エージが、死んだ。
 三月に入ってすぐの暖かい日だった。卒業式が終わって、オレたちがあの最後の戦いの日にまた全部の思い出と一緒に会おうって約束した場所で、あいつはすごく気持ちが良さそうな顔で眠っていた。
 ちょっと笑ってた。アイギスに膝枕をしてもらって、何度も何度も、ゆっくり頭を撫でられて、髪の毛を梳かれていた。ふたりの様子は彼氏とか彼女とかそんなんじゃなく、もっと親密で、もっと大きな環の中にいるみたいに見えた。
 空はどこまでも青く、春の光は優しく透き通っていた。飛行機雲が気持ち良いくらいまっすぐに、空にチョークで引いたみたいな銀色の線を描いていた。ポートアイランド駅から電車が出て行く様子が見えた。前の道路では車がクラクションを鳴らしている。全部が全部いつもどおりだ。還ってきた、日常そのものだ。あいつが守りきった世界そのものだ。
 でもエージは、たぶん、オレたちを、あいつがようやく好きになったらしい世界を、未来のひかりとやらを見ることはきっともうないのだ。
 もう二度と、目を覚まさないのだ。
 子供みたいな寝顔が憎たらしくてしょうがなかった。
 この世界で一番幸せになるべき人間が、こんな簡単に、電池が切れたラジコンカーみたいにぴたっと止まってしまうのは、どう考えてみてもやっぱりおかしかった。








 黒田栄時には親族がいなかった。遠縁の親類に連絡を付けても、『あの子は十年前に家族と一緒に事故で亡くなりましたよ』と変な顔をされてしまったそうだ。実際戸籍を調べると、十年前に死亡届が出ている。もういない人間扱いだ。
 良くそれで普通に学園生活を送れてたもんだと思ったが、良く考えてみればロボットのアイギスが何食わぬ顔をして通えてしまえる月光館なのだ。どうやら理事長の幾月さんが育ての親がわりだったらしく、それも自然に学校に融け込んでしまえた理由のひとつだったろう。
 でもそういうことを聞かされると、あいつが本当に一年ポッキリ使い捨てのモルモットみたいに扱われていたことを、嫌になるくらいに思い知らされてしまって、ものすごくナーバスになった。ちゃんと息を吸って、飯を食って、大分乏しかった表情がどんどん柔らかくなって、ちゃんと人の目を見るようになって、ようやく心から笑えるようになるまで、この一年間オレたちはあいつの隣で(大分食違いや諍いも交えながら)それをちゃんと見ていたのだ。
 思い出だけが一人歩きしているような感じだった。時が栄える、なんて先に良いことばっかりありそうな名前をリョージに付けてもらったくせに、あいつは難しい紙の上では、七歳で時を止めて、成長をやめてしまった子供のままなのだ。
「わたしたちが、彼をちゃんと見送ってあげることができて、良かったです」
 アイギスはぎこちなく笑っている。多分一番(もういないリョージを除けばだ)あいつのことが好きだったはずだけど、すごく穏やかな顔をしていた。
「……あの人が独りぼっちで死んでしまって、猿やネズミや、魚や、そんな実験動物の骨と一緒に埋められてしまったらって、考えたくないです」
「ンだよそれ……んなこと誰に聞いたのよ」
「あの人が言ってたから。友達はみんなそうやって、ゴミ溜めに棄てられて、焼かれて灰になって、なにもかも混ぜこぜに埋められてしまったんだって。それが怖かったって。そうやって誰の思い出にもならずに消えたくないって。だからわたし、いつまでも憶えているんです。それがわたしの役目。わたしはこの世界に残って、いつまでもいつまでもあの人を守りたい」
 オレは、「うん」としか言えない。オレはアイギスみたいに考えることができない。思い出と一緒にいつまでも〜なんて、オレは言えない。
 あの時ああしたらとかこうしたらとかばかりだ。去年の四月まで時を戻せたら、心を無くしてたあいつのそばにちゃんと付きっきりでいてやる。生まれたばっかりの子供をイチから育ててやるみたいにして、面倒を見てやるだろう。すげえ優しくしてやっただろう。毎日財布が許す限りクリームソーダを飲ませてやったろう。オレは言うのだ、「オメーんなブラックコーヒーなんかよりもよー、もっと好きなモンがあんだろ? ん? 素直になりなさいよ」と。去年の四月のあいつは「どうでもいい」と切り捨てておきながら、結構興味津々だったりするのだ。
 妙に感情的になるのがおかしくて、何度もミュージック・プレイヤーを取り上げてやってた。あれもナシだ。
 召喚器を取り上げられたチドリみたいな顔で「返せよ!」と、珍しくあいつから突っかかってくるのを見るのが、大分長い間あいつのことが気に入らなかったオレの楽しみだった。そんな時ばっかりは、完璧なリーダーさんを、ただのいじめられっ子にしてやることができたのだ。
 オレはあの頃のオレ自身を顔のかたちが変わるまでぶん殴りたい。それは、そのミュージック・プレイヤーはあいつの粉々になった心の欠片みたいなもんなんだよと怒鳴り付けてやりたい。そいつを取り上げられた時のあいつの恐怖ってもんが、どれくらいのもんなのかわかってんのかよと。ただでさえあいつの世界は怖いもんばっかりでできてるのに、これ以上怯えさせてどうすんだよと。
 そばにいてやれば良かったのだ。あいつはほんの子供で、大好きな親父さんと離れ離れになって、大人たちに寄ってたかってひどい目に遭わされて、世界を滅ぼすための道具みたいに扱われて、オレみたいに迷ったり悩んだりすることも許されなかったのだ。
 オレはいつも無表情でいるあいつを冷静だとか冷酷だとか言ってやっていたが、何のことはない、あいつはただ命懸けでそいつを我慢していたのだ。心を棄ててまでして、楽しいや嬉しいを手放すかわりに、あいつはしっかり立っていた。怖いくらい揺るぎなかった。でもそれは結局のところ大いなる虚勢だったわけだ。
 オレはいつかの夜を思い出す。自分が吐き出した血にマジビビッちまって、嫌だ死にたくない怖い怖いと泣いていたあいつの顔を。震えていた小さい身体を。
 チドリの時といい、エージの時といい、オレはなんで何にもできないんだろう。
 オレは、なんであの子たちを守ってやれなかったんだ。








