「一夜のあやまちのあと、朝を迎える(下)」
(綾×主えろ)
「……う」
僕は赤くなる。僕の身体のあちこちに、虫に刺されたような痕がある。全部望月が付けたらしい。さっき聞いた。
「綺麗だよ」
「…………」
素でそんなことを言われても困る。もしかすると僕が知らなかっただけで、こいつは男もイケる口だったんだろうか。そう言えば海外は、そういうのに寛容だって聞いたことがある気がする。
「今更照れちゃうことないよ。君の身体、もう全部見て触って知ってるもの」
「な……」
僕は口をぱくぱくと動かした。「何を言ってる!」と怒鳴ってやろうとしたのに、あんまりのことに声も出ない。
「ほら、」
「え」
椅子に座ったままいる僕に、背中から覆い被さるように、望月が抱き付いている。その格好のまま彼が伸ばした手が、僕の性器を摘む。
「あ」
ほんのちょっと触れられただけで、見ていて恥かしいくらいに、僕の身体は反応した。なんでか大きくなっている。自分で触った時には、こんなにすぐに腫れることなんかなかったのに。
「昨日もそうだったよね。僕が触ったら、すごく敏感に感じてくれるんだ。こんなに可愛い反応見るの初めて」
「い、いや、違、」
違うって言ったって、なんか大きくしておいてすごく説得力ってもんがない。自覚はある。
望月が、僕の性器の先端を指で押し潰すように、ぐにぐに揉む。ちょっと待て。なんか変だ。一人でこっそりやってる時には、こんなふうに泣きそうになるくらい身体が熱くなることは無かったはずだ。
「や、あっ、あ、あ」
「ほら、声」
「い、っ、ちが、あ……」
「女の子みたい。可愛いね」
「ちが、ちがうぅ、こんな、ちがうから、」
僕は口を押さえる。望月は嬉しそうな顔でニコニコしながら、「可愛いなあ」とか言っている。お前は絶対おかしいよ。
「積極的な君もすごく素敵だったけど、照れちゃってるのも可愛いね。好きだな」
「ばっ、なに言って、おま、絶対、変……」
慌てた拍子に、椅子ごとこけた。転んだついでにマグカップも巻き添えにしてしまって、まだ熱いミルクを頭から被る羽目になる。
「――っつ」
熱いし、重たいマグカップが頭に落ちてきてものすごく痛い。多分瘤ができている。僕は涙目でうずくまった。あんまりだ。なんでみんな僕にそんなひどいことばっかりするんだ。理不尽過ぎる。
「あ、だ、大丈夫?! 火傷してないっ……」
「あ……ん、大丈夫、痛いのとか、慣れてる……」
「え、あ……え?」
顔を上げると、望月が真っ赤な顔で硬直している。彼は「うそ……」とか言いながら、口を押さえて呆然としている。
「……望月、あ、悪い、牛乳零した……すぐ拭くから」
僕は牛乳まみれだった。ああ、確か子供の頃にもこんなことがあったなと、僕は漠然と思い出す。クラスでいじめられっ子だった僕は、トイレに連れ込まれて殴られたり、雑巾を投げ付けられたり、牛乳を頭から掛けられたりすることなんて、日常茶飯事だったのだ。
あれから大分強くなったつもりでいたけど、僕の本質なんてものは、もしかしたら何一つ変わりやしないんじゃないだろうか。僕はいつまで経ってもいろんなやつにボロ雑巾のように扱われ、牛乳まみれになり、『牛乳雑巾』とかあだ名を付けられる微生物なんだろうか。うんざりだ。
のろのろ起き上がろうとしたところで、望月に肩を掴まれて、床に引き倒された。やっぱりすごく怒ってるんだろうか。そうだよな、お前んち家具とか何から何まで高そうだもんな。牛乳まみれにされたらそりゃいくら温厚なお前でも怒るよな。
「ご、ごめんね……僕、そんな君見ちゃったら、我慢なんかできないよ……」
まあ我慢できないってのは理解出来るが(彼の堪忍袋もさすがに限界なんだろう)、何でお前が謝るんだ。悪いのは全部僕だ。さあ思う存分罵って蔑むがいい。
「……え?」
床に押し付けられたまま、僕は呆然と望月を見上げた。なんで、僕の脚を広げる。太腿を抱える。なんでちんこ僕の尻に押し付けてんだ。なんで勃ってんだ。何だこの既視感、
「――う、あぁ、ああああ……!」
