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お父さんと僕とニュクス親衛隊[4] いろいろなことが起こり過ぎると、逆に頭の中が冷えてきた。そう言えば綾時は昼飯を食いっぱぐれていたのだ。きっとお腹を空かせているだろうなと僕は考えたが、まあ彼もなにもできない子供じゃないのだ。 僕がチドリを怒らせた『お詫び』に、彼女にオクトパシーのたこ焼きでも御馳走しているかもしれない。かなり面白くなかったが、そこで僕はああまたやっかんじゃってるぞと思い当たり、余計なことは考えないようにした。 綾時の女癖の悪さは今更のことだし、どうにかしようと思ってなんとかなるものじゃない。あれは病気の一種なのだ。綾時に悪気はないのを僕は良く知っている。 彼は思ったことを素直に口にして、やりたいことをやっているだけだ。例えば可愛い女の子を見て「かわいいね」と言うし、男ってのは女の子を守るためだけに生まれてきた生き物なんだという彼なりの強い信条があった。だから女子に過剰なくらい親切にする。可愛い女の子を、ひとりひとりまるでお姫様みたいに扱うのだ。当然モテる。でも本人には自分がやらかしてしまっている自覚がまったくない。天性のタラシなのだ。 まあ女の子を大切に扱うということに関しては、僕も異存はない。大賛成だ。女子に手を上げない、優しく振舞うということを、僕は生まれてから七年間みっちり叩き込まれて育ったのだ。 僕がもし綾時のそばで十八年生きていたなら、あんなふうな男になっちゃったのかなと考える。もしそうだったら、もうちょっとくらいはモテたかもしれない。ただ僕の場合は、綾時のような親切な人間に出来上がるにしては環境が悪かったのだ。 「とりあえず、帰ろっか。栄くん、ほんとに通販でいいの?」 「……ん」 「選ぶ時はオレっちも呼べな。アドバイスしちゃるからよ。リョージなぁ、黒のレースが好みだっつってたぜ。ガーターベルトももち外せねーって。あいつ女王様タイプが好きでさ、ボンデージにハイヒールとレザーチョーカーなんかマジ涎モノで、」 「……あんたは一体栄くんをどうしたいのよ。なんでそうやって変態チョイスをするわけ。ソレ綾時くんの好みがどうとか言うよりも、どうせあんたが好きなだけでしょ」 「そうだぞ順平。俺知ってるんだからな。お前の部屋のスライド本棚の奥、」 「わ、うわわ、わーっ! えーちゃんソレ言っちゃ駄目だって!」 「あんた子供になに見せてんの? サイテー」 「ひでーよゆかりッチ! しょーがねーじゃん! オレ男なんだもん!」 「栄くん、キミはこんなに汚い大人になっちゃ駄目だからね。キレイなままで大きくなってくのよ」 「……同い年だから、俺と順平」 僕らは教室まで鞄を取りに戻り、そのまま三人で帰ることにした。岳羽が「職員室に鍵返してくるから、先に玄関で待ってて」と言い置いて、先に階段を軽やかに降りて廊下を駆けていく。僕らも話し込みながら階段を降りる。 「なんかゆかりッチってオレっちだけにひどくねぇ?」 「順平はそーいうキャラなんだよ、たぶん。気安いの」 「ソレ喜んでいいトコ? 馬鹿にしてんのかよって怒るトコ?」 「なんだよ、誉めてんのに。いいじゃん、バカなのはほんとなんだから。俺順平のそーいうトコ好きだよ」 「テメッ……お前に比べたら誰でもバカだっつの! 初等部から飛び級で高校学年トップを常にキープって何ソレ?! オレお前が真面目に勉強してるトコ見たことねんだけど!」 「……? 教科書くらい一回読んだら覚えるじゃん。フツーだろ」 「ナニ天才っぷり見せ付けてくれてんのこの子は! あ、なんかすっげ腹立ってきた!」 「なんだそれ。だってちゃんと覚えること覚えなきゃ、適性テストで切り捨てられたら処分されちゃうだろ。