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翌日、朝礼の時間になっても望月は教室に現れなかった。女子は「サボるような子じゃないのにね」とか噂をしている。昨日最後に見た時は無駄に元気そうだったので、僕もなんだか変な気分だった。 彼の携帯にメールを送っても返ってこないので、僕は「あいつ倒れてんじゃないかな」とさすがに心配になってきた。 昼になって、ようやく受信トレイに望月からの返信があった。 『ごめん あたまいたい』――本文はこれっきりだ。風邪でもひいてしまったのだろう。どうやらこれが精一杯だったようだ。 大丈夫なのかなと僕は考えた。彼は子供みたいなところがあるから心配だ。ちゃんと病院へ行ってるんだろうか。 ともかく僕はなんだか拍子抜けしたような気分になった。朝から僕は一体なにをやってるんだろうと微妙な心地になりながら、二人分の弁当を作ってきたのだが、望月が来てないんじゃしょうがない。 僕もさすがに二人分食べるほど食が太いわけじゃなく、無駄にするのも勿体無いので、溜息を吐いて、近くにいた友近に弁当を押し付けてやった。どうせ彼も購買組だし、一食浮くなら喜んでくれるだろう。 「友近、やる」 「え」 友近は僕と弁当を交互に見て、唖然とした顔になり、ぽかんと口を開けた。 それから僕の手をぎゅっと握り、妙なことを喚きだした。 「おおおおお、お前もしかして、やっぱりオレのこと好きなのか? そうなのか?!」 「訳の分からないことを言うな。べつに、余っただけ」 「んもーこのツンデレっ! ありがたくいただいてやるぜ! お前の気持ちをな!」 「……うん」 別にそこまでテンション上げなくても良いと思うけどと僕は思ったが、友近があんまり嬉しそうなので黙っておいた。女子に貰ったならまだしも、僕は男なので、「おうサンキュー」くらいの軽い反応を予想していたのだが、友近はたまに良くわからない。まあ喜んでもらえて良かった。 「なんだよ、友近。お前朝購買寄ってたじゃん。弁当もーらい」 「あああ! 返せ宮本っ! それはオレへの愛妻弁当なんだよ!」 「チ、チミィ! それはグルメキングであるボクこそが食すべきなんだよ!」 「あってめっ返せデブっ! お前は一週間くらい食わなくていい顔をしてる!」 「あれっどこ行った弁当……平賀だ! 奴が持ってるぞ!」 「留学生が持って逃げたよー!!」 「追ええ!」 「……『流れる水のごとし』、です」 「……? アイギス、大分難しい言葉を使えるようになったじゃないか」 最近アイギスはたまに良く分からないことを言う。僕は首を傾げたが、何がそうやって彼女の心を動かしたのか分からない。今だって別に国語や古典の教科書を広げているわけではなく、『ダイエットウィダー』と書かれたパッケージに入った専用のエネルギーオイルを飲んでいるのだ。 「私にはお弁当、下さらないのですか?」 「昨日食べさせ過ぎだと桐条先輩に怒られた。君はすごく燃費が良いそうだ。あまり食べ過ぎると暴走するらしい」 「でもあなたの料理はとても美味しいです」 「そうか? じゃあ俺のをちょっとやるよ。先輩には内緒な」 「はい」 僕らが弁当を食い終わった頃になると、友近がどことなくぼろぼろになって帰ってきた。「ちくしょー小田桐のやろー権力振りかざしやがって」とか言いながら泣いている。大方大騒ぎして怒られたのだろう。彼も大概悪のりが過ぎる人種なのだ。 ◇◆◇◆◇ たまにはみんなで食事にでも行こうという岳羽の提案で、今日の帰りは僕と寮のメンバーという大人数になった。 玄関を出たところで、僕らは後ろから急に呼び止められた。 振り返ると見ない顔の男だったが、天田が見知っているようだ。どうやら初等科の先生らしい。 彼は僕のところへやってきて、ほっとしたように笑った。 「良かった、望月! お前なかなか捉まらないから随分時間が経ってしまったが、この間昔埋めたタイムカプセルを掘り出したんだよ。お前の手紙も出てきたから渡そうと思っていたんだ」 「え、望月?」 どうやら、僕は望月と間違えられているらしい。でも相手はまったく気にしたふうでもなく、僕の頭を撫でて「でかくなったなぁ」とか言っている。 封筒を押し付けられて、見ると、確かに名字は望月のものだったが、名前の部分は僕のものになっている。 「月光館に戻ってきてたんだな。その、ご両親のことは本当に気の毒だった。あんなことになって……これからも、しっかりやれよ。お前に渡しそびれていた文集とかも、まだちゃんと残してある。時間があれば初等科に取りにきてくれ。じゃ、気を付けてな」 言い終わると、初等科の先生は多忙らしく、さっさと行ってしまった。 