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おかあさん(3) 彼は信じられないってふうに目をまあるく見開いて、口を開けて、呆然としていた。 「え?」とすごく困惑した声を出した。それからいたたまれないってふうにぎゅうっと顔を歪めた。なんだか泣きそうなふうに。 「な、な、……っごめ、僕、」 「ごめん、失敗しちゃった……の、飲もうと思ったんだ、ちゃんと。ごめんね、君がせっかくくれたのにもったいないね」 「ちがっ、馬鹿、そうじゃない! す、すまない、ちょ、じっとしてろって……」 僕は、ベッド脇のティッシュ箱に伸びた彼の手をやんわり掴んで止めた。このまま拭いてもらうのもいいけど、でもなんだかすごくもったいない気がした。 このきれいな人の精子が、ティッシュで拭われてゴミ箱に捨てられて、いろいろないらないものと一緒に、いつか焼かれて灰になって消えてしまうって考えると、なんだかいたたまれなくなってしまう。 僕は「ねえ」とお願いした。「君が舐めてよ」と。 ほんとはすごく僕が舐めて飲み込みたいんだけど、自分の顔は自分で舐められないのが残念なところだ。あいにく、僕の舌はそんなに長くない。 だから、僕には無理だけど、栄時くんが飲み込んでくれたらいいと思う。また彼のなかへ還る。それに僕らはおんなじものなんだから、僕が舐めても、彼が飲んでも、あんまり変わらないんじゃあないかなという気がする。 『僕らは同じ』と、今僕はすごく強く感じている。なんでか分からないけど。 でも妄想や空想、ただの思い付きにしては、その感覚は僕の深い所までしっかりと入り込んできている。 栄時くんはやっぱりすごく嫌がって「自分のなんか舐めたくない、馬鹿!」と僕を罵ったけど(そりゃそうだ。確かに自分が出した精液を飲めなんて言われたら、僕ならげんなりして絶対やだって言うだろう。なんで僕こんな変なこと言ってるんだろって、『普通』に考えてみたら思うんだけど)、「ほんとに嫌なんだからな!」って言った口で、僕の頬に付着した、とろっとした、もう冷たくなってる精液を吸った。 「……え」 「お、お前がやれって言ったんだろ。今更何変な顔をしてるんだ」 「あ、う、うん。まさかほんとに、君がその……僕のお願い聞いてくれるとは思わなくて」 「……なんかお前に言われると、何でも聞いてやりたくなる。なんでかわからないけど。女子もみんなこんな気持ちだったのかな」 「え、何でも?」 「あんまり無茶言うなよ。……もうほんと、頼むから」 「あ、ご、ごめ、」 「ほんとに、勘弁してくれ。僕死ぬまでに精液なんか舐めることになるとは思わなかった。それも自分の。ものすごくまずい。こんなまずいもの初めて飲んだ」 「え、どんな味……」 栄時くんがあんまり嫌そうに言うから気になって、僕は顔を手の甲で拭って、くっついた精液を舐めた。――途端に栄時くんにおでこを叩かれて、「何やってんだ!」って怒られたけど、彼が言うふうにまずいとは感じない。 「君のって思ったら、すごくドキドキする。美味しいよ」 「お前、味覚おかしいぞ。病院行け。頭の検査してもらえ」 栄時くんは恥ずかしいのと怒ってるのと半分ずつって顔で、僕の顔を丁寧に舐めながら、「綺麗になってきた」と言った。 僕としてはちょっと残念だ。栄時くんに『綺麗に』されちゃったら、もうこうやって顔をお母さん猫みたいに舐めてもらえない。 「あ……制服にも飛んじゃったね」 「服まで舐めろとか言うなよ」 「そ、そうじゃなくて。明日は大丈夫? その、替えとか」 「あるよ。僕制服はたくさん持ってるんだ。良く破けたり焦げたりするから」 「あは、意外とうっかりさんなんだね。もう、ちゃんと気を付けてよ」 僕はうっかりズボンの裾をあちこちに引っ掛けて破いてしまったり、料理の最中に不注意でブレザーの裾を焦がしてしまう栄時くんを想像して、おかしくて笑ってしまった。申し訳ない話だけど。 