「僕の鈍い人(下)」
(綾×主えろ)
「え、ちょ、望月、」
「うん? あ、やっぱり君のってばすごく綺麗な色」
「な、なにやって」
「慰めてあげようと思って。辛いでしょ?」
「い、いや、だってお前嫌じゃないのか。僕女子じゃないし」
「あのね、どうして君は信じてくれないのかな。僕はチャンスがあればいつでも君と繋がりたいって、ほんとに思ってんの」
素でそんなことを言われて、僕はどういう反応をすれば良いのか困ってしまい、「あ、うん」と変な頷き方をしてしまった。望月も笑って、「良かった」とか言っている。会話が繋がっていない。
「あ」
望月が僕の性器を口に含む。全然躊躇しない。僕はいたたまれなくなる。
こういうことを僕がするのはいいが(それにしたってものすごく恥ずかしいが)、されるのはなんというか、多分いつまで経っても慣れることはできないだろう。
「あの、望月、きたないから」
「きたなくないよ」
「僕のなんか、」
「君のだからできるの」
「……ごめ、」
「謝らないで。気持ち良くなって」
指で揉まれたり、舌で突付かれたりする度に、息が詰まる。最近、望月はどうやら気難しいと言われる僕の上手い扱い方を覚えたらしい。僕が押しに弱くて、流されやすいって性質を心得たようだった。
「あ、っ」
裏筋と睾丸を舐め上げられて、徐々に舌がまずいところに向かっていくのが分かる。やばいなと思っていたら、案の定尻の穴まで舐められて、舌を突っ込まれてしまった。
男としてというか、人間として、文明人としてどうなのか。尻の穴なんて自分でも見たことないのに。
「ん、だめ、そんなとこ、」
「お尻、気持ちいい?」
「……ごめん、」
「ね、していい?」
「……あ、もちづ」
「挿れてもいいかな。だめ?」
「……ん、だめじゃ、な……」
僕は真っ赤になって、「駄目じゃない」と言う。ぼそぼそした声で、しかも震えていて、ものすごく聞き取り辛いと思うのに、望月はちゃんと僕の声を拾って、「ありがとう」って嬉しそうな顔をした。
なんでこの男はこんなふうに、僕なんかまですごく大事に扱ってくれるんだろう。
「息、吐いてね」
「ん、」
「大丈夫、怖くないからね」
「ん、う」
まるで子供をあやすみたいに、望月は僕を抱く。硬くなった性器が僕をゆるやかに貫いていく。
「――あ、あぁ」
痛みも衝撃もすごいものだけど、僕はなんでかその時、ひどく安心している。どうやらそういうふうに感じているのは僕だけじゃなくて、望月もおんなじらしい。すごくほっとした顔をしている。
僕の中を蛇みたいに這って、奥まで入ってくる性器のかたちが、はっきり感じられる。熱くて、穏やかな気持ちで、繋がってひとつになったままお互い抱き合って震えていると、なんだか僕はどろどろに融けてしまって、望月と一緒くたになってしまうんじゃないかって変な錯覚がやってくる。
『お次は、写真部の……ニ年生の女子からのラブレターです! 『私が好きな人は、すっごい有名人です。学園のカリスマで、彼のこと知らない人はいないんじゃないかなー。正直戦う前から負け戦って気もするけど、でも諦めない! すっごくカッコ良くて、美形で、スポーツ万能で頭も良くて、――もう、大好き! 愛してるー! 抱かれたい!』――うーん、熱烈! でもお相手バレバレですねー。あの超有名人の彼ですね。実は私も彼のこと大好き! シビれるー!!』
望月がぴくっと震える。昼休みの放送はまだまだ続いている。
「……もちづ、き?」
僕は顔を上げる。望月はなんでか苦笑いしながら、僕の髪を梳いている。
「ちょっと、申し訳ない、ね……」
「もちづ……あ、」
「放送、これ、聴いた?」
「え、」
僕は顔を上げて、遠くのスピーカーから流れてくる放送を拾おうとした。でも僕を待たず、脚を抱えて、望月が腰を動かす。いきなり頭の芯までびりびり衝撃がきて、僕は悲鳴を上げる。
狭い跳び箱の上で揺さ振られていると、なんだか自分が理科の実験のために捕まえられてきて、台の上で解剖されているフナみたいな気分になってきた。あいつもたぶんこんなふうに好き放題やられて、泣きそうになっていたに違いない。
『――『最近転校してきた、すっごい格好良い男の子! 優しくて、一緒にいると楽しくて、笑顔が眩しい素敵なひと! 大好きです!』――うん、彼格好良いよねっ!』
覚えのあるワードを拾って、僕は目を大きく開いて、恐る恐る望月を見た。あからさまにこいつのことだ。本人だって気付いているだろう。
こいつは女子にすごくもてていて、その気になればいくらでも柔らかくて気持ち良さそうな身体に触ることができるのに、こんな薄暗い体育倉庫なんかで男の僕なんかの相手をしている。
「……っ、ごめん、もちづき、ごめ、」
絶対間違ってると、僕は思う。こいつはただ悶々としている僕を可哀想に思ってこんなことをしてるってのに。情けなくて申し訳なくてなんかまた涙出てきた。