俺嫌だぞ、ガス室送りなんて情けない死に方」 「……そんなこと、あったの?」 「え?」 「……わり。ほんっと、ごめん。……な、幸せに、なれよな」 「なにそれ。順平? ヘンだぞお前」 僕は、なんでだか急に塞ぎ込んで泣きそうな顔になった順平の帽子を突付いてやった。 「順平?」 バカだって言ってやったのがそんなに堪えたのだろうか。僕は順平の顔をじっと覗き込んでやって、「大丈夫か?」と訊いた。それから、バカだとか言ってごめんと謝ろうとして、 「え、あ。うわわ、ちょっ、顔近いってばよ顔っ!」 「へ?」 急に順平は顔を真っ赤にして取り乱した。腕を振って僕から距離を取ろうとするみたいに後ずさり、バランスを崩して階段から足を踏み外した。背丈のある彼の身体がふわっと浮いて落ちていく。僕は、咄嗟に手を伸ばして、 「じゅんぺ、」 ――ちょっとだけ、止めときゃ良かったと後悔した。順平に巻き込まれて階段を転げ落ちただけでは飽き足らず下敷きになって、床と僕より随分体重のある順平にサンドイッチの具みたいに挟まれて、押し潰される羽目になった。順平はいつも猫でも抱えるみたいにして僕を持ち運ぶのに、なんだか不公平だと思う。後頭を思いっきり床にぶつけて、あまりの痛さにちょっと涙が出てきた。 布地が裂ける音も聞こえて、ああやっちゃったなと僕は考える。自前のシャツか下着なら良いのだが、借り物の制服ならちょっと厄介だ。 「あだだっ……エージ、わり、だいじょぶ……か……」 「……ものすごい痛い。もー、気、つけろよな、じゅんぺ……い? どうした」 顔を上げると順平が固まっている。目を見開いて呆然としている。僕は彼の視線を辿ってみた。僕の胸のあたりだ。元々キツかった胸のボタンが弾け飛んでしまっていた。膨らんだ胸が零れてしまっている。 「……ち……ち、乳バンド、」 「は?」 「エイド、」 そこでいきなり順平の身体が、横っ飛びに吹っ飛んだ。あの大きな身体がだ。下敷きになっていた僕は彼の身体の重さってものを嫌になるくらい理解していたので、そいつが信じられない。さっきみたいに部室で殴られて宙を飛んだり、今みたいに購買部のカウンターの中へホールインワンしたりするのに、一体どのくらいの力が必要になるのだろうか。 「岳羽……?」 僕は恐る恐る顔を上げた。順平も運が悪い。最期の言葉が『乳バンドエイド』だなんて、死んでも死にきれないだろう。僕ならやりきれない。 でも予想外にも、僕が見たのは悪鬼の顔つきをしている岳羽じゃなかった。まあ悪鬼の顔つきではあったが、彼女じゃない。綾時だった。チドリも一緒だ。二人とも感情のまるっきり見取れない鮫みたいな表情をしている。岳羽のほうが分かりやすいだけちょっと救いがある。 僕はびくっとして、硬直してしまった。綾時の怖い顔なんて見たことが無かったのだ。今まで本当に。ニュクス・アバターの仮面みたいな顔が可愛げがあるように思えてくる。 綾時は華奢な体格をしていて、すごく繊細そうな外見をしているのに、僕は今見てしまった。彼はまるでサッカーボールをぽんと蹴り上げるくらい簡単に、順平の重たい身体を蹴り飛ばしたのだ。 「――栄時に触るんじゃない。殺すよ順平」 「ちょっ、誤解っ……」 「りょ、綾時? なにやって、」 「君は黙ってなさい……」 綾時が怒った顔のまま僕を見た。そして、びっくりしたようだった。無理もない。僕の身体は急に女の子になっていたのだ。 「ど、どうしたの。なにこれ……」 綾時が慌てて駆け寄ってきて、僕の肩を抱いて、顔を覗き込んできた。僕は大分具合が悪くなって、綾時から目を逸らした。なんだかすごく恥ずかしいことをしているような気がした。 僕は俯いたまま、言い訳するみたいにぼそぼそ言った。 