僕は押し付けられた封筒を持ったまましばらく硬まっていたが、順平が僕の肩を掴んで身を乗り出してきたので、はっと我に返った。 「……どゆこと? お前、望月ってリョージと間違えられたんか?」 「でも名前はリーダーになってますよ、この手紙。きったない字ですが」 「なに? お前ら知らないうちに籍とか入れてたわけ?」 順平がとんでもないことを言った。僕は思わず彼をぶん殴ってしまいたい衝動にかられたが、どうにか抑えて、肩を竦めた。 「……さあ。人違いされたんじゃないのか」 「名字も名前も珍しいもんじゃんよ……あ、わかった。お前ら実は生き別れの双子の兄弟だった! とかどうよ?」 「あ、……そういえば」 順平と天田が、変に納得したふうに僕の顔を見て頷いている。岳羽が首を傾げて「そんなことあるわけないじゃない」と言った。 「全然似てないし。似てると言えば不思議くんなとこくらいじゃない」 「いえ岳羽さん、彼らはそっくりなんですよ。二人並べて後ろから鈍器で殴ったらすぐに分かります」 「手段はともかく、そうそうこいつら顔そっくりなんだぜ実は。垂れ目と釣り目に騙されちゃイカンよ。いやー、良かったなー、感動の再会って奴じゃね?」 「それにしてもリーダー、そういう話題多いですね」 「ほんと、どれだけ不思議くんなのって感じよね。漫画みたい」 みんながわいわい盛り上がっているが、なんだか僕は急に寒気のようなものを感じて、封筒を鞄に仕舞い込んだ。 「あれ? 読まないの?」 「……ああ」 頭が痛くなってきた。望月の、自覚症状が出る前の風邪でも感染ったのかもしれない。 咽が乾いてきた。僕は頭を押さえて、首を振った。 「……なんか、気持ち悪い。見たくない」 「あ」 岳羽が僕の様子に目ざとく気付いて、慌てたように急に明るい声を出した。 「ね、ねえ! 早く行こうよ、お腹すいちゃった、すごく……」 彼女も十年前に父親を失っている。僕の境遇に思い当たって、気を利かせてくれたのだろう。辛い過去かなにかが思い出されることを心配してくれたのかもしれない。僕には思い出はどれも漠然としていて、今更蘇えってきても、なんにも感じないとは思うが。 「……大丈夫?」 「ああ」 岳羽がこっそり聞いてきた。僕は頷いた。僕は大丈夫だ。なんでもない。 食事を終えて店を出るあたりになると、僕は手紙のことも、僕らを呼び止めた初等科の先生のことも、すっかり忘れていた。 ◆◇◆◇◆ 『望月 綾時様へ こんにちは。十年後も綾時は元気ですか? 十年たったら綾時はもうおじさんになっていますね。 できれば、今より大人になってくれていますように。 女のひとをくどくくせはなおってますか? ごはんはちゃんと食べていますか? さみしくてどこかで泣いていませんか? ぼくは心配でたまりません。 今綾時のとなりにぼくはいますか? 大きくなったら、いっしょにくらそうってやくそくは守られてますか。 ぼくはたぶんあんまり長くは生きられないけど、守られてるといいなと思います。 綾時のうちでごはんを作ったり、そうじをしたり、学校に行ったりしているといいです。 ぼくがいなかったとして、その時はやくそくを守れなくてごめんなさい。ぼくはわるい子です。 でも、その時は綾時はきっとみんなみたいにぼくのことをわすれてると思うので、ここに書いておきます。ぼくはあなたの子どもです。 名前は、お母さんと綾時の名前から一文字ずつもらいました。あなたがすごくがんばって考えてくれた名前です。ぼくはこの名前がすきです。 もしかしたら、(具合がわるければ、)綾時はぼくが生まれたこともわすれているかもしれません。でもぼくはちゃんとここにいました。 七年間、綾時がぼくを好きでいてくれたことがうれしくてたまらないです。ありがとう。ぼくは綾時がほんとに大好きです。 ぼくは昔みたいに、ずっとまいにち綾時といっしょにいて、ヒーローショウを見に行ったり、クリームソーダを飲んだり(チーズケーキもつけてね)、たくさんあそんだりしたかったです。 あの時はずっとつづくと思ってたのに、かなしいです。 綾時がおじいさんになっても、今みたいな面白い綾時でいてくれますように。 僕やみんなみたいにシャドウに食べられてしまいませんように。 おげんきで、いつか読んでくれた『みやざわけんじ』の本みたいに、ぼくはいなくなっても、ほしになっていつも綾時を見ています。 今も見ています。だから泣いたりしたらダメだよ。 では、さよなら。いつかまた会いたいな。 P.S できればラボのうらのカナリヤのランタンのおはかに、たまに花をあげてください。 ぼくのホネも、きっとそこにあると思うので。 ちび より。』 |