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修学旅行、僕らの愛しの王子様(2) せっかく一日中一緒にいられるチャンスがあるのに、どうにも空回りしてばかりだ。僕は自信を無くしかけてる。肝心の子相手には、僕はほんとに全然だめだ。 黒田くんはほんとにほんとにみんなの人気もので、それは僕にもすごく嬉しいことなんだけど(なんだかすごく誇らしい気分になる。僕なんかがこんな気持ちになったって、彼には心外だろうけど)、なんにせよいつも周りに人がいて、ふたりっきりで話をしたりとか、一緒にお風呂に入ったりとか、お土産を見たり、ごはんを食べたり、そんなの全然できない。 まだ一日目なんだけど、これから最終日までこんなふうだったらどうしよう。そう考えると焦っちゃって、僕は溜息を吐く。僕は、ダメだ。 「はああああ〜」 「げ、元気出せってリョ―ジっ、なっ」 同室の順平くんが元気付けてくれる。彼はいいひとだ。男の子が好きになっちゃった僕を変な目で見ないし、応援までしてくれる。なんか面白がってるだけなんじゃないかなとも思うけど、あの子のことを良く知ってる彼に手伝ってもらえると、なんだか心強い。 一日が終わって、僕らは東山三条にある、すごく日本らしい雰囲気の旅館にやってきていた。部屋割は班ごとで、運の悪いことに栄時くんとは離れてしまってた。 なんでこんな何もかも上手くいかないんだろう。もしあの子と一緒の部屋だったりしたら、また可愛い寝顔とかが見れたのに。 明日も早いから、もう寝ちゃったほうがいいのかなって思ってたら、順平くんは「まだ早え! 旅行の夜といえばアレ!」とか言っている。なんだろう。 「なにって、つーかお前アレっつったらアレに――」 「邪魔するぞ、順平」 栄時くんが僕らの部屋にやってきた。 なんでか枕を抱えている。順平くんが「おっ、さすがリーダー! 分かってらっしゃる!」とか言ってるけど、栄時くんも僕とおんなじで『ハア?』って顔をしてる。 「なんだ? 悪いが、置いてくれ。場所は取らない」 「ンだよ、おんなし部屋の奴と喧嘩でもしたのか?」 「いや……」 栄時くんはすごく居心地悪そうな顔になって、「なんか嫌なんだ」と言った。順平くんはにやあっと笑って、「はーん」とか言っている。 「この純情ぶりっこめっ、おま、アレだろ。旅のお約束そのイチ、猥談が恥ずかしかったんだろ。はじめてのチューはいつ? エッチしたことある? 週何回くらいひとりエッチする? ねえエージちゃあん」 「……お前はなんでそういう方にばっかり話を持ってくんだ」 「違うの? じゃ、何よ」 「……別に」 栄時くんは僕の隣にやってきて、ゴソゴソ布団に潜って、順平くんに「おまっなに勝手にっ」とか言われている。いや、そこは僕の布団なんだけど。 「そこ、リョージの布団だぞ」 「そうなのか? じゃあお前の布団はどこだ。代われ」 「代われって、はあ? わけわっかんねーの」 順平くんがお手上げしてる。僕はなんだかどぎまぎしながら、「どうしたの?」って栄時くんに聞いた。彼はすごく居心地悪そうな顔になって、「なんでもない」って言ってる。 なんか変なことでもされたのかなと思って、心配になってじっと見てると、栄時くんは「あっ」て顔になって、「別に心配されるようなことじゃない」と言った。 「ただ、その……うちの部屋、なんか変で。寝てたら枕元で声が聞こえるし、なんか視線を感じるし、妙にたくさん人の気配するし」 「ええっ?! お化け出るの!?」 「ハア? お前、お化け怖いとか言ってて良いキャラじゃねーだろ?」 