![]() |
修学旅行、僕らの愛しの王子様(4) 紺色の瓦屋根が延々と続いてて、クルクル巡ってくる車、たくさんの人、僕らとおんなじふうに制服を着た、別の学校の生徒らしい女の子たち、――さすが日本ってったらコレってくらい有名な京都なだけはある。初めて見るものばかりだ。いくら見ても見ても、全然飽きない。 僕はぽかんと口を開けて、「すごいね、すごいね」って言いながら、あたりをきょろきょろ見ながら歩く。たまに順平くんに「バカっ、田舎者だと思われんぞっ」と怒られて、「田舎者はちょっと違うんじゃないかな……」って隣のクラスの風花さんに困ったみたいに笑われている。彼女は隣のクラスの子だけど、なんていうか、ものしずかでおしとやかで、慎ましやかな、良き日本の女性って感じがする。たぶん、着物とかが良く似合うだろう。そう言ったら風花さんに固まられたうえに、「お前はまたやらかしちゃってる……」と順平くんと栄時くんに冷たい目で見られた。 「え、えっ? どうしたんだい? 僕なんかやった?」 「オメーなんでそんな、まるで息をするように女子を口説くんだ」 「アイギスがダメって言うのも、少し理解できるな。山岸、こっち来とけ。お前こういうの苦手だろ」 「えっ、ええ、いえ、その、そんな、あの」 「いいから」 栄時くんが「やれやれ」って顔をして、風花さんの手を引っ張って、僕から離した。その時僕は確かに、彼女の顔が真っ赤になっちゃったのを見た。あ、この子もなのかな、って思った。 「なんか、すごいや黒田くん。君って結構女たらしってやつなんだね」 「お前、宇宙人かなにかか? 今自分が何してたかとか、分かってるのか」 「スゲーぞリョージっ! この宇宙から来たエージさんに宇宙人呼ばわり!」 「黙れ順平」 「だってアイギスさんに、ゆかりさんに、風花さんも、君のことが」 「わああっ! やっ、やめてくださいっ!」 「なに言ってんのよっ! そんなこと、そんな、あるわけないじゃないっ!」 「アウチっ!」 ゆかりさんと風花さんに両側から殴られた。結構、痛いんだけど。女の子なのに、もしかしてふたりともどこかで鍛えてるんだろうか。栄時くんのまわりにいる人たちは、みんながみんな、なんか細いのに力持ちだ。 「……俺が、なに?」 栄時くんはほんとにわけわかんない、みたいな顔をして首を傾げている。僕は唖然とした。ひょっとして、気付いてないの? 「え?」 困ってしまって順平くんを見ると、肩を竦めて「お手上げ侍であります」とか言ってる。ほんとに、気付いてないんだろうか。こんなにあからさまなのに。 「なっ、なんでもないよ! キミが気にすることじゃないから!」 「そうですよ、リーダー、ほんとなんでもないんです!」 「ああ、そう」 栄時くんはどうでもよさそうな顔で「ふーん」とか言っている。これは、ダメだ。この子ほんとに気付いてない。たぶん自分がすごい人気者だってことも知らないんだろうなって、今まで見てて分かった。僕が好きなことにも全然気付いてくれないし。 でもこの流れだと自然にそういう話を振れそうだなって思って、僕はできるだけなんでもないふうに聞こえるように気を付けて、栄時くんに聞いてみた。 「ね、君さ、好きな子いるの?」 「なに、急に」 「そ、そうそう。キミけっこー『どうでもいい』がスタンスじゃない? 教えなさいよー」 「あ……そ、そうですね」 栄時くんが変な顔をして風花さんを見た。彼女らしくないなぁとか思ってる顔だ。でも目を閉じて、まあ引っ込み思案な彼女が、自分からみんなの輪に混ざろうとするのはすごく良い兆候だ、応援するべきだ、とか見当違いのことを考えたような顔をして(なんでだろう、僕には今彼がなにを考えているのか手に取るようにわかる)、頷いた。 「べつにいないよ」 「へ、へえー。じゃさ、好きなタイプとかって? 元気なコとか、おとなしいコとか、年上のお姉さまタイプとか」 「さあ。タイプっていうか、そういうの考えたことない。