父さんと僕とニュクス親衛隊[2]



「チドリは暴君だ」
「せや、暴君や。タイラントや」
「あいつ絶対泣かせてやる。なあ、消しゴムのカス背中に入れてやろうぜ、ジン」
「なっ、仕返ししたりたいな、ホンマ。頭の上にカマキリ乗っけてやりたいわ」
「うん、復讐は果たされるべきだよな。でもカマキリ触るの怖いよな。気持ち悪いし」
「そこが一番難しいポイントやな。チドリが嫌がりそうなもんはわしらも怖いもんな」
「ふたりとも、チドリはグロテスク愛好家です。彼女にとって虫や爬虫類や両生類の死骸はほぼ愛らしいぬいぐるみレベルですよ。その程度では自滅するだけだと思います」
「……チドリって、すごいよな」
「……うん。なんかカッコエエよな」
「……あ、ダメだ。チドリは格好良くなんかないぞ、ジン」
「そ、そうやな。あかんたれやんな」
 僕は保健室のベッドの上でアイギスの手当てを受けながら、おんなじように隣でタカヤに湿布を貼られているジンと、チドリの理不尽な仕打ちについて語り合っていた。
「ひゃ」
「あっ、冷たかったですか? ……大丈夫?」
「あ、うん」
 青くなっている額に、湿布特有のつんとする冷たさを感じて、僕は首を竦める。まったく、弁当箱で顔を殴られたり、全身勢い良く壁にぶつけたり、グーで顔を殴られたり、今日は本当についていない。むくれているとアイギスが僕の頭を撫でて、「偉かったですね」と言った。
「あなたは手を出さなかったのですね。優しい子です。偉い、偉い」
「……だから喧嘩もしてないんだってば。チドリが一方的に俺たちを殴ったんだぞ」
「その件に関しては、チドリさんの気持ちもわかります。でも、これは少しやり過ぎかもしれません。どちらの落ち度も見えるので、わたしはどちらにも味方をしません。もしくは喧嘩両成敗ということに」
「……いい。これ以上成敗されちゃかなわない」
 僕は溜息を吐き、「俺が何をしたって言うんだ」と言った。だって本当に何も思い当たることがないのだ。弁当を馬鹿にした件はもう既に片が付いていたはずだ。だがチドリは根暗なので、もしかするとまだ尾を引いていたのかもしれない。
 首を傾げているとアイギスにデコピンされた。額は痣になっていたからこれはすごく痛い。
「……アイギス、痛い」
「わたしも、ちょっと怒っています。三階から飛び降りるなんて、ジンさんとタカヤさんが助けてくれなければ死んでいます。もうこれ以上心配させないで下さい。あなたはいつもいつも、自分の身体を大事にしなさすぎます」
「ああうん、でも別に生きてたし……いたっ」
 またデコピンされた。口答えするなということだろうか。最近のアイギスは、たまに教育ママだ。
「でもではありません。約束して下さい。でなければ、綾時さんに言い付けます」
「……うん。わかった。もうしない。だから、綾時には黙っててよ。また泣いちゃうよ」
「ほんとに、もう危ないことはしないでくれますね?」
「……うん」
 僕は渋々頷いた。これはしょうがない。アイギスは僕を心配してくれているのだ。
「では、チドリさんと仲直りしてきて下さい。『ごめんなさい』するんです。言えますね?」
「え……なんで。ここはあいつから謝ってくるとこじゃ……あ、ごめんなさい。デコピンはもう勘弁して下さい」
 まったく女の子は横暴だと思ったが、口には出せず、僕は渋々もう一度頷いた。
「リーダー、ホンマ頼むわ。いやあ、悪いなあ」
「リーダー、統率者としてのあなたの価値の見せ所です。ご武運を」
「なんでこういう時ばっかり俺が……リーダーはタカヤじゃん……」
 理不尽だと思うが、良く考えてみれば昔から僕の周りにあるほとんどのものは理不尽でできているのだ。今更どうということもないだろう。さすがにちょっと慣れてしまった。





