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ハイ・アナライズ ----------------------------------- ------------------ 『四月六日影時間−−胎である素体−−カナ『愚者』のシャドウを巌戸台分寮へ移送完了。 四月七日、月−−学園高等−−編入完了。 −−九日影時間、移送後初めて−−−−を発動。アルカナは『愚者』に加えて『−−』タイプらしきものが顕在化/暴走。アルカナ『魔術師』回収後、暴走停止。やはりまだ−は満たない。以降−−間意識不明の状態。 五月−−影時間、アルカナ『女教皇』を回収。−−に疲労の様子が見られる。 六月八日影時間、アルカナ『皇帝』、『女帝』を回収。大型シャドウの回収後、母−の自我が増す傾向に−−ようだ。詳細に関しては現在調査中。 七月七日影時間、アルカナ『法王』、『−−』を回収。−−の自我が発達。少し扱い辛くな−−きた。 七月二十一日、−−年前に−−−−を行った−−ャドウ兵装が自発的に機動。母胎と胎児に反応したか。双方メモリーに障害があるようで、互いの存在を認識せず。対シャドウ兵装に警戒、監視行動が見られる。母胎にも微妙な反応あり。『アイギス』の外装に反応したか。 八月六日影時間、アルカナ『戦車』、『正義』を回収。残り僅か、さすがに素晴らしい統率−−だ。タイムリミットまでにかなりの余裕を残して回収が済みそうだ。ただ『ス−−ガ』と名乗る存在が現れ、−−ドウ回収作業を妨害した模様。 九月五日影時間、−−カナ『隠者』を回収。ストレガ構成員の−−−と名乗る少女を拘束。外見、使用−−ソナからロストしたサ−−ル04と−−。やはりでき損−−−−の−−残りか。−−にこれと言った反応はないが、いらないノイズは極力排除したい。病院−−近付−−いでおこう。 十月四日影時間、アルカナ『剛毅』、『運命』を回収。素晴らしい! あと一体だ。こちらにも一体手駒の欠けがあったが、母胎さえ守れればなんとでもなるだろう。 十一月四日、残るは刑死者タイプのみだ。あとひとつ、あの欠片が子宮に嵌まれば母さんは僕を産んでくれる。−−年待った甲斐があった。実に感慨深い。あの小さかった−−が出産に耐える姿に育ち、孕み、母になる。これほど嬉しいことはない。僕が『デス』として生まれ変わった滅びた後の世界で、僕は皇となりあの人を后に据えよう。美しい滅びの母よ、完全なるエヴァよ、無垢ないとし子よ、ああ母さん、母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さんnn09fj人類に望まれ/ioau7907いioyhdて月が-tyl998nm栄えuihるmio;arioi時が来る@:],gi;yああああああああ--------------------- 僕たちは9n7お:779i@人を5;qoかjbvop棄てy;8;b89uこの星に君臨すitgnら9;9uぐyutk6------------ ----------------------------------- ------------------ -------- -- (※以下読み取れず) ◆◇◆◇◆ (なんだこれ?) キーボードを叩く手を止めて、私は首を傾げた。今触っているデータは、いわゆるいかにもな『お電波さん』の文章が多くて、さすがにこういう作業が好きな私でもくじけそうになってしまう。 十一月四日に、私たちを纏めていた大人が死んだ。 アイギスの電脳を弄くった上で私たちを拘束させて磔にして、これから産まれてくる『デス』っていうシャドウの皇子様への生贄にするんだとか、ゲームやアニメやマンガが大好きな私でもちょっとそれはあんまりって思っちゃうことを大真面目に(かなりイッちゃった顔で)やらかしてくれちゃったのだ。 私も子供の時分は「魔法が使えたらなあ」ってことあるごとに考えたものだった。