でも栄時くんは「なんだよ」ってちょっと怒ったふりをしながら、安心したように僕の頭に触って、「いつものノリに戻ったな。よかった」と言った。 そうやって優しくされると、また目が熱くなってきた。僕はなんでこんなふうに僕を気遣ってくれるこの人に、こんなにひどいことをするんだろう。なんでこんなことができるんだろう。 唇がわなないて、震え声で、僕は「ごめんなさい」と謝った。栄時くんは僕の頭を抱き締めて、「馬鹿、泣くな」と言ってくれる。その声はすごく優しい。聞いていると、大声を張り上げて泣き出してしまいたくなるくらい。 「泣くな」 「ごめっ……僕、変……こわい、」 「ん?」 「こわい、夢、ばっかりで、君にひどいことするばっかりで、僕、全部僕のせいなんだ」 「うん、怖い夢見たんだな。そばにいてやれなくてごめんな」 「ちがっ……僕のせいで、君はなんにも……」 「大丈夫だ。お前は何も悪くない。お前は何もしてないんだ。だから謝るな。泣くこともなんにもない。悪いのは僕なんだ」 「君じゃ、な……」 「落ち付け。もう怖くない。お前は何があっても僕が守ってやる。この先ずっとだ」 栄時くんの静かな声が降ってくる。僕はちょっと男として情け無さすぎると思う。 でも、栄時くんの言葉が身体の中に染み込んでくると、ひどく安心した。 僕は長い間ずうっと探し物をしていた。いつか怖い夢のなかで、逃げることに夢中で、つい手を離して落っことしてしまった大事な宝物を。 やっと今見付けることができたのだ。この人がいれば、もう怖いものはなんにもない。僕は栄時くんの痩せた背中に手を回して、「傍にいて」と一生懸命お願いした。「どこにも行かないで、一生ずっと僕の隣にいて。もう離れ離れなんていやだよ」と。 栄時くんはそんなのなんでもないことだってふうに、すぐに「何言ってんだ、当たり前だろ」って言ってくれた。頷いてくれた。 僕は、その事がすごく嬉しかった。 僕らはもうこの先別れたり離れたりすることなく、ずーっと一緒にいるのだ。 もう絶対に手を離したりしない。そいつに関しては、もう懲り懲りなのだ。 彼に触っていたら、きっと僕はもう怖い夢なんか見ない。 「大好きだよ」って言いながら、栄時くんの硬い背骨を緩やかに指で辿っていく。背中、腰、それからお尻。穴のまわりをそっと撫でて、中へ指を挿れる時だけ、彼は怯えたように目を閉じて、唇をきゅっと引き結んだ。 僕は空いた手で彼の頬を撫でて、「固くならないで」と囁いた。 「力抜いて。きっとその方が楽になるから」 「……ん、っ。ごめんな、上手くないよな」 「ううん。かわいい。僕を怖がらないで。受け入れて欲しいんだ」 「う、ん。努力はしてるんだ。ちから、はいってる、かな……」 困った顔をしてそんなことを言うのが、すごく可愛いなあって思う。顔も身体もすごく綺麗なのに、この子の心はまるで幼い子供みたいに純粋でまっさらで、でも彼はたくさんの棘を纏って、彼自身の心を必死になって覆い隠しているふうに見える。 「僕が守るよ」と僕は言う。「もう君がそんなふうに、誰かにひどいことされるかもってびくびくすることがないようにここにいるよ」って。 彼はまた頷いてくれる。そして僕に身体を預けてくれる。 僕は栄時くんを傷付けることが決してないように、すごく注意しながら彼の中を緩やかに開いていく。 「……ふ、うぅ、……ん、」 「あったかい」 指先の感触に、僕はちょっとびっくりしてしまった。温かくて、とろとろした柔らかい肉が、挿入した指にきゅうっと絡みついてくる。 男の子のお尻の中って、普通こんなふうなんだろうか。これじゃまるで女の子の子宮へ続いてく道みたいだ。 でも、なんでだか僕はびっくりしながらも、それが変だと感じることは無かった。ここはこういうものなの、という感じだった。 あたたかくて柔らかい産道、その先にある、とろとろした血液が溜まった子宮。赤ちゃんがたゆたうベッド。そういう、ものなのだ。この人の身体だ。 「も、望月、なんか、これ、ちょっと、」 「……あ、くるしい?」 