学旅行、僕らの愛しの王子様(3)




 朝食はだし巻き卵とごはんと味噌汁、それから焼き魚だった。すごく日本らしくて良いメニューだと思うけど、僕は途方に暮れていた。
「さ、魚の小骨がー……」
 僕はお箸の使い方があんまり上手くない。小さな骨を、二本の棒を使って身から取り分けるなんてのは、一種の職人技ですらあると思う。
「ナニお前、魚食えねーの? オレっちがもらってやろか?」
「だめ! た、ただちょっと、お箸が、骨がっ」
「……食いにくいとかなら、手掴みでいいんじゃね?」
「だってそんなのお行儀悪い……」
 僕はちらっと向かいの栄時くんを見る。彼はやっぱり何でもできる人だ。お箸の持ちかたも綺麗だし、食べる姿も素敵だ。相変わらず猫背だけど。
 たぶんご家族の教育が良かったんだろうなあ、って思う。わりといいとこのお坊ちゃまってやつなのかもしれない。月光館の王子様だし。
 『彼の前ではなぁ』とか思ってのことだったんだけど、栄時くんは僕の視線を、どうやら『たすけて』ってものと取ってしまったらしく、しょうがないなって顔をして、僕のお皿を手前に引寄せた。どうやら手伝ってくれるらしい。
「先、卵食ってろ」
「えっ、あ、あ、うん。ありがと……君って何でもできるんだね。すごいや」
「別にすごくない。普通。お前が不器用なんだよ」
「え、あ、ごめん……」
「気にするな。帰国子女に箸を使えなんて、高度なことは期待してない」
 言いかたは結構そっけないんだけど、骨が混じらないように注意深く魚の身を離していくさまは、なんだかすごく、くすぐったくなっちゃうくらい優しい。思わず口元が緩んでしまう。栄時くんは呆れた顔で「お前は可愛い男だな」とか言ってる。僕はどっちかというと、かっこいい、とかのほうが嬉しいんだけど、彼に誉められるのならなんだって嬉しい。
「君、ほんとにお母さんみたいだ」
「……ああ。なんだか最近自分でもおかしいなと思うことがある。どうしたんだろう、荒垣先輩でも憑いてるのかな」
「エージ、おま、素で失礼なこと言うよな……」
「なにっ?! シンジ! どこだ! 何故俺のところには出てこないんだっ!」
「あの、真田さんも落ち付いて。アイちゃんもこっち睨まない。ね? ごはんは静かに美味しく食べようね?」
 僕らは朝ご飯を食べながら、今日はどこ行こうかって話をする。旅行前に決めた班行動のプランなんて、あってないようなものだって、昨日学習した。
「僕は甘いものが食べたいな〜。黒蜜パフェにきなこアイスに抹茶プリン……あ、生八橋も買わなきゃ」
「お前食いもんばっかじゃんよ。ここは恋愛成就の神社巡りは外せねーっしょ。恋占いの石ってのがあるらしいぜ。縁結びのお守りとかさ、こう二人で持っちゃったりさ……あぁ〜、チドリぃ〜」
「わぁ、素敵だね! ね、黒田くんは? 君もお守り……」
――勝利祈願が欲しい」
「あん? 今更なに言っちゃってんの。最強の宇宙人だろお前」
「……なあ順平。どれだけ頑張っても、どうしても超えられない壁ってのはあるんだ。絶対的な存在ってのはいるんだ。この恐怖がお前に分かるか」
「……お前、負けたことあんの? 嘘だろ……」
「……この話は止そう」
 げんなりした顔で、栄時くんが言う。