――でも、」 そこで、栄時くんは目を閉じた。少し思考に沈むような素振りを見せたあと、「優しい人かな」と言った。 「俺あんまり喋るの上手くないから、ちょっと待ってくれたり……趣味とか性格とか全然違っても、一緒にいて楽しいひととかかな」 「お。ンだよ、朴念仁のくせに実は恋愛経験者? やけに具体的じゃん。つーかお前、どうでもいいとかつまんねー話やめろとか、そーいうの今日はなし? えっ? すっげ珍しい」 「俺にも良く分からない。前はこんなこと考えたこともなかったけど、……ああ、多分お前にアテられたんだ、順平。なんか頭の中にお花畑」 「ん? おお? へへ、そーなんだよなぁ〜、お前にもこのお花を一輪分けてやりてーぜ」 「遠慮しとく。頭に花咲いてる俺とか、なんか気持ち悪いだろ」 『……確かに』 僕らのまわりの人みんな、妙に真剣な顔になって頷いた。そうかなぁ、と僕は首を傾げる。 「可愛いと思うけど。僕はいいことだと思うよ?」 「リョージさん……さすがにお前は懐が深いよ……。でもな、考えてみろ。この無愛想なエージくんが、好きな子のこと考えて顔を赤らめながら、あぁーん大好きぃ、とか言ってたらヒクだろ。想像してみろ、そのメギドラオン級の破壊力」 僕は頷いて、顔を赤らめて大好きって言ってる栄時くんを空想してみた。すごく可愛くて、ドキドキしちゃうと思うけど、ダメなのかな。 「……いいんじゃない?」 「……エージ、お前リョージに嫁げ。お前を受け止められるのはもうこいつだけだ」 「変な冗談やめろ。望月に失礼だ。お前あんまりこいつに変なこと教えるなよ。望月、お前も順平に教えられたこと鵜呑みにするなよ。こいつの言うことは九割でまかせだと思え」 「えっ、そうなの? 旅館のなかに差してあった傘が実はバリアー発生装置とか、金閣寺が実は変形して巨大ロボットになるとか、京都のひとはみんなぱんつはいてないとか、全部嘘だったのっ? 日本はほんとすごいなあって思ったのに」 「順平……」 「や、だってこいつマジ信じるんだもん! つい面白くなっちゃって、巨大ロボ・キンカクジンガーに乗って戦う偉いちょんまげの侍の伝説とかを、あ、口癖は「手打ちでござる」、好物は蕎麦で、枕が高くないと寝れなくて」 「……望月、お前もうこっち来てろ。順平には近寄るな」 栄時くんは唾でも吐きそうな顔をして、僕の手を取って順平くんから引き離した。僕は、びっくりしたのと嬉しいのとで、硬直してしまった。 「まったく、バカはどうしようもないな」 栄時くんが呆れた顔で僕の手を引っ張ってく。僕は今、栄時くんと手を繋いでる。そう思うとすごく嬉しくて、ちょっと恥ずかしくて、でもあんまり幸せで、油断するとにやにやしちゃいそうだ。 僕は頑張ってフツーの顔をしてようと思ったけど、やっぱり笑っちゃってたらしく、「お前はいつも幸せそうなやつだ」と栄時くんに言われてしまった。そりゃ、君と手を繋いで歩けたら幸せにもなるよ、と僕はこっそり心のなかで言う。 「……綾時さん、栄時さんから離れてくださいますか。あなたは、ダ――」 「アイギス、こっち」 栄時くんが空いた手でアイギスさんの手を捕まえて、繋ぐ。僕ら三人で手を繋いでいると、なんだか変にくすぐったい気持ちになる。 「……えへへ」 「笑わないで下さい」 「うん、ごめんね」 「謝られても、反省している様子がまったくありません。ダメです」 「そうつれなくしてやるな、アイギス」 栄時くんはこっそり僕に小声で話し掛けてきて、「よかったな」と言って笑う。ああ、この子はほんとに、すごく鈍い子だ。僕は君のことを愛してるってのに。 「望月、手」 「え?」 「心音早い」 栄時くんがにやっとする。そりゃ、好きな子と手を繋げたらドキドキもするでしょって、僕は言いたい。僕は女の子が好きで、確かに栄時くんが言うようにアイギスさんが好きで、ゆかりさんも風花さんも美鶴さんも好きだ。かわいい女の子が大好きだ。 でも僕が恋をしてるのは君なんだよって、お願いだから早く気付いてよって思う。