◆◇◆◇◆





 とりあえず五限にはなんとか間に合ったみたいだ。教室に滑り込んで、僕はおんなじタイミングで慌てて戻ってきた生徒と顔を合わせた。綾時だった。相変わらず洗濯機開けたての衣類みたいなくちゃくちゃの格好だった。
「……綾時、大丈夫かそれ」
「あっ、ちびくんっ、だ、大丈夫?! どしたのそれ!」
「べつに……ただちょっと、転んだだけ」
 僕はふいっと綾時から目を逸らしてぼそぼそ言った。まさか女の子にボコられましたなんて恥ずかしくて言えない。エリザベスならまだしも(だって彼女の圧倒的な強さを僕は知っているのだ。あれは女性とか言う以前にたぶん魔王とか魔神とか言ったものなんだと思う)、相手はチドリだ。僕は負けてない。絶対チドリなんかには負けてない。
「まさか誰かに苛められたんじゃっ……!」
「まさか。平気だよ。それよりマフラーもシャツもぐちゃぐちゃ。サスペンダーのベルト一個外れてる。髪もあとで直したほうがいい」
「顔は?」
「大丈夫男前男前」
「あ、うん、えへへ……」
 僕はとりあえず綾時の服を手早く整えてやった。いつもながら綾時は女の子に構われているのか苛めに遭っているのかさっぱり分からない。本人が幸せそうだから嫌な目には遭っていないんだろうけど、さすがにちょっと心配だ。
 たぶんそのうち、卒業までに最低一回は修羅場を見ると思う。
 そうしているうちに、綾時の腹の虫がぐうと鳴った。僕は首を傾げた。
「あれ……綾時、昼は? 食ったんじゃないのか」
「えっ? あ、お弁当あるからって……思って、」
「いらないんだと思って順平にあげたけど」
「えっ、ええええ?! ちょっ、なにそれ! ちょっそこのハゲッ! 君順平のくせに僕のちびくんの、ねぼすけさんのちびくんが僕のために頑張って早起きして作ってくれたお弁当を食べたのかい?! 宣告するよ!?」
「テメーにハゲとか言われたくねぇよオールバックのくせに! いねーのが悪いんじゃん! つーか宣告とかやめろよお前の脅しは洒落なんねんだよ!!」
「もー……喧嘩すんなよ」
 僕はポケットからビスケットを引っ張り出して、封を開け、綾時の口の中に突っ込んだ。こんなつまらないことで一々宣告されてちゃかなわない。
 順平と喧嘩をしている時の綾時は妙にアグレッシブだ。僕や女の子相手には絶対に声を荒げることもないし、いつもすごく行儀が良いのに。
 僕はこういう時、なんだかすごく珍しいものを見たような気分になる。確かこういうのを、喧嘩するほど仲が良いって言うのだ。
「これでも腹に入れとけ。今日は早めに晩飯作るから。なにか食いたいものあるか?」
 綾時はきょとんとした顔でビスケットを咀嚼して(昔良く見掛けた実験用のハツカネズミも、確か餌を食う時にこんな顔をしていた)、僕の顔をじっと見つめて何故か赤くなった。
 僕の両手を手のひらでぎゅっと包み込んで、
「君が、食べ、」
「あーリョージくん? 蚊がとまってマスよ?」
 ふわっと僕の隣で空気が動いたと思ったら、順平の長い足が落ちてきた。上履きの踵が、綺麗に綾時の頭に入った。
 これはさすがに綾時もたまらなかったらしい。顔から床にべちゃっと潰れた。
「順平! 綾時に何すんだよ!」
「あーハイハイ、ごめんごめんなさーい?」
 僕は綾時を助け起こして、頭を胸に抱いて「よしよし」と撫でてやった。
「大丈夫か、綾時?」
「ううう……順平憎い……人間憎い……」
 駄目そうだ。僕は溜息を吐いて、首を傾げた。
「……俺が食べたいもの? なあ、綾時はもうちょっと我侭言って良いんだぞ。いつも俺のこと考えてくれるのは嬉しいけど、俺だってもう子供じゃないんだから」
「うわあ天然……! リョージくん、ちょっとこの子夜は八時になるとおねむらしいッスよ!」
「じゅんぺっ……君後で覚えてなよ……復讐は果たされるんだからね」
「お前らいつもは仲良いのに、なんでたまにこうやって……」
 順平と綾時はいつもこうなのだ。女子の話になると僕がげっそりしてしまうくらいに意気投合するくせに、それ以外だとお前オレのプリン食っただろとか、僕のケーキ食べたでしょとか、ものすごくつまらない理由で(食べ物の話題が多いように思う)手とか足が出る。喧嘩になる。
「喧嘩するほど仲が良い、です」
「……だな」
 ひょっと顔を出して、アイギスがしみじみ言った。
「わたし、喧嘩をしたことがないので、ちょっと羨ましいですよ」
「うん。多分しないほうがいいんじゃないかな、アイギスは」
 僕はなんとなくそんなことを言う。アイギスと対等に取っ組み合いの喧嘩をしようと思ったら、戦車か戦闘機でも引っ張ってこなきゃならないだろう。
「順平さんと綾時さんの喧嘩は、同類嫌悪が含まれていますね」
「似た者同士で喧嘩なんて、お前らほんと子供っぽい」
 僕らはしゃがんで綾時と順平を見上げて言った。僕は呆れているのだ。でもなんでか二人ともすごく不思議そうな表情をして、顔を見合わせて、お互いの肩をばんばん叩き合った。
「ちょっと今のキたよね、順平くん……」
「ああ、キュンってキたね。たぶん自分じゃぜんっぜん自覚ねぇんだろうね、リョージくん……」
「……?」
 僕はなんでふたりがいきなり仲直りしているのか分からず、首を傾げてしまった。この二人のノリはたまに本当に良く分からない。
 チャイムが鳴って、鳥海先生が教室に入ってくる。すごくだるそうに「はい席ついてー」と言う。僕はふとチドリの席を見る。まだ戻ってきていない。あいつまたサボってどこかで絵でも描いてるんだなと僕は考えた。せっかくこっちから謝ってやろうと思っていたのに(僕は何も悪くないにも関わらずだ)なんだか拍子抜けしてしまった。