「俺が女子だったら、大事にしてくれるだろ」 だって、綾時は女の子が病的に好きなのだ。手を上げないことを徹底していて、絶対に声も荒げず、大事に大事に扱うのだ。 「ちゃんと、そばに……」 目の前がぶれた。手を叩き合わせたような音がした。 ちょっと間を置いて、頬がひりひりした。そこで僕は綾時が僕の頬を叩いたのだということを知った。 「男の子とか、女の子とか、僕がそういう価値を君に見てるって思ってたの?」 「――あ」 綾時が僕に、静かな声で言い聞かせる。僕には、ほとんど死刑宣告みたいな内容だ。身体中から力が抜けて、頭の中がぐらっと傾いたようだった。 綾時は、僕に『そういう価値』を見ていない。 僕だけだ。綾時にもっと好きになってもらいたくて、身体をこんなふうに変えてまで振り向いてもらおうとして、本当に空回りも良いところだ。 僕は今日の朝ふと考えてしまった未来を思い出していた。綾時の声で、今はありありと蘇える。 『やっぱりこーいうのって良くないと思うんだよね……君にとっても、僕にとってもさ。ねえ、もう普通の親子に戻ろう?』 綾時は、もう僕のことを、 「……いい加減にしなさい。どうしちゃったの? 僕の好きな君は、女の子を傷付けるような子じゃない。チドリさんが順平のことが好きなのを、君は良く知っているはずだよ。どうしてわざと彼女を傷付けるようなことを、――え?」 僕の目から、ぼろぼろ涙が零れてきた。綾時に嫌われたことが悲しくて、自分が悔しくてしょうがなくなる。女の子なら綾時はもっと僕を好きになってくれると思ったのに、綾時は女の子にはすごく優しいのに、今女の子の僕に手を上げた。怒った。好きじゃないとか言う。 綾時は泣き出した僕を見て、びっくりしたようだった。 「ち、ちびく……」 「りょうじ……俺のこと、嫌いに、……チドリのせいだ」 「ちびくん、あのね、だから君はなんで、」 「りょうじに嫌われちゃったの、チドリのせいだっ、りょうじ、かえしてよ! チドリのバカ!」 僕は綾時の横を擦り抜けて、すごく怖い顔をして立っているチドリの肩を掴んだ。 「カオナシだって、じゅんぺい取った! じゅんぺい、かえしてよ! カオナシのバカ!」 チドリが僕の頬を張る。僕は彼女の長い髪を掴んで引っ張る。 「チドリっ、いっつもそうだ。僕が好きなものばっか取ってくんだ。女の子だからって、フロストくん人形もケーキの苺も、ぜんぶ、ぜんぶっ」 チドリが痛そうな顔をして、「やめてよ!」と怒鳴って、僕の顔を拳で殴った。「やめてよ」は僕のほうが言いたいくらいだ。 「カオナシなんか、いっつも私がいっぱいいっぱい頑張っても、いっつも一番取ってくんだから! なんでいっつも私の上にいるのっ?」 僕とチドリが取っ組み合いの喧嘩をはじめると、さっきまですごく怒った顔でいた綾時がぽかんとしたように口を開けているのが、視界の端っこにちょっと映った。 「あの……や、やめなよ、ねえちょっと。お願いだから」 「……リョージくん、なにこれ? どゆこと?」 「あ、順平くん。いやもう、なにがなんだか僕にはさっぱり」 「とりあえず、止めたほうが、いいよな。ペルソナ出す前に」 「うん……でもどうしよ……」 「……なにやってんの? なにこれ? どーいう状況?」 「ゆっ、ゆかりッチ! 助けてっ!」 「ゆ、ゆかりさん! 止めてくださいこれ!」 「え……無理」 「ここにおられましたか、ニュクス様。……ああ、またですか。恒例ですね」 「あーあーハイハイ、またやっとるんやなあ、キョーダイ喧嘩」 「……キョーダイ?」 「うち、子供はひとりだったような気がするんだけどなー……」 「百人おったんが四人や。わしら孤児やから、もう兄弟みたいなもんやねん。あいつら同類嫌悪で昔からいっつもこんなんなんや。