「ぼく、なんかで、ごめ……」
「もう、君ってなんでそんな間が悪いかな……ていうか、意外に結構おバカさんだよねぇ」
「あ、ふ」
「もうなんにも考えないで」って言われて、キスされて、舌を絡められて、腹の中をいっぱい擦られる。ほんとに何にも考えられなくなっていく。
僕は望月に取り縋って、声が裏返ってしまっているせいで、ほとんど女子みたいな甲高い声で喘ぐ。
「……あ、望月、もちづき、」
「うん、気持ちいいね」
「んっ、いい……、……き……」
「……え?」
僕は望月を見上げて、恥ずかしくて死にそうになりながら、一生懸命言う。
「……すき」
「え」
望月がすごくびっくりした顔をしている。お前は一体僕をなんだと思ってるんだ。
確かに僕は男に抱かれて、尻にちんこ突っ込まれて女子みたいに喘いでよがっちゃう変態で、いいとこなしで、もてなくて、「ロボットのくせに人間様に歯向かうんじゃねえー!」と罵られてしまうくらい人の気持ちを汲取ることが苦手などうしようもない奴だけど、好きでもない奴とセックスするほど自分を棄てた奴じゃない。
「すき、すきだ、ごめん、……すきだよ、」
望月の、白くて細い、長い指が僕の唇に触れる。『もういいよ』ってふうに。
何だろう、やっぱり迷惑だったろうか。性処理奴隷は余計な口を訊かずに便利なアイテムやってろ、もう喋るなって意味なんだろうか。
そう言えばこの間順平に「オメーこーいうの好きだろうがよー」って言われて借りたDVDでも、「メス豚が、生意気に人間様の言葉を口にするんじゃねえ」って奴隷が虐待されていた。あれはちょっとトラウマになった。もう見たくない。
僕はびくっと震えて、恐る恐る望月を見た。怒ったんだろうか。奴隷のくせに口をきいてすみません。生意気ですみません。だからぶたないで下さい、痛いの嫌いなんです。
――ということを考えていたのだが、予想外にも望月はにこっと笑って、「ありがとう」と言ってくれた。
「――僕は全部君のものだよ」
「あ」
僕はたぶん、今までで一番真っ赤になっていたと思う。
目が潤んでいるのが、自分でも分かる。好意をぶつけて、跳ね除けられないのって、こんなにいい気持ちになれることだったなんて知らなかった。
「愛してるよ」
「ん……もちづき、す、き……」
僕の顔は緩んでたと思う。望月に縋りついて、腰を押し付けて、好きだ、好きだって言う。
僕は自他共に認めるフリーダムな男で、『どうでもいい』がスタンスで、他人と上手く繋がることができず、冷たいとか血の色が青いとか言われるくらいの無感動で無気力な人間だったって言うのに、驚きだ。僕も人を好きになれるっていうことが驚きだ。
だから、嗜好に大分問題がある点くらいは大目に見てもいいんじゃないだろうか。
「あ、あ……やっ、もちづき、イッちゃ……」
「ん、」
唇を吸われて、舌を絡めながら、腹の中で出された。僕は声にならないうめきを上げる。目を閉じて震えながら、快楽に悶える。
「う、――」
薄く、ぼんやり開いた視界に、すごく締まりのない顔をした望月が映っている。めちゃめちゃに嬉しそうだ。顔を真っ赤にしてにやにやしている。
「好きだよ」
僕は頷く。
「大好きだよ」
頷く。
「僕のものになって」
僕は、震えながら、頷く。
そして彼を見上げて、真っ赤になって、涙目で呼ぶ。
「――ごしゅじ、んっ……さまぁ……」
「…………」
望月が笑顔のまま硬直し、
「ち、違うんだあああああ!!!!」
号泣しながら、絶叫した。
『――はぁい、お次は今日のラスト・ラブレターでーす! 最後は男子からですねー、『僕の好きな人は、すっごく可愛くて綺麗で頭が良くてクールなのに、ものすっごくニブい天然さんです。可愛い我侭言って困らせてくれる恋人になって欲しいのに、お願い気付いて、僕は君の身体目当てじゃないんです。君の愛が欲しいんです。奴隷になって欲しいわけじゃないんです。なんでそんなに思い込みが激しいのっ……!!』――大変ですねー、ラジオネーム『デス』君、ちゃんと我慢してる? 彼女誤解させたままエッチしちゃっても泥沼になるだけだと思うよー? では月光館学園放送部がお送りする愛情たっぷりのお昼の放送、今日も楽しんでもらえたかな? じゃあまた明日ね! バイバイ!』
僕は首を傾げながら、僕に抱き付いて「お願い、お願いだからちゃんと僕の気持ちに気付いて」って泣いている望月の背中を撫でてやった。
何が気に入らなかったんだろう。ちょっと噛んじゃったところだろうか。
この僕が、目立たなくていいとこなしだけど多分世界で二番目くらいに強い僕が、お前の前に立ち塞がる障害を積極的に全部排除してやろうって、絶対服従してやろうってのに。
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