「……だって俺、このままあそこにいたら、アルダナで全部焼き尽くして灰にしてしまうぞ」 「……是非ぼくらの部屋で寝てください」 順平くんがなんでか土下座して「お帰りなさいませご主人様」とか言ってる。 例え話でしょ。 それにしても、エージくんの浴衣姿は可愛い。ダボダボの袖をユラユラ揺らして、ひょこひょこ歩いてる姿は、ほんとにもうたまんないくらい可愛い。ビデオに撮っておきたいくらいだ。 「ぐっ」 白いカタマリが飛んできて、ばふっと栄時くんの頭に当たった。順平くんだ。彼はにやっとして、「修学旅行でコレは外せねーっしょ!」とか言っている。 「枕投げ開始! そいやっ、キルラーッシュ! 食らえっ」 「……死んでくれる?」 「なんのヘビーカウンタ……あの、カウンタだって、」 「……死んでくれる?」 「ぎゃあああ! 枕を投げろ枕を!!」 結局順平くんがなにをしたいのか分からないままだった。栄時くんが彼の関節を極めている。まあ今のは自業自得ってやつだ。綺麗な栄時くんの顔になんてことをするんだ。 「リョージっ、助けてっ、ギブミーギブミー!」 「ギブアップ、ヘルプミーかい? でも今のは順平くんが悪いよ。もー、いきなりどうしちゃったのさ、枕なんて」 「ナニって、お前枕投げ知らねーの?」 「……? なにそれ、黒田くん知ってる?」 「いや、知らない」 「帰国子女のリョージはともかく、なんで生粋の日本人のお前が知らねんだよエージッ! お前ほんとに人間か?! あ、アイタタタ嘘ですすみません、顔引っ張らないでね。あのお二人とも、前のガッコでもあるだろ? 合宿とか、旅行とか」 「さあ……なんか良く覚えてないや」 「そうだな。俺も良く覚えてない。なんかフツーだったってことは覚えてるけど」 「フツーって、フツーじゃないお前のフツーってのもな……お前らおかしいぞ。楽しい思い出くらい覚えてるだろ」 「……楽しかった思い出なんてないな。なんか、あれ? なんで俺、こんな、なんにも出てこないんだろ。おかしいな」 「大丈夫だよ。僕もあんまり出てこないや。そーいうもんなんじゃないかな?」 「そうか? ふーん」 「いや『ふーん』で済ませるなよ。ぜってーおかしいぞ。……もーいい、オレがとりあえず、旅行の醍醐味を知らんお前たちに枕投げのなんたるかを教えてしんぜよう。まず布団敷いて、枕を投げ合うわけね。攻撃手段は枕だけ。ルールはカンタン。OK?」 「なにが楽しいんだ?」 「なにって……お前、雪合戦したことあんだろ? あんな感じで、」 「雪……ああ、氷結使う奴ばっかりいるエリアでのアレだな。耐性付け忘れてひどい目に遭ったことがあるぞ」 「雪合戦かあ。おじいさんのうっかりで大量発生しちゃったヒーホーくんを捕まえるの、手伝ったことがあるなあ、小さい頃。あれはホント骨が折れたね」 「あの……なんかよくわかんねえけど、はじめていいスか? んじゃ、いっきまーす……オラアッ!!」 とりあえず、弱そうな僕から片すことにしたらしい。僕に力いっぱい枕を投げて、「今だっ、やっちまおうぜ!」と順平くんが叫ぶ。栄時くんは良くわからなさそうな顔をしたあと、「ああ」と頷く。僕に適当に枕を投げ付ける。「ダメだパッションが足りない!」と順平くんに怒られてる。 「エージ! お前が勝ったらテレビ通販で即売りきれだった、幻の『地域限定はがくれカップ麺』をやろう!」 栄時くんが抉るような速球を投げてきた。 「リョ―ジっ! お前負けたら大好きなあの子の前で「コイツはチミをオカズにして毎晩オナニーしてるんですよ」ってチクるぞ!」 僕は命懸けで順平くんに枕を投げた。 「しっ、してないよっ! 失礼なっ!」 「嘘吐け! 