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ふたりで過ごす24時間(1) 「――迷惑なんだけど」 栄時くんが言う。いつもの無表情で、僕をそっけなく斬り捨てる。僕は慌てて彼の肩を掴んで、「お願いだよ」と懇願する。 「あ、あの、僕を嫌いにならないで。うん、もう言わないから。変なこと言わないから、友達でいいから、ただ君のそばにいたいだけなんだ。何でもするよ。だから、お願いだから、」 「でも、お前俺のこと変な目で見てるんだろ。そんな奴とこれからも普通に喋れるわけない」 栄時くんが言う。 「男同士なんか、気持ち悪い」 そして顔を上げる。そのぼんやりした目には、情けないくらいうろたえた僕が映っている。 そして、最終通告が下る。 「――大嫌いだ。もう俺に近寄るな」 「わあああああっ!!」 僕は悲鳴を上げた。 視界がぐるっと回転し、後ろ頭に鈍い衝撃があった。顔を上げると、天井が見える。 そこは僕の部屋だった。 さっきまで目の前にあった、僕を軽蔑する栄時くんの姿は、どこにもない。静かで、遠くから犬の鳴き声が聞こえる。 僕はベッドから転がり落ちた格好で、シーツをぎゅっと胸に抱いていた。いつのまにか泣いていて、涙と鼻水と涎で顔中すごいことになっている。 「ゆ、ゆ、ゆめ……」 べとべとの頬を手のひらで触りながら、僕は心底ほっとして呟いた。身体を起こして床に座り込み、しましまのパジャマの袖で顔を拭った。ひとまず、夢で良かった。……これが現実になる可能性が、まだまだ五十パーセントはあるわけだけど。 時計を見ると、午前一時を少し過ぎたところだった。昨晩ベッドに入ってから、まだ二時間しか経っていない。ああ、例の『魔法の時間』を入れるともう少しあるっけ。でもまだまだ朝が遠いことには変わりない。 僕は昨日、修学旅行の帰りに栄時くんに泣き付いて、謝って謝って、どさくさに紛れて告白してしまったのだった。 「君が好きです」って言った時、またふざけてるもんだと思われたらしく、僕は力いっぱい栄時くんの平手打ちを食らってしまった。 ふざけてるんじゃない、僕は本気ですって泣いて、そこであの子は僕がどうやらほんとに本気らしいぞと(ようやく)悟ってくれて、怒ってたのも忘れたって顔でぽかんとしていた。あれは絶対呆れられてしまったろう。 その後で僕は、明日一日だけって条件で、必死でデートの約束を取り付けたのだった。 栄時くんに「土下座なんかどこで覚えてくるんだ」とか「そういうのやめろ」とか怒られながら、でも僕は必死だったのだ。ここでなんとかしなきゃ、僕に残された未来は一かマイナスだ。ゼロはない。もうただの友人には戻れない。 栄時くんは優しい子だけど、さすがに彼に下心を抱いている僕と、これからもいい友達ではいてくれないだろう。僕は、頑張らなきゃならないんだ。 「俺が女の子だったら、きっと望月を好きになってたよ」って言ってくれたから、可愛い女の子の服も頑張って準備した。 昨日の帰りに、あの子に似合いそうな服を、いっぱい、いろんな店を巡って探したのだ。店員さんにも相談して、170センチくらいの、モデルさんみたいなすらっとした子に似合うような服を見立ててもらったりした。きっと栄時くんにすごく似合うと思う。あの子は、女の子みたいに可愛い顔をしているんだから。それで僕のことを好きになってくれるといいんだけど。 そして僕自身も、なにを着て行こうかすごく迷ってしまった。 あの子の隣に並ぶんだから、へたな格好はできない。やっぱりスーツかな、バラの花束持って、指輪も用意して、ちゃんとポケットには男としての責任でコンドームを、いやまだ告白もしてないのに気が早いかもしれないけど、万が一ってことがあるし、順平くんもみんな持ってるって言ってたし、――そこまで考えて、僕はまた、スタート地点に戻ってくる。そもそも明日、約束の時間、約束の場所に、栄時くんが来てくれるとは限らないのだ。 