 喪主は桐条先輩がやった。あの人は桐条グループのトップになっていたから、どういう間柄なんだとあちこちで勘ぐられたりもしたらしい。
 先輩は罪滅ぼしだと言っていた。エージを弄くって変なことにしちまったのは、桐条の、自分のせいだと言ってた。誰も先輩のせいだとは思ってないけど。
 検死だとかなんだとかで大分遅くなってしまったが、エージの遺体は相変わらず綺麗だった。まあとりあえず葬式をちゃんとやってやれて本当に良かったとオレは思う。
 アイギスが言うように、猿やネズミの骨と一緒にあいつの骨が埋められていく光景を想像すると、気持ち悪くて仕方がなくなってしまう。
 エージは人間だ。モルモットじゃない。大体モルモットみたいにつぶらな瞳もふわふわの毛もないし、たまに暴言を吐いて生意気だ。最後は大分可愛らしい奴になっていたけど、オレは出会ったばかりの頃のあいつの数々のむかつく言動を忘れはしない。初対面で気さくに話し掛けてやったオレに、あいつは「なにお前」とか言ったのだ。あ、なんかまだちょっと腹立ってるオレだ。
 遺影は相変わらず何考えてんのかさっぱりわからない、無表情のエージだった。もっといい写真使ってやれよとオレは思う。まだいくらかあったはずだ、祝勝会の時のびっくりした顔のやつだとか、修学旅行でリョージに抱き付かれて『しょーがねえな』って顔してるやつとか、二月にクリームソーダのアイスを食ってるところを写メで激写した満面笑顔の奴とか、そこまで考えて、オレはそれが「まともな写真」ではなくて、「あいつがかわいい写真」だったことに気付いてしまった。まったくかわいい奴だったのだ、ほんとは。
「……っとに、仏頂面で不細工な写真使ってやんなよなー。エージが可哀想だろーもー先輩ってば」
「だよなあ。生徒証の証明写真なんか使うなって感じだよな。ひどい顔だ。苛めだこれ」
「そんなことはないよ……! すごい美人に写ってるじゃないか。まあ実物のほうが随分可愛いのは確かだけどね」
 エージもオレの横でぶうぶう言っている。リョージがフォローしてやっているが、こいつのは親の欲目だとか惚れた欲目だとか、そんなような感じなのでまったくあてにはならない。
 そこでオレは、あれっ、という気分になる。なにかふっと、赤いりんごが詰まった箱のなかに、緑色のりんごが一個だけ混じっているふうな、ここにいたらおかしいものがあったような気分になったのだ。
 オレは首を傾げる。それから葬式の会場をぐるっと見渡す。変な顔をしている奴はどこにもいない。みんな俯いてハンカチを目に当てたり、鼻をかんだりしている。
 顔ぶれもオレが知ってるものから全然知らないものまで多彩だ。多彩過ぎて、あいつの交友関係ってものは一体どうなっていたのか、今更ながら疑問が湧いてくる。あそこにいるのは時価ネットのたなか社長じゃないのか。なんでこんなところにいるんだ。
「それにしても、すげーよくわかんねー面子……どうやったらこんなカオスな友人関係ができるんだ。しかもなんか坊さんまで大泣きしてるしよ……」
「無達さんだよ。クラブで知り合った坊さん。わりと仲良し」
「ちびくん、クラブってまさかっ……え、え、え、援助、交際っ……?!」
「別にそんないかがわしいもんじゃないから。クリームソーダ奢ってもらっただけだし」
「ごちそうしてもらって、そういうのを援助交際って言うの! ま、まさか、パ、パ、パパとかっ、呼んでって言われたりしたんじゃあ……!」
「そんなこと言われてない。ちゃんと『父さん』と呼べって言われた」
――よ……呼んだの……」
「え? うん。前に一回だけ。酔った時に、一人で寂しいって言ってたから」
「僕以外の男をお父さんと呼ぶなんてっ……!」
「だからあの時は昔のこと良く覚えてなかったんだ。ごめんって。もうしません」
「そ、そ、それより、ヘンなことされなかった? なにかこう、セクハラとか、ヘンな、ヘンなことっ……!」
「ん? あ……なんか毛を剃れって。ツルツルにしろって。ヘンだよな」
「剃毛プレイ?! そ、そんなっ、君みたいな子供が中年の脂ぎったマニアックなプレイに付き合うことはないんだ!」
「もう何言ってんのかわかんない。綾時のバカ」
 リョージとエージは相変わらず良く分からないノリの掛け合いをやっている。騒いでいるのが悪かったのか、ゆかりッチが「もー」と呆れた顔をしてオレたちのほうを睨んだ。オレはなんにもしてねー。
「静かにしなさいよ、お葬式なんだからさ。ちゃんと場をわきまえなよ、そこの三馬鹿。ちゃんとしてよねーもう、恥ずかしいじゃないの」
「ちょっ、ゆかりッチ! オレっち馬鹿じゃないって! 馬鹿はこの親子!」
「岳羽、俺馬鹿じゃない。馬鹿は綾時と順平」
「ゆかりさんに罵ってもらえるなら、僕は馬鹿でいいよお」
 オレたちがわいわい騒いでいると、こんな時まで生真面目な小田桐に「そこっ、静かにしたまえ!」と怒鳴られた。