奴を見ながら常にドキドキムラムラしてる男がっ」 「ぼ、僕は紳士なんだよっ、そんなこと、そんな、汚すなんてっ」 なにも栄時くんがいるところで言わなくたっていいのに、順平くんはひどい。あんまりだ。栄時くんは順平くんに、「そういうのはやめてやれ」と枕を投げて加勢してくれている。 「そのくらいしょうがないだろ、こいつも男なんだから」 しょうがないんですか、と僕は顔を真っ赤にする。そういうこと、君は赦してくれるんですか、って思う。綺麗な栄時くんを見てエッチなこと考えてて、でもほんとに怒らない?って訊いてみたい。訊けるわけないけど。 今だって浴衣がちょっと乱れちゃってて、まだ湿ってぺたんってなってる髪とか、薄い喉とか、鎖骨とか、細い足首とかにすごくよくじょ……でなくて、ドキドキしてるのに、そんなこと言われちゃうとたまらなくなってくる。 「……あ。せんせーい、リョ―ジくんが前かがみで元気になっちゃってますぅ〜」 順平くんが棒読みで言う。もしかすると、本当の敵は彼なんじゃないだろうかって、ちょっと思えてきた。あの子の前でこんなの、最低だ。あとで絶対仕返ししてやる。 「うん、リョ―ジくんはほんとスケベだねえ。ねえエージくん、エッチな男は嫌いかい?」 「お前が一番エロくて欲求不満なんだよ、この非モテヒゲ男が。望月、気にするな。……見てないから」 栄時くんはちょっと赤い顔をして、僕からすっと目を逸らしている。この子はほんとにほんとに優しいんだ、順平くんなんかとは大違いだと思って、また胸がきゅんと締まるような気分になった。僕はたまらず栄時くんに抱き付いてしまう。 「く、黒田くんっ……だ、だ、だ、大好きっ……!」 「ああ、はいはい。気にするな。お前そんななのに、順平なんかと一緒にいて苛められてないか。なんかされたら言えよ、すぐにハイブースタ付きの万物流転連打で生まれてきたことを後悔させてやるから」 「ヒイッ、それだけは……!」 順平くんが慄いている。なんか本気で怖がってる顔だ。よくわかんないけど、ざまあみろって思う。変なことを言うから怒られるのだ。 栄時くんはまるでお母さんみたいに、赤ちゃんをいいこいいこってするみたいに、僕の背中を撫でてくれている。僕はそれがあんまり気持ち良くて、『大好き』ってすごく頑張って言ったのに、ちゃんとした意味で受取ってもらえなかったことも忘れて、ぽやーっとなってしまう。栄時くんのあったかい胸だとか、お風呂上りの良い匂いだとか、とくん、とくんって心臓の音だとかが、とろけちゃいそうに気持ちいい。 「きもちいー……」 なんだかうっとりしちゃいながら呟くと、栄時くんはちょっと笑って、「なんか子供ができたみたいな気分だ」って言ってる。僕はなんだかすごく嬉しくなって、でも逆にちょっと情けなくなる。子供じゃ嫌だ。僕は僕の手で栄時くんを守りたい。 「黒田くん、あの、あのね、僕ね、」 「うん?」 「あのっ……」 君が好きです、愛してます、僕がほんとにほんとに愛しく思ってるのは、他の誰でもなくって君なんです、って僕は言おうとした。精一杯勇気を振り絞った。 「あの、僕――」 言い掛けた途端、急に乱暴に扉が開いた。 「クロぉー! ここかー!」 なんか、誰か入ってきた。 栄時くんがものすごく面倒くさそうな顔を上げて、「なに、宮本」って返事をした。 「なに、じゃねー、お前もうすぐ消灯時間だろ――って、え?」 宮本くんが固まっている。 「おい宮本、あいついたか……え?」 後ろから顔を出したのは、友近くんだ。彼も固まっている。 「おまっ、な、な、な、は、破廉恥なっ、なんてことしてんだっ!」 「も、も、望月っ、お前あんだけ女子にモテときながら、オレのエンジェルにまで毒牙を……! 