僕を宥めるためにあんなことを言ったのかもしれない。大体栄時くんは優等生なのだ。学校をサボって遊びに行くなんて不良みたいなこと、あの子は今までしたことなんてないに違いない。 もしかしたら真面目なご家族に「お前を悪の道に引っ張り込むような、そんな不良とは付き合っちゃいけません」と怒られて、ああそうか、俺は望月とは付き合わないほうがいいなってことになるかもしれない。確かに僕は、栄時くんにとってダメだ。アイギスさんがダメ出ししたくもなるはずだ。 途中で学校の先生とか、お巡りさんに補導されたらどうしよう。僕のせいで栄時くんまで怒られるのは、何というか、ダメだ。僕は栄時くんの人望だとか、魅力だとか、名声だとかを損なうようなやつにはなりたくない。 そもそも明日じゃなくても、あと一日待てば良かったのだ。日曜日になる。 でも一日待って、栄時くんの頭の混乱が収まって、「やっぱりおかしいぞ」ってことになったらって考えると、すごく怖い。 僕も今のまま、生かさず殺さずの状態であと一日を過ごすのは、どうしても無理だと思う。たぶん。 それに僕に残された時間は、たぶんあまりないのだ。なんだかそんな気がする。だから急がなきゃならない。 もうすぐ時が巡ってくる。僕は『その時』が来たら、今僕の身体の周りにある全部とお別れしなきゃならないのだ。それはもう決まっていることで、僕にはどうにもできないものなのだ。 確か、――『すごく遠くにいる両親のもとへ呼び戻される』。月光館学園を離れて、『転校していかなきゃならない』のだ。 栄時くんと離れるなんて、僕は嫌だ。彼が受け入れてくれなきゃ、僕はあの子に嫌われたまま、この港区をすごすご後にしなきゃならなくなる。 もし、万が一、栄時くんが僕を好きになってくれたらなと僕は考える。そしたら僕は勇気を出して、今まで一度も逆らったことがない両親に、「好きなひとができたから、僕はここで一人で生きてくよ。もう子供じゃないんだ。僕の居場所はここなの」って電話、できる気がする。かなり怖いけど(そう言えば僕の両親も怖い人だったのだ、確か。栄時くんの叔父さんの話を聞いていて思い出した)、勇気を出せる。僕の隣にあの子がいてくれたら、もう僕には怖いものなんてなにもない。 ――でもそれよりも、まず、明日だ。あの子が約束の場所に来てもくれなかったらどうしよう。僕なんか見てもくれなくなったらどうしよう。僕はこんなに好きなのに、どうして人の心って、こんなに上手く行かないんだろう。想いが伝わっても、どうしてこんなに怖いんだろう。好きなのに、好きになってもらえないんだろう。 ベッドの上でうんうん唸って、何度も何度も寝返りを打って、悩んで、落ち込んで、ちょっと希望を持って、そしてまた来てくれなかったらどうしようって焦って、腐る。そうしているうちに窓の外がきらっと光る。海の向こうがうっすらと輝き始める。 ああ、まずいと僕は考える。朝が来ちゃった。 青みがかった薄明かりのなかで、ベッドの横のライトを点けて鏡を見ると、やっぱりというか何と言うか、ひどい顔だった。 目は寝不足と、何度か怖いことを考えて泣いてしまったせいで充血して腫れていて、目の下にはクマができている。顔はひどい心配のせいでげっそりやつれていた。これは、見るに耐えない。人に見せられない。――好きな子には、尚更、絶対に見せられない顔だ。 少しでも眠らなきゃと考える。でも目が冴えてしまって、寝るに寝られない。うとうとしかけたところで、早めにセットしていた目覚まし時計が鳴る。もうダメだ。時は待たないのだ。 今から眠って寝過ごしたら、もう目も当てられない。僕は観念して起き上がる。ほんとにひどい顔だ。 ああ今日もうダメかも、と僕は項垂れた。 ポートアイランド駅に着いたのは、約束の時間よりも大分早い時刻だった。改札前――は分かりやすいけど、朝早くに登校してきた生徒に「なにやってんの? 