夜になって旅館に着くと、望月は物珍しそうに辺りを見回しながら、あちこちで人を掴まえて質問責めにしている。
 どうやら古い時代の日本の空気にひどく興味をそそられているようだ。子供みたいにはしゃいでいる。微笑ましい奴だなと僕は考えたが、すぐ後に順平と風呂を覗く計画を立てはじめたのを見て、ああやっぱりこいつは駄目だと思った。それは犯罪だ。
「ああ、いたいた。おーい、メシ食いに行こうぜー」
 順平たちに巻き込まれないうちにさっさと離れて、売店を覗いていると、友近に声を掛けられた。宮本も一緒だ。
「あれ、順平たちは?」
「ほっといてやれ。風呂を覗くんだとかなんとかで盛り上がってた」
「ふーん。ガキだな」
「ほんとにそうだ」
「つーかさ、ここすげーでかい露天風呂があるんだってさ。お前も後で行くだろ?」
「ああ」
「男同士の裸の付き合いって奴だな」
「運動部らしい台詞だなー」
 話しながら宴会場へ向かっていると、まだろくでもない計画を立てているらしい順平と望月が、廊下の隅でこそこそ座り込んで話している。
「一緒にお風呂……や、お、美味しい話だとは思うけど、やっぱり危ないよ。リスクが大き過ぎる。駄目だ、僕には刺激が大き過ぎる。あの子の前では僕は紳士でいたいんだ――
「落ち付け! とにかく任せろ。この順平さまが一肌脱いで――
 何か声が聞こえてくるが、またなんだかろくでもなさそうな気がする。友近たちも呆れた顔でいる。彼らは割合大人びた、あるいは大人びたふうを装いたいらしいところがあったから、「ほんとにガキはしょーがねーな」とか考えているのだろう。
「……あいつらまさか女風呂に堂々と入り込む気とかないだろうな」
「京都府警のお世話になった修学旅行なんて、一生忘れられない記憶になるだろうな」
「お前同じ寮生だろ。止めろよ」
「どうでもいい。バカは何言っても聞かないよ」
 僕はそっけなく言った。






 友近たちと一緒に食事と風呂を済ませて、浴衣に着替え、自販機で買ったジュースを飲んでいると、なんだか緊張した様子の望月がやってきた。順平も一緒だ。彼は僕を見付けて嬉しそうな顔になったが、すぐさま妙に残念そうな顔になった。
「あ……もうお風呂入っちゃったの?」
「ああ。広かった」
 僕が頷くと、後ろからまだ興奮した面持ちの友近が僕の背中にべたっとくっついて、身体を乗り出しながら、「すげーんだよ!」と言った。
「もうマジすっげー広いの。オレ思わず泳いじゃったよ」
「余裕で泳げる広さだったよな」
 宮本までなんだか楽しそうだ。まあ僕も彼らに混ざっていたので人のことは言えない。
「つか宮本でかいよな」
「お前らは並だな」
 風呂の外でまで何を話してるんだ。僕はちょっと顔を赤くして、「女子も通るんだから止めろよ」と言った。
「なんだよ、拗ねるなって。お前もかたちは良いよ」
「……「は」ってなんだよ」
「いや、えーと……浴衣似合うな、お前。可愛い可愛い」
「話題を逸らすな。……なんだか腹が立つな。ん、どうした?」
 望月は小さく震えている。隣の順平は「あちゃー」という顔をしている。
「い、いや。なんでもないよ」
 望月はにこっと笑った。でも顔色が良くない。元々色が白いが、血の気が引いてしまっている。
 僕はソファから立ちあがり、髪を上げて望月と額を合わせた。熱はないが、あまり具合は良くないみたいだ。
「大丈夫か?」
「あ、え? ……うん」
 望月は顔を赤くした。女子にちやほやされているくせに、人に気遣われるのはあまり慣れていなかったのだろうか?
 僕は望月の肩を叩き、じっと目を見て、あまりはしゃぎ過ぎるなよと言った。
「覗きとかバカな真似も止めとけ。のぼせる。さっさと上がって部屋で休むこと。明日も早いし、体調を崩したらせっかくの旅行も楽しめなくなる。わかったか?」
「……うん」
 望月はちょっと恥ずかしそうな顔になって、素直に頷いた。こういうところで彼は純粋だ。順平みたいに「うっせーよ、黙れよ」とか文句を言わない。
「順平、こいつあんまり具合良くないみたいだ。頼む」
「……お前、最近ホントに面倒見良くなったよなぁ。最初なんてすげーアレだったのに」
「嫌でも慣れる」
 望月の背中を「行ってこい」と叩くと、彼は頷いて、ぼおっとした顔でふらふら歩き出した。熱はないと思ったが、僕はかなり心配になってきた。風呂で倒れなければ良いが。
 順平が望月を追い掛けて行って、「りょうじー、大丈夫かー」と肩を押してやっている。
 あの二人は本当に仲が良いなと僕は思った。
 あの順平が女子に人気のある望月をやっかむでもない。僕に対する例の数々のひどい対応は何だったのかと小突きたくなってくる。
「お前って冷たそうなのに、中身はあったかいんだよなぁ。自販機でコールドのボタン押したらホットが出てきたみたいな……」
「ホント面倒見良いな。たまにギャップに呆然とする」
「……別に、普通」
 友近と宮本に口々に言われて、僕はちょっと赤くなって言った。
 役職のせいもあるだろうけど、なんだかそれだけじゃない気がする。子供みたいにふらふらしている望月が危なっかしくて放っておけないのだ。