赦せん、赦せんぞお!」 「はあ? なに言ってんだお前ら。なんかあったのか?」 栄時くんが首を傾げている。なんだか全然「なにが?」って感じの顔をしてる。たぶん彼らは僕らに嫉妬してるんだよ、って教えてあげたほうがいいんだろうか、これ。 「あ、あのな、消灯時間もうすぐだろ。お前部屋いねーから鳥海先生に怒られたんだぜ、さっさと戻ってこいよな。……望月憎い」 「そ、そーだぜ。大体お前がちゃんと部屋戻らねーと、あんだけみんな頑張ってデジカメ要員やってんのに台無しっていうか。……望月憎い」 「なんか、語尾にすごく嫌な単語がくっついてるのが気になるんだけど……彼はここで寝るってさ。部屋に帰りたくないって」 「えええ?!」 「な、なんだとっ?! そんな大胆な台詞、まさかっ」 「帰りたくない。今夜はここにいたい。……お化け出る」 最後のはボソボソした声で、二人には届かなかったようだ。「黒田ぁー!」とか暑苦しく男泣きしている。 そうしているうちに、「こぉら」と声が聞こえる。鳥海先生の声だ。宮本くんと友近くんに、「あの子見つかったー?」って言ってる。部屋を覗いて「あ」って顔をする。 「えー、コホン。あー、お楽しみ中だった? ――チッ、しくじったわ。この組み合わせは盲点だった……」 「あの、先生?」 「あー、ああ、うん、ね、いいとこ残念だけど部屋帰りなさい黒田くん。もうすぐ消灯時間だからね」 「……ここで、ダメですか」 「なに? 我侭は聞かないわよ。上がってくるネガをこっちも楽しみにしてんのよ。わかってちょうだい」 「……だって、お化け出るし」 「……は?」 「……寝てたら、枕元で荒い息が聞こえたり、「結婚してくれ」とか「あの男と別れろ」とか声が聞こえたり、なんか天井から足音が聞こえたり、妙に視線を感じたり、ふすまを開けたら変なやつらがカメラ構えて体育座りで詰まってたり、……なんか京都っていろいろ歴史あるとこだから、いろいろ出そうだとは思ってたけど、まさかここまでとは……」 「忘れなさい。全部夢よ。黒田くんはきっと疲れてるんだわ」 「そうでしょうか。そうかも……」 「とりあえず、今日一日は我慢して。明日からは考えてあげるから」 「……分かりました」 栄時くんは嫌そうな顔をしながら、のろのろ立ち上がった。僕に「邪魔した。悪かったな」って言い置いて、とぼとぼ部屋を出てく。 「あ、あー、黒田くん、帰っちゃうの……。残念だよ」 「みたいだ。また明日な、望月」 「なんか、心配だな……あのね、怖いことがあったらいつでもここにおいで。朝早くでも、夜でも、気にすることはないからね」 「ああ、すまないな……望月、なんかその言いかた、父さんみたいだぞ」 栄時くんは笑って、「じゃあな」って行ってしまう。宮本くんも、なんだかほっとした顔で、「しっかりしろよ」とか言いながら栄時くんの肩を叩いてついていく。 友近くんは僕らと同室だ。彼もほっとした顔でやってきて、それから僕の肩を叩いて言った。 「……お前もカリスマ愛好会、入るか?」 「ええっ?! そんなのあるの? ええとじゃ、とりあえず仮入部で」 「食い付くなリョージっ! どんどん後戻りできない方向に突っ走ってるぞ!」 順平くんに止められてしまった。 ◆◇◆◇◆ 朝一番から、なんだかむさくるしい雰囲気だ。 「えっ……栄サマっ? え、なんで? 今さっきちゃんと部屋に……」 「え、見たよな? なんだこれ? いやでもちょっと違うぞ、カリスマはもうちょっとこう寝顔が妖精っぽい――」 僕は目を開いた。途端に、幽霊でも見たみたいな男子生徒の顔が見えた。口をばかっと開けて、目も大きく見開いている。