私服で」と見咎められるかもしれなかったから、まだシャッターが閉まったままのラフレシ屋の前で待ち合わせをした。 やっぱりと言うか何と言うか、栄時くんはまだ来ていなかった。無理もない、約束の時間までまだゆうに三十分はある。あの子はもしかしたら、まだベッドの中かもしれない。 一人でシャッターにもたれて立ち尽くしていると、栄時くんはきっと来てくれるという期待と、まさか来るわけがないという諦めが、また僕の中で取っ組み合いの喧嘩をはじめる。僕は腕時計を見る。あと二十五分。そして携帯を見る。『やっぱ行かない』ってメールは来てない。 僕は本当に勝手な人間だと思う。多分これは彼にとっては、迷惑にしかならない好意なんじゃないかって、気付いてはいるのだ。 あの子は何と言うか、誰かが一人占めして良いような人じゃない。みんなの人気者で、僕じゃなくてもきっと大事にしてもらえるだろう。可愛い女の子たちも、彼に夢中だ。アイギスさん、ゆかりさん、風花さん、あの生徒会長の美鶴さんまで、あの子をすごく大事にしている。 それはすごく嬉しいことなんだけど、そこに僕の入り込む隙間なんてないんじゃないかって、たまに思う。何と言うか、巌戸台分寮生たちにはみんな、僕にはどうしても、どう頑張っても仲間に入れないような特別に強い絆があって、僕は遠くからそれを指を咥えて「いいなあ」って眺めていることしかできないってイメージがある。 僕はもしかして、部外者でしかないんだろうか。栄時くんにとっても、『仲の良い友達』にしかなれないんだろうか。――デートなんてお願いしてしまって、やっぱり迷惑だったろうか。今日は、来ては、もらえないだろうか。 僕は二時間でも三時間でも、ずうっと待っているつもりだった。僕の背中のラフレシ屋が開いて、閉まって、それでも来てくれなくたって、今日一日っていう可能性があるなら待っているつもりだった。 その為に色々準備してきたのだ。寒くなっても大丈夫なようにカイロとか、お腹が減っても良いようにお菓子とか。――はじめから来てくれないことを前提に、持久戦の準備をしているってのも、悲しい話だけど。 僕は待っている。僕の生死を決める約束の時間まで、あとジャスト二十分。お腹の前で握り拳を作って、ガッツポーズを取る。頑張れ、僕。 「……なにそれ?」 「うん、今日は頑張るぞって気合いを……」 僕は意気込んで頷いて、そのまま硬直してしまった。僕の目の前には、動物園で変な生き物を見て、「お父さん、こいつ変わってるね」とか言ってる子供みたいな顔をしている栄時くんがいる。 僕は目を擦った。嘘だ、だって、 「……あ、あと二十分、あるよ?」 「うちの寮、サボったりそういうの、先輩がうるさいから。見つからないように早めに出た。お前こそ、あと二十分ある」 「……あの、いいの? 今日、学校あるけど」 「別に構わない。お前も共犯だぞ」 「……ぼ、僕とその、ほんとにいいのかい? 後悔はしない?」 「ちょっとしてる。何だその格好」 栄時くんは、「まあ予想してなかった訳じゃないが。お前だし」と言いながら、僕の服を指差した。 「……なんでスーツ? 夜の仕事が終わって、帰りがけのホストみたいだぞ」 「い、いやその、あのね、だって君の隣に並ぶなら、この位頑張らないとって」 「その腕の薔薇の花束は何だ」 「えっと、その、君に……昨日からね、用意してて。なんでか僕が触るとしおしおになっちゃって、こんな、なんか元気ないけど」 「こっちの鞄は……服? え、これ、女物じゃないのか」 「あ、うん。君のためにいっぱい、あの、似合いそうなの探して。きっとすごく可愛いよ」 「……まさか、俺が着るのか……?」 栄時くんは頭を抱えている。どうしよう、何か気に触っちゃったんだろうか。呆れられたんだろうか。すごく、怖い。 「……ともかく、とりあえずどっか中入ろう。駅の中でもどこでも、あったかいとこ。お前すごく冷えちゃってる。冷たい」 「あ、え?」 