「い、やっ、苦しいとかじゃ、――いっ、っふ、」 なかで指をくるっと回したり、関節を曲げたりしながら、狭い穴を解していく。 お腹の中を擦られている感触ってものに馴染まないみたいで、栄時くんは僕がちょっと指を動かすだけで、「ふぁっ」て、聞いてるとすごく可哀想になってくる小さな悲鳴を零す。 僕の我侭に付き合わせて、ほんとに申し訳ないって思ってるのだ。 ほんとはもっとちゃんと大事にしてあげて、こういうことは彼の心がちゃんと追い付いてからにしようって思ってたんだけど、僕はほんとにダメな奴だ。 でもドキドキして、すごく嬉しくて、切ない。こんなに誰かのことを好きになれるって、これ本当に僕なのかなってびっくりする。 あんまり集中しているせいで、僕は気付かなかった。いつのまにか彼の手が僕の股間に伸ばされてたってことに。 いきなり性器をぎゅっと握られて、僕は「ひえっ」と悲鳴を上げた。全然予想してなかっただけにすごい衝撃だったのだ。加えてものすごく情けない声が出たから、僕はひどく恥ずかしくなってしまって、「触っちゃだめだよ!」って彼に食い付いた。 「僕、すごくガマンしてるんだから……!」 「あ、ごめ、……はは」 「笑わないでよ」 「……だって、おかし、」 彼は笑いのツボに入っちゃったらしくひとしきりくすくす笑ったあと、「そっか」とすごく静かでほっとしたふうな声を上げた。「僕だけじゃなかったんだ」とか言っている。なんで彼がそんなふうに言うのか、僕には分からない。 「僕だけ変にされてるのかと思って面白くなかったんだ」 「そんなわけないでしょ」 僕はちょっとふてくされていたと思う。余裕がないのは僕のほうだ。急いたり、やりたいようにやってひどくしてしまったり、痛くしてこの子が怯えたり、そのせいで嫌われたりしやしないかって、僕はこれでも結構びくびくしながら、おっかなびっくり触っているのだ。 でも笑ってくれて、「よかった」って言う彼の身体は、さっきよりも随分緊張が解けて柔らかくなっていたから、「もう大丈夫だね」と僕は言う。 「平気?」 「……うん」 「怖くないから」 「お前のこと怖いなんか思うかよ」 「うん。ありがとう。……息、吐いて」 「痛かったら爪立てて良いから」と言い置いて、ベッドの上に座ったままの彼の脚を広げた。授業中にすごく自信のない答えを言わされている生徒みたいな顔をしている彼の中に、硬く、熱くなった性器を挿入していく。 何度も何度も空想したし、夢にまで見たことがある。僕はこうやって彼を抱きたかった。でも、きっと無理だろうなと諦めてもいた。栄時くんは普通に女の子が好きな、ごく普通の健全で真っ当な男子高校生なのだ。まあ彼に関してのこと以外では僕だってそうなんだけど。 月光館学園のカリスマだってもてはやされちゃうくらい有名人で、すごい美人で、頭も良いし、スポーツ万能。漢気もある。 初めのうち僕は、彼を絵に描いたように完璧でそつのない人だと思っていた。でも違う。 この子は完璧なんかじゃない。確かに何だってできるし、僕よりは随分優れているだろうけど、でも彼はただの怖がりで純粋で優しくて寂しがりな、十七歳の普通の男の子なのだ。 僕にとっては確かにこの子は特別だけど、それはみんながいう意味の特別とはちょっと違うと思う。 僕を受け入れてくれようと、必死で息を詰めて痛いのと苦しいのを我慢してくれてるこの人が、可哀想で(僕なんかに一目惚れされなきゃこんなひどい目に遭うこともなかったのに!)、そして、なによりいとおしいと思った。 「ごめんね」 「うぁ、あ……んん、もちづ、……いた、」 「痛い? ごめん、怖くないから」 「っく、んん、……ん」 きついだろうに、彼はぷるぷる震えながら頷いてくれた。また、僕の胸にあったかいものがぽっと灯る。この子がこんなふうにされながらもまだ僕を気遣ってくれていることと、僕を信頼してくれているということを強く感じる。 