◆◇◆◇◆





 放課後、廊下で宮本に呼び止められた。
「クロ、部活出るんだろ?」
「……犬みたいだからその呼び方止めろって言ってんのに。悪い、ちょっと人探し中。あと、今日は早めに帰りたい」
「ああ、そうだったな。もう黒田じゃないんだっけ。なんだよ、なんかあったのか?」
「ん……まあ、いろいろ。あ、宮本、チドリ知らないか? 同じクラスの、髪の長い電波系の女子なんだけど」
「なんだよ、探してるって女子かよ。お前最近あの子と仲良いよな」
「仲良くない、あんなやつ。なんか良くわかんないけど、殴られた。良くわかんないけど、アイギスに謝ってこいって言われた。良くわかんないけど」
「……言ってることは良くわからんが、お前がものすごく不満そうなのは分かった。ま、がんばれよ。ちゃんと部活出ろよ、鈍るからよ」
「ん」
 僕は頷く。宮本に手を振って、歩き出す。まったく、僕は早く帰って綾時に夕飯を作らなきゃならないのに。でも綾時もどこかへ行ってしまって見つからない。





 僕がようやくチドリを見付けた時、彼女は屋上のベンチに座って相変わらず絵を描いていた。
 彼女は一人じゃなかった。隣に男子生徒がひとりくっついている。いつもは順平がその場所にいるはずだったが、僕があの見慣れたマフラー姿を見間違うわけがない。綾時だった。
 ふたりは仲良さそうに話し込んでいる。無口なチドリに綾時が一方的に話し掛けていると言った感じだったが、僕はその時『なんだかいやだな』という気分になってしまった。
 綾時が誰かと仲良くしている時に良く感じるものだ。たぶん、『綾時は僕のお父さんなのに』ってやつだ。そんな気がする。でも僕はもうそんな子供っぽいことを言っていて良い年齢ではないので、ちゃんと我慢することができる。悔しくなんかないし、綾時が人気者なのは僕としても喜ばなきゃならないところなのだ。
 今まで十年間人と触れ合わずに僕の中で生きてきて、やっともう一度産まれて、いろんな人と大切な絆を繋ぐことができる。僕は人の繋がりってものの温かさを良く知っている。人は絆に生かされているのだ。だから僕は綾時に『俺だけ見てよ』なんて、口が裂けても言えない。
「――綺麗だね」
 綾時の声が聞こえる。ああまた口説いてるし、と僕はちょっと呆れてしまう。あんな調子だとそのうち本当に誰かに刺されそうで心配だ。
「君には、そんなふうに見えてるんだね。うん、笑ってるほうが可愛いよ。いつもはちょっとクールビューティーって言うの? 少し近寄りがたいかもしれないんだけど、ああでも本当は優しいんだよ。だけど笑うとすごく幼くなるんだ。可愛いんだよ」
 チドリが何かぼそぼそ言っている。でも相変わらず、すごく聞き取り辛い声だ。
 僕はまた、『なんだかいやだな』と思う。綾時が、僕に「かわいいね」とか「好きだよ」とか言うのと同じ声で、同じことを他の人間に言うのが、すごく嫌だ。僕が綾時の特別じゃなくなってしまったみたいで、すごく嫌だ。なんだか心が狭い奴みたいで嫌になる。
 綾時が僕を好きでいてくれることを僕は良く知っているし、それで僕は充分嬉しいのだ。変に誰かをやっかんだりしたくない。