しばらく殴りあっとったら静かになるさかい、ちょっと待ったってえや」 なんだかいつのまにかギャラリーが増えている。購買部のカウンターを客席がわりに僕とチドリを何をするでもなく見つめてきている。 チドリの肘が僕の眉間に突き刺さる。彼女の腕力は並じゃないのだ。ものすごく痛い。僕はお返しに拳をお見舞いしてやろうとして、 「ちびくん、だめっ! 女の子を叩かないで!」 綾時の制止の声を聞いて、ぴたっと腕を止めた。この隙を逃すわけもなく、チドリの膝蹴りが僕の胸を抉る。 そのまま床に押し倒されて、アキレス腱を固められた。僕はギブアップなんかできるはずもなく、泣きながら靴下の上からチドリの足首を噛んだ。 「出ましたね、カオナシの噛みつき攻撃。あれはリーチで分が悪い彼の逆転技ですからね。彼はああしてファーストの座を勝ち得てきたのです」 「いんや、チドリも負けてへんで。見てみぃ、スリップしたと見せ掛けてそのまま寝技に持ってくフェイント技や。あーあー、カオナシもめっちゃ痛いのにギブれへんなぁ。アレまた腕折られるんちゃうか」 「彼の最大の弱点は、こんな時まで女性に手は上げられない点ですね。髪を引っ張ったり頭突きしたり噛みついたりするだけではチドリには勝てませんよ」 「なぁタカヤ、今日はどっちが勝つと思う? わしチドリに晩飯」 「私はドローに賭けましょう」 「いや、絶対チドリやて。なんやかや言うて、カオナシいっつも泣かされとるやん」 「あなたもね、ジン」 「あああっ、チドリさんっ、その子のお腹はやめたげてっ! 僕の赤ちゃんできなくなっちゃう!!」 「……リョージ、オレっち今のは聞かなかったことにするから」 「栄くんはいいなあ。お父さんと仲良くて」 「ゆかりッチもそこ嫉妬の仕方間違ってるから」 しばらく戦り合って、息が切れてきたところで、僕は後ろからジンに購買の看板で殴られた。チドリもタカヤに植木鉢で沈められている。 「二人とも、そろそろ気が済んだでしょう。落ち付きましたか? 今回は何が悪かったんですか」 僕はなんとか身体を起こして座り込んで、ぶすっとしながら答えた。 「……チドリが、僕のりょうじ取った」 「カオナシが、私のじゅんぺい取った」 チドリも僕とおんなじような具合で答えている。喧嘩をしていると、いつも最後のほうでタカヤとジンがしゃしゃり出てくるのだ。でも今回は僕はかなり怒っているのだ。そう簡単に赦してなんかやらない。 「カオナシが一番好きなのは誰ですか?」 「……りょうじ」 「では、チドリが一番好きなのは誰ですか?」 「……じゅんぺい」 「では、一番大事なものをお互いに返してあげなさい。できますね」 「…………」 「…………」 僕らは黙り込む。僕は顔を上げて、「だってチドリが悪いんだ」と言った。 「チドリが、りょうじと仲良くしてたから。チドリ、僕がりょうじ好きって知ってるから、また意地悪して取ったんだ」 「悪いのはカオナシでしょ。わざとじゅんぺいと仲良くした。お前、そんなに私がキライなの」 「僕のことキライなのはチドリのほうだろ」 「私のことキライなの、カオナシじゃない。人のせいにしないでよ、バカ」 「チドリがバカだ」 チドリと睨み合っていると、また綾時に叩かれた。僕はまた悲しくなって、大声で泣き出しそうになってしまう。でもここにはチドリもいるのだ。そんなことをすればまた鼻で笑われて馬鹿にされる。彼女は僕のことがすごく嫌いなのだ。 「もう止めなさい。ひどいことばっかり言わないの。ちびくん、チドリさんはね、君のことが嫌いなんかじゃない。ちゃんと好きでいてくれてるよ」 僕は大分疑わしい気持ちで綾時を見上げた。まただ。こんな時でも綾時にはきっと世界が綺麗に見えているのだ。僕が誰かを嫌ったり嫉妬したり悲しんだりしている時にも、綾時はちゃんと穏やかな顔でいられるのだ。