でも自分の能力と現実に折り合いを付けて、ニ次元と三次元の違いっていうものをちゃんと認識したのは、小学生くらいの頃だったろうか。本当に使えるなんて、普通の人間なら思わない。私も能力に目覚めるまではそう思っていた。 言うだけなら、理事長はもういい大人(というか中年のオジサン)なのにしょうがないなあって呆れるだけで済んでいた。それだけじゃ済まなかったのは、あの人が本当にやらかしてしまっちゃったせいだ。桐条先輩のお父さんを殺して、私たちのリーダーをシャドウの餌にしようとした。 そのせいで桐条先輩は自分が死んじゃったみたいな顔で長い間塞ぎ込んでしまっていたし、リーダーはしばらく影人間みたいになって、口が聞けなくなってしまっていた。 みんなに引っ込み思案だと言われる私でも、すごく怒りを感じているのだ。みんなはもっと怒っているだろう。 本当に、大人ってどうしようもない人ばかりだ。天田くんが言っていたことにも、すごく頷けてしまった。 今私は、理事長が遺したデータの復旧と暗号の解読作業を行っている。ほとんどが消されていたり、改変されたり、飛び飛びだったりしたけれど、なんとか一番の目的は達成できた。ゆかりちゃんのお父さんの映像データだ。やっぱりというか何というか、すごくひどいことにされていたけど、何とか元のデータを見付けることができた。良かった。 他にも理事長自身が製作したいくつかのデータが残っていたけれど、そのどれもがなんだかろくでもなかった。匿名掲示板に晒し上げるぞコノヤロウってくらい、救いようがないくらいにいかれていた。いろんな意味で。 テキストを眺めているだけで疲労になる。今晩のタルタロス探索は無ければ良いけど。 私が目をとめたのは、どうやら大型シャドウの討伐――理事長節で言うと『回収』作業についてのデータだった。記録は四月から始まっている。 まず、 『四月六日影時間−−胎である素体−−カナ『愚者』のシャドウを巌戸台分寮へ移送完了。』 ――初っ端から、気になる単語がばんばん出てくる。大型シャドウをこの寮に移送したらしい。 (て、どこに?) 私はさあっと青ざめる。もしかすると私たちが知らないところで、理事長は例の大型シャドウみたいなものを飼っていたのかもしれない。この寮の中で。 私は私が知らない間に、例えばお風呂に入っていたり、トイレに行ったり、勉強したり、インターネットしたり、機械を弄ったりしているすぐ傍の見えない場所で蠢いているシャドウの姿を想像してみた。 タルタロスっていう異世界にいるモンスターじゃなくて、日常密着型の、例えば自爆霊とかストーカーとか、そんな感じで存在するシャドウっていうのは、普通の奴の数倍気持ち悪いと思う。 だってご近所さんなのだ。私は想像してみた。例えば今隣の部屋のドアを叩いて、「はーい」って顔を出したりするシャドウの姿を。 あの黒いコールタールみたいな身体でエプロンなんか付けて、「今夕飯の支度しててさ……あ、せっかくだから上がってく?」とすごい気さくに声なんか掛けられたらたまらない。 「最近どう?」「ウチさ、この頃ちょっと太っちゃって。運動不足なのかなぁ、それとも人食いすぎたのかもー」「下の階のさ、あの子カッコいいよねリーダー。黒田くん。ちょっ、風花もカレ狙い? えっやっだぁ〜」――ダメだ、小突きたい。捻り潰したい。何でもいいからひどいことをしたい。 そして、次の項目だ。 『四月七日、月−−学園高等−−編入完了。』 ――シャドウを、編入? 私はまた混乱する。時期的にはちょうど新しい学年の始まりの頃だ。 私は新一年生に混じって、何食わぬ顔をして授業を受けるシャドウの姿を想像してみた。 『影時間シャド美でぇす。ガングロ? うん最近はやりの。仮面外して顔見せてって? 駄目だぁめ、あたしこの下ノッペラボーだもん。……嘘だよ? やだなぁもー、信じちゃわないでよ。そんな人間いるわけないじゃん』――こんな子は、さすがにいなかったはずだ。 