスだとか勘違いしているのか? 僕はあんなに、あんな気持ち悪いのに同種だと間違われるくらい不細工なのか? というかシャドウに性欲なんかあるのかよ。え、嘘だろ、嘘だ、絶対嘘だ、やめ――
 シャドウが、縛られている僕の腕を掴む。引っ張り上げる。
 脚を縛り付けていた縄が、邪魔っけそうに千切られる。尻を掴まれる。
「っや、やだああぁあ! おとっ、おとうさん、おとぉさんっ、やだ、や……!」
 僕は悲鳴を上げてじたばた暴れた。そんなのは絶対駄目だ。はじめてもまだなのに、それ以前に女の子ともまだこんなことしたことがないのに、キスだってまだで、なのになんでこんな、
――あ……!」
 冷たい大きな感触が、僕に深く潜ってくる。後ろから、動物が交尾する格好そのままで犯された。涙が出てきた。そんなの、あんまりだ。
 当たり前だけど、気遣われることなんかなく、好き勝手に突き上げられて、痛いとか苦しいとか言っている場合じゃなくて、意識が白んできた。なんにも考えられなくなっていく。
 ああ多分ここで目を閉じたら、次に目が覚めることはないんだろうなと、漠然と考える。何と言っても、無数のシャドウの輪の中だ。生きて帰れるほうがおかしい。
――あっ、あぁあ、は、ぁあん……」
 誰かの声がすごく遠いところで聞こえる。すごく聞き覚えのある声だ。
 あれは僕の声じゃないのか。なんであんな気持ち良さそうなんだ。何をやってるんだ。
 そして僕は目を閉じる。なんかもう、だめだ。





<<  >>