僕は悲鳴を上げた。僕は男なのに、尻を使われて女子みたいに身体を開かれていく。こんなことってありえないはずなのに、僕の身体はなんでかすごくすんなり望月を受け入れてしまった。
それで僕は改めて、昨晩の話や今朝の惨状は全部現実のことなんだと思い知った。
僕はたぶん本当に、昨日の夜望月と何度も何度もまぐわったのだ。
「や……そ、んなの、……あんまり……」
あんまりにもあんまりだ。僕の目からぼろぼろ涙が零れた。
望月がぎょっとして、繋がったまま僕の頬を撫でた。彼は僕をすごく心配そうに見つめてきていた。
「だいじょうぶ? 怖くないから、」
「女子と……だって、まだ、なのに、」
「あ、君そうなんだ……」
「ひど、すぎる……」
望月は同情するような目をしているくせ、なんだかすごくほっとしたような顔をしている。
「すぐに気持ち良くしてあげるから」
いや、そうじゃない。頼むから抜いてくれ。僕のことをほんのちょっとでも友人だと思ってくれるなら抜いてくれ。もう許してくれ。二度と悪いことしないから。
「いい、から、抜いて、」
「……イヤかい?」
「だめ……だって、ぼくなんかと、こんなことした、ら……っあ、おまえ、まで、汚れ、」
望月は、すごくくすぐったそうな顔でにこーっと笑った。何がそんなに嬉しいんだ。
「やっぱり君、すごく綺麗だよ」
「ばか、――あ、」
望月が腰を動かすと、腹の中に溜まった体液が掻き混ぜられて、泡立ったような音を立てた。お前一体どれだけ出したんだ。そして僕の身体のどこに留まっているんだ。僕の身体の構造ってのは、一体どうなっているんだ。
今更だけどすごく不安になってきた。
出して、挿れられる度に、部屋じゅうに音が大きく響いて、僕はいたたまれなくなった。僕のプレイヤーはどこへ行ったんだ。今すぐ僕の耳元へ戻ってきて欲しい。そして最大音量で喚き散らして欲しい。こんな卑猥な音聞きたくない。
「だ、め……だめだ、こんなの、おかし、……男同士、なのに、こんなこと、しちゃ、」
僕はこんなの駄目だって、泣きながら望月に何度も懇願する。僕らは、特にお前はこんなことしてちゃ駄目なんだと。すごく女子にもてるくせに、前途有望な青少年のくせに、いいとこなしの僕なんかとは違ってみんなに好かれているお前が、『牛乳雑巾』みたいなあだ名を付けられるようなどうしようもない僕とこんなことしてちゃ、
「だめ……なのにぃっ……」
僕はすごく情けない声で止めろって言っておきながら、自分の方は尻に突っ込まれて早々にイってしまって、本当に恥ずかしくてみじめで死にそうになった。
僕がイっても、望月は容赦なく出し入れを繰り返す。お前優しい顔して実はサディストだろう。
そして何よりいたたまれないのが、そうされてまた僕の性器が元気になってきているってことだ。もう死にたい。
「……っく、うぅ、ご、めん、なさ……おとぉさ、ごめんなさ、……あっあ、あぁ」
天国のお父さん、こんな息子で本当にごめんなさい。今だけは、本当に見守ったり、そういうのはしないでいいです。僕を見ないで下さい。恥ずかしくて、死んだ時に顔を合わせられません。
「恥ずかしがらないで。悪いことなんて、何一つないんだから」
望月が僕の涙と涎と牛乳でべとべとの顔を撫でながら、優しく言う。その声やめてくれ。ほだされそうになる。僕は必死に頭を振る。
「っぁ、もちづき、だめ、なの、……ぁあ、いや、やだ、」
「……うん。でも、気持ち良い?」
「――んっ、……ごめん、ごめ、な、きもちい、っ……」
あんまり優しくされるから、僕はつい素直に頷いてしまった。望月がぱっと顔を輝かせる。嬉しそうな顔なんかするな。僕らは絶対間違ってる。
絶対間違ってるけど、でも、すごく気持ちがいい。
「うん、うれしい。もっと僕、感じて。君が、すき、好きだ、」
追い上げられて、身体がすごく熱くなっていく。僕は喉が壊れそうなくらい喘いで、よがって、震えていた。
多分僕は変なのだ。男に抱かれて悦ぶ変態だ。人に言えない性癖を持った日陰者なのだ。
「好きだよ」
望月が僕の中でイって、腹の中に精液を注いでくれる。びっくりするくらい熱くて、僕はだらしなく口を半開きにしたまま痙攣した。