でもおんなじくらい、気付かないでね、とも思う。 このままいいお友達でいられたら、彼は僕とこうやって気安く手を繋いでくれたり、笑い掛けてくれたりするだろう。回し蹴りもない。 でも僕は、いいお友達だけじゃやだ。なにもものを知らない子供みたいに扱われるのもいやだ。栄時くんはとても優しいから、僕はどんどんワガママになってく。僕を、ほんとは僕が君のことどう思ってるのか、ちゃんと見てよって思う。でも嫌われるのが怖いから、僕はまだなんにも言えない。 僕はちらっと栄時くんを横目で見る。綺麗な横顔、唇薄い、チューしたい、睫毛長いなあ、やっぱり可愛いなあ、好きだなあって考える。 「ん?」 栄時くんが僕の視線に気付いて、顔を上げる。 「どうした」 「な、なんでもないよ。あー、うん」 僕はごにょごにょ言って誤魔化して、そんで栄時くんの手をきゅっと強く握る。お願いだから、僕が彼をどれだけ好きかってことの何十分の一でいいから伝わりますように、って考える。ほんとにほんとに大好きです。 僕の横で順平くんがニヤニヤしながら「捕まっちゃったねー宇宙人」とか言っている。でも彼のニヤニヤの半分以上は、たぶん固まりきってる僕に向けられたものだろう。今はちょっと、このチャンスを作ってくれた彼に感謝してる。 みんなは手を繋いでる僕らを見て、おかしな生き物を見てるみたいな顔で笑ってるけど、どんなに滑稽でも、誰に笑われたって、今の僕は大好きな子と手を繋ぐことができて、とても幸せだ。 ◆◇◆◇◆ 「――そんで、後ろ振り向いたら、壁一面真っ赤だったんだよ……!」 「うひゃああ!」 僕は悲鳴を上げて、隣に座ってる栄時くんに抱き付いた。今日も一日たくさん遊んで、観光して、いろんなもの見て、帰ってきたらなんでかこんなことになってしまったのだ。 僕らは一部屋にごちゃっと詰まって、怪談大会をやっている。僕は怖い話が苦手で、お化けも幽霊もホントダメなんだけど、「お願いだからそーいうのやめてよ」ってお願いしても、ノッちゃってる順平くんや友近くんに「ヤなら出てろよへタレ野郎」とかすげなく却下されてしまったのだった。 僕だってほんとは逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。でも今日は鳥海先生にワガママを聞いてもらって、うちの部屋で寝ることになった栄時くんの前で、怖がったり逃げたりそんな格好悪いことができるわけがない。だから頑張って我慢してたんだけど、僕は案の定震えあがってしまって、このザマだ。栄時くんに、小さい子供がお母さんに抱きつくみたいにしがみついちゃったりして、もう情けない。僕はダメだ。 「お前ら、もう止めてやれ。望月が可哀想だろ」 栄時くんが、胸に顔を埋めてもうやだもうやだってうめいてる僕の背中を抱いて撫でながら、呆れた声で言う。それは嫌がるひとがいるのに面白がって怖い話を続ける順平くんや友近くんらに対してなのか、あんまりに情けない僕に対してなのか、どっちだろう。 「よっし、次は京都怪談マップより、三条大橋の怪だ! ふはは望月、今朝の恨みを思い知るがいいっ」 「や、やめてよぉー! ほんとにほんとに、僕お化け全然ダメなんだからっ」 「夕方通ったろ? 鴨川の三条大橋だよ。昔あそこで――」 「うわああん、黒田くーんっ……」 「はいはい、しょうがないな。望月、準備しろ。出よう。先、風呂でも行こうぜ」 「え」 僕は半分泣きが入ってたけど、ぱっと顔を上げて栄時くんの顔を見た。彼は今、何て言ったろう。お風呂って言ったろうか。僕を誘うってことは、僕と一緒に、 「う……うん!」 僕は目を輝かせて頷いた。栄時くんと一緒にお風呂なんて、もう死んでもいいかもしれない。 「ダメだー!! おまえっ、なに言ってんだ! こいつみたいな見境なしと一緒に風呂入ってみろ、取り返しのつかないことになるぞ!」 「心配ない。こいつは結構真面目なやつだよ。