「彼の葬式の神聖な空気が台無しじゃないか! まったく、安らかに眠らせてやろうという気遣いをだね……」
 相変わらずお堅いし偉そうだが、小田桐は泣いていた。それも号泣だ。男泣きだ。あいつも泣けたのか。知らなかった。
 小田桐とわりと仲が良いらしいエージが、「泣くなよ」と言って、困ったみたいに言った。
「だって、湿っぽいのはなんか苦手」
「しかしだね、葬式ってものは……」
「みんな泣かせて、俺なんかすごく悪いことしたみたいじゃん。笑ってるほうがいいよ。楽しいこと思い出そうぜ。たとえばほら、お前没収してきた少女漫画を『こんな下らないもののどこがいいんだ』とか言いながらパラパラ見てるうちにのめり込んじゃって、最後には号泣」
「あっ、あれはだね! その、」
「あの漫画面白かったよな、伏見」
「へっ? あ、ああはい、大好きなんです! えっと……意外、ですね、その」
 小田桐と少女漫画がイコールで結び付いた途端ツボに入ってしまったようで(オレもウケた)、生徒会の眼鏡の女の子は吹き出してくすくす笑いはじめた。小田桐は顔を真っ赤にして、「違うんだ」とか「たまたまだ」とか弁解している。
「良ければ先輩、あの……今度、感想とか、聞きたいです」
「……ま、まあね。悪くは、なかったと……君! 笑うな!」
 エージが小田桐に怒られて「ごめんごめん」とか笑っている。
 それで、なんだか場の雰囲気が和やかになってしまった。葬式に和やかってのもどうかと思うが、とにかく和んでしまったのだ。
 みんなエージの友達で、あいつ前こんなことしててさとか、えっ意外だとか、ああそんなこったろうと思っただとか、生きてた頃のあいつの話題が出て、みんなにこにこ笑っている。当のエージは「なんか至近距離で噂されると複雑」とか苦い顔をしていた。
――では、喪主としてここで一言入れるべきなのだろうが、そもそも何故私は喪主なんてやろうと言い出したのかな……彼がいるのに。望月、頼んだぞ」
「あ、はいはーい。美人に指名されて光栄です」
 リョージが嬉しそうにひらひら手を振って、桐条先輩からマイクを受取った。あいつは「えーコホン」とかもったいぶって、「今日は集まってくれてありがとう」と穏やかに言った。
「え、あれ、こないだ転校してった望月じゃん。なんで喪主?」
「あー、ま、家族なんだぜ、あいつら。バリバリ血ィ繋がってるんだわ」
「え、そうなのか? 全然知らなかった」
 宮本と友近が驚いたようにオレにぼそぼそ訊いてきた。オレは言葉を濁す。だって同い年のあいつらが親子だなんて、きっと誰も信じない。
「ご存知のとおり、えー、うちのちびくんは……じゃなくて栄ちゃんは大変美人で賢く、僕に似てかっこよく、一見完璧超人ですが実はすごく寂しがりで、たまに僕だけに見せる甘えん坊の顔がまたとても可愛くて、」
「綾時……お願いだから恥ずかしいからやめて」
 エージが真っ赤な顔で懇願した。こいつはまったく可哀想な星のもとに生まれてきた奴だ。
「え……望月ってもしかしなくても超ブラコン?」
「えーうん……そうなんじゃねーの……」
 なんとも言えない。
「ともかく、いい子なんです。こんなにたくさん、あの子のために集まってくれてありがとう。僕らはすごく嬉しいと思う。幸せ者です。春が来て、また季節が一巡りして、子供が大人になって、おじいさんになっても、たまにでいいです。みんなが僕らのこと思い出してくれたらいいのにな。いつか最後まで精一杯生きたあとに、ひかりの中でまた会いましょう。正直言っちゃうとこんなにみんなに愛されてる彼が、僕は少しうらやましい。僕も身体を残しておけば、ここに君と一緒に並べてもらえたのかな。ね、どう思う? 栄ちゃん」
「綾時……その呼び方ツボに入っちゃったのか……」
 エージはげんなりしている。
「僕からの言葉は、これで……あ、そうだ。せっかくマイクをいただいたので、最後に一曲良いですか? 僕カラオケ大好きだったんだけど、これで歌いおさめかと思うとちょっと心残りが」
「なんだぁ? 読経ライブの許可が出たのか? 音響装置なら、ほれ後ろだ後ろ。棺の、ほらそこ」
「あ、どうも。では一番望月綾時、「Burn my Dread」歌います」
 いや、ちょっとハジけ過ぎだろ。人の葬式で。オレは呆れて何も言えない。
 エージのやつもほんとに大変だ。だからうちの子になりゃ良かったんだ。
「何やってんだよ綾時!」
 エージが怒ったふうに言った。そうだぞ、たまにはお父さんにガツンと言ってやれ。
「ずるいぞ! 「Burn my Dread」は俺が歌うって決めてたのに!」
 お前は最後までツッコミがズレてる男だな。おい。
「まあまあ栄ちゃん、じゃあデュエットしようよ!」
「わたしは、ニ番手に「キミの記憶」を予約します」
「アタシのテーマソングを聴かせてあげるわ!」
 もうグダグダだ。オレは手を挙げて言う。
「すんませーん、「Deep Breath Deep Breath」予約で」