 昨日から、アイギスさんはすごく不機嫌だ。無理もない、『ダメ』の僕が始終そばにいて、彼女の大好きな栄時くんもそれを赦してくれていて、彼女にとってはこれって散々な旅行ってことになるんだろうか。
 申し訳ないけど、でもこの機会にもうちょっと僕のことを知ってくれたらなって思う。僕は誓って彼女と栄時くんに危害を加えないし、もう少し自然なかたちでそばにいたいなって思っているのだ。
「あの、アイギスさん」
「ダメです。話し掛けないで」
「そ、そんなこと言わないで。あのね、ほらわらびもちだって。すごく美味しそうだと思わない? あの、きなこキライかな」
「望月、アイギスはあんみつのほうが好きだ」
「あ、そ、そうなの? うん、じゃあちょっと待ってて――
「……栄時さん」
「君は望月が気になるんだろう? じゃあそばにいて見張ってたほうがいいんじゃあないのか」
「ですが、綾時さんはあなたにダメなんです」
「じゃあ俺は離れてたほうがいいのかな」
「私の一番大切はあなたの傍にいることです。……どうしたら分かってもらえますか」
「君こそ。あいつは無害だよ」
「栄時さんは私の索敵能力と綾時さんと、どちらを信じるのですか?」
「今は昼間だ。君は学生、俺のクラスメイトの女子だ。敵は探さなくていい」
「ですが、ダメなものはダメなんです」
「……もしかして、君はアレか? それ、人間の女子としての感想か」
「それも、約三割の理由ではあります。生理的に受け付けません」
「ふーん……なるほどなー」
 ――ちょっと耳に入ってきただけでも、生理的にダメとか言われてる。僕はがっくり項垂れた。美人のアイギスさんにそこまで言われるなんて、ほんとにショックだ。栄時くんはどうやらフォローしてくれてるみたいだけど、「女の子は難しいな」とか肩を竦めて、お手上げの仕草をした。ああ、彼でもお手上げ侍なんだ。
「あの、あんみつ……」
 僕はおずおずアイギスさんに、買ってきたあんみつのお椀を差し出す。ダメな僕のプレゼントなんて受取ってくれないかなって思ってたら、栄時くんがかわりに受取って、白玉をスプーンで掬って、アイギスさんの口元に持ってった。……いいなあ、アイギスさん。
「ほらアイギス、口開けろ。望月が買ってきてくれたって。君のために」
「…………」
 アイギスさんは機嫌を損ねちゃった小さい子供みたいな顔をしていたけど、どうやらあんみつに罪はないと判断したらしい。栄時くんに食べさせてもらってる。
「美味いか?」
「……美味であります」
「買ってきてくれた人にお礼は?」
「……買ってきてくださいと、頼んだ覚えはありません」
「アイギス、そういうのは良くない。人に親切にされたらきちんとお礼を言うこと」
「……了解です。あ、あり……ありがとう、ございました。綾時さん」
「あ、うん……」
 僕はへらっと笑ってしまう。栄時くんはやっぱりお母さんみたいだし、彼の前だとアイギスさんがちょっと甘えん坊で可愛い。にこにこしながら二人を見ていると、アイギスさんは僕をじろっと睨んで「笑わないでください」って怒った。
「君は怒った顔も綺麗だね」
「……喧嘩、上等であります」
「そうだぞ、アイギス。君は怒ってても綺麗だ」
 栄時くんがにやっとして、僕の真似をした。アイギスさんはどうやら面白くなかったらしい。「あなたはそういうことを言わないでください」って言ってる。
 二人ともほんとに仲良しだなあって思って、僕はできるだけなにげなく聞こえるように、「君らってどんな関係なのかな」って聞いてみた。
 栄時くんは「ああ、悪いな」ってすまなさそうな顔をして(彼は僕とアイギスさんの恋を応援してくれてる、らしい。僕の本命は君なんだよって叫びたい)、「まあ、親戚、みたいなもの」と言った。
 でも彼らの出会いはナンパじゃなかったっけ。気を遣ってくれてるのかなとも思ったけど、栄時くんは「その様子じゃ、順平とかに話聞いてると思うんだけど」と苦い顔をした。例の『屋久島の悪夢』を思い出しているんだろうか。
――夏に旅行に行った時、うちの養父が連れてきてた子。順平のその……『磯釣り』の最中に偶然鉢合せして、知らずに話し掛けて。でもアイギスはなんか俺のこと知ってたんだよな」
「はい。あなたのことは良く知っています」
「……そんな感じ。家族。だから心配するな」
「どうして私とあなたが『家族』だと、綾時さんが心配しなくて良いのですか?」
「いや、べつに」
 栄時くんはすっとぼけた顔をしている。僕はなんか、その顔どっかで見たことあるなあ、と思った。どこだっけ。
 それにしても、栄時くんとアイギスさんと僕って、変な組み合わせだと思うけど、僕は妙に落ち付いた気持ちになっていた。居心地が良いって言うんだろうか。アイギスさんは僕を毛嫌いしているから、なんでこんなふうに感じるのかは分からない。
「……その、僕ら、おそろいだね」
「ん?」
「ほら、転入生でしょ? いろいろさ、その、これからこうやってお話とかしたいなって」
「願い下げです」
「アイギス……。あまり冷たくしてやるな。望月が可哀想だ」
「……栄時さんは、いつも綾時さんの味方をします。アイギスは、あなたのために、」
「はいはい、拗ねるな。わかったわかった」
「わかっていません。拗ねていません」
「はいはい」
「あは……ごめんね、アイギスさん」
「あなたは笑わないでください。ダメです」
 またダメ出しされてしまったけど、栄時くんも笑っている。苦笑いって感じだったけど、「望月といる時の君は面白いな」とか言いながら花を飛ばして、アイギスさんをますます拗ねさせている。女の子にそんなこと言っちゃダメだよー、と教えてあげると、栄時くんは首を傾げて、それからまたちょっと笑って、「ああ悪い、言わない」と言った。
「君って、結構良く笑うよね。もっとクールな人かと思ってたけど、良かった」
「ん? 笑ってたか、俺」
「いやそりゃもうね。え、気付いてなかった?」
 僕はびっくりしてしまった。栄時くんは自分の顔を撫でて、変な顔をして「なるほどなー」とか言って、アイギスさんに「真似しないでください」と言われている。それ、アイギスさんの真似っこだったんだ。なんか可愛い。
「ああ……どうなんだろう、アイギス」
「はい。珍しいです。可愛い笑顔です。いつもの含み笑いではありませんでした」
「いつものって、そんなことやった記憶はないんだけど。へえ、顔変わるんだ、俺。こないだ順平にデスマスクとか言われたのに」
 綺麗な栄時くんのクールな顔をデスマスクってなんだ。あとでちゃんと順平くんに仕返ししといてあげよう。





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