順平と違って女風呂の覗きなんてしやしない」 「俺が言ってるのはそーいうことでなくて! お前が!」 「はぁ? 俺だってするかよ、そんなこと。失礼な男だな」 友近くんがぎゃあぎゃあ喚いて、栄時くんにそっけなくいなされている。相変わらず会話が噛み合っていない。栄時くんって、ボケてるのか天然なのか、どっちなんだろう。なんか心配になってきた。 「お前らは好きに怪談でもなんでもやってろ。行くぞ望月。そいつらはほっとけ」 「あ、うん」 「お、オレも行くって黒田!」 「お前は来るな。どうせまた風呂で怪談の続きやるつもりなんだろ」 「まーまー、宇宙人とビビリくんはほっといて、オレらはオレらで楽しみましょうや。ねえ友近くん」 順平くんがニヤニヤしながら、「黒田ぁー! オレはお前の身の安全がっ」とか言ってる友近くんを羽交い締めにしている。僕はこっそり彼に感謝した。持つべきものは、やっぱりトモダチだ。 着替えの浴衣とお風呂セットを用意してると、栄時くんに「アヒルは置いとけ」と注意されてしまった。 「あ、あー、うん」 「……水鉄砲もダメだ」 玩具はダメ、らしい。 廊下へ出ると、栄時くんが居心地悪そうな顔をして、「まったく困ったやつらだ」とぼそぼそ言った。 「望月、平気か?」 「う、うん……でも今晩ひとりでトイレ行けなくなっちゃったよ……」 「俺起こせ。ついてってやるから。……その、俺も、」 ものすごく言いにくそうな顔をして、栄時くんが、僕から目を逸らして言う。 「目、覚めたら、夜中お前起こすかも」 「へ?」 僕は目を丸くした。栄時くんの顔はちょっと赤い。まだ目を合わせてくれないけど、僕はなんとなく分かってしまった。ああなるほど。 「もしかして君も?」 「いや……そういうわけじゃないが」 「怖いのダメなんだ」 「だから違う」 「わぁっ、ね、ほんとにほんとにやだよね! 僕らおそろいだね!」 「……ん」 良かったーって彼の手をぎゅうっと握ると、栄時くんは恥ずかしそうに頷いてくれた。今日の昼間も思ったんだけど、この子すごく綺麗で格好良い人だと思ってたんだけど、実は結構可愛い子なのかもしれない。 「……みんなに言うなよ」 「言わないよお」 「……なんか、お前には恥ずかしいとこ見られてばっかりだな」 「大丈夫だよ。僕は君のこと好きだから」 「あ……」 栄時くんはびっくりしたように、ぱっと顔を上げて僕を見た。たぶん僕の顔は今、真っ赤になってるだろうと思う。僕はすごく頑張って、それを伝えたのだ。 でも栄時くんはやっぱりちゃんとは受取ってくれなかったらしく、くすぐったそうに笑って、「お前、ほんとにストレートな奴だな」と言った。 「少し、羨ましいよ。……俺もお前が好きだよ。友達になれて良かった」 「う、うん! 僕ら、トモダチだよね!」 僕は勢い込んで頷く。 やっぱり栄時くんは、ちょっと、いやかなりニブい子で、女の子の気持ちも上手く伝わらなくて、だから男の僕の好意なんて、このくらいじゃ伝わってはくれないだろうってことは分かってる。残念だけど、でも僕は彼に友達って言ってもらえて、すごく嬉しかった。今確かに信頼されてるって感じる。できればいつまでもこうやって、僕のことを信用していて欲しいって思う。でも反対に、いいひと止まりじゃやだとも思う。 僕は今までこうやって誰かと一緒にいて難しいことを考えることはなかったから、栄時くんといると、いつも新鮮な驚きを感じる。僕が人にちゃんと思ったことを伝えられないなんて、それも理由が相手に嫌われたくないからなんて、まだちょっと信じられない。僕はみんなにありのままを知って欲しいし、嘘なんて吐きたくない。ちゃんとそのまま僕を見てもらいたいと思う。 でも僕は栄時くんが好きで、好きでたまらなくて、だからほんのちょっと『こいつやだな』って思われるのも嫌なのだ。 だからこんなに好きなのに、ちゃんと「君を愛してます」とか、「チューしたい」とか、「からだのなかに入って気持ち良くなりたい」とかって、感じたことをなんにも言えない。もどかしい。 |