 夜になって、オレは急に冷静になって、『あれっ』が『あれっ』どころじゃないことにやっと気が付いた。『あれっ』どころじゃなくて、『オイオイマジかよ』レベルだ。
 オレはかなり良いところまで進んでいたゲームの内容を一瞬で頭からすっ飛ばして、コントローラーを放り出して、慌てて部屋を出た。
 ラウンジに駆け下りて、ちょうど牛丼食ってるところだった真田さんを大声で呼ぶ。
「真田さん! ちょっ、おかしくありません?!」
「……俺も、思う。絶対、おかしい。あれはおかしいだろ……!!」
 オレらが顔を突き合わせて「おかしいだろ」「ないだろ」と言い合っているところで、上の階からも奇声だか悲鳴だかが聞こえてくる。
 まず天田が降りてくる。
「ちょっ、おかしいでしょ! ないでしょ?!」
「だよなっ!」
「ない!」
 天田はいつもの可愛げのない顔もどこかへやってしまって、泡を食っている。続いてゆかりッチと桐条先輩、風花も降りてきた。
「ちょっとおー! ありえないから!!」
「おかしいだろう……!」
「しっ、信じらんないです! あれって何なんですかっ?!」
「知るかよ! わかんねえよ!」
「ちょっとなにか言ってやって下さいよ!」
「どこまで人を振り回せば気が済むんだっ?」
 そして、アイギスが降りてきた。コロマルも一緒だ。ふたり(?)とも、ものすごく困った顔をしている。
「あの……わたしのセンサーがおかしくなってしまったんでしょうか……」
「ワン! ワンッ!!」
 そしてオレらは全員顔を突き合わせて、声を揃えて言った。