 僕はせっかくまた生きてここにいるんだから、できるだけたくさんの綺麗なものを見たい。綾時が見ているみたいな綺麗な世界を見たい。こんなふうにどろどろした気持ちになるのは嫌だ。綾時はきっと、悲しんだり怒ったりはするけど、こんなものは見ていない。
「――うん。ほんとにほんとに、大好きなんだよ。君もでしょ?」
 僕は冷たい氷の棘を胸に押し込まれた気分になった。綾時は、何よりもいとおしそうな声で、僕じゃない人間にも「大好き」なんだと言う。それはたぶん、とても小さなことだった。でも僕には、僕の世界が壊れてしまうくらいの衝撃だったのだ。
 僕はそっと綾時に近付いて、彼のマフラーをぎゅっと掴む。引っ張る。綾時は首が絞まって、潰れた蛙みたいな声で「ぐえ」とうめいた。
「あ、あれ、ちびくん?」
 綾時が振り向く。チドリはびっくりしたみたいな顔になって、慌ててスケッチブックを閉じた。別に今更隠すようなものでもないのにと僕は考えた。子供の頃から彼女のかなり気持ち悪い絵には馴染んでいるのだ。
「……チドリなんかと仲良くするなよ」
 僕の口は自然に動いていた。べつに誰と仲良くしたって、綾時は綾時のものなんだから、自由だ。僕だって友達と楽しく話しているところに割って入られて、「そんなやつと話すなよ」なんて言われたら嫌な気分になるだろう。
 でも僕は今すごく気持ちが悪くなっていて、言いたくないことや言うべきじゃないことばかりが、胸のなかをぐるぐる巡っている。
 思ったとおり綾時は『もうこの子は』って顔をして、僕を窘めた。
「こらちびくん、女の子に「なんか」って何だい。失礼でしょ。僕はそんなふうに君を――」
「……綾時、俺よりチドリが大事なんだ」
「えっ? いや、そういうことじゃないでしょ、僕はただ美人は大事にしなさいっていうことを」
 綾時が急に驚いた顔をした。目を丸くしている。僕が、綾時の頬を引っ叩いたせいだ。
 僕自身、すごくびっくりしていた。本当にそんなことをするつもりじゃなかったのだ。
 僕は綾時が好きで、僕を大事にしてくれる綾時のことが好きで、綾時は女の子が全体的に大好きで、女の子と一緒にいる時はすごく楽しそうで、幸せそうで、でも僕は綾時の子供だけど、僕は、
「……俺、女の子じゃないから、綾時はもう大事にしてくれないんだ」
 ――僕は、男なのだ。
 男だけど、順平みたいに『仲良しの喧嘩』もできない。
 綾時は「君のことが何よりも大好きだよ」と言ってくれる。でも綾時はそれを随分繋がりの薄いチドリにも、当たり前みたいに言っていた。
 綾時は僕が一番大好きだと言ってくれる。
 でも綾時の『一番好き』が、『好きなもの全部が僕にとっての一番』だって言う意味だとしたら、僕は本当の意味での特別なんかではないのだ。
 『限られた時間』から『日常』にシフトすると、僕はどうして良いのか分からなくなってしまう。僕はどんどん我侭になっていく。少し前までは綾時がほんのちょっと僕のことを考えてくれただけでも嬉しかったのに、今の僕はいろんなものを欲しがって綾時を困らせてしまう。
 僕は綾時を困らせたいわけじゃないのに、駄目だ。
「あ、ちびく……栄時!」
 綾時に背中を向けて、僕は駆け出す。綾時の声が追い掛けてくるけど、僕は脚には大分自信があるのだ。絶対に捕まらない。今は綾時と顔を合わせたく、ない。