愚者のアルカナシャドウなんて、きっとすごく頭の軽そうな喋り方をするんだろうなって、私は考えた。空想だけど、多分間違ってないんじゃないかなって思う。 (どういうこと? 分寮に一晩隠して――タルタロスに移したってことなのかな) 私は項目を読み進める。 『−−九日影時間、移送後初めて−−−−を発動。アルカナは『愚者』に加えて『−−』タイプらしきものが顕在化/暴走。アルカナ『魔術師』回収後、暴走停止。やはりまだ−は満たない。以降−−間意識不明の状態。』 私は四月には、まだこの寮にいなかった。だから詳しいことは分からない。何が暴走したのかとか、誰が意識不明なのかとか、見当も付かない。 (次……あ、私がペルソナ能力に目覚めた日のことも書かれてる) 『大型シャドウの回収後、母−の自我が増す傾向に−−ようだ。詳細に関しては現在調査中』 (……自我?) ふと思い当たって、私はそこに目を留める。他の項目にも、同じようにいくつか記されていた。 『自我が発達。少し扱い辛くな−−きた。』 (満月の大型シャドウ討伐後に、自我が……発達?) そこで私の脳裏にふっと浮かんだのは、華奢で小柄な、ちょっと猫背で、そしてすごく綺麗な顔をした男の子だった。 現場で戦闘指揮を取っている、私たちのチーム・リーダーだ。 能力は客観的に見ても、私たちの誰よりも最強。無口で表情はあんまり変わらないけど、きちんとみんなを気遣ってあげたり、備品をポケットマネーで買い揃えたりしてくれる、気配りができる人だった。 天才でカリスマで漢らしい、――私の、憧れの人だ。内緒だけど。 私は思い出す。満月の影時間が過ぎた後、急にふうっと雰囲気が柔らかくなる彼のことを。みんなが「あいつ満月が来るたびに、なんかちょっと、柔らかくなるよな」って言っていたことを。 私たちはそれを、大きなミッションを仲間みんなでこなして、チームの一体感が上がったせいだと思っている。でも、 (……なにヘンなこと考えてるんだろ) 私は頭を振って、暗号の解読作業に戻る。割出したテキストを読み進めていく。 『対シャドウ兵装に警戒、監視行動が見られる。母胎にも微妙な反応あり。『アイギス』の外装に反応したか。』 私は、屋久島でアイギスに出会った時のことを思い出していた。アイギスはリーダーの黒田くんに異常な反応を見せていた。 黒田くんも、なんだか顔を赤くしちゃって、今まで見たことのない反応をしていた。私は確かにあの時、「ズルイです」って思ったのだ。覚えている。 (まさか、そんなはずない) 次のテキストを読み込む。 『さすがに素晴らしい統率−−だ。』 そう、私たちのリーダーは完璧だった。完璧な統率者だった。たまに怖くなっちゃうくらい。 ――まるで、人間じゃないくらい、完全な人だった。 もしかしたらこのテキストみたいに、 (ちがうったら。何を考えてるの) 次だ。 『ストレガ構成員の−−−と名乗る少女を拘束。これと言った反応はないが、いらないノイズは極力排除したい。病院には近付けないでおこう。』 あきらかにストレガのチドリさんのことだ。 黒田くんは今まで一度も病院には出向いていない。みんなは面倒くさがりの彼の性質を理解しているから、「まあ彼ならそんなこともある」って感じだった。やるべきことは完璧にこなしているから、誰も何も言わない。 でも良く考えてみたら、敵のメンバーをリーダーの黒田くんが一度も見に行かないっていうのは、すごく不自然なんじゃあないかなとも思う。私やゆかりちゃんですら、当番で見張りに行ったのに。 (ちがうから) ぎゅうっと唇を結ぶ。私は悔しかった。今まで一緒に戦ってきた、誰より信頼するリーダーがシャドウじゃないかなんて、馬鹿げた考えを笑うことができない。 彼ならあるいは、なんて考えてしまう。どうしちゃったって言うんだろう。あの人はあんなだけど、ただ口下手なだけで、思ったことが上手に伝えられないだけで、ちゃんと心を持っている。私のペルソナはそれを良く知っている。 でも私はノートパソコンを畳んで部屋を出る。