僕はとりあえず起き上がりついでに頭突きをお見舞いしておいた。まったく、暑苦しい。 「……なに? なんなの? カワイイ女の子なら嬉しいけど、なんで一日の始まりが前衛的な男の顔なわけ? あー、朝から嫌なもん見ちゃったなぁもう……」 「この嫌味な甘ったるさが鼻につくボイスは望月っ……ていうか全然似てねーじゃん!」 「今のは何だったんだ? オレたちは一瞬の幻を見たのか? そこまで飢えていたとは自分でも気付かなかったっ……だってあいつガード固すぎだよな」 良くわかんないことを言ってるけど、どうやら僕は栄時くんに間違われてしまったらしい。みんな欲求不満なんだなあ、とぼんやり考えてしまった。うっかりチューとかされなくってホントに良かった。もしそんなことになったら、首を括って死んでやる。栄時くんが消毒してくれるなら我慢するけど。 「朝からなんなんだい……まだ六時じゃあないか……寝かせてくれよ。僕は朝ホントにダメなんだよ」 「寝たきゃ寝てろ。オレたちは大事な任務の真っ最中なんだよ」 大事な任務、と僕は頭のなかで反芻する。男子生徒は携帯を構えて「栄サマ、とってもセクシーですっ」だとか「オレ一生この画像待ち受けにする!」とか言っている。頭の中で、いろんなパズルがかちっと嵌まる。僕は飛び起きる。 「ちょっ、君たち! 何やってんの? あの子に何かしてないだろうね?!」 「ハア? 何かってナーニー……」 「オレたちはなんにもやましいことはしてないぜ! これは修学旅行のプランの一環――」 「死ねぇ!!」 僕はとりあえず二人の男子生徒の腹に膝を埋め込んで、携帯を取り上げてチェックした。案の定、ものすごいものが写っている。すごくセクシーな、寝乱れた栄時くんだ。浴衣なんかほとんどはだけちゃってる。「あああ」、と僕はうめいた。コレは寝相がどうとかって問題じゃない。あきらかに人為的な陰謀を感じる。 「抹消」 「あああー!!」 「い、命懸けで撮ったオレの栄サマ画像がー!!」 携帯の画像を消去して、僕は慌てて部屋を出る。すぐそばの栄時くんの部屋の扉を勢い良く開ける。思ったとおりの光景がそこにあった。 「げ、望月、なんだよ急に。ビックリさせんなよ」 「なんだ、お前も撮影会参加希望か? これぞファンクラブの役得ってやつだぜ」 「大丈夫、ちっと騒いだってこいつ時価ネットのテーマ曲が鳴らねーと起きねーから」 「オレの彼女もさー、栄サマファンなんだよ。ファンの集いで知り合って、語り合ってるうちに熱くなっちゃってさ……」 栄時くんが気持ち良さそうにすうすう寝てる。上半身なんてほとんどはだけちゃって、下も太腿がバッチリ見えちゃってる。僕はクラクラしそうになるのをなんとか我慢しながら、精一杯笑って、多分顔はすごく引き攣ってたと思うけど、部屋の外を指差して言った。 「――全員、部屋から出なさい」 「全員正座! あのねえ! こーいうのはホント良くないよっ? 盗撮なんて犯罪じゃない。あの子がこんなことされてるって知ったらどんな気持ちになると思うの? ただでさえ繊細なんだから、絶対人間不信になっちゃうよ。やめたげようよ!」 「いや望月、この気持ち分かってくれよ。あいつあんまりつれないから思い余って、たまにはこんくらいイイ目見たっていいじゃんかよ」 「こーいうことしてるってバレたら、むしろ嫌われちゃうよ」 「ンだよ、お堅いこと言うなよー、お前ほどの遊び人ならわかるだろ……」 「つべこべ言わない!」 「……あ、なんかこの理不尽さ、親父に怒られた時のこと思い出しちまった。田舎から出てもう何年も会ってねーけど、元気でやってっかな……」 「お父さんっ……こんな息子でマジすんませんっ……」 「もし僕に子供ができたとしたら、僕に似てかっこよくて可愛くて賢くてやさしいいい子に決まってる。