『……あいつら、いたよな?』





 ほんとに、普通にいた。しめっぽい顔すんなよーとか笑って、歌まで歌い出す始末だった。オレらもそいつに乗ってしまって、最後のほうには葬式なのか宴会なのかわかんなくなってた。どっかから酒も出てきて、坊さんまで「無礼講だー!」とか言い出すし。というかあの坊さんは何なんだ。
 ふと、オレらの携帯が鳴る。見るとどうやら今日の昼間に葬式に出てた連中からだ。出ると、かなり泡を食ったような、混乱しきった声が聞こえてきた。





『順平ー! あいつなんか昼間いたよな?!』
『おいっ、葬式出てたよな、自分の!!』
「あ、うん……いたね……」





 友近と宮本だった。オレは頷く。頬を抓ってみる。痛い。夢じゃない。





「ああ、小田桐、伏見……いたな、彼。私も、ああ、たぶん夢じゃ、ないと――
 桐条先輩やみんなも、かなり困惑した顔で応対している。いたよな、いたよな、と繰り返すたびに、オレはなんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。
 悲しくなって、泣いて、残されたオレらは悲惨なもんだったのに、リョージもエージも死んでも馬鹿ばっかりやっていて、ものすごく楽しそうで、オレはあんなに元気な幽霊のために何で泣いてやらなきゃならないんだ。
 いたな、いたな、と繰り返すたびに、オレはなんだかすごくおかしくなってきて、ついには笑い出してしまった。みんなもだ。寮のみんなも、電話の向こうのダチも、みんながみんな大笑いだ。爆笑して、腹抱えて笑った。
 あいつなんなんだよ、なんで自分の葬式カラオケにしちゃってんだよ、いやそりゃリョ―ジが悪かったんだよと、ラウンジの床に転がって足をじたばたさせながら笑った。
 息ができなくて、あんまりおかしすぎて涙までぼろぼろ出てきて、オレは生まれてから今まででこんなに笑ったことは、たぶんなかったと思う。
 エージもリョージも、ほんと、馬鹿だ。










 
 空に昇っていく灰色の煙を見ていた。一年間、オレが手を伸ばせばすぐに届く距離にいた、あの小さな身体が焼けていく。空に還っていく。
 エージは今頃どこにいるんだろう。リョージと一緒に、どの辺を歩いてるんだろう。たぶん笑ってるんだろうってことは、オレには分かる。あいつはパパが大好きなのだ。
 最後にはほんのちょっとの白い灰しか残らなかった。砂みたいなさらさらしたやつだ。てっきり科学室の人体骨格みたいなのが残るんだと思ってたオレは、正直拍子抜けだった。
 オレらはエージの灰を大事に集めて、骨壷に入れ、寮に持ち帰った。入れてやる墓は無かった。墓はあるにはあるのだが、そこにはもう七歳のエージが先に入っていたのだ。
「どこかあいつの好きな場所に撒いてやれたらな」
 真田さんが、エージの灰を手のひらに掬って、目を細めて言った。この人もあいつのことを思い出しているんだろう。あんなに存在感のある奴だったのに(ほっとけなくて気になって気になって仕方がないのだ)、今はもう小さな壷の中に入ってしまうくらいになっていた。それがちょっと胸にクる。
――わたしに、あの人の粉をくれませんか」
 アイギスがそんなことを言い出した。桐条先輩が察したようで、アイギスの肩を叩いて頷いた。
 アイギスはエージの灰を両手ですごく大事そうに掬い、しばらく可愛い子供でも見るみたいに見つめていたが、やがて唇を付け、白い砂をさらさら、口の中へ入れ、





――これで……」





 エージを、食べた。





「心も身体も、いつまでも、あなたと一緒です」





 オレらは静かにアイギスを見ていた。誰も驚かなかった。
 そして、誰からともなくアイギスと同じふうにエージの灰を掬い、口に入れ、飲み込んだ。
 オレも、あいつを食った。
 これでオレはきっと何年経っても、何十年経っても、あいつと一緒にいるんだという気がしていた。大人になって、じいさんになって、あいつがオレに初めてくれた手紙と一緒に棺に入れられて燃やされるまで、ずっと一緒にいるんだという気がしていた。
 エージの灰は、ちょっと甘いような気がした。
 オレは、あいつ甘いもん好きだったからな、とぼんやり考えていた。




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