栄時くんが僕の手を掴んで、「お前はそういう全然自分のこと気にしないとこ、なんとかなんないのかよ」と言いながら引いて、歩いていく。僕は困惑してしまう。この子、僕が下心持ってるって知ってるだろうに、こんなに気安く触って大丈夫なんだろうか。 「あの」 「朝飯食った?」 「あ……ううん、あの、なんか食べる気になれなくて。……その、心配、で」 「その顔、寝てないな」 「あ、三時間くらい……その、君にふられる夢見て、飛び起きちゃって、なんか怖くて眠れなく」 「……そうやって悪いことしたなって気分にさせるのは止めろよ。夢にまで見るな。俺そんな怖いかよ」 「えっ、ちが、そういうんじゃないんだ! ただその、やっぱり男同士とか、気持ち悪がられるかなって、それに君はもてるし、」 「……お前だろ、それは。女子大好きでもてる男。……なあ、お前ほんとに俺をからかってるわけじゃないのか? 今なら許してやるぞ。後になったら、もう駄目だ。ボコる」 「悪ふざけなんかじゃないよ! 僕は、君のことが好」 「ばっ、こんなとこで言うな!」 口を押さえられてしまった。僕はしょんぼりしてしまって、「ほんとにほんとだよ」と言った。好意を本気に取ってもらえないのは、本当に辛いことなのだ。 栄時くんは「うん」と頷き、沈痛な表情で溜息を吐き、「そうか」と言った。 「言っとくけど、俺にそういう趣味はない」 「あ、」 「……そんな顔をするな。本当のことなんだ。でも望月は嫌いじゃないよ。お前を困らせたくはないと思う」 「……うん。ごめん……」 「――もういい。どこへ行くって、決めてるのか」 「あ、うん! いっぱい考えて、その、何個も何個も」 「……ああ。じゃあその中で一番遠いところへ行こう。絶対月光館の奴らに見られなさそうなところ」 「えっと、……隣町とか?」 「わかった。もうじきこの辺生徒増えるから、さっさと電車乗ってしまおう。朝飯、向こうに着いてからでいいか? 悪いけど」 「あ、うん。あの、ごめん、」 「いいから」 「あ、服」 「……それは勘弁してくれ。……て、おい! なにまたそんな格好、土下座は止めろって言ったろ?!」 僕らは、いつもとは逆の方面へ向かう電車に乗った。サラリーマンや学生は大体ポートアイランドの方へ向かうから、電車の中はがらがらに空いていた。 「え、えへへ、座れちゃったね……」 何度かすれ違う電車は、スーツや学生服の人たちで、どれも満員だった。でも今の僕らにはぜんぜん関係ない。二人で並んで席に座って、ゴトゴト揺られながら、移り行く馴染んだ景色をぼんやり眺めている。 「ね、あの」 「……なに」 「手、さ、そのつないでも、い、いい、いいいですかか……」 「……お前の相手してると血管切れそうだ」 「え、ええっ?!」 「ふざけるなよ。元々お前、そんな格好のせいで目立ちまくってんのに、男と手を繋いでどうする」 「あ……あ、うん、じゃあ着いたら君の服」 「……お前の方が良く似合うと思うから、お前が着るんじゃ駄目なのか」 「え、でも、今日は君が女の子じゃないと、意味がないよ!」 「……わかったから、人いるのに大声でそんなこと言うな」 栄時くんは、朝からなんだかぐったりしている。 やっぱり駄目なのかなとしょんぼりしかけたけど、ああ諦めちゃ駄目だ、頑張らないとと思い直して、僕はまた小さくガッツポーズを取る。それを見ていた栄時くんは、また頭を抱えて溜息を吐いた。 駅のロッカーに荷物を押し込んで、僕は栄時くんを待っている。 さっきからずうっと、身体が宙をふわふわ飛んでいるみたいな気分だ。僕はうわついて、のぼせてしまっている。ドキドキし過ぎて上手く息が吸えない。 まさか本当に来てもらえるなんて思わなかった。 栄時くんは当たり前みたいな顔をしているけど、それは僕にとってすごく驚くべきことだったのだ。 ずうっとニヤニヤしっぱなしだったから、さっきも「なにがそんなに嬉しい。