君らみたいな子供を持った覚えはないよ」 「お前女子とカリスマの前でのキャラとオレらへの態度が違い過ぎるぞ……」 「残念だけど、男子への親切心はお母さんのお腹のなかに忘れてきました」 とりあえず、全員分の携帯をチェックして、画像を削除する。「あんまりだ」「横暴だ」って声が聞こえるけど、この程度で済ませてあげてるだけ感謝して欲しい。危うくジェノサイダーになるところだった。僕は辛抱強い男だ。 「勘弁してくれー! 田舎の爺さんが病気で、美人なカリスマ高校生の裸体を見なきゃ死んじまうんだ!」 「ごめん、殴っていいかな」 「入院してる彼女が、どうしても栄サマの寝顔を見たいって……」 「うぐ……じゃ、じゃあ寝顔だけ残しとくよ」 「みんな、望月のウィークポイントは女子だっ! 女の子ネタで攻撃しろ!」 「風邪でどうしても修学旅行に来れなかった三年の姉さんが、どうしてもと。 あ、うちの姉さん美人です。プ、プリクラいる?」 「……いる」 「あの、今三階で待機してる俺の彼女なんだけど、今回のミッションの戦利品をすごく楽しみにしてるんだ……。すげーカワイイ子なんだけど、ガッカリする顔は見たくねーなぁ……望月のせいで泣いちゃうかもなぁ……」 「ちょっとっ、君ら卑怯だよ?!」 僕が女の子の嫌がることや、彼女たちをがっかりさせることができないって知ってのこの攻撃は、なんかもうずるい。 「なんだよ、お前ちょっとノリ悪いぞ望月。せっかく修学旅行なんだからよー、あ、お前のアドレスこれ?」 「ちょっとなに人の携帯勝手に触ってんのっ!」 友近くんが僕の携帯を勝手に開けて、メールアドレスをチェックしている。彼はにやっと笑って、人差し指を口に当てた。 「口止め料に、お前にもイイショット分けてやるからさ、内緒な? 大体旅行ってのは、こんくらいハジけてんのが普通だろ。みんなガキなんだからさ、まあ勘弁してやれよ」 「わわわっ、ちょっとなにしてんのっ!」 「せんせーい、望月くん顔真っ赤でーす」 友近くんがニヤニヤしながら、「登録、そうしーん」とか言っている。確かにそりゃあ僕も男だから、好きな子のえっちな寝姿とかはちょっと欲しいというか、いやかなり欲しいけど、そういうのってなんだかあの子の信頼を裏切ってるような気分になってしまうから、あんまり好きじゃない。 あの子は僕のことを、まっとうなひとりの友人として扱ってくれてるのだ。もしいつか告白できて、ちゃんと二人で手を繋いだり、一緒にお茶なんて飲めるような関係になったりした時には、そりゃあ裸とかも見たいし、キスのひとつもしてみたいけど(今の所可能性は限りなく低いけれど!)、今はまだそういうのはダメなのだ。僕はあの子を大事に、大事に守りたい。 「――あ」 友近くんが真っ青になる。彼は「やべえマジやべえ……」と呟いている。 なんだろって首を傾げていると、他の部屋からがたんって大きな物音が聞こえてきた。 「やべ……に、逃げ、」 「どうした、友近?」 「ちょっ、マジやばい! 間違って画像あいつのアドレスに送信したッ!!」 「なにー?! 馬鹿野郎! 殺されるぞ!」 ざわめく。僕は青くなる。送信って、あんなえっちな姿の自分の画像をいきなり送り付けられて、こないだのことがきっとまだトラウマになってるだろうあの子の心に罅なんか入っちゃったらどうするんだ。 廊下の向こうからドアが開く音が聞こえて、足音がどんどん近付いてくる。僕らがいる部屋の扉が開いて、真っ赤な顔をした栄時くん本人が怒鳴り込んできた。 「――てめっ、友近ぁあああ!!」 