◆◇◆◇◆





 廊下を往く先に見慣れた顔を見つけて、僕は駆ける勢いをそのままに飛びついた。
「うおっ?!」
 順平だ。かなりびっくりしたみたいで、ふらついていたけど、彼は身体が大きいので、なんとか僕を受け止めて踏ん張った。
「な、なになに? えーちゃん、どしたの? ……あれっ、泣いてんの?」
「じゅんぺ……チドリが、」
「ンだよ、まぁたチドリに苛められたのかよ。お前男だろ? 可愛い女の子に苛められてるってちょっと情けねぇぞ」
「違う、苛められてなんかない」
 僕は慌てて訂正する。苛めに遭ってるなんてすごく不名誉だ。僕のほうがチドリより強い。
 順平は「ま、立ち話もなんだしよー」と僕を脇に抱えて3-Fの教室の扉を開けた。部活に出ている生徒の私物がまだぽつぽつ机の上に乗っていたが、夕暮れ時の教室にはもう誰もいない。寂しい雰囲気だった。
 僕の話を聞くと、順平は呆れたみたいに肩を竦めた。
「……で、大好きなパパと仲良くしてたチドリちゃんへの嫌がらせのためにオレっちんとこ来たわけね。とりあえず後でリョージはこの手で処刑しよう」
「だってチドリ順平好きだから」
「うん、まあ、ね? あ、ね? イイ仲なんだよね、これがね。……へへへ……」
「うん。だから俺も順平と仲良くしてやるんだ。チドリはずるい。女の子だからって、」
 そこで僕はちょっと考えて、ぼそぼそ言う。
「……なあ順平」
「ん?」
「俺も女の子だったら、綾時の赤ちゃん作れたのになあ」
 順平がすごい勢いでスライディングした。いくつも机と椅子を巻き添えにして床に倒れ込んだかと思えば、勢い良く顔を上げて、真っ青になって泡を食っている。
「ななななな、なに言っちゃってんのお前?! ソレちょっ、親子愛から大幅にズレてる! 軌道修正! 軌道修正求む!!」
「だって、綾時、女の子なら誰にでも優しいし。俺、子供だけど男だもん。綾時、もし娘が産まれたりしたら、俺よりきっとずっと可愛がってるような気がする」
 僕は溜息を吐く。自分が情けない。
「……変だよな。なんで今のままじゃ嫌なんだろ。綾時、ちゃんと俺のこと大事にしてくれてるのに、なんでこんな我侭言って困らせちゃうんだろう」
「うーん、相変わらずすげぇファザコンだねえーちゃんは……。まぁ、そういう星の下に生まれたと思えば仕方ねーんじゃねーの? とりあえずお前がうちの子になりゃ、オレっちがめっちゃめちゃ可愛がってやんのになぁ」
「ユニバースの力でなんとかならないかな」
「いやいやいやいや、宇宙の力はそんな面白いことの為に使うモンじゃねえから。お腹の中のニュクスさんも困っちゃうから」
 僕はようやく定まったアルカナを意識する。イゴールはどんな目的の実現も、僕にはもう奇跡じゃないと言った。でもそんなことを言われたって、僕は僕自身の心ひとつ制御することができないのだ。
 大体このアルカナが悪いのだ。僕は綾時とアイギスと僕と三人で暮らせれば他になにもいらないと願った。願いは叶った。叶ったから、どんどん欲が出てくる。もっと欲しいものがたくさん出てくる。我侭になって、綾時を困らせる。
 綾時を困らせることを僕は望んじゃいないってことを、僕のアルカナは理解しているんだろうか。自分のことだから余計に腹が立ってくる。
 さっきだってまた綾時は困ってた。僕は『どうしよう』って顔をしていた綾時のことを思い出して、胸が痛くなってきた。僕は胸を押さえる。押さえて、





「……あ」
「あん?」





「……なんか、イケた、みたい?」
「…………え?」





「ほら」





 僕はなんだか、自分の身体のことなのに大分疑り深い気持ちで、ブレザーをはだけて見せた。





「胸」





 順平が固まっている。僕の胸はいつのまにか膨らんで、柔らかくブラウスを押し上げている。ボタンが千切れそうで、ちょっと苦しい。





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