もう大分頑張らせちゃってるなあって反省しながら、竿の根本までを彼のお腹の中に埋めた。彼が陸に打ち上げられた魚みたいに口をぱくぱく開けたり閉じたりして、あんまり苦しそうに大きく息をしているから、僕まで息ができなくなってくる。 僕は、何度も「ごめんね」と謝る。「こんなことしかできなくてごめんなさい」と。 僕は好きな子にこうやってひどいことばっかりしかできないダメな奴だけど、それでもこの子のことが好きで好きで仕方がないのだ。 「あ……う、」 栄時くんの顔が泣きそうに歪んだ。口が、『ばか』ってかたちにぱくぱく動いた。僕は頷く。ほんとだ。ほんとに馬鹿なことしてると思う。 繋がった先から、最愛の人のお腹の中で、あたたかい血と肉に抱き締められてる。僕は幸せだ。幸せなんだと思う。嬉しいって思わなきゃならないんだろう。 でもなんでか、底なしに深い罪悪感を感じる。目を覚ませ、お前は今ほんとにとんでもないことしてるんだよって、僕の頭の中で僕自身ががなっている。 うんわかってるよと僕は僕自身に頷いてみせる。ほんとにひどいよね、もっとちゃんと時間を掛けて、ゆっくり恋する人を見守って、いつかちゃんと赦してもらった時にこうやってひとつになろうって思っていたんだって。こんなふうに、哀れっぽく泣き付いて、無理矢理約束を取り付けたみたいなのは、いくらなんでも情けな過ぎ―― ――そうじゃない! 頭の中から、がんがん声が響いてくる。それは僕をすごい剣幕で罵り、泣き叫び、糾弾している。 ――君今ほんとにとんでもないことしてるんだよ!? 目を覚まして、そんなぬるい夢なんか見てる場合じゃない。やらなきゃいけないことがあるんだよ。 (ああ、またその話。夢なんか見てないよ。僕は僕で、他の何でもない。これが僕の本当だ。大好きな人と交わって、この上なく幸せなんだ。この人さえいれば、僕は他に何もいらない。何が嘘で、何が本当だって構わない) ――だから、ダメだったら、この人だけはダメなんだ。ほんとにほんとに大事な人なんだ。僕なんかが汚して良い人じゃない。きっとこの子は僕と交わったりなんかしたら、取り返しがつかないくらい深い傷を負うに違いないんだ。 (うん、ひどいことしてるって自覚はありすぎるくらいあるんだ。彼の優しさに甘えてるなって思う。でも止まれないんだ。どうしてもだめなんだ) ――この子の気持ちがわからないの? この子はひどいことばっかりで救いのカケラもない怖い夢を見てるんだ。僕が助けてあげなきゃなんないのに、こんなのはダメだ。信頼を餌にして、身体まで食らい尽くすなんて、あっちゃならないことなんだ。 だってこの子は何より大切な、確かに血を分けた僕の―― 「……もち、づき」 彼の手が震えながら僕の頬に伸びて、するっと撫でた。ひどく辛いだろうに、彼は無理して微笑みのかたちに顔を歪めた。ひどくうろたえている僕を、安心させようとしてくれているらしい。 「へい……き、痛いのとか、ガマンできないほどでも、ないし。そん、そんなかお、しなくていいから」 「え、えいじく、」 「ん、名前、」 「……あ、」 「はじめて、呼んで、――あ、あ……!」 僕は、申し訳ないのと苦しいのと、それでもやっぱりこの子を愛していて、身体の奥まで入ることを赦してもらってどうしようもないくらい嬉しいので、たまらなくなって栄時くんをベッドの上に押し倒してしまった。僕よりも硬い両手のひらを掴み、シーツの上に押さえ付けて、まだ彼の身体が軋むのも構わずに腰を動かした。 「うぁっ、あっ、あ、ちょ、待……痛っ、あぁあっ!」 栄時くんが悲鳴を上げる。「痛い」って彼の声が、僕の胸に突き刺さって、鋭い痛みを生む。 僕は、本当にどうしようもない。すごく気持ちが良くて、それが余計に後ろめたかった。身体だけ気持ち良くたってなんにもならないのに。 栄時くんのなかはあったかくて柔らかくて、僕を強く抱いてくれて、とても心地良かった。擦る度に中で出しちゃいそうになるくらい。 濡れて量を増していく粘液をぐずぐず掻き混ぜながら、性器を刺して、抜いて、また中に入っていく。