行き先は、隣の隣だ。 「えっ? 黒田くんの転入日? さぁ、いつだっけ……あ、うん。四月のはじめのほうだよ。えーっと……ちょっと待ってね。どうしたの、風花? 本人に聞けばいいのに」 「あ……ちょっと。もう遅いし……」 ゆかりちゃんは、急に部屋を訪ねた私にヘンな顔をしながらも、何も言わずに中へ入れてくれた。私の質問に「なんだろ」って顔をしながらも、ちゃんと手帳を見てくれている。 私は床に座ってソワソワしながら、ゆかりちゃんを見ていた。彼女は、「ね、四月の満月っていつだっけ?」って首を傾げている。 「彼のペルソナ覚醒? っていうの? それが四月の満月だったんだ。ガッコに転入してきたのはその二日前だったと思うんだけど」 私は頭の中でカレンダーと照らし合わせて考える。 『−−九日影時間、移送後初めて−−−−を発動。』ってあった、あの『発動』の前に『ペルソナ』って単語が入るとしたら、ちょうど時期が合う。合って、しまう。 「ね、ねえっ、あの、もしかして転入の前の日に、寮へやってきてた?」 「え? あ、うん。なんで知ってんの? あの子影時間にいきなりやってくるからさ、シャドウかと思ってすっごいびっくりしちゃって。危うく攻撃しちゃうとこだったわけ」 「あ、そ……そうなんだ」 私は愛想笑いをする。でも喉がからからで、手のひらにすごく嫌な汗が滲んでいる。 『四月六日影時間−−胎である素体−−カナ『愚者』のシャドウを巌戸台分寮へ移送完了。』――怖いくらい、リンクしている。 「そ、そう言えば……あの、リーダー、初めてのペルソナ発動のあと、大変なことになっちゃったり……」 資料には『意識不明の状態』とあった。ゆかりちゃんは軽く頷く。私の心臓は止まりそうになる。 「一週間くらいかな……目ェ覚めなくて入院してたんだよあの子……ってちょ、風花?! どうしたの!?」 「あ、ありがとう! じゃ、おやすみっ! 夜遅くにごめんね!」 私はゆかりちゃんの部屋を飛び出していた。口を押さえて、自分の部屋には戻らないまま、階段を駆け上がる。目指したのは、作戦室だった。 引き攣ったようになっている呼吸が収まるまで待って、のろのろ歩き出す。モニタを見上げる。怖々手を伸ばす。私は今、ボタンに手を触れるだけで、誰も知らないあの人の姿を見ることができる。 (……最低だ、私) 私は誰より信頼する人が、シャドウじゃないかって疑っている。アルカナ『愚者』の大型シャドウ。誰とも違う異質なペルソナ使い。満月に変わり往く人。 変な電波系のテキストに踊らされて、あるはずないことを想像している。誰も知らないところで、あの人は一体どういう姿をしているんだろう、とか。 だって、考えてみればみるほどおかしいって思う。あんなに綺麗な人間がいるわけない。完璧で、欠点がない。何でも一人でできる。本当は私のサポートなんか必要じゃないくらい。 だからもしかしたら、今ぱっと監視カメラの映像を映したら、私たちが知っているリーダーの姿はどこにもなくて、かわりに見たこともないかたちのシャドウが映っているんじゃあないだろうか。私はそんなはずないと考える。でも絶対違うと強く言いきってしまうことができない。 初めてなのだ。あんなに人間の、生きてるひとの匂いがしないひとは。 (ごめんね……黒田くん) 私はぎゅっと目を瞑り、スイッチを押す。ライトが点灯して、モニタに何もない部屋が映し出される。あの子の心を映し出したみたいな、がらんとして殺風景な、冷え冷えした男の子の部屋が。 ベッドの上に、黒田くんが何をするでもなく寝転んでいる。彼は枕をぎゅうっと抱き締めていた。ちょっと意外だな、彼でもこんな不安そうな仕草をするんだ、と思っていたら、黒田くんはふーっと長い溜息を吐いて、心底行き詰まった、って声で呟いた。 『……恋ってなんだろ……』 私は盛大にこけた。 心ないシャドウなんじゃないかって疑っていた、あの人間らしい感情を見て取れない、クールなカリスマがいきなりそう来るとは思わなかった。 