僕は、ほんとにこの人の子供なのかなと、こういう時にはちょっと考えてしまう。僕は綾時みたいに純粋な人間じゃないのだ。 綾時が床に落ちていたチドリのスケッチブックを拾って、ぱらぱら捲っていく。それを見て、チドリが顔色を変えて叫んだ。 「――! 止めて! ニュクス様!」 彼女は綾時の手からスケッチブックを取り戻そうとして、タカヤとジンに羽交い締めにされて止められた。順平が彼女を助けるべきかどうかかなり迷っているみたいだったが、彼が動く前に、綾時が微笑みながら、僕にスケッチブックを差し出した。 「ほら」 僕は、驚いた。 紙の上には、いつものわけのわからない図画が描かれていたわけじゃなかった。そこには僕がいたのだ。笑っていた。 「君の話をしてたんだよ」 綾時が言う。 「最近、良く笑うようになったねって。すごく綺麗で、可愛いねって。彼女は君のことをすごく大事に思ってくれてて、僕はそのことがとっても嬉しかったんだ」 僕はチドリを見た。彼女はすごく慌てた様子で、「違う!」と叫んでいる。 「違うんだから、違うったら……」 僕はまた泣けてきた。今度は、彼女に綾時を取られて悔しいから泣くんじゃない。自分が情けなくて、悔しくて仕方がないのだ。 綾時が僕を嫌いになるのも無理はない。僕は結局すごく我侭で、どうしようもない奴だったのだ。 僕は手を伸ばした。チドリの手を取って、泣きながら謝った。ひどいことをしてばかりで、もう遅いかもしれないが、僕は必死に謝った。 「……チドリ、チィちゃん、――おねえちゃん、ごめん、ごめんなさ、ごめんね……」 チドリは口の端をぎゅっと引き結んでいた。これは、彼女が泣き出す前の予兆だった。チドリは負けん気が強いので、ギリギリまで我慢するのだ。 チドリの手が、泣いている僕の頭に触った。 でも今度は、さっきみたいに髪を引っ張られたりはしなかった。頭を撫でられた。 「……カッちゃん、なかないで」 声が震えている。 「ないちゃ、ダメ……」 チドリの綺麗な顔が歪む。彼女の目からすっと涙が零れる。僕は「ごめんなさい」と繰り返す。 「――なあ、なんでタッちゃんチィちゃんカッちゃんの中におって、わしだけジンなんやろ」 「あだ名が欲しいのですか? そうですね、『メガネくん』なんてどうですか」 「名前一文字も入っとらんやんけ。そんなんわしいややもん」 ジンが僕らの手を取って触れあわさせて、「ハイハイ、仲直り仲直り、握手しぃ。ふたりともええ子やさかい」と子供に言うみたいに言った。なんだかむかつく。ジンのくせに。 「うるさい、ジン」 「ジン、うるさい」 僕とチドリはぶすっとして声を合わせる。それから、僕は怖々チドリの顔を見つめて訊いた。 「……ごめん、チィねえちゃん、嫌いになってない?」 「……だいじょうぶ、わたしカッちゃん、すき」 「んっ、僕も、すき」 僕は何度も何度も頷く。 「終わったようですね。さて、仲直りしてもらうには、どうすればいいですか?」 タカヤが勝手に締めに入った。なんだかむかつくが、僕は頷く。仲直りは頬にキスすることって決まっている。目を閉じて、 「あああああ、よ、よかったねっ仲直り!」 「そそそそうだよなっ、チドリ、飯食いに行こうぜ飯!」 僕とチドリは、綾時と順平にそれぞれ抱えられて引き離された。彼らはすごく慌てていて、「すっげー腹減ったよなぁ、なっリョージくん!」とか「うん、僕今日お昼抜きでもうお腹ペコペコ! ねっ順平くん!」とか白々しく言い合っている。わけがわからない。二人はさっきまで喧嘩してたみたいだけど、いつのまにか仲直りしていたみたいだ。僕は綾時に抱かれながら、順平に抱えられているチドリを見て、『なにこれ』と目で訴えて首を傾げた。彼女も僕と目が合うと、『わかんない』と首を傾げた。 |