栄時くんのジャンピングニーパットが、友近くんに命中する。いつも思うんだけど、栄時くんはなにかの格闘技でも嗜んでるんだろうか。小さくて細いのに、彼は喧嘩になると負け知らずだ。たぶん僕なんて五秒で沈められる。 「ひいいいい! すんません! すんませんっしたぁあ!!」 栄時くんは複雑に友近くんの関節を極めながら、「どういうつもりなんだ」とものすごく不機嫌な声で言った。それはいいんだけど、浴衣から膝がちらっと見えちゃってて、みんな微妙な顔をしている。ドキドキしてるんだけど、関節技はやだって顔だ。僕もだ。 「……俺のトラウマを呼び起こしたりして、何が目的だ? お前なんかこっちからリバースを申し出てやる」 「あ、勘弁してください、ほんと。悪気は無いんです。ただ、ちょっと、事故で」 「あ?」 「いやその、こうやって修学旅行とかに来ると、寝てる奴の寝顔撮って後でネタにしたりするじゃん……」 「ちょっと待て。お前は俺と同室じゃなかったはずだ」 栄時くんがぐるっと頭を巡らして、ちょっと落ち込んだ顔になった。仲良しの友達が自分の陰口を言ってるのを聞いちゃって傷付いちゃった、って感じだ。 「……お前そんなに俺を笑いたかったのか」 ……この子、ほんとに自分が人気者だって知らないんだ。僕はちょっと呆気に取られてしまった。こんなにあからさまなのに、なんで気付かないの。 「いや、誤解だって! セクシーショットに盛り上がってるとこに「そういうの良くないよ」とか水を差す奴がいたから、ノリ悪ぃ奴だなーならお前にも送り付けてやるぅ!と思ったら、間違えて、お前のアドレスに、」 「……そいつ、誰?」 「望月です」 「え」 なんだかいつのまにか、僕も彼らの頭数に入れられている。僕は青くなった。違うんだ、と言おうとした。どうしても弁解したい。僕は彼らとはほんとに関係なくて、ただ君が心配で、守りたくて、それだけなんだって言いたい。 「あっ、あのっ、あのね、僕はその」 でも栄時くんに見つめられると、心の底まで見通されているような気分になってしまって、なんにも言えなくなる。確かに僕は彼を守りたいけど、だからと言って胸を張って「やましいことなんてなんにも考えてません!」と言えるようなやつじゃない。 「ちょっおい望月! お前女子には下心満載なのに、なんでこういう時に限って紳士なんだよ! もしかしてお前こいつのことが好きなんじゃないのか?! 態度が違い過ぎるっ……!」 「なっ、そ、そんなっ……」 「そんなことがある訳ないだろ。変な言い逃れは止めろ。望月に失礼だ。――さよなら、友近」 「えっ、やめて許して、」 「死んでくれる?」 その時の栄時くんの微笑みを、僕は忘れないだろう。あどけない幼女がにこにこ笑いながら、蝶々の羽を引き千切っているところを目撃してしまったような気分になってしまった。かわいいけど、怖い。 「――望月」 「は、はいっ」 次は僕に矛先が向いた。どうしよう、怒られちゃうんだろうか。彼に軽蔑されたらって考えると、僕は怖くてたまらなくなる。こんなことなら、栄時くんが起きる前に、有無を言わせず全員沈めておけば良かった。 栄時くんは溜息を吐いて肩を竦めて、「もう身体は大丈夫なのか」と言った。優しい声だった。僕はほっとして、胸を撫で下ろした。良かった。怒ってない。 「昨日は騒がしくして悪かったな。お前あんまり体調良くなかったのに。ちゃんと寝た?」 「あ、う、うん」 「良かった。いつも悪いな。俺のこと心配してくれるような男は、お前くらいなもんだよ。感謝してる」 「あ、ううん……大したことじゃないよ」 「すまない、バカが迷惑を掛けて。こいつ、友近、ちょっと欲求不満なんだ。