◆◇◆◇◆





 修学旅行二日目の朝、メールの着信音で僕は目を覚ました。
 寝転がったまま壁の時計を見やると、起床時間にはまだあと三十分ほどある。寝汚い僕は布団の中から腕だけ出して携帯を掴み、受信の確認をした。
 送信者は友近だった。画像の添付ファイルがくっついている。
 何だろうと首を傾げてファイルを開いた僕は硬直した。一瞬で目が覚めた。
 添付されていたのは僕の写真だった。本文はない。
 寝ている間に撮られたのだろう。間抜けな顔をして寝こけているが、寝着はもっと間抜けなことになっていた。浴衣を派手にはだけて、かなり見たくない姿になっている。
 僕はいつかの嫌な記憶を思い出していた。友近は何を考えてこんなふうに僕の精神に致命的なダメージを与えてくれるのだろう。
 ぐしゃぐしゃになっていた浴衣を整えてぐるっと部屋を見ると、メンバーの姿がない。早朝からどこかへ遊びに行ったらしい。まったく元気なことだ。
 僕は飛び出して、友近の部屋へ怒鳴り込んでいった。
「てめっ、友近ぁあああ!!」
「ひいいいい! すんません! すんませんっしたぁあ!!」
 剛毅のペルソナを装着して生身のままデッドエンドを決めると、友近は泣いて僕に謝った。泣くくらいならはじめからやらなければ良いのだ。
 僕は友近の上に乗り、関節を極めながら、「どういうつもりなんだ」と訊いた。
「……俺のトラウマを呼び起こしたりして、何が目的だ? お前なんかこっちからリバースを申し出てやる」
「あ、勘弁してください、ほんと。悪気は無いんです。ただ、ちょっと、事故で」
「あ?」
「いやその、こうやって修学旅行とかに来ると、寝てる奴の寝顔撮って後でネタにしたりするじゃん……」
「ちょっと待て。お前は俺と同室じゃなかったはずだ」
 僕は顔を上げ、ぐるっと部屋を見渡した。妙に人数が多かった。何で一部屋に十人もいるんだ。中には僕と同室の生徒の姿もあった。
 なるほどなと僕は納得した。何人かグルになっているに違いない。
「……お前そんなに俺を笑いたかったのか」
「いや、誤解だって! セクシーショットに盛り上がってるとこに「そういうの良くないよ」とか水を差す奴がいたから、ノリ悪ぃ奴だなーならお前にも送り付けてやるぅ!と思ったら、間違えて、お前のアドレスに、」
「……そいつ、誰?」
「望月です」
 友近が指差した先には、青い顔でびくびくしている望月がいた。どうやら彼は同室の友近に巻き込まれてしまったらしい。
 僕は素直に彼に感謝してしまった。この間助けてくれたこともあったし、やっぱり彼はすごく良い奴だ。
 それに比べて他の奴らはどうだ。僕を笑い者にしているのだ。みんな僕のことが嫌いなのだ。月光館の男なんか嫌いだ。
「ちょっおい望月! お前女子には下心満載なのに、なんでこういう時に限って紳士なんだよ! もしかしてお前こいつのことが好きなんじゃないのか?!」
「なっ、そ、そんなっ……」
「そんなことがある訳ないだろ。変な言い逃れは止めろ。望月に失礼だ。――さよなら、友近」
「えっ、やめて許して、」
「死んでくれる?」
 爽やかな朝の旅館に、友近の断末魔が響いた。





――望月」
「は、はいっ」
 友近を処刑し終わってから、僕は望月に呼び掛けた。彼はひどく緊張した顔で、背筋を伸ばして正座をしている。どうやら怖がらせてしまったみたいだ。
 僕は溜息をついて、「もう身体は大丈夫なのか」と言った。
「ちゃんと寝た?」
「あ、う、うん」
「良かった。いつも悪いな。すまない、バカが迷惑を掛けて。こいつちょっと欲求不満なんだ。あんまり近付かないほうがいい。油断すると男相手に「キスの練習しよう」とか言い出すから」
「なっ、ぶ、無事なのかい?!」
 泡を食っている望月に、僕は「当たり前だろ」と頷いた。彼は僕の心配をしてくれる数少ない人間のひとりだ。いい奴だなと、僕は正直に思った。
 僕を気遣ってくれるなんて、アイギスと山岸と彼くらいのものだ。
 僕はちょっとだけ、傍観していた彼の恋路を応援してみたい気分になった。あとでアイギスにフォローでもしてやろう。
「じゃ、また後でな」
 僕は肩を竦めて部屋を後にした。
 直後、中から「てめっ、友近ぁあああ!」と怒声と激しい物音が聞こえてきた。
 多分トラブルの元凶の友近が粛清に遭っているんだろう。
 僕はちょっとほっとした。皆は友近に巻き込まれただけで、別に僕がいじめか何かに遭っているわけではないのだ。






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