椅子で思いきり鼻を打ってしまって、痛みにうずくまっている監視者のことなんか知らずに、黒田くんはうつ伏せの格好で、交互に膝を曲げてベッドの海の中でバタ足をやりながら、枕にぎゅーっと顔を押し付けて『うわああ』とか言っている。 あの王子様キャラが、予想外の展開過ぎる。 『うわー、おかしい、絶対おかしい、なんだこれ、ミイラ取りがミイラに……お父さん、お母さん、僕は駄目な子供です。あなた方に合わせる顔がありません。――なんで、こんな、僕は普通なだけが取り柄なのに』 「ちょ……え、黒田く……お父さんお母さん!? 僕?! えええ?!」 私は泡を食って、モニタに「そりゃないでしょ」と突っ込む。でも不幸なことに、ここから大分離れた場所にいる黒田くんには届かない。 彼は起き上がり、枕を抱いたまま足を投げ出して、すごく色っぽい溜息を吐いた。あからさまに『恋しています』って顔つきだ。 私はさっきまでとは別の意味で慌てはじめた。私は内緒だけど、この子のことが気になっているのだ。いきなりハートブレイクとか、ううん本当はこんなすごい人が私を見てくれるわけないとは思ってたけど、でもいきなりこんな状況でってあんまりだ。 『――あいつ、ちゃんと飯食ってるかな……なんで僕なんかに、好きだって言ってくれんだろ。何の取り柄もないのに。からかわれてる……わけじゃ、ないみたいだったけど……』 黒田くんは『明日も会えるかな……』ってぽそぽそ言いながら、携帯を覗いた。そして「あーあ」って顔になる。 『……あ、日曜じゃん。あいつ、やっぱ僕なんかほっといて、他の子とデートの約束してるんだろうな……そういう奴だよな。はあ……死にたい』 そんないい加減な相手のことが好きになっちゃったんだろうか。相手、誰だろう。 黒田くんは何て言うか、言うことを何でも聞いてくれて、誰よりも幸せにしてくれそうな、ものすごい美人と付き合っていなきゃならないような気がするのだ。私が諦められるくらいすごい人と。 なのにそんな辛そうな顔で『死にたい』とか言う相手なんて、絶対駄目だって思う。 気が弱いって言われる私でも思うのだ。ゆかりちゃんあたりが知ったら、多分釘バットを持って相手の女の子の家に殴り込みに行きそうだ。私は控えめに鉄パイプでお願いします。 ハラハラしながら、黒田くんが相手の子の名前をポロッと零してくれないかなあってかなり必死に見守っている中で(今の私はこれじゃまるきり覗き魔以外の何でもない)、急に黒田くんの携帯が鳴り出した。あの、気の抜けそうになる時価ネットたなかのテーマソングが。 黒田くんが、余程びっくりしたみたいで、ぴょこっと両手足を伸ばして「びっくり」のポーズになる。 『はわっ!』 「はわっ」とか言っちゃったよこの人。 なんだか良く分からないけど、頭が痛くなってきた。そう言えばびっくりした時にこういうポーズしてた人が、学校にもいたような気がする。確か彼とおんなじ転入生で、いつも黄色いマフラー巻いてる、順平くんと仲の良いあの人。 黒田くんは携帯のパネルを見て微妙な顔つきになる。「嬉しい」と「怖い」を混ぜこぜにしたみたいな表情だ。当然だけど、私は彼のそんな顔、見たことがない。 『――なに』 「どうでもいいです!」ってふうに電話に出ながら、でも手で胸のあたりのシャツをぎゅーっと握っている。いかにも「不安です」ってふうに。 『え……あ、うん。別に、空いてるけど。どうか、したのか……? あ、ああ。うん。別に、いいけど。教えるくらい。古典だろ? ああ。迷惑じゃない。気にするなよ』 そしてほっとしたみたいに、胸元で握り込んでいた手を解く。携帯の向こうの顔の見えない相手ににこっと笑い掛ける。あの黒田くんが、すごい可愛い笑い方をしている。 相手はほんとに、誰ですか。そんな顔であなたに笑い掛けてもらえる幸せな女の子は。 『……じゃあな。ああ、晩飯食った? ……うん、よかった。おやすみ。