そうやって繰り返していると、頭の芯のほうがじんと痺れて、意識が白んでくる。 もうどうでもいい、と僕は思う。この人と繋がってる今のほかはどうでもいい。僕が誰で、この先の未来には何があって、どんな大人になるのかとか、そんなのはもうどうでもいい。漠然とした昔のことも知らない。 この人だけが僕のすべてだ。僕はいつだったか、すごく強く決意したのを覚えている。 もう僕にはこの子しか残っていないのだと。この子だけは、僕がこの先の生涯と生命そのものを全部賭けて守らなきゃならないのだと。 「――うっ、え、えっ、……あぁ、」 気がつくと、栄時くんが泣いている。ぽろぽろ涙を零す静かな泣き方じゃない。喘いで、唇をわななかせて、すごく悲しいことがあったんだってふうに泣いている。 僕はまた悪者になったような気持ちになる。そんなにきついんだねって、ごめんねって謝ろうと思ったんだけど、僕が謝るよりも先に、なんでか栄時くんのほうが「ごめん」って謝ってくれた。 「……ち、づき、もちづき、こんな、ごめ、」 「なんで、っ、君が」 僕はそのことが心底不思議だった。栄時くんが謝ることなんかなんにもない。彼はなんにも悪くない。 いつもそうだ。彼は何にも悪くない。悪いのは僕だ。彼が泣くことなんてなんにもないのに、なんでこんなふうになっちゃうんだろう。 「ダメなのっ、に、僕、」 「……う、ん?」 「ぼく、なんか、ダメなのにもちづき、」 急に栄時くんの腕が伸びてきて、僕の首に回った。彼は泣きじゃくりながら僕の背中を強く抱き締めた。そして震え声で、一生懸命僕に伝えてくれた。 「りょーじっ、りょおじ、はぁっ、……すき、」 「……あっ」 名前を、呼んでくれた。 好きだって言ってくれた。 また胸があったかくなる。彼は、いつもそうだ。僕がひどいことやダメなことばっかりで、ひどくしょげていたりいやになっちゃってる時でも、言葉ひとつ、仕草ひとつで僕を嬉しくしてくれる。頭にお花が咲いてる幸せな男にしてくれる。 「きみはそこにいるだけで、どうしてこんなふうに、僕を泣きたいくらい嬉しくしてくれるんだろ……」 「あ、りょう、りょーじ、う、っぁ」 「ごめん、ねっ、も、イキそう……っ、」 たまらなくなって、彼のお腹の中に性器を挿入したまま射精した。目を瞑って、泣きそうにぎゅーっと顔を歪めてイッちゃった彼の中で全部出した。 僕は、すごく幸せなんだろうと思った。 僕一人だけじゃ抱えきれないくらい、多分幸せだ。この人の隣で、毎日嬉しいことや楽しいことばっかりだ。 なのになんでこんなに苦しいんだろう。胸が痛くなるんだろう。 僕はなにも間違ってないと思う。 この人を好きだって思う気持ちが間違ってるなんて、そんなことはない。そっちのが嘘物だ。 栄時くんが、イッたばかりで潤んだ目で、僕をすがるように見た。彼は僕にしがみついて、「りょうじ」と舌ったらずな、あどけない子供みたいな声で呼ぶ。 「僕、を、も、――おいてかない、で」 「ここにいるよ」 僕は彼の顔じゅうにキスをして、「いつもそばで君を守る」と言う。 「だから怖くないよ。そんな震えて、どうして」 「……ぜんぶ、ぼんやりしてて。見えるもの全部灰色で、痛いのも、辛いのも、楽しいのも、なんにも感じなくて、――ただ、さむ、かったんだ。ずうっと、ずうっと」 栄時くんが震えながら、甘えん坊の子供みたいな仕草で、僕の胸に額を擦り付ける。僕は「もう泣かないで」と優しく言って、彼の手をそっと握った。 そのそばから、僕らの繋がった箇所がどろっと融けた。手と手が、繋がった僕の性器と彼の胎内が、ゆるやかに解けてひとつに還っていく。 「ごめんなさい」と栄時くんは泣いた。 「綾時、ごめんなさい。僕の、せいだ。ごめん、ごめんねっ、綾時、りょおじ、」 そして彼は世界中で一番悪いことをしちゃったんだってふうな顔で、後悔と自己憎悪とやるせなさと深い悲しみにまみれた声で言った。 「僕が死んだらよかったんだ」 |