お前は良く分からない奴だ」って呆れられてしまった。あの子には分かってもらえないかもしれないけど、僕はほんとにほんとに彼が約束を守ってくれたことが嬉しかった。こうして二人きりでデートできることが。 そうだよ、デートなんだよねと僕は考える。これから二人でいろんなところへ行って、もしかして手なんか繋いじゃって、それに、何かの奇跡が起こってもし万が一栄時くんが僕に振り向いてくれたとしたら、「大好きだよ」ってあの子の身体をぎゅうっと抱き締めることができる。 がんばらなきゃならないなって僕は意気込んでぎゅっと拳を握る。どうにかして格好良いところを見せなきゃならない。僕にだって男らしいところがあるってことや(漢らしい栄時くんには敵わないかもしれないけれど!)、本当に君のことを誰より大事にできるんだよってことを伝えなきゃならない。本当に、僕はあの子を一生掛けて守り抜くつもりなのだ。なにがあっても。 僕は考える。指輪って、どういうタイミングで渡せば良いのかな。 僕は考える。でもやっぱりそういうのは、初めてのデートでやらかしちゃうと、また本気に取ってもらえないだろうか。不真面目だって思われちゃうだろうか。 「――望月?」 悶々と思い悩んでいたところに、栄時くんの呼び声を聞いて、僕は笑顔で振り返る。 「は、はいはい? なんだい――」 そしてそこで硬直する。 「な、なんだよ。……だ、大体こんなカッコしろって言ったのはお前だろう」 栄時くんは恥ずかしそうに頬を染めていた。居心地が悪そうに目を僕から逸らしている。僕は緩く頭を振りながら言う。 「……なんだか別の人みたい」 「お前な、」 やっぱり綺麗な顔の人は、男の子の服でも女の子の服でも、すごくさまになっていた。僕の目の前には、まじりっけなしの女の子がいる。 「とても綺麗だよ。やっぱり思ったとおりだ。良く似合ってる」 「は、はぁ? お前、人をからかうのもいい加減にしろよ。こんなの似合ってたまるか。俺は男だ」 「うん。でもかわいい」 「…………」 ほんとにすごい。まさかここまで可愛くなっちゃうなんて思わなかった。スカートってすごいなあと僕は考える。あんなに格好良かった栄時くんが、一瞬ですごく可愛い、砂糖菓子みたいに甘くて美味しそうな女の子になっちゃうのだ。 「ま、満足かよ」 「うん、とても! ええと、じゃあ今日一日、お付合いお願いします。僕頑張ってエスコートするからね!」 「あ、どうも。……じゃない、そうじゃないんだ、何か、おかしいぞこれ、お前絶対おかしいだろ。大体こんなゴキゲンな格好の、変態みたいなのと並んで歩くのイヤだろ、お前だってさすがに――」 栄時くんが顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりしながら、僕にまくしたてる。ああ、この子はこんなにクルクル表情の変わる子だったんだって、僕はちょっと驚いてしまった。なんだか嬉しくなる。 栄時くんは女の子に絶対見えないってすごく恥ずかしがっているけど、今のこの子は誰よりも輝いて見える。 僕らの傍を過ぎて行くカップルの男性が、通り際に栄時くんを見て口笛を吹いた。 「ヒュー、あの女の子ちょうかっわいい。ねえヘッドホンのお姉さーん、デートしてー」 「ちょっとどこ見てんの? ……あっ、でも隣のスーツの彼すごい格好良い。デートしたいなあ……」 「ちょっとドコ見てんの?!」 僕らは顔を見合わせる。そして栄時くんは暗い顔でがっくりと項垂れて、「こんな辱めは一週間ぶりだ……」とかぼやいている。 「――この程度なんでもない。俺は漢だ。やってやる。……でも俺は可愛くなんてないからな」 「ふふ、やっぱりみんな君に夢中だ。こんな可愛い君を一日一人占めできるなんて、僕は幸せ者だなあ」 「あああああ」 栄時くんは頭を抱えてうめいて、それから照れ隠しみたいに僕の額にデコピンした。なんだかそういう仕草まで、すごく可愛いんですけど。 |