今日はちゃんと寝ろよ? いいな』 特課部の仲間へのものよりも、軽く百倍くらい親身で気遣わしげな声で、彼は言う。その一割でも掛けてあげられれば、多分順平くんともちゃんとすごく仲良くなれると思うんですけど、リーダー。 彼は回線を切ると、「……はぁ」とすごく悩ましげな溜息を吐いて、ベッドに寝転んだ。どうやらすごく緊張していたみたいだ。あの人が。 『どうしちゃったんだろ、僕。なんでこんなドキドキしてんだろ。これ……が、恋? まさか……いやむしろ変のほうだこれ』 「リ、リーダー……確かにそれは変です……というかリーダーが変ですっ……」 私はどうしても面と向かって言いたい。でも口下手なので言えない。加えて今私がやっていることは、すごく良くないことなのだ。言えっこない。 私が固まってオロオロしていると、また電話が掛かってきた。黒田くんが無造作に出て、『あ、なにか、まだ……』と首を傾げて――硬直した。一瞬で顔が真っ青になった。 『え? あ、ごめん間違えた。ああ、人違い。……えっとあの、はい、すみません。勘弁して下さい。僕痛いの嫌いなんです。あの、ほんと、駄目で』 リラックスしている体勢から、瞬時に正座する。そして真っ白な顔のまま、壊れたプレイヤーみたいに、何度も何度も『すみませんすみません』と謝っている。 こんなに腰の低いリーダーは初めて見た。この一割くらい下手に出てあげたら、きっと順平くんともっともっとすごく仲良くなれるんじゃないかなって思う。 相手、誰ですか。私は何度目になるだろう疑問を胸に抱く。 『え? 依頼? 依頼って、前みたいに人体模型持って来いとか、月光音頭が聴きたいとか、雀荘に殴り込んで麻雀牌強奪してこいとかそんなん……あの、実はこないだ僕ソレでヤクザに囲まれて臓器売られかけ……目先の死と先にあるかもしれない死? ……あの、僕未来に夢いっぱいなんで先のほうで』 私はこれ以上怖いものを見ないうちにモニタの電源を切って、頭を抱えて、自分に言い聞かせた。 (……見なかったことにしよう) 私は何も見なかった。何も知らない。私はリーダーの知られざる一面なんて見ていない。これが恋?とかヤクザとか未来に夢いっぱいとか、なんにも知らない。知らないんですってば。 (もー、私バカみたい) 私はバカだ。あんな電波系の文書を鵜呑みにしてしまうなんて。黒田くんがシャドウな訳がないのだ。 彼には(ちょっと見なかったことにしてしまうくらい)豊かな感情や心と言ったものがある。私たちとおんなじ人間だ。私たちはそれを良く知っているはずだ。 私は溜息を吐いて部屋に戻り、またノートパソコンを広げて、復旧作業を再開する。あてにならない『お電波さん』な文書ばかりだけど、今の私にはこのくらいしかできない。 (それにしても、理事長のお母さんって何なんだろ。またなんかの妄想なのかな) 文書に何度も出てくる「母」って言葉が、なんとなく気になった。后、エヴァって言うからにはもちろん女の人なんだけど、理事長のお母さんって言ったら、もうおばあちゃんになるのかもしれない。 (桐条先輩に言ったほうがいいのかな) でもまだはっきりしたことは、なんにも分からないのだ。分からないまま、事件の日のことを思い出させるのもすごく申し訳なくなってしまう。先輩のお父さんはあの日理事長に殺されたのだ。 それにあの人はすごく急がしいみたいで、妄想みたいな文書のことでいちいち報告っていうのも気が引けてしまう。 (全部終わったって言うのに、もう、何やってるのかな) 開いたままだったテキストの一文に目が留まる。 『人類に望まれて、月が栄える時が来る。僕たちは人を棄て、この星に君臨する。』 (なんだろ。この文章、何か引っ掛かるなあ……) 私は溜息を吐いて、深く考えることは後回しにして、とりあえず復旧と解読作業を進めることにした。テキストを閉じて、作業終了分のフォルダに突っ込んだ。 後になって私は、そこにひどい人生を歩んできたひとりの子供の名前を見付けることになる。まだ幼い、ほんの小さな小さな子供の名前を。 |