僕なんかに好きって言ってくれるなんて、男の身体なんかでイってくれるなんて、なんだか信じられないけど、こいつのこういう人を何があっても軽蔑しない、優しいところが僕は、きっとすごく心地が良くて好きなのだ。
「大丈夫?」
「……ん」
「身体は平気? どこも痛くない? 気持ち悪くない?」
「いや……割とガタガタだけど、この位なら平気」
結局床も、僕自身の身体も望月に片してもらってしまった。僕は駄目な役立たずだ。
着るものがないので望月のシャツを借りて羽織って、僕はそのサイズに微妙な心地でいた。ちょっと大きい。体格差ってやつを見せ付けられた気分になる。
でも僕は断じて小さくはない。まだ伸びるし、なにしろマッチョだ。
「ご、ごめん……ね? なんか、そんな、カッコで」
「ううん。ありがとう。ほんとにお前には迷惑掛けっぱなしだな」
僕は苦笑いする。もう笑うしかない。自分自身の見たくない闇を覗き込んでしまったのだ。げんなりする。
僕はソファに腰掛けて、フラフラ脚を揺らしながら、入れ直してもらったホットミルクの表面をぼんやり見つめていた。
「その……たぶん、僕はすごく変、なんだよな」
「どうしてそんなこと思うの?」
「……尻使って、女子みたいになって、イっちゃって、……気持ちいいとか感じるのって、絶対変だ。僕、自分はすごく真っ当で普通だって思ってたんだけど」
僕は何に関しても普通であることが取り柄だったのだ。正直ショックだった。でも望月は微笑んで首を振って、言ってくれる。
「そんなことはないよ。君は変なんかじゃない。すごく可愛いし、綺麗だし、声も身体も色っぽくて、」
本当にこいつは優しいやつだ。あんまり人に優しくされることに慣れない僕には、ちょっと刺激が強過ぎるくらいだ。
そうやって大事に扱われる度に、それは本当に僕に掛けられた言葉なのかなと訝ってしまって、まあここには僕しかいないしそうなんだろうなと思い当たって、ふわふわ浮ついた心地になる。
抱かれてあんなに気持ち良くなっちゃったってことは、僕はもしかしてこいつのことが好きなんだろうか。
望月は女子がすべからく好きな奴だったから、僕の好意なんてありがたくもなんともないんだろうが、彼は僕にも「好きだよ」とか言ってくれた。
お前は何ていいやつなんだ望月綾時。ちょっとチャレンジャーだなとは思うけど。そうやって誰にでも社交辞令だかなんだかで好きだ好きだって言ってると、今に取り返しのつかないことになるぞ。
例えば、僕みたいな牛乳雑巾(あだ名)に、惚れられてしまったり、なんか。
僕は微笑んで、気遣ってくれた望月に礼を言う。
「――悪い、ありがとう。気、遣ってくれて。ごめんな、僕の趣味とか軽蔑しないのは、お前くらいのもんだと思う。お前は優しいから、」
「……え?」
「だから、その……欲求不満とか、なった時、言えよな。僕その、中で出しても子供とかデキないし、大丈夫だから。あ、イヤだとか、気持ち悪いだとかじゃなければだけど」
「え」
「ちゃんと気持ち良くできるかどうか自信ないっていうか、気持ち良くなっちゃってるのはなんか僕のほうかもだけど、お前のために、僕頑張るから」
「え」
「……お前の言うこと、なんでも聞くから。好きにしてくれていいし……その、女子相手だと無理なことでも、僕は頑丈だし」
「え」
望月が硬直している。彼は目を見開いて、ぶるぶる震えながら僕の肩を掴んで、「ど、どうしたの?」とすごく恐ろしいことを切り出すみたいにして言った。
「あ、あ、あ、あの……黒田くん? 君は、僕のその、何になってくれようと、」
僕はちょっと考え込んで、すぐに思い当たる。こないだ順平に借りたDVDに、ちょうどこういうのが出てきていたのだ。僕は頷く。
「……性欲処理奴隷?」
「ち、違うんだあああああ!!!!」
望月が絶叫する。なんだか良く分からないけど「違うんだ、僕は君をただ大事に、そういうんじゃ、」とか言いながら、さめざめと泣き出してしまった。
……やっぱり僕なんかヤだったんだろうか。
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