あんまり近付かないほうがいい。油断すると男相手に「キスの練習しよう」とか言い出すから」 「なっ、ぶ、無事なのかい?!」 「当たり前だろ」 栄時くんは「まったく変な冗談ばっか」とか言ってるけど、僕の胸にはあきらかな友近くんへの殺意が芽生えていた。部屋じゅうがざわっとざわめいている。「友近……許すまじ」とか「協定違反だ! 抹殺!」とか言う声が聞こえてくる。友近くんは真っ青になっている。これはあとで間違いなくリンチだろう。 「じゃ、また後でな」 「うん。あ、二度寝しちゃダメだよ。朝ご飯ちゃんと食べなきゃなんだから。あとで迎えに行くよ」 「俺はお前の子供かよ。了解、待ってる。じゃあな」 「うん」 僕はにっこり笑って栄時くんに手を振って、彼の背中を見送って、扉が閉じられた瞬間、 「てめっ、友近ぁあああ!」 「ひいいい! すんません! すんませんでしたぁあ!! 勘弁して下さい望月様ッ!!」 とりあえず、友近くんの腹に全力で膝を埋めておいた。部屋じゅうの人間が殺到して、友近くんを吊るし上げてくれる。 みんなの視線が、彼に集まっている。僕も、じいっと友近くんを見た。 「――キスの練習ってなにかな。詳しく聞かせて欲しいんだけど」 「いいいや、そのっ、あいつに前、恋愛相談、したことがあったんです。そん時のノリで、キスしたことある? って聞いたら……」 「どうだったの?」 「ない、って。それがちょっと顔を赤らめて言うもんだからあんまり可愛くて、じゃあ練習でもと」 「そこでなんで『じゃあ練習でも』って話になるの?」 「か、勘弁してくれ! 赦してくれ! その獲物を追い詰めた鮫みたいな顔怖いからやめろ望月っ! オレもあいつのカリスマオーラに目を眩まされた犠牲者のひとりなんだ!」 「そうかい」 僕は微笑んで言う。 「死んでくれる?」 「えっちょ、やめっ、赦して、」 とりあえず、僕も栄時くんの真似っこをして、関節を極めてみた。ぎゃあああ、と悲鳴が上がる。 「おいマッキー持って来いマッキー! 望月様、その不忠者に裏切りの烙印を!」 「……なんで僕に言うのかな」 「望月会長! 自分ジュース買ってきたであります! どうかこれで怒りをお静めください!」 「……ジュースのチョイスがヴラドツェペシュってのは、何か深い意味でもあるのかな。ていうか会長ってナニ」 「おおっ! さすが望月会長! オレたちの串刺し公! ルーマニアの赤い血の色が良くお似合いですっ!」 「だから会長ってなんなの」 「カリスマ愛好会の会長がまさかの裏切り者だと判明した今、オレたちを引っ張ってってくれるリーダーは、奴を倒したあなた様しかいません!」 「ちくしょー! オレはいつの日かかならず蘇える! 復讐してやるからな望月っ! 絶対また会長に返り咲いてやるっ!」 「お前もう黙ってろ友近っ! 会長の御前だぞ!」 「え、ちょっと待って。ほんと待って。僕君らと同位存在になりたくない」 なんだかよくわかんないままわいわい騒いでいると、「なによ。今何時よ……」ってだるそうな声が聞こえて、ようやく順平くんが起き出してきた。この騒ぎのなかで今までぐっすり寝てられたのって、ちょっとすごい。 彼は僕らを見て、なんでか固まって、遠い目をしている。 「……リョ―ジくん、あのなに、人間椅子ですか、それその、友近くん」 「うん? どうしたんだい?」 「……ええと、なんでヤローどもに土下座なんてされてんの?」 「さあ。なんでだろ。僕もわかんない。不思議だね〜」 「……朝からなんなんだこの狂った光景は……たすけてチドリン……もうやだ月光館怖い……」 順平くんが真っ白になって、